第15話 行き場のない者達
「……」
私を以前詰めていた令嬢の一人は、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
リネアラ嬢から聞いたが、彼女はロロアナという名前らしい。ボルング伯爵家の令嬢であるそうだ。
彼女の後ろには、逃げ出した他の魔法使い達がいる。その中でも、ロロアナは最も上の地位だ。だからだろうか、代表して彼女がこちらにゆっくりと歩いて来る。
「ロロアナ!」
「……リネアラ? た、助かったの?」
ロロアナ嬢は、相方であったリネアラ嬢が笑顔で駆け寄る姿を見て、驚いていた。
石化した彼女が、元に戻っているなんて思っていなかったのだろう。歓喜よりも驚愕の方が勝っているようだ。
ただ彼女は、これからもっと驚くことになるだろう。リネアラ嬢は、既に彼女が知っているリネアラ嬢ではなくなっているのだから。
「ええ、フェルーナ様に助けていただきました」
「フェ、フェルーナ様?」
「ロロアナ、あなたも彼女に謝罪した方が良いですよ。フェルーナ様は慈悲深い方ですから、きっと許して下さります」
「な、何を言っているの?」
ロロアナ嬢は、予想していた通り困惑していた。
それはそうだ。石になっていた友人が解除されて豹変したら、誰だってそういう反応をする。
「リネアラ、あなた、あいつに何かされたの?」
「いいえ、そうではありません。私はこの村の方々の優しさを見て心を入れ替えたのです」
「心を入れ替える?」
「ロロアナ、私達は今まで平民の方々を軽視していました。ですが、それは正しいことではありません。平民あっての私達であるということを、肝に銘じておくべきです。そうしなければ、私達に待っているのは破滅です。それが今回のことで、よくわかりました」
リネアラ嬢は、悲痛な表情を浮かべていた。
彼女は、心から反省しているだろう。私の魔法の影響によって、そうなっている。
ただ、別に状況としておかしいという訳ではない。石化というのは、場合によっては死に等しいものだ。それによって考えが変わることは、充分にあり得ることだろう。
「……私は」
リネアラ嬢の言葉を受けて、ロロアナ嬢は項垂れていた。
それは他の魔法使い達も同じだ。彼女達は、迷っているらしい。それはきっと、帰る場所がないからだ。
私から逃げた時点で、彼女達はニルーア様を敵に回している。のこのこと帰った所で、死罪になると思っているのかもしれない。
それを避けるためには、私達に従うしかないというのが、彼女達の現状だ。
これは私達にとっては、好機といえるかもしれない。リネアラ嬢達による自浄作用がどこまで働くか、ここで実験することができそうだ。
◇◇◇
「……」
村の皆は、何も言わないロロアナ嬢達を受け入れた。
この村の人達は、皆優しい人達ばかりである。彼女達が私を襲った魔法使いであっても、困っていたら見過ごせないのだ。
ロロアナ嬢達は、それに困惑しているようだった。自分達がやったことがどういうことか、自覚がない訳ではないらしい。
「ロロアナ、村長さんが私達の寝床を用意してくれるようです。あ、狭いとか文句を言ったらいけませんよ。用意してくれただけでも、ありがたいのですから」
「……」
「所で、もうフェルーナ様には謝ったのかしら? ちゃんと言葉にしないと駄目よ。謝ってもいないのに助けてもらうなんて、虫が良すぎるもの」
かつての相方を、リネアラ嬢は諭していた。
それはまるで、子供に言い聞かせているかのようだ。
ここで私は、少し口を挟んでおくことにした。ロロアナ嬢には、改心してもらわなければならない。そのためには、私の方からも優しさを見せておく必要がある。
「リネアラ嬢、私は気にしていませんよ。もちろん、かつては敵対していた訳ですが、困っているなら手を差し出します。それがこの村ですからね」
「まあ、なんと素晴らしいことでしょうか……」
私の言葉に、リネアラ嬢は恍惚とした笑みを浮かべていた。
それに私は、苦笑いを浮かべる。その対応には、未だに慣れていないからだ。
とはいえ、私はまだ優しい人の振りを続けなければならない。この対応によって、リネアラ嬢による自浄作用がなくなる可能性だってある。気を抜いてはいけないのだ。
「ロロアナ嬢、あなたは結果的にニルーア様と敵対することになりましたね。その原因である私が言うのも何ですが、一緒に彼女と戦いましょう。私が付いていますから、安心することはできるはずです。あなたなら特にそれがわかっていることでしょう」
「……」
私は、ロロアナ嬢にゆっくりと手を伸ばした。
これは彼女にとって、虫が良い条件であるつもりだ。あれだけ侮蔑していた私が、守ろうとしている。そのことがロロアナ嬢の胸に響いてくれるといいのだが。
「……フェルーナ、お姉様」
「………………うん?」
ロロアナ嬢は、私に対してゆっくりと口を開いた。
彼女の顔は、こちらに向いている。その表情は、何かがおかしい。今までのロロアナ嬢からは考えられないような表情だ。
「ああ、こんな私にここまで慈悲の心を持ってくださるなんて……なんて、素晴らしいお方」
「あれ?」
私の額からは、嫌な汗が湧き出してきていた。
一体どうして、彼女はこんな反応をしているのだろうか。私が思っていたものとは違う。もしかして、私はどこかで選択を間違えてしまったのだろうか。
◇◇◇
「フェルーナお姉様、どちらですか?」
「出てきてください。フェルーナ様、私達あなたの役に立ちたいのです」
村の騎士の詰め所で、私は丸くなっていた。
この村には、現在十六人の貴族の令嬢がいる。半分は、魔法によって私が改心した。そこまではルナーラ様との計画通りである。
しかしながら、もう半分も結果的に改心することになった。それは別に悪いことではない。ルナーラ様も望んでいた自浄作用が働いた結果だ。
だが何故だろうか、私はこの村でこそこそと隠れなければならなくなっている。
改心した魔法使い達の相手は、端的に言ってしまえば面倒臭いものだったのだ。改心してくれたのは良いのだが、とにかく今は彼女達と接したくはない。
「……行ったぞ?」
「行きましたか……はぁ」
「大変そうだな……まあ、無理もないことか」
ラベルグ様は、穏やかな笑みを浮かべていた。
私の苦労には同情してくれているものの、今の状況は彼にとっては悪いと思うようなものではないようだ。
それはわからない訳でもない。私だって嬉しいのだ。彼女達が反省してくれたこと自体は。
「しかしながら、喜ばしいことではあるだろう。ロロアナ嬢の反応は、概ねリネアラ嬢と同じだ。それ所かひどいくらいだ。二人はよく似た令嬢であると聞いている。つまり、あなたの魔法というものは人格を無理やり歪めたという訳でもないということになるだろう。普通にあり得る変化を起こしたというだけだ」
「……それは好意的解釈のような気もしますけれど」
「この国もまだ捨てたものではないのかもしれないな。彼女達のように皆が反省すれば、やり直せる可能性もある」
ラベルグ様は、ロロアナ嬢の変化に希望を見出しているようだ。
とはいえ、今回は特殊なケースといえるだろう。端的に言って、ロロアナ嬢は命に危機に瀕していた。それで考えがひっくり返ったのだから、同じことはそう起こる訳ではないだろう。
「まあ、それは良いのですけれど、ロロアナ嬢はもうよくわかりません。私のことをお姉様なんて言って……」
「あなたを慕っているということだろう」
「でも彼女は、私よりも年上です」
「まあ、それでも良いだろう。俺だって、血縁関係上は一応兄であるが、ルナーラ様のことは尊敬している」
ロロアナ嬢達の反省の形は、少々ずれているような気がする。
それは貴族故のずれなのだろうか。よくわからない。
ただ私としては、心から反省してこれから横暴なことをしなければそれで良いのだ。こんな風に慕われたいと思っていた訳では、決してない。
「あ、ここではありませんか?」
「ここはラベルグ様の詰め所ですよね? だったらやめておいた方が良いのではありませんか? だって、フェルーナお姉様とラベルグ様は……」
「なるほど……邪魔しては悪いでしょうかね?」
そんなことを思っていると、二人の声が外から聞こえてきた。
その言葉に反論したい気持ちと彼女達と関わりたくないという気持ちに、私は板挟みになるのだった。




