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第五十一話 迷い悩み苦しみ

かなこが部屋に連れてきてくれてまたどこかへ行った。

「ここで待ってて。すぐ戻ってくるから。」

そう言い残して。

私はベッドに倒れ込んでボーッとしていた。そしてさっきのかなこの言葉を思い出していた。


『海はどうしたい?本当に竜を探したい?この先海はどうしたい?』


私はどうしたいのだろう。

この世界に来たばかりの時は大陸に行って情報を集めようとしていた。そして島を出た。

次はシルビアさんに会って、同じ異世界人であるナコに会うためにフェルス王国に行った。そしてかなこと会えた。

その次は黒竜。自分に引き寄せられる体質を利用してかなこを助けたかった。だから黒竜に食べられた。そしたら黒竜になった。

黒竜になってからは自分を保つために必死だった。スキルを使うことも覚えてまた人間にしてもらった。魔法の使い方を覚えて黒竜に呑み込まれないように色々やっていた。はやくかなこのような魔法使いになって役に立ちたかった。

やっとまともになってきたと思ったら危険視されて居ずらくなった。でもマスターを助けたくて黒竜の言う通りに他の竜を探したいって思った。でもそれが裏目に出たのか私は捕らえられそうになった。

どうしようかと思ってたらかなこの提案に乗って、レイチェル様達に助けられながらフェルス王国を出てここに来た。

そしてここに来て、神話を知り、この世界を知り、竜のことを知り、そして迷った。

なぜ竜を探そうとしていたのだろう?ただあの人を殺すのが怖くて時間稼ぎの為に言っただけなんじゃないか?そもそも異世界人である私達が竜を探して世界の浄化をさせる必要などあるのだろうか?そうしたら元の世界に戻れるのだろうか?

私は目を閉じて私の中で自分の役目を私に押し付けてきた黒竜に言った。

「あんたの代わりに生きるのはもう嫌。やりたいことがあるなら自分でやりなよ。」





東大陸と西大陸に挟まれた海の中。

奴は突然現れた。人間なのに海底で普通に息をしている。まるで地上と変わらないかのように。

「何の用だ。」

冷たく言い放つと奴は来た時と変わらない顔で言った。

「久しぶりだというのに冷たいな。様子を見に来ただけだ。お前が無茶をしないように止めに来たとも言うかな?」

こいつの余裕そうな微笑みが気に食わない。こいつを選んだ白竜も気に食わない。なぜ人間なんかに全てを与えた?主導権を握るのはこの人間だ。白竜は何をしている?

「緑竜はもういない。あの魔族だけではない。この世界の全ての生き物を殺してやる。魔族も人間も同じだろう。エルフもドワーフも隠れて何もしなかった。お前たち竜もだ。知ってて助けなかったのだろう?緑竜に助けを求められなかったからか?特にお前は白竜も殺してるようなものだ。白竜を出せ。あいつと話したい。」

睨みつけながら言うとその人間は寂しそうな顔で微笑みながら言った。

「白竜は…もう出てこない。何も見たくない、何も聞きたくない、何も感じたくないそうだ。」

「白竜は諦めたのか?最後まで浄化していたではないか。他の竜が諦めても一人で創造神の言いつけを守って。」

奴は黙り込んだ。そして奴の中の白竜も黙り込んだ。

「帰れ。人間のあるべき場所へ。」

そう言うと奴はくるりと向きを変えて歩き出した。そして止まったかと思ったら振り向いて聞いてきた。

「黄竜の居場所を知らないか?」

「知らん。黄竜は特に孤独を愛する。もうどこぞで死んだのではないか?誰よりも悲しんでいたからな。お前のせいで。」

少しでもその顔を歪ませたくて言ったのに奴は顔色一つ変えずに

「そうか。」

とだけ言って去った。

奴は人間でありながら魔法を自由自在に操った。そして白竜を見つけ、白竜と契約し、白竜をその身に宿した。白竜もそれを望んだ。

その事が黄竜はショックだったのだろう。白竜を信じきっていたから。素直な黄竜は白竜の意志を理解し、敬愛していた。そんな白竜が人間ごときに全てを与えてしまった。さぞ悲しんだであろう。それから黄竜は姿を消した。

緑竜はよく言っていた。黄竜に白竜の気持ちは理解できないだろうと。かくいう青竜である我も理解できない。他の竜なら分かるのだろうか…。いや、赤竜も橙竜も分からないはずだ。分かるとしたら黒竜か…。あいつも白竜を信じていた。白竜が人間に全て与えたと知ったらどう思うだろう?怒り狂ってそのままこの世界を消滅させてくれたらいいのに…。

あぁ…緑竜…。我が友よ…。孤独とはこんなにも寂しく、苦しいものだったのだな…。





私はフカフカのカーペットの続く廊下を歩いていた。すると向こうから近づいてくる人影に目を見張った。

「な、なんで…ここに…。」

私の言葉にニヤリと笑ってその人は言った。

「王妃の実家ですからね。たまにお互い行き来しているんです。」

私はゴクリと喉を鳴らしてダルシオンさんを見つめた。

「そんなに警戒しないでください。別に海殿を捕らえに来たわけではない。」

「だったら何しに来たんですか?」

私は冷たく言い放つ。

「領主に話があって来ました。ついでにあなたにも用があります。ナコ殿。」

「え?私?」

まさかそう言われるとは思わなかった。てっきり海を連れ戻しに来たのかと…。

「ナコ殿。フェルス王国に戻ってきてください。魔族との同盟は破棄されました。結界があるとはいえ魔術師が不足しています。いざと言う時にあなたの光魔法が必要です。」

ダルシオンさんの言葉に嘘はなさそうだ。でも…。

「私の役目は終わりました。国丸ごと覆う防御魔法を作り出すこと。もうできましたよね?」

「そういうと思ってました。ですがあなたは迷っている。違いますか?」

心の中を読まれてるみたいに返された。

その通り。私は迷っている。

確かに私の役目は終わった。でも半年以上フェルス王国にいた。情がわかないはずがない。みんないい人たちだったのは知ってるし、海が黒竜になっても私には変わらない待遇だった。そんな人達が魔族と戦うかもしれないという危険な状態だと聞いて黙って見過ごせるだろうか。魔族と直接戦ったことがあるからよくわかる。魔術師…特に光魔法が扱える魔術師は必要だ。

「私は…海の側にいます…。」

そう答えるとダルシオンさんは聞いてきた。

「先程領主から聞きました。竜探し…保留中らしいですね。どうしました?海殿が駄々こねました?」

小馬鹿にするような言い方にムッとしてそのまま言い返してしまった。

「違います!海は…海は悩んでるんです!」

ダルシオンさんは不思議そうな顔をして

「じゃあ、あなたは悩んでないんですか?なら海殿を置いて竜探しに行けばいいじゃないですか。」

と言った。

え?そんなこと…そんなことしていいの?だって海が探さないといけないんじゃないの?…あれ?別に私が探しに行ってもいいのか。海が行った方が黒竜だから話上手く進むかなと思ってたけど…別にジェド様とライネル様がいれば別にいいのか?

「ナコ殿。」

名前を呼ばれてハッとした。

「ナコ殿と海殿は背負うものが違います。あなたは黒竜に頼まれたわけでもない。ましてやマスターの為にあなたが竜探しをする必要もない。なぜここにいるんです?」

ダルシオンさんの言葉が突き刺さって動けない。

「まぁいいです。俺はもうここでの用事は済みましたので帰ります。ナコ殿を連れてこいとは言われてません。俺が勝手にあなたに戻ってこいと伝えたかっただけです。では。」

そう言うとダルシオンさんは私の隣を通り過ぎて行った。私はその場から動けずに突っ立っていた。





「兄上…。私が行きます。」

「ダメだ!」

私の言葉に悩むことなく兄上は言い放った。

「ですが…フェルス王国の援軍要請に応えないのですか?レイチェルが危険かもしれないんですよ?」

私はなんとか兄上を説得しようとしているが兄上は首を縦に振ってくれない。

「フェルス王国の要請には応える。だがライネルは行くな。俺が行く。」

それでは父上の時と同じだ。

「兄上はここの領主です。それに魔法は使えません。ならここは魔術師である私が行くべきです!ダルシオンさんも言ってました!魔族相手だから、できれば魔法が使えるものがいいと…。」

兄上は黙ったままだ。

フェルス王国は魔族との同盟を破棄された。なんでも、条件を満たせなかったとのこと…。そして魔族から通達があったらしい。

『雪解けと共に貴様らを雪崩の如く呑み込んでやる』

つまり…。春になったら攻め込んでくる…。

小さないざこざはあったと聞く。だが全面戦争ではなかった。そしてこの通達は全面戦争を意味する。

父上が亡くなった時と同じ、フェルス王国と魔族領の存続をかけた戦いだ。避けられないのだろうか…レイチェルが心配だ…。

「一旦この話は終わりだ。考えさせてくれ。それよりライネル。竜探しの方はどうするんだ?」

兄上が聞いてきたことは私も気になっていた。

「わかりません。かなこさんも待ってくれの一点張りでしたから…。何かあったのでしょうか?」

火山地帯の赤竜の話をしてから2日、あの2人は何故か保留のまま一向に探しに行こうとしない。聞いても事情を説明してくれない。

「ライネル。」

「はい。」

兄上は真剣な目で見つめてきた。私はこの次何を言い出すのか分かってしまった。

「事情を聞き出せ。断られても食い下がれ。せっかく黒竜という切り札を手に入れたんだ。竜探しにはもってこいだろ?この機会を逃したくねぇ。俺らはフェルス王国の件もある。時間がねぇんだ。」

私は腹をくくって答えた。

「分かりました。」


客間の扉を叩くと海さんの声がした。

「ライネルだ。少し話をしたいのだが…入ってもいいだろうか?」

そう言うと中から物が落ちる音や何かを倒すような音がしてようやく扉が開いた。

「す、すみません!」

海さんが慌てて出てきた。

「な、なんでしょうか?今かなこ居なくて…。」

焦ったように周りをキョロキョロ見てる海さんは初めて会った時より幼く見える。

保留の原因は海さんだろうか…。

そう感じた私は海さんに提案した。

「ちょうど良かった。海さんに見せたいものがあってな。着いてきてくれるだろうか?」


私は海さんを連れて図書室に来た。

「ここには東大陸でも珍しい本が沢山ある。特に神話や竜に関するものばかり。私が幼い頃から神話などが好きで、父上がよく手に入れてきてくれたのだ。」

そう言うと海さんはズラっと並べられた本を眺めている。そんな様子を目に入れつつ私は1冊の本を取り出した。何度も何度も繰り返し読んだ本。おとぎ話なのか実話なのか分からない内容だ。幼い頃は楽しく読んでいた。だが大人になるとこれは私の道しるべとなった。

「私が好きなのはこれだ。『人間と竜』という題名だ。内容は題名通り。人間と竜が関わる話がいくつも書かれている。大昔の実話なのか、言い伝えに尾ヒレがついただけのおとぎ話なのか、出どころも分からないものばかり。」

海さんは手に取ってページをパラパラとめくっている。そしてあるページでピタリと止まった。そして私を見つめると何か言いたそうな顔をした。

「似ていると思わないか?その魔術師……マスターに。」

本の挿絵に載っている人物。小さな挿絵だが、そこに描かれているのはマスターと呼ばれる人物によく似ている。

「この本は1000年以上昔に書かれたものだ。しかも未だにこの1冊しか目にしたことがない。父上もこの本をどこで手に入れたのか覚えてない程だった。それほど流通していないし、研究者も目をつけていない。それに…この本の著者はその挿絵に描かれている大魔術師グレンだと言われているのだ。」

「えっ?!」

海さんが思わず声を発するのも分かる。

「この大魔術師って…どんな人なんですか?」

海さんの質問に答える為に私は別の本を手に取った。そしてとあるページを開いて彼女に見せた。

「大魔術師グレンはあらゆる魔法を使いこなし、この東大陸と西大陸を分けた人だ。大地を割って2つにしたのだ。」

「えっ?!東大陸と西大陸って元々1つだったんですか?!」

私はニコリと笑って頷いた。

「しかも分けたのは竜のためだとも言われている。水の竜、青竜の居場所を作ってあげたらしい。水が豊富な場所は陸地じゃ限られてしまう。大陸も大きくて外海だけでは不便だったのだろう。だから海を作り出した。海上で嵐が起こるのは青竜と風の竜、緑竜が遊んでいるという言い伝えがあるのだ。」

海さんは食い入るように大魔術師について書かれた箇所を読んでいる。

「私が初めてマスターを見たのは15歳の時だ。父上と話しているのを見かけただけなのだが、その時にこの大魔術師がそこで話しているような錯覚にとらわれた。それほど似ていた。それからマスターについて父上に質問しまくってな…困らせたのだ。そしてようやく彼がエルフのように長生きしていると知って確信を得た。きっとこの人は大魔術師グレンなのだと…。だが証拠はない。聖都でも色々情報を集めたが分からなかった…。」

私はそこまで話して海さんに最初に渡した本を指さして言った。

「その本の最後の話を読んでみるといい。」

そしてそのまま図書室を出た。海さんが求めているものが私と同じならきっと竜探しに乗り出してくれるはずだ。





ライネル様に言われて、私は椅子に座ってページを捲った。そして最後の話を読み始めた。


『絆』

私は山を登った。高い高い山だ。ここに竜が住むというのだ。険しい山道を登り、崖を登り、谷底に落ちそうになりながら崖っぷちを進んだ。そしてついにたどり着いた。

目に入ってきたのは、真っ白な白銀の鱗に覆われた竜。白竜だ。光の竜、創造と再生の竜。

私は白竜に問いかけた。

「この世界が憎くはないのか。なぜ人間を信じるのか。」

白竜は答えた。

「我にとって人間は小さな子どものようだ。駄々をこね、感情に任せて行動する。時には憎しみや怒りをぶつけることもあるだろう。だが人間は美しいものを生み出す。エルフでは想像もしないような美しい魔法を生み出した。ドワーフでは考えも及ばぬほどの知恵を使って仲間を助けた。争いの耐えぬこの世界で唯一美しいものを生み出す。愚かであるがそれが可愛いのだ。」

私はまた問いかけた。

「ならばなぜこの世界を見限ったのか。」

白竜は答えた。

「我では…我だけではできぬのだ。どんなに再生しようとも、どんなに創造しようとも、作り直すには破壊しなければならない。我には壊せない。あれが気づいてくれるまで待たねばならない。」

私は白竜が待つ者を知らない。知っていても見つけることも説き伏せることもできないだろう。

「そなたは褒美をもらったことがあるか?」

今度は白竜が問いかけてきた。

私は答えた。

「働きに応じて褒美をもらうことは人間では当たり前だ。」

白竜は思案した後、問いかけてきた。

「そなたは…我になにをくれる?浄化の褒美になにかくれるのか?」

私は答えた。

「何か欲しいものがあるのか。」

すると白竜は答えた。

「そなたが欲しい。」

私は問いかけた。

「私の何が欲しいのか。」

白竜は近づいてきて答えた。

「我に無いものをそなたは持っている。人間と対等に関わることのできる肉体。我は人間になりたいのだ。もっと近くで人間を見たい、創造神が与えた知恵を聞きたい、感情というものを感じたい。もちろんそなたにも褒美を与える。竜という命を。竜という記憶を。竜という使命を。」

私は白竜の褒美を受け取った。そして私も白竜に褒美を与えた。

白竜と私が1つになることでお互いが満たされたのだ。これを人間は絆と呼ぶ。


私は本を閉じた。

ライネル様はこの話が真実か嘘か分からないと言っていた。実際読んでみて、私も分からなかった。だけどこれはきっとあの人と白竜が契約した時の話だ。

そしてマスターが私にねだった褒美が何かわかった。

『絆』だ。

お互いを信頼し合う関係を求めた。永遠とも言える長い年月でその関係を保つのは容易ではない。きっとあの人は自分と同じ境遇の私ならできると思ったのだろう。

それと同時に私を束縛しようともした。切っても切れない縁。それがあの人と私の絆。

この話に出てくる絆は二面性を持つのだ。それに本人達が気づくのはもっとずっと後の話…。

白竜が与えた竜の命、記憶、使命。それがマスターの知識欲を満たした。だけどそのうちその呪縛から逃れられないことに苦しんだ。人間をより近くで感じたかった白竜も最初は喜んだはずだ。だけどそのうち欲望の尽きない人間を知りすぎて苦しみへと変わっていった。白竜もマスターもお互いがお互いを苦しめ合う関係になってしまったんだ。そしてその関係を断ち切れない。創造と再生の力ではできない。あまりにも残酷な結末だ。

私も同じだ。

黒竜と私が1つになったことで私は黒竜の力を手に入れた。黒竜も私という人間に収まったことで身を隠すことができている。だが、それと同時に私は黒竜がいなければ何もできない。黒竜は私がいなければその身は果てていた。私と黒竜はお互いの存在に依存してしまっている。

マスターと白竜、私と黒竜の違いはただ一つ。自分の力でその絆を断ち切ることができるかできないか。

「ねえ黒竜。あなたは白竜を救いたいんでしょう?それができるのは破壊と消滅の力を持つあなただけ。どうすべきか分かるよね?」

私は黒竜に言った。

返事はないけど私の中の黒竜が頷いた気がする。

私はライネル様に渡された2冊の本とエステル様に見せてもらった神話の本を持って図書室を出た。


最後までお読みくださりありがとうございます。


感想、レビュー、評価など頂けたら励みになります。誤字脱字、読みずらいなどありましたらコメントください。日々精進です。

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