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第四十六話 黒竜の願い

カルロさんに呼ばれて私とダルシオンさんはサントスさんの部屋に来ている。

「獣人2人が持ってきた本…ですか?」

ダルシオンさんは不思議そうな顔でサントスさんに聞いた。

「えぇ。あの本はどのような内容のものか、というのを聞きたくて。」

ダルシオンさんはサントスさんの言葉に頭をかいて面倒くさそうに答えた。

「あれは本というより…手記です。誰かが異世界人に聞き取り調査をした結果が書いてあります。しかもかなり古い。千年は軽く越えるほどです。書き手が誰なのかは…まだ分かりません。」

「それをくれた方は…マスターですか…。」

サントスさんは考え込むように言った。

そんなサントスさんを無視してダルシオンさんは続けた。

「マスターはあの本をあの獣人2人に託したようです。なので信憑性は高いかと。あと海殿にも聞いたところ同じような症状があります。記憶が抜け落ちてます。ですよね?ナコ殿。」

突然自分に振られて驚いた。

「あ、はい!えっと…この世界に来る前の記憶なんですが…。家族の名前が思い出せない…みたい…です。」

海は自分の苗字も家族の名前も忘れていた。教えてもピンと来てなかったようだった。

「記憶の欠落はどの程度進行しているのですか?」

「それは分かりません。ただ、人間の姿になったことで進行は遅くなっていると考えられます。性格も魔族のように好戦的になっていませんし。」

サントスさんの質問にダルシオンさんが答えた。

「急いで対処しないと…。黒竜に呑まれてしまえばそれこそ大変なことになる。対処法は書いてあったかい?」

今度は不安そうな顔をしたカルロさんだ。でもダルシオンさんは首を横に振った。

私は海から聞いたことをそのまま伝えた。

「マスターは…海の自我が弱いと…。主導権を握れるくらい自我を保てと言われたみたいです。」

するとみんな考え込み始めた。そしてサントスさんが代表するように口を開いた。

「自我ですか…。海殿はそれほど自我の弱さを感じませんでしたが…。獣人2人も海殿が自ら大陸やフェルス王国に行きたいと言い出したと言っていました。」

海は考えることが多い。考えて考えて考え抜いて出した結論は揺るがない。頑固とも言えるほどだ。だから自我の話を聞いた時、違和感を感じた。海がそんな黒竜に呑まれるほどとは思えなかった。

「ならば、それでも足りないほど黒竜が強く願う何かがあるのでしょう。」

ダルシオンさんが言うとみんなまた考え込んだ。そしてカルロさんがポツリと言った。

「黒竜がなぜ海さんに救いを求めてきたのかが分かればいいんだけど…。海さんも黒竜とは話せないって言ってたしな…。」

そして再び沈黙。

私はふと思ったことを口に出してみた。

「マスターはどうです?何か知恵を借りれないんでしょうか?」

その問いにサントスさんが答えた。

「所在が分かれば聞けますが…。ダルシオン殿。ご存知…」

「知りません。」

即答するダルシオンさんから視線を移して私を見つめてくるサントスさん。

そんなに見つめられても私はマスターとそんなに話したことないし…。

「あの方は神出鬼没。どこにいるのか分かる者は少ないでしょうね。」

私の答えが顔に書いてあったのか、諦めたようにサントスさんが呟いた。

すると遠くから足音が聞こえてきて扉が勢いよく開いた。

「う、海さんが!」

血相変えたジョン君が珍しくノックもなしに入ってきたのに驚いて、その場の全員が息を呑んだ。


ジョン君の話を聞きながら騎士団の団欒スペースに来ると、床に寝ている海の脈を確認しているシルビアさんがいた。そして私たちに気づくと冷静に話し出した。

「生きてる。寝てるみたいな状態だ。ただ…魔力感知だかをチャミがやったところ、不安定だそうだ。よく分からないからお前ら頼む。」

その話を聞いて一番に駆け寄ったのはカルロさんだ。それに続いてダルシオンさんも近づいたが、私は足が床にくっついたみたいに動けなかった。

「魔力が強くなったり弱くなったりしてるね。黒竜と海さんが交互に出てきてるみたいだ。どう思う?ダルシオン。」

「えぇ俺もそう思います。とりあえず部屋に運びましょう。」

「なら俺が運ぶ。シルビア、部屋に運んだらその後は頼む。」

「おう。任せな。」

チャミ君とシルビアさんが運ぶ話をしているけど、それがとても遠くに感じる。目の前で起きていることがまるで舞台上の出来事のように感じる。

すると肩にポンッと手が置かれてハッとした。

「ナコ殿。ナタリーを呼んできますので、あなたは海殿の側にいてあげてください。」

と、サントスさんが私にゆっくり言った。

「あ、はい。」

我に返ったように意識が戻ってきて私は海の元に駆け寄った。





目を開けるとそこは真っ暗な闇の中だった。右も左も分からない。立っているのかもよく分からない。前にもこんなことがあった気がする…。卵の中だ。あの時と同じ感じだ。

「なぜあいつは我を見捨てない。我はこの世界の邪魔になりたくないのに。きっと邪魔なはずだ。なぜ消してくれない。」

突然聞こえた声に驚いて周りを見渡すが誰もいない。

「誰?」

恐怖で声が小さかったのに、それは聞こえたのか答えてくれた。

「お主は…あの異世界人か?」

あの異世界人?もしかして…。

「あなたは…黒竜?私は海です。あなたに食べられた異世界人です。」

もしやと思ってそう答えると、それは暫くして答えた。

(われ)()を隠していた間に何が起こった?なぜあいつはあのように苦しんでいる?人間が…この世界が美しいと言っていたのに…。なぜ今は憎んでいる?」

あいつ?だれのこと?憎んでいる?

「あいつって誰のことですか?」

分からず聞いてみると黒竜は悲しそうに言った。

白竜(はくりゅう)だ。他の竜はどこにいる?あいつを手伝っていたのではないのか?なぜ誰も側にいない?ひとりぼっちではないか。」

白竜って誰のこと?他の竜?

「他の竜を探したら、その…白竜はどうなるんですか?」

「白竜は優しいやつなのだ。他の竜から我を守ってくれた。邪魔ではないと言ってくれた。役目があると。他の竜を探せ。白竜を助けてくれ。この世界の浄化をしてくれ。我ではできない。」

頭の中が混乱してきた。質問して答えを得ているのに謎が増えるだけ。

「白竜って誰のことですか?」

「命あるものを愛し、この世界を愛し、そして全てに絶望している者だ。」

その言葉を聞いた途端私は光に包まれた。そして眩しさから逃れようともがき、再び目を開けたら天井が見えた。そして心配そうに覗き込んでいるかなこがいた。


「海…?大丈夫?私がわかる?」

心配そうなかなこに微笑んで言った。

「かなこ…大丈夫。黒竜と話してただけ…。」

「はぁ?!黒竜と話した?!」

思わぬ人の大声にびっくりして顔を向けると、椅子から立ち上がって私を見ているシルビアさんがいた。

「シルビアさん。声が大きいですよ。」

その隣のナタリーさんがシルビアさんをなだめている。

「あ、あぁ。悪い。」

ストンと座ったシルビアさんは私にもう一度聞いた。

「海。お前突然ぶっ倒れたんだ。そんでここに運んで暫くしたら起きた。お前はその間、黒竜と話してたのか?」

私は起き上がってシルビアさんに言った。

「白竜を…他の竜を探せと…言われました。」

シルビアさんは、わかった、とだけ言って部屋を出ていった。ナタリーさんもかなこに何か言ってからシルビアさんの後を追った。

部屋には私とかなこ、そして沈黙が残された。

「海…。白竜って誰?」

かなこが答えを知ってるかのように聞いてきた。私もハッキリとは言えないけど答えを知っている気がする。

「多分…マスター。」

かなこはゆっくり私の隣に寝っ転がってきた。そしてポツリと言った。

「海。マスターの正体始めから知ってた?」

私は小さく頷いた。

「なんで言ってくれなかったの?」

「ごめん。」

返す言葉もない。

初めてマスターと2人きりで話した時のオーラや話し方、その後怒らせてしまった時のマスターの雰囲気と話の内容から察しはついていた。直接本人から聞いたわけじゃないけど何となくそんな気がした。体が…私の中の黒竜が反応したような気がしたから。

「海。言いたくないならいいけどさ…。黒竜に食べられる時何考えてた?」

「え?」

かなこはじーっと見つめてくる。私が答えるまで動く気はないのだろう。

私はかなこの隣に寝転がって目を閉じ、そして話した。

「役に立てるのはかなこだけ。私はなんでこの世界に来たのかも分からないほど使えない人間。だったらこのまま黒竜の気を引いて黒竜ごと消してもらおう。もしかしたらそのまま死んで元の世界に戻れるかもしれないって思った。」

そう言うと、かなこは私に擦り寄ってきて震える声で言った。

「海がいなきゃ…魔術師かなこはここまでうまく生きて来れなかったんだよ…。もう二度とそんなこと考えないで。どんな姿でもいいから…海でいて。側にいて。」

「うん。」

私はかなこの頭を撫でた。怖がる子どもを慰めるように。

そして暫くするとかなこは顔を上げて言った。

「海。マスターのこと好きでしょ。」

「え…いやいや違うよ!初めにも言ったでしょ!額に入れて飾りたいって。これは推しってやつだよ。そういう好きじゃない。それに…あの人意地悪だし…。」

意地悪な人は嫌いだ。ちょっとふてくされたように答えると、かなこはニヤリとして言った。

「私にはバレてるよ。推しだったけど今は違う。好きなんだよ。だからダルシオンさんに喧嘩売るようなことした。同じライバルだから。」

私は布団を頭まですっぽり被って言った。

「マスターなんて大っ嫌いです!」





王の間に着いて私は扉を開けた。それと同時にナタリーさんも追いついて一緒に入った。

「シルビア!海さんは?!」

国王の心配そうな顔が気に入らない。別に国王がってわけじゃない。なんとなく私はイラついている。

「起きた。そんで黒竜と話したんだと。」

「どのような話を?」

驚いた様子の病弱が聞いてきたが、あしらうように

「知らね。本人に聞けよ。」

と言った。

「じゃ、じゃあ僕が聞いてくるよ…。」

カルロの奴。私が不機嫌なことに気づいて逃げたな。賢明な判断だよ。

「では私も…」

と病弱も連れ立って行きそうになるのを襟首掴んで止めた。それを見たダルシオンも行こうとしてた足を止めて諦めたようにため息ついた。

「さてと。お偉い方さんよぉ。何話してたか聞かせてもらおうか。」

戦ってる時のようなニヤリ顔で聞くと、国王もダルシオンも病弱も目を逸らした。恐らくカルロ以外は同意見だったようだな。

「ナタリーさんはどっち?ルークは恐らく国王側だろうな。ここにはいないけど話は知ってるはずだ。」

そう言うとナタリーさんは、私が掴んでる病弱の襟首に手をかけて離すように目で訴えながら言った。

「私はサントス様の妻です。」

なるほど。ナタリーさんもそっち側か。

つまり国王、宰相、魔術師、騎士団長という国のトップが揃いも揃ってそっち側。

私は病弱から手を離して解放し、息を吸って言葉を発した。

「海を…黒竜を…殺すのか?」

真っ直ぐ見つめて言ったはずなのに誰1人私の顔を見ない。

「黒竜が邪魔になったか?王妃の一言で孵化させようってことになったしな。それに(こころよ)く賛同したのは全員じゃなかったのか?」

苛立ちを隠すことなく全員に問いかける。すると国王が顔を上げて言った。

「シルビア。私はこの国の王だ。この国の民を守ることが役目だ。そして宰相であるサントスもそうだ。国のことを優先する。」

んなこと分かってるわ。

「じゃあダルシオンは?ルークは?」

私は頭はそんなに良くない。こいつらみたいに国の政治ってやつは分からない。

するとまた国王が話し出した。

「ダルシオンはマスターのことをよく知っている。そしてダルシオンを餌に我々と繋がろうとしていることは聞いている。利用されているのだと。ルークは騎士団長としてこの国の防衛を任せている。国の危機と感じたら直ぐに排除することを許しているつもりだ。もちろんシルビアにもだ。」

ダルシオンはそれでいいのか?

ルークは動物的勘でマスターを気にしていた。あのお硬い騎士団長様だ。国王の言うことは聞くだろう。

「ならマスターを消せばいい。海は関係ないだろ。」

イライラしてきて直球に聞くと、病弱が話し始めた。

「シルビア殿。あなたも感じているはずです。海殿が来てからマスターはこの国に頻繁に現れ始めた。狙いは黒竜。つまり海殿です。黒竜を消すことでマスターは本性を表すでしょう。その本性を暴きたいのです。そして消したいのです。大きすぎる力は災いしかもたらしません。マスターの存在は危険すぎる。魔族領との同盟条件にもその事が上がっています。」

「魔族領?」

思いがけない言葉に疑問を隠せず聞いてみる。

「えぇ。魔族領から同盟継続の条件が送られてきました。マスターを消せ。そうすればフェルス王国には手を出さない、と。」

魔族領はマスターに恩があるはず。なのにその恩人を消せって?しかも私らに。自分たちじゃ手が出せないってことか?

「魔族が自ら消せばいいじゃねぇか。なんでわざわざ私らがやる必要あるんだよ。」

今まで黙っていたダルシオンが答えた。

「シルビア殿。マスターを殺せるのは海殿だけなんです。闇魔法の力でないと殺せない。彼は今まで一度も闇魔法を使ったことがない。いえ、使えないんです。白竜だから。」

驚いた。マスターの正体を暴いていたのか。マスターが白竜…なるほど。魔族にとって大敵だ。そりゃ自ら手を下せないわけだ。それで私らに押し付けてきたと。

「…胸糞悪ぃ…」

声に出すつもりはなかったが出てしまった。

「それに反対してるのがカルロってわけか。臆病だからなあいつは。マスターを…白竜を殺すのはマズいって思ってるんだろうな…。わかった。なら海に聞いて見りゃいい。」

私の提案に全員が驚いた顔をした。

それを見て扉の向こうに声をかけた。

「だってさ!どうする?海?」

すると静かに扉が開いて海が入ってきた。今まで見たこともないような覚悟を決めた顔をして。





シルビアさんに呼ばれて私は焦った。でも海は分かってたかのように扉を開けて入っていった。何度も見たことのある顔。考えて考え抜いた結果を実行する時の海だ。

私とカルロさんは海の後を追ってシルビアさんの隣まで行くと、海は静かに話し始めた。

「黒竜は白竜の為に他の竜を探せと言ってました。そうすれば以前のような優しい白竜に戻るだろうと。世界の浄化をしたいと思っている黒竜は自分ではできないと言ってました。闇魔法で世界は救えない。でも白竜のことは救いたいと誰よりも願っています。」

そこまで話して海は息を吸った。

「私がマスターを殺します。黒竜として。でもその前に他の竜を探させてください。マスターのことを聞きたいんです。そしてマスターのことを知り、あの人自身の口から本心を聞きたいんです。その後はお任せします。私を殺しても構いません。お願いします。」

海は頭を下げた。

私達はそんな海を見つめていた。ここにいる誰もが言葉を失っていた。

そしてカルロさんが1歩前に出て言った。

「国王。マスターを消すのは容易ではありません。海さんならできるとも限らない。それに…あの人に救われたのは我々も同じです。少なくとも僕は…あの人に何度も助けて貰っている。ダルシオン。君が一番この計画に反対すると思ったよ。あの人の弟子なんだから。」

ダルシオンさんは俯いてポツリと言った。

「俺は…弟子ではありません…。」

「でもマスターを慕っているのでしょう?」

海の言葉に悔しそうな顔をしたダルシオンさんは少し躊躇った後、ゆっくり歩いてきて私たちの側に立った。

「マスターは…恐ろしい魔法使いです。正面からぶつかってどうこうできる人じゃない。油断したところを狙うしかありません。その為に他の竜を探してマスターを知るのは賛成です。」

と言った。

国王様もサントスさんも頭を抱えた。

いつの間にかシルビアさん側が多くなっていたからだ。

私はその時誓った。

海を殺させはしない。絶対に守る。例え世界がどうなろうとも。海の側に最後までいるのは私だ。


その後、国王様と宰相さんは私たちの案に賛成してくれた。他の竜を探す。それから海とマスターの処遇を決めると。





その夜。

私は部屋で寝る準備をしていたら突然窓が開いて冷たい空気が入ってきた。

「寒さは感じないけど雪入ってくると濡れて怒られるんだよなぁ。」

独りごちて窓を閉める。そしてベッドに優雅に座っている人に話しかける。

「黒竜…あなたを心配していました。」

「そうか。あいつに心配されるほど俺は弱っていたか?」

さも普通に返答をしてくる。

「さぁ。でもオーラは小さくなったり大きくなったりしてます。安定していないんですね。」

「そこを見破られるとは思わなかったな。」

オーラが今はとても小さい。前に会った時より小さくなっている。でもたまに元に戻る。不安定で揺らいでいるのだろう。

「それで?用事はなんですか?…っとその前に手当てしましょう。血で汚されると困ります。」

話を続けようとしたが、ローブを脱いでいるマスターを見て手当てが先だと思った。手や肩にいくつもの小さな裂傷が見える。深くはないだろうが赤い血が見える。

私は救急セットを取り出して包帯や傷薬を使ってマスターの手当をした。この人でも怪我をすることがあるのかと思った。

手当をしてる間、マスターは口も開かずいつもの笑顔もなく、ただ私を見つめていた。

手当てが終わり、片付けながら聞いてみた。

「この傷どうしたんですか?」

マスターは包帯を巻かれた手を見ながら答えた。

「魔族に嫌われてしまってな。あいつらは容赦ない。闇魔法は防いでも痛いんだ。」

そうか。それでこんな傷を。闇魔法は白竜にとって弱点だ。

「あなたは元々白竜…なんですか?それとも人間?」

突然の質問なのに顔色一つ変えずにマスターは答えた。

「人間だ。白竜と契約してこの体を与えた。お前と同じく呑み込まれそうになることもあった。だが俺は自我を失わず、白竜と折り合いをつけている。主導権は人間の俺。たまに白竜の記憶や思考が流れてくる。」

そう話しながらマスターは私のベッドに潜り込む。

「あの…そこ私のベッドです。」

「あぁ知っている。だからこうして横にズレてるだろ?」

いやいや、そういうことじゃない。ここに居座る気?突然来て今夜はここで寝る気?

私は溜息をつきそうになるのを堪えて聞いた。

「……一緒に…寝ろと?」

マスターはニコリと笑って

「寝相はいい方だ。お前と違ってな。」

と言った。

なぜこの人は私の寝相を知っている?確かに朝起きたら上下がひっくり返ってることもある。でもいつもじゃないし、最近は大人しく寝れている。

「…私だってそこまで酷くはないです…。」

ふてくされたように答えると、マスターは布団をポンポンと叩きながら聞いてきた。

「来ないのか?」

それはズルい。この人はこういう所がズルい。

少し悩んだけど私だってベッドで寝たい。床は嫌だし、ソファも小さい。椅子も肩凝るし…仕方ないか。

私は渋々ベッドに潜り込んだ。そして極力端っこに寄ってマスターとの間にクッションをドンッと壁のように置いた。

「ここからこっちには来ないでください。指1本越えないでください!」

「わかった。」

優しく微笑むとマスターは私に背を向けて寝た。そして私の好きな声色で言った。

「おやすみ。」

顔に熱が集まってくるのを気付かないふりをして布団に潜り込み、

「おやすみなさい。」

と返事した。


それからどのくらい経っただろう。私は全く寝付けずにいた。原因は分かっている。クッションの向こう側にいる人のせいだ。

そして昼間かなこに言われた言葉を思い出しては忘れようと必死になっている。


『海。マスターのこと好きでしょ。』


違う!絶対違う!

かなこがそう言うから勘違いしそうになるけど違う。多分これは私じゃない。黒竜の気持ちだ。黒竜にとって白竜は特別な存在だから。

私はこっそり起き上がってマスターに近づいていく。多分寝てるはず。あれから動かないから寝てるはず。

クッションをどかして起こさないように顔を覗き込もうとしたら、視界が反転して目の前にマスターの顔があった。

「えっ…」

背中にはベッド、両手はベッドに縫い止められて動けない。組み敷かれてる状態だと気づいた時にはもう遅く、マスターがニヤリとして言った。

「クッションからそちらには指1本出してないぞ?なんせお前が自ら境界線を取り払ったのだから。」

視界の端に床に転がったクッションが見えた。

心臓の音がやけに大きく聞こえる。動こうとしても体は全く動かない。

「あ…えっと…」

「このままどうする?俺の好きにしていいのか?」

そう言うやマスターの顔が近づいてきて、私は慌てて目をギュッとつぶって声を上げた。

「ち、違います!は、話がしたいです!」

そう言うと手が解放されたのを感じて目を開けた。起き上がるとマスターは私の上から降りてベッドに腰掛けていた。

「何が聞きたい。」

優しくもないし冷たくもない、何を考えているのか分からないような言い方に一瞬ビクリとした。私は身なりを整えてベッドに正座した。

「あなたを殺せと言われました。白竜を殺せるのは黒竜だけだと。あの時言っていた『処分役』というのはこのことだったんですね。闇魔法でしか白竜は殺せない。だから私を気にかけてくれた。あなたも黒竜に殺されたいと思っているから…。」

マスターは黙ったままだ。

「でも私は闇魔法の使い方も分からない。あなたを殺せない。きっと…そんなことしたら…ダルシオンさんが悲しむから…。」

「あいつも俺を殺すことに賛成していただろ?悲しむことはないと思うが。」

この話題はよくない気がして、違う話題を振ってみる。

「他の竜はどうしたんですか?」

マスターは少し間を置いてから話し出した。

「西大陸にいた風の竜『緑竜(りょくりゅう)』は魔族に食われた。大陸間の海に隠れている水の竜『青竜(せいりゅう)』も見つかるのは時間の問題だろう。緑竜と青竜は仲が良くてな。緑竜が食われたと知って青竜は魔族を恨んでいる。そのうち仇討ちとか言い出して飛び込んでいくだろう。相討ちならいい方だ。最悪なのは魔族に負けて食われることだ。西大陸の魔族はより力を手に入れてしまう。」

西大陸の魔族が魔物みたいに感情がなくなってしまったのは竜のせいだと言っていた。その緑竜を食べておかしくなったって事?

「他の竜は…?」

「火の竜『赤竜(せきりゅう)』は土の竜『橙竜(とうりゅう)』と共に火山地帯に潜んでいる。雷の竜『黄竜(こうりゅう)』は行方知れず。俺も探している。」

私の質問にあっさり答えてくれるのが不思議だ。自分の正体もあっさり話してくれた。どういう風の吹き回しだろう?それともこの話は全部作り話?

「全部…本当のことですか?」

私は恐る恐る聞いてみた。

「嘘だと思うならそれでいいさ。」

こっちを見向きもしないでサラッと答えた。でも少し寂しそうな顔をしていた。

多分この人は今も昔も嘘をついてない。話術で上手く躱しているだけで嘘は一つも言ってない気がする。

「他の竜はなぜあなたと一緒にいないんですか?」

「以前にも言ったはずだ。俺たちはもう諦めたんだ。この世界の浄化を。どんなに苦労して浄化してもすぐに人間や魔族は血を流す。その血が染み込んだ大地を綺麗にしてもまた(けが)される。それの繰り返し…。何千年も前から何一つ進歩しない愚かな存在を守る必要があるか?」

淡々と話しているマスターの心が読めない。何を考えているのかサッパリだ。でもきっと嘘は言ってない。

「人間が…嫌いですか?好きと言ってましたよね?」

少しの沈黙の後、マスターはいつもの意地悪な笑みを浮かべて質問に質問で返してきた。

「海…。お前は俺にどんな褒美をくれるんだ?」

「え?」

話の流れに全く関係ないことを聞かれて、素っ頓狂な声を出してしまった。

褒美?私を人間にしたことの見返りを求めてる?それとも…ナタリーさんとお茶会をしながら話していた内容を聞かれてた?私がこの人に与えられるような褒美はあるのかと考えていたのを知られた?

「欲しいものが…あるんですか?」

心を読まれているのか不安になりながら聞くと、マスターは私に顔を寄せてきて耳元で言った。

「お前が欲しい…」


ハッとして飛び起きると朝日がカーテンの隙間から差し込んでいた。ベッドには私1人。乱れた様子もない。

何が起こった?夢?でも夢にしては鮮明すぎる。しかもちょっと刺激的だ。まさか昨日かなこが変なこと言ったから意識しちゃって夢に出てきちゃった?

いやいや、もう考えるのやめよう。

きっと夢でも見ていたのだろうと息を整えてベッドから降りようとしてピタリと動きを止めた。床に落ちているクッションが目に入ったから。


最後までお読みくださりありがとうございます。


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