第12話 これからのために
「なんだか、大変なことになってしまいましたね……まあ、身から出た錆である訳ですが」
「あなたが悪い訳ではないだろう。全ての始まりは、ニルーア殿下だ……というよりも、この国の上層部が腐ったことが原因だったといえる」
「そうですね。でもまあ、私から喧嘩を売った部分もありますから」
ニルーア様が去った後、私はラベルグ様と話をしていた。
あの王女殿下がああ言っていた以上、この村は襲われることになるだろう。
そのことについて、村の皆は不安を感じている。気丈に振る舞っていたが、それは間違いない。
当然のことながら、村は守り切ってみせる。それは、そこまで難しいことという訳でもない。私ならできることだ。
この辺境の村では、基本的に自給自足で生活している。物資の供給が絶たれても問題はないだろう。
とはいえ、周辺の村などの交流などがなければ、衰退していくだけだ。
その辺りに関しては、なんとかしなければならない。ただそれも、そこまで難しくはないような気がする。この国では王族に対して、反感を持っている人の方が多い。特に私のことなどには、怒りを覚えて味方してくれるのではないだろうか。
「まあ、楽観的なことは言えませんからね……とりあえずニルーア様を追いかけることにします」
「追いかける?」
「脅しをかけるんです。怒ったまま返すよりは、多分その方が良いと思います。何もしてこないなら、それが一番いいですからね」
「まあ、一度その手が通じている訳だし、その方が良いか」
ニルーア様は、私と本気でやり合うつもりであるだろう。怒ったまま帰っていったし、彼女ならそうすると思っている。
ただ、それはこのまま帰した場合の話だ。もう一度脅してみれば、案外彼女も戦意を失うかもしれない。意外と、小心者であるようだし。
「そういうことなら、俺も同行するとしよう。何があるかわからないからな……もっとも、あなたなら一人でも問題はないかもしれないが」
「いいえ、心強いですよ」
「……さて、それは良いのだがこの石化した者達はどうするのだ?」
「ああ……」
追う段取りをしている最中、ラベルグ様は石化した者達のことを指摘してきた。
それについては、どうするべきか迷っている。ニルーア様などに連れて帰ってもらいたかったのだが、それは無理な話だっただろうか。
「とりあえず今は、放っておきましょうか。ニルーア様のことが優先です」
「意識などはあるのか?」
「単純な石化は、優れた魔法使い程意識が保てると言われています。まあ、この人達は王城で働いていた訳ですから……」
「悲惨なものだな……」
石像のことは、とりあえず後で考えることにした。
今はとにかく、ニルーア様を追わなければならない。彼女達のことを考えている暇はないのだ。
◇◇◇
「魔法での飛行は高度な技術が必要だと聞いていたが……」
「ああ、ええ、結構難しいですね。実の所、燃費もそんなに良くはありません」
「だというのに、あなたは難なくこなせるのだな。それも俺を運んで……」
私は、ラベルグ様を背負って空を飛んでいた。
ニルーア様は馬車で帰っている。そんな馬車に追いつくためには、こうするしかなかったのだ。
もっとも、これは私にとってはそこまで難しいことではない。多分休まなくても、三時間くらいなら飛んでいられるはずだ。
「ラベルグ様は、軽いですね……ちゃんと食べていますか?」
「そういうことなら、あなたの方こそ心配だ。ちゃんと食べられているのか?」
「ああいえ、今の冗談ですよ?」
私の気楽な言葉に対して、ラベルグ様は真面目な答えを返してきた。
ラベルグ様の重さなんてものは感じていない。魔法によって私とともに浮かばせているからだ。
「しかしだ、この格好というものは中々に情けないものなのだろうな……」
「情けない、ですか?」
「自分よりも小柄で年も下のあなたにおんぶされているというのはどうにも居心地が悪い」
「すみません。でも、これが一番運びやすい恰好なんです。私から近いですし、イメージ的にも落ちそうにないといいますか……」
「いやすまない。余計なことを言った」
ラベルグ様の気持ちは、わからない訳ではない。
彼の今の格好は、あまり人に見せたいものではないだろう。
ただこれに関しては、諦めてもらうしかない。ラベルグ様を運ぶ以上、最も安全な手段を取りたいものである。
「さてと、それで一体ニルーア様はどこにいることやら……」
「ふむ……フェルーナ、あそこを見てくれ」
「え?」
私が空から地上を見渡していると、ラベルグ様が一点を指差した。
しかしながら、私にはその指先に何があるかよく見えない。目は悪くないはずなのだが、ラベルグ様の視力は凄まじいようだ。
今は様々なことに気を払わなければならないため、視力を良くする魔法を使うのは得策ではない。とりあえず指先の方向に進んで行くとしよう。
「あれは……」
近づいた私は、ラベルグ様が何を指差していたかを理解した。
そこには、確かに馬車がある。ただ様子は明らかにおかしい。馬車は止まっているのだ。道の真ん中で、静かに沈黙している。
そんな所で休憩なんてしないだろうし、何か問題が起きているのは明らかだ。よく見てみると、近くに御者と女性が横たわっている。多分馬も、意識はなさそうだ。
野盗の襲撃があったのだろうか。いやそれにしては、状況は綺麗すぎる。これは何かしら別の問題があったと考えるべきだろう。
「ラベルグ様、下ります。しっかり掴まっていてください」
「ああ、もちろんだ」
私は、ゆっくりと馬車の側まで下降した。
するとまず気付いたのは、臭いだ。焦げ臭い臭いが、辺りには広がっている。
何かが燃えた、もしくは燃えていることはわかった。ただ状況からして、それは魔法によって起こった火であるだろう。そうでなければ、燃え広がっていなければおかしいからだ。
「フェルーナ、あなたは少し下がっていてくれ。俺が開ける」
「……私の方が安全ですよ?」
「精神面の問題だ」
「――わかりました」
馬車の戸に手をかけながら、ラベルグ様は的確に中を見る危険性を伝えてきた。
私と彼とでは、踏んできた場数が違う。有事の際に重要なのは、冷静でいることだろう。中を見た私が、そうできるかはわからない。
「……あなたは」
「……お兄様?」
そんなことを考えていると、馬車の中から聞き覚えがある声が聞こえてきた。
これは、ルナーラ様の声だ。それがすぐにわかって、私は疑問を覚えた。何故彼女が、ここにいるのだろうか。この馬車に乗っているのは、ニルーア様であるはずなのに。
程なくして、馬車の中からルナーラ様が下りてきた。ラベルグ様は、まだ馬車の中を見ている。そこには一体何があるのだろうか。それはあまり、想像しない方がいいことなのかもしれない。
「フェルーナ、あなたも来ていたのですね」
「え、ええ、ルナーラ様、一体何を……」
「この国に蔓延っている悪しき意思の根源を取り除きに来たのです。もうことは終わりました」
「そうですか……」
ルナーラ様の言葉によって、私は中に何があるかを理解した。
どうやらニルーア様の干渉に備える必要は、もうないようだ。状況から考えて、他の王族からの干渉もないだろう。
「……ルナーラ様、はっきりと言ってこれは問題ですよ? 色々なことに対して、対策が必要なことです」
「その点に関してはご心配なく、お母様が協力してくれていますから」
「ルナメリア様が、ですか? なるほど、それは安心できる情報ではありますが……」
「ええ、私が王位を継ぎます」
「王位を……そうですか」
ルナーラ様は、ラベルグ様に対して割と衝撃的なことを言っていた。
ただ、彼の方はあまり驚いていない。ある程度予想していたことだったということだろうか。
実の所、それは私も同じだ。ニルーア様達王族が上に立っている限り、この国に未来などはない。この国の未来を真に案じているルナーラ様が、そのような決断をするのは必然といえるだろう。
「それでルナーラ様、このメイドと御者はどうするのですか?」
「え? ああ、それはあまり考えていませんでしたね……」
「息はあるようですね……」
ルナーラ様が王位を継ぐという話を受け流して、ラベルグ様は周囲に寝転がっている人達に触れてきた。
遠目から見たら生きていたかどうかわからなかったが、どうやら無事であるようだ。それはなんというか、安心していいのかどうかは微妙な所である。この二人は、ルナーラ様がやったことの証人だ。大丈夫なのだろうか。
「この二人にはばれないように襲いましたが、余計なことを喋られたら困りますから、対策する必要はあるでしょうね……」
「対策……何か物騒なことでもするつもりですか?」
「いいえ、物騒なんてそんなことはしませんよ。そうですね、せん――いいえ、少しばかりわかってもらいますか」
「……?」
ルナーラ様の言葉に、ラベルグ様は怪訝な顔をした。
彼は、魔法のことについてはそこまで詳しくはない。ルナーラ様が何を言っているのか、よくわからないのだろう。
ただ私には何を言っているのかが理解できた。恐らくルナーラ様は、精神に干渉するつもりなのだ。
「ルナーラ様、精神に干渉される魔法は国際法でも禁じられているのではありませんか?」
「え? ああ、そういえばそうでしたね」
「……ルナーラ様、それは本当ですか?」
私の言葉に、ラベルグ様は強く反応していた。
真面目な騎士である彼は、そういったことには敏感であるらしい。その目が鋭く、ルナーラ様の方を捉えている。
「ええ、本当ですよ。禁止されています。精神に干渉する魔法は非道なものだとされていますからね……ですが仕方ありません。この二人に余計なことを喋らせないためには、そうするか命を奪うかだけです」
「……そうですね。命を奪うよりはマシですか」
ルナーラ様の説明を聞いて、ラベルグ様はため息をついた。
この状況では、それに頼るしかないと結論を出したのだろう。彼の悩みは、一瞬のものだったといえる。
それを引き越してしまったことは、申し訳ない。ただ私としても、それに触れない訳にはいかなかったのだ。
「ルナーラ様、そういうことならせめて一人は私に任せていただけませんか? 今回のような場合は、個々に魔法をかけるのでしょう? それなら分担した方が良いはずです」
「そうですね……それなら、メイドの方をお願いできますか? 彼女はニルーアに近かった。事情も色々と知っていた。記憶に蓋をするの難しいでしょうから。お願いします」
「ええ、任せてください」
精神に干渉する魔法は、そもそも簡単なものではない。
今回のような場合では分担しておいた方がいいだろう。そう思って私は進言したのだ。
魔法の是非に関しては、今は考えていない。これはこの国のために行うことだ。私はそう思っているため、その気持ちに従うことにする。




