第2話 公爵家の屋敷
無事に聖女に選ばれた私は、何故かドルメア公爵家の屋敷の客室にいた。
それは、ルナーラ様のご厚意によるものである。泊まる場所がないということで、招いてもらったのだ。
当然のことながら、気は結構重い。公爵家の屋敷なんて、足を踏み入れるなんて初めてのことだ。粗相があってもいけないし、私は固まってしまっている。
「……失礼する」
「うん?」
そんな客室に入って来たのは、一人の背の高い男性だった。
その男性に、私は少し驚いてしまう。その人のことを、私はまったく知らないからだ。
身なりからして、ルナーラ様のお兄様などだろうか。細いながらも、鍛え上げられていることが服の上からでもわかる。顔もどちらかというと怖い方ではあるし、私は今まで以上に委縮してしまう。
「あなたがフェルーナか?」
「あ、はい。そうですけれど、あなたは?」
「俺はラベルグ。一応、このドルメア公爵家の一員だ」
「一応?」
「俺はドルメア公爵の正式な息子ではない。妾との間にできた子だ。基本的には、この公爵家を継ぐ権利はない」
「妾の子、ですか……」
ラベルグ様は、素早く自己紹介を始めた。
その内容は、中々に重苦しいものである。妾の子、やはり貴族にはそういった子供もいるようだ。
もちろん、平民の間でも浮気なんてものはあるけれど、貴族ともなると色々と大変なのだろうか。ラベルグ様の場合は、ルナーラ様にもしものことがあった時は、家を継ぐ立場になったりするのかもしれない。
「でも、そんなラベルグ様がどうしてこちらに?」
「それはルナーラ様が俺をここに呼んだからだ。その当の本人は、まだ来ていないようだがな」
「……お兄様、ルナーラ様はやめていただきたいと、何度も言っているでしょう」
ラベルグ様の言葉のすぐ後に、客室のドアがゆっくりと開いた。
すると見知った顔が部屋の中に入って来る。私はそれに、幾分か安心する。
流石にラベルグ様と二人きりというのは緊張した。これで少しは、気も楽だ。いやもちろん、ルナーラ様に対しても緊張していないという訳でもないのだが。
「ルナーラ様、私は立場というものを弁えております。正当なる血筋のあなたに私が敬意を払うのは当然のこと」
「面倒くさいですね、お兄様は。もっと気楽でもいいと思うのですけれど」
「そういう訳にはいきません」
ルナーラ様は、ラベルグ様の言葉にため息をついていた。
どうやら彼は、結構な堅物であるらしい。それはなんとなくわかる。少し話しただけでも、伝わって来るくらいにラベルグ様は堅かった。
しかしそんなお堅い彼が、何故ここに来たのかわからない。家族を紹介してくれるということなのだろうか。まあ私としても挨拶はしておかなければならないと思っていたので、丁度良いといえば良いのかもしれない。
「ルナーラ様、私達の関係性などはこの際どうでも良いことです」
自分への接し方に対して不満を述べるルナーラ様を、ラベルグ様はそう言って両断した。
敬意を払っていると言っていたが、その言葉は結構辛辣である。そういう所には、兄妹としての気軽さが出ているのかもしれない。
「重要なのは私が呼ばれたことです。何故、フェルーナと私を? 単に紹介という訳ではないのでしょう。そこには何か意図があるはずです」
「まあ、それはその通りなのですけれどね」
ルナーラ様は、明らかに不機嫌そうにしていた。
彼女としては、妾の子とはいえ兄から堅苦しい態度はされたくないのだろう。
そういったやり取りから考えると、二人の間には案外確執などはないのかもしれない。
「それに関しては、フェルーナにも聞いて欲しいことなのですけれど」
「あ、はい。私も気になっていました」
「お兄様、とりあえず座りましょうか」
ルナーラ様が私の正面に腰掛けると、ラベルグ様はこちら側に来た。
それは、正当な公爵令嬢である妹と自分を、線引きしているからだろうか。いやこれは単に、話を聞く側に回っていると考えるべきかもしれない。どうやら彼の方も、何も――あるいはほとんど事情を知らされていないようだし。
「結論から言いましょう。フェルーナは冷遇されています」
「え?」
「冷遇……」
ラベルグ様が腰掛けてから、ルナーラ様は特に前置きも挟まずに言葉を発した。
その言葉の内容に、私は面食らっている。冷遇とは一体、何に対する言葉なのだろうか。それがよくわからなかった。
「フェルーナは次期聖女に選ばれました。ただ、腐った王国の上層部は彼女のことを認めていません。その理由はひどく馬鹿げたもの。つまり、彼女の身分のことです」
「身分、つまりは平民であるからフェルーナは認められていないという訳ですか……」
「ええ、上層部はその決定について納得していません。だから彼女を王城に留まらせようとしなかった。次期聖女を泊めることなど、いくらでもできたというのに。いえ、それ所かわざと無理なことを言ったとさえ思ってしまいます」
ルナーラ様の言葉によって、私は初めて自分が冷遇されていたということを認識した。
一週間後に王城にまた来ること、あれは嫌がらせの類だったということなのだろうか。王城側は、当然私の出身がどこであるかを知っている。そこから最も嫌がる期間を導き出し、王城にも泊まらせようとしなかった。
それがもしも本当だとしたら、それは嫌がらせとしか言いようがない。
なんとも意地悪で、悪質だ。私が平民であり、王都まで来るには苦労しなければならないことなんて、わかり切っているはずなのに。
「……そもそもの話、フェルーナを聖女に選ばなければ良かったのではないですか?」
「王城は、お母様に決定を委ねたのです。恐らく、私を選ぶと思ったのでしょうね」
「なるほど、ルナメリア様は、その辺りはシビアに判断をされる方ですからね」
「ええ、流石にお母様も、こんなことになるとは思っていなかったでしょうけれど」
ラベルグ様は、冷静に当然の疑問を口にしていた。
そもそもの話、私が聖女に選ばれたのは間違っていたことなのかもしれない。
確かに実力はある訳だが、結局の所、この国は貴族の国だ。そんな国で平民が聖女になるなんて、誰も望んではいなかったことなのだろう。
「フェルーナが聖女を就任することによって、お母様はその任を解かれます。聖女の代替わりが、正式に行われることになるのです。お母様は王城を去り、こちらに戻って来ることになるでしょう」
「なるほど、ルナーラ様は私にフェルーナをサポートするように言いたい訳ですか」
「話が早く助かります。流石はお兄様ですね」
ルナーラ様は、ラベルグ様の言葉に笑みを浮かべていた。
その会話に、私は驚いていた。ラベルグ様のサポート、それは一体どういうことなのだろうか。
ありがたい話であるということは、わかっている。ただラベルグ様は、王城に何かゆかりがあるのだろうか。何か仕事でもしていなければ、サポートなんてできないと思うのだが。
「フェルーナ、あなたにはまだ話していなかったが、俺は騎士だ」
「騎士、ですか?」
「お兄様は、騎士団の一員なのです。基本的には王城にいます。そして暇です」
「暇?」
ルナーラ様の言葉に、ラベルグ様はため息をついた。
彼の表情からは、嫌気というものが伝わって来る。当たり前ではあるが、暇ということには何か事情があるのだろうか。
「俺が騎士となったのは、ドルメア公爵家の子供だと判明する前のことだった。その頃は普通に様々な任務をこなしていた。しかし、ドルメア公爵家の血筋だとわかってからは、王城での閑職に回された。曲りなりも公爵家の血筋を危険な目に合わせる訳にはいかないという判断でだ」
「お兄様は特務騎士なのです。特別な任務の時に職務にあたる騎士、と言えば聞こえはいいですが、閑職の中の閑職です。特別な任務が言い渡されることなんてありません。ですから、フェルーナのサポートだって、いくらでもできるということです」
ラベルグ様も、その出自によって色々と苦労しているようだった。
しかしそういうことなら、確かに私のサポートなどはできるだろう。彼には悪いが、それ自体は喜ぶべきことだといえる。
ただ私は、少しだけ気になっていた。私は本当に、このまま聖女で良いのだろうか。それこそルナーラ様に譲ったりすることを、考えた方が良いような気もするのだが。
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