第11話 王位を巡って(モブside)
ディオート王国の玉座の間には、王族達が集まっていた。
ディオート王とその息子二人は、訪ねて来た姪またはいとこのことを、鋭い視線で睨みつけている。
「ルナーラ、私はお前が今何を言ったかわからない」
「王位を渡せと言っているのです」
ドルメア公爵家の令嬢ルナーラは、伯父である王に対して睨み返していた。
彼女の要求は端的だった。王に退位してもらい、自分が新たなる王になる。それを三人に伝えたのだ。
当然のことながら、良い顔はされなかった。彼女には王位の継承権はあるが、優先順位は低い。故に特に、次期国王筆頭である第一王子ダルケンは表情を歪めていた。
「ルナーラ、急に訪ねて来たと思ったらどういうつもりだ? 王位を渡せなんて、甚だ無礼なものだな?」
「この国が揺れていることは、ご存知でしょう? それをあなた達は未だに解決することができていない。あなた方にはこの国の支配者としての能力が欠けている」
「なんだと?」
ルナーラにとって、伯父を始めとした王族は忌むべきものであった。
彼らは、ニルーアと変わらない性格をしている。他者を省みず、自分達の欲望のままに生きる王族にルナーラは深く失望していた。
「ふざけたことを抜かす。そのことについては、ニルーアが既に対処にあたっている。準備は万全だ……そもそも、お前ならこの状況をなんとかできるのか?」
「ドルメア公爵家は、民からも慕われています」
「それがなんだというのだ!」
「あなた達とは違うということですよ」
妾との間に子供を作ったとはいえ、ルナーラは自らの父親を貴族としては尊敬していた。彼は民のことを思う、この国おいては珍しい貴族であったからだ。
民あっての自分達である。ルナーラは父親から常にそのことを言い聞かされていた。その意識はここにいる三人にはない。彼らは自らが選ばれし者だと思い込んでいるのだ。
「はははっ! 愚かな叔父上のことを尊敬しているのか? あんなのは貴族として、低俗だということをわかっていないらしい」
「ドルガスの言う通りだ。民などというものは、利用するべきものだ。尊重なんてする必要はない。代わりなどはいくらでもいるのだからな。民というものはすぐに湧き出て来る」
「兄上の言う通りだ。それをお前もお前の父親もわかっていない。今回のことだってそうだ。騒いでいる民なんて、黙らせてしまえばいい。そうだな。僕がトップを務める騎士団に切り裂かせよう。それで騒ぎなんてものは収まるさ」
第二王子であるドルガスは兄とともに笑みを浮かべていた。
彼はそのままルナーラの方に近づき、彼女に対してその顔を近づける。それはルナーラにとって、とても不愉快なものだった。
「いいか、お前は屑だ。次期国王なんてあり得ない。精々、僕達のために尽くせばいいのさ。そうだなぁ、頭を垂れたら、僕がお前を貰ってやってもいい。ドルメア公爵家は僕が貰い受けよう。精々可愛がってやるよ」」
「……話になりませんね」
「え? あつっ――」
下卑たことを言ったドルガスの上半身は、突如炎に包まれた。
その炎はどんどんと燃え広がり、ドルガスの全身を包み込む。しかし、何故かそれ以上は燃え移らない。炎はドルガスだけを的確に燃やしていたのだ。
「ルナーラ、何をしたぁっ!」
「お前、ドルガスを……弟に魔法を使ったのか!」
突然のことに呆気に取られていたディオート王と第一王子ダルケンは、ルナーラに対して激昂した。
息子あるいは弟を失った二人の怒りが、ルナーラに向けられる。だが彼女は、それを受け流していた。彼女にとって、最早伯父やいとこの命は邪魔なものでしかなかったからだ。
「王位を譲っていただけないようですからね。こちらも強引な手を取らざるを得ません」
「このっ……」
「ダルケン、待て!」
制止する国王の言葉も聞かずに、ダルケンはルナーラに駆け寄って行った。
それは弟を燃やし尽くした彼女に対して、怒りに任せて行動をした結果だろう。
ただ、その判断は誤りだったとしか言いようがない。ドルガスを一瞬で燃やし尽くした者に、真正面から向かって行ったらどうなるかは、明らかだからだ。
「お前だけは許さ――あっ!」
ダルケンがルナーラの元に辿り着くことはなかった。
彼は近づいた瞬間に炎に包まれた。しかし走り出した勢いは収まることもなく、そのまま消し炭になっていったのだ。
それをルナーラは、特に表情も変えず、さらには動かず見守っていた。彼女にとって、それはそれ程難しい程ではなかったのである。
「うう、ああっ……」
一瞬の出来事で息子二人を失ったディオート王は、力なくうめき声を出すことしかできなかった。
そんなディオート王に対して、ルナーラは手を向ける。今の彼女には、慈悲や情けなんてものはなかった。彼女はただその役割と全うするだけだ。
「ああ伯父様、一つ言っておかなければならないことがありますね……あなたがお爺様の遺言書を書き換えたことを、お父様は知っていましたよ」
「……何?」
「次期国王に選ばれていたのは、お父様だったそうではありませんか。今となっては、それを見過ごしたことをお父様も後悔していますよ」
「そんな、馬鹿な……」
目を丸めて驚いた後、ディオート王は火に包まれた。
それを見ながらルナーラは、目を細めていた。全ての間違いは、ディオート王が王を継ぎ、その一族がこの国を支配したことだったといえる。そう考えながら、ルナーラはもっと早くこうするべきだったと後悔していた。その分だけ民を苦しめたことを、ルナーラは悔いていたのだ。
「……感傷に浸っている場合ではないわね」
しかしながらルナーラの仕事は、まだ終わっているという訳ではなかった。
三人が亡くなった今、次期王位継承筆頭はニルーアということになる。彼女が王位を自分に譲ることはないと、ルナーラは確信していた。故に彼女も、葬り去らなければならなかったのだ。
それを実行することに対して、迷いなどはなかった。ルナーラは燃え尽きた三人を一瞥することもなく、玉座の間を後にした。
◇◇◇
「あの下らない女……絶対に許さない!」
「ニルーア様、どうか落ち着いてください」
「これが落ち着いていられますか! あんな風に侮辱されて……」
馬車の中で、王女ニルーアはフェルーナに対する愚痴を述べていた。
彼女にとって、元聖女やいとこのラベルグ、村の者達、さらにはやられたり逃げ出したりした王城の魔法使い達まで、気に食わないものだった。
「あの村は焼き尽くします。手配をしてください」
「ええ、それはもちろんそうしますが……王城の魔法使い達はどうされますか?」
「あんな役立たずどもは必要ありません。石像になった者達は、村と一緒に砕いてしまえばいいのです。逃げ出した者達は、捕まえなさい。この世に生まれたことを後悔する程に痛めつけて殺してあげますよ」
王女ニルーアは、下卑た笑みを浮かべていた。
彼女は、自らの権力を用いればなんでもできると思い込んでいる。自分達王族が、選ばれし者だと思っているのだ。
「……うん?」
「あれ? 止まりましたね」
「ちっ! なんですか、こんな時に……見て来なさい!」
「はい、ただいま」
そんなニルーアは、馬車が急に停止したことに腹を立てていた。
彼女は、お付きのメイドに対して口汚く指示を出した。するとメイドは、すぐに様子を見に行く。
ニルーアは自分に従順な者は気に入っていた。お付きのメイドは、その最たる例だ。そんな彼女のように、全員が自分に従うことをニルーアは望んでいる。というよりも、彼女はそれが当然のことだと思っているのだ。
「え? きゃあっ!」
「……うん?」
そんなニルーアの耳に聞こえてきたのは。お付きのメイドの叫び声であった。
その声に、ニルーアは額から汗を流した。護衛として連れて来た魔法使い達は、先程の一件でいなくなっている。その事実を思い出したのだ。
今ここで野盗に襲われたらどうなるのか。それを考えてニルーアは震える。
「……野盗などではありませんよ」
「え?」
「もっとも、あなたにとってはもっと質が悪いものかもしれませんがね」
「あ、あなたは……」
怯えているニルーアは、馬車の戸が開かれて中に入って来た者の顔を見て驚いた。
そこには、見知った顔がある。ニルーアにとってはいとこにあたるドルメア公爵家のルナーラだ。
「ど、どうしてあなたがここに……?」
「さて、何故でしょうかね? ですが、私がこんな状況でここに来たのですから、少しくらいは察してもらいたいものですがね……」
「あなた、何をっ……」
ルナーラの言葉によって、ニルーアは事態を大まかに掴むことになった。
見えてこないものがあるものの、それでもニルーアは理解した。ルナーラがここに来たことが、自分にとって不幸なことであるということを。
「あなたが馬車を襲ったのですか?」
「ええ、そうですよ」
ニルーアの質問に、ルナーラはゆっくりと頷いた。
その動作の一つ一つに、ニルーアは警戒する。彼女が何をしてくるつもりか、わからないからだ。
馬車を襲ったと言ったことから、敵意があるのは明らかなことである。故にニルーアは、逃げる算段を立てていた。とにかく馬車から出て、遠くへと駆け出そうとしていたのだ。
「え?」
そう思って体を動かそうとしたニルーアは、自分の体がまったく動かないことに気付いた。
彼女は、ゆっくりとルナーラの方を見る。すると彼女の仏頂面が目に入った。その表情からは、感情がまったく読み取れない。
「逃げ出されたら困りますから、拘束させてもらいました」
「こ、拘束……魔法で、という訳ですか」
「一つ申し上げておきます。国王と二人の王子は既に亡くなっています」
「……え?」
「私が手にかけました」
ルナーラの突然の言葉に、ニルーアは固まってしまった。
自分の父親と兄の訃報、それはにわかには信じられることではない。
だが、彼女は本能で理解した。ルナーラは嘘を言っていないと。
「な、何故、そんなことを……」
「あなた達兄妹がいると、私が王位を継げませんからね。伯父様に関しても、素直に王位を譲ってくれなかったので」
「そ、それじゃあ、まさか……」
父と兄の死を悼む暇もなく、ニルーアはこれから自分の身に起こることを想像して、絶句することになった。
ルナーラからは、冷たい感情が伝わってくる。それは以前までのような妬みや憎しみなどではなく、淡々としたものだった。
それがニルーアには、屈辱よりも恐怖をもたらしてきた。自分の死が差し迫っていることを、彼女は深く理解したのである。
「や、やめてください。私は……王位なんて、いりませんから。どうか助けてください」
「残念ながら、あなたの存在は最早邪魔でしかありません」
「この国からも離れますから!」
「あなたも王族の一人であるならば、少しくらいは覚悟を決めておくべきでしたね……しかし驚きましたよ。護衛の一人もいないなんて……まあ、お陰で楽ではありましたが」
ルナーラに手の平を向けられて、ニルーアは息を呑んだ。
彼女が何をしようとしているのかはわからなかった。しかし何をするにしても、それが自分を終わらせることであることは間違いない。故に必死に逃げようとするが、体は自由に動かなかった。
「さようなら」
「あっ――!」
最期にニルーアの頭に過ったのは、どうして自分がこんなことになってしまったのかということであった。
それが彼女にはわからなかった。最期まで彼女は、自分が今までやってきたことを省みることはなかったのである。




