第13話 なくなった石像
メイドと御者の記憶には、ある程度の蓋がされることになった。
その後、今回の件に関する偽の記憶を植え付けておいた。野盗に襲われたということに、二人の中ではなっているだろう。
「そもそも、精神に干渉する魔法は難しいんです。成功率は低くて……まず、きちんと意識がある人にかけるなんてことは無理な話です」
「そういうものなのか?」
「ええ、小さなことなら多分、普通に話術とかで言いくるめた方が簡単だと思います。今回のような場合だと魔法が必要ですが……」
私は、村に向かいながらラベルグ様に魔法について説明をしていた。
例によって、ラベルグ様は私の背に掴まっている。ルナーラ様の前でそういったことをすることに、彼は結構動揺していたものだ。
ちなみに、ルナーラ様もついて来ている。彼女も一度体勢を整えたいということで、休みやすい村の方に案内することにしたのだ。
「妙だな……」
「ラベルグ様、どうかしましたか?」
「石像がなくなっている」
「石像……そうですか」
そんな中で、ラベルグ様は村の異変をすぐに教えてくれた。
例によって、私は肉眼で直視できない。だがどうやら、村にいた私が石化した人達がいなくなっているようだ。
自力で魔法を解いたということだろうか。それはかなり難しいことではあるが、あり得ないことではない。私としては、そんなことはできないと思っていたのだが。
「ああ、ニルーアが連れて来ていた人達を石化したのでしたね?」
「ええ、半分は逃げ出しましたが……」
「……できれば、石化したままでいて欲しいものですね。私にもやりたいことがありますから」
「やりたいこと? そうなのですか……ああ、確かに石像がいませんね」
ある程度近づいた結果、私も村にいたはずの石像がなくなっていることがわかった。
逃げられたというなら別に構わない。問題は、村が襲われたりしていないかということだ。彼女達は結構野蛮な人達なので、それが心配である。
そう思いながらも、私はルナーラ様の発言が気になっていた。やりたいこととは、一体なんなのだろうか。
「さてと、とりあえずこの辺りで下りますか」
「ええ、お兄様を背負っているあなたの方が降下は難しいですよね? 先に私が下りて誘導します」
「そうですね。お願いします」
「それではお兄様……フェルーナに、しっかりと掴まっていてくださいね」
「……心得ています」
ルナーラ様は、少しラベルグ様をからかってから下に降りて行った。
その表情は見えないが、ラベルグ様がどういう顔をしているかはわかる。多分苦虫を噛み潰したような顔をしていることだろう。
◇◇◇
「動かしたんですか?」
「ええ、動かしたよ。どうしようか悩んだんだけどね。やっぱり、野ざらしというのは良くないかと思って」
「まあ、そうでしょうか……」
「砂埃なんかも舞っていたから、とりあえず綺麗にはした……ああ、もちろん女の人がやったよ。運ぶ時は流石に俺達が触らざるを得なかったが」
私は、村の住民の一人であるガルストさんから話を聞いていた。
石像は石化が解けた彼女達が動いたという訳ではないようだ。村の皆が気遣って、運んだようである。
そういったことに関して、村の皆はとても優しい。嬉々として私を襲いに来た人達に、その爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。
「えっと、今石像はどこにあるんですか?」
「村長の家にあるよ。ここら辺で大きな家といえば、あそこしかないからね」
「何人くらいいるか数えましたか? 確か、八人は固まらせたと思いますが」
「ああ、その通りだ。ちゃんと全部運んだよ。中々に骨は折れた。もちろん、本人達の前では言っていないがね」
ガルストさんは、苦笑いを浮かべていた。
石化をした人達の重量は結構なものだ。運ぶのにはきっと相当苦労しただろう。それは、その表情からも伺えることだ。
だからといって乙女である彼女達に重たいと言わなかったのは、立派なことだとは思う。そんな村の皆は、報われて欲しいものである。
「所で、そちらの方は誰なんだ?」
「え? ああ、彼女は私の友人です」
「友人……そうか」
そこでガルストさんは、ルナーラ様のことを聞いてきた。
明らかに身なりがいい彼女を私の友人として紹介するのは、無理があっただろうか。ただ、ガルストさんは何かを察してくれたのか、それ以上の追及はやめてくれた。それはこちらとしては、ありがたいことである。
「ルナーラ様、どうしますか? 村長の家に行ってみますか?」
「ええ、そうですね。そうしていただけると助かります」
私からの質問に、ルナーラ様はゆっくりと頷いた。
彼女は、石化した魔法使い達に何かを期待している。それが何なのかは、私にはわからない。
ただそれはきっと、彼女がこれから王位を継ぐにあたって必要なことなのだろう。それなら私は、それを叶えるだけだ。
「それなら私について来てください。村長の家を訪ねますから。といっても、そんなに遠くはありませんね……あそこです」
「なるほど、それなら飛んでいく必要もありませんか」
「ええ、行きましょう」
私はルナーラ様とラベルグ様を連れて、村長の家へと向かうことにした。
そこでルナーラ様が何をしようとしているかは多分わかるだろう。
◇◇◇
「とりあえずこの部屋に入ってもらっているよ。一部屋に収めるのは申し訳ないが、村で一番大きな家といっても、そんなに大きな家ではないからね。それじゃあ、よろしく」
「ええ、任せてください、村長」
私達の来訪を歓迎してくれた村長は、部屋に案内してくれた後下がって行った。
これから彼女達にかけた魔法を解くから、下がっていて欲しいと私がお願いしたのだ。
ただ実際の所、どうするのかは私にもわからない。それを決めるのは、ルナーラ様だ。部屋に入る前に、それは聞いておかなければならない。
「ルナーラ様、どうされるんですか?」
「こちらの皆さんにも、精神に干渉する魔法をかけようと思っています」
「この状態で、ですか?」
「ええ、ただあの二人にかけたものとは違うものをかけます。浅く広く魔法をかけます」
ルナーラ様の言葉は、曖昧なものだった。
しかし、私にはわからない訳ではない。先程の二人は、襲われたという記憶に主に干渉した。それは深く狭い干渉であるといえる。
つまり今回は、特定の記憶などに干渉はしないということだろう。だが、それはかなり危険なことを意味している。
「場合によっては、人格が書き換わるかもしれませんが……」
「それが狙いです」
私の懸念に対して、ルナーラ様は即答した。
その言葉に、私は息を呑む。中々に非道なことを、考えていると思ったからだ。
ラベルグ様も、同じ感想を抱いたのだろうか。その目を細めている。それでも口出ししないのは、ルナーラ様の王位を支持しているからかもしれない。
「反対はしませんが、理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「この国の貴族は、はっきりと言って腐っています。ここにいる魔法使い達もその一部です。私の記憶が確かならば、彼女達は皆わがままで平民の方々を道具としか思っていない」
「まあ、そうですね」
王城に勤めていた魔法使いは、そのほとんどが貴族である。
ここにいる者達の中には、平民はいない。珍しいとされる平民の顔は、私も知っているため、それは間違いない。
「貴族の中では、自浄作用は働いていません。真っ当な貴族……というよりも、平民を尊重する貴族が少なすぎます。だから増やす必要があるのです。私が王位を継承して抑圧するだけでは、改善は見込まれません」
「だから、精神に干渉して人格を書き換えるという訳ですか……」
「まあ、結果的にはそうですね。ただ、今回はそこまで強引な手を使う訳ではありませんよ。少し刷り込んでいくだけですから」
ルナーラ様は、笑顔を浮かべていた。
その笑みは、少し邪悪なようにも見える。いやそもそも国際法で禁止されている魔法を使うのだから、それは今更過ぎることだろうか。




