第四十五話 異変
私は島で作った魔石と睨めっこしている。
海の首にかけてある魔石にはうまく出来たのだ。だがこれは大きさが全く違うから難しい。同じようにやっても防御が弱くなってしまう。
「そんなに見つめても変わりませんよ。」
魔導書を読みながら私に言ってくるダルシオンさん。
「分かってます。何か方法浮かびませんか?なんで上手くいかないのか、とか…。」
魔石に関して全く手出しをしないダルシオンさんに聞いてみる。
「単純に考えれば魔法が弱い。もっと強い光魔法を使う必要がある。ですかね…。」
一応答えてはくれるのか。でも…。
「つまりどうしたらいいんですか?魔力が足りないってことですか?」
「魔力量というより、あなたの防御魔法の精度が低いってことでは?」
さりげなくディスられた気がする。
防御魔法の精度をあげる…か…。
「精度って…どうやったら高くできます?」
多分凄い嫌そうな顔で睨んでくるとは思う。でも最近のダルシオンさんは少し、ほんの少し、本当に少しだけ、優しくなったような気がするから、ため息つきながら教えてくれるはず。
ほら、睨んできた。
「……はぁ…。」
ため息をつくと立ち上がってこっちに来た。
よし!予想通り!きたきた!
にやけそうになる顔を必死に堪えて魔石と睨めっこする。
「ナコ殿…悪知恵付けましたね。海殿のせいか?まぁいいです。」
ドキッとした。バレてたか。
「精度というのはそう簡単に高められるものではありません。何度も使って身につけるものです。あなたは魔力感知も常に使おうとしていない。たまに使う場面で使うだけ。つまり1回できたからもういいや、と考えている。そんな奴が精度なんて上げられるわけないでしょう。」
思ったよりディスられた。助言を求めたらダメ出しされた。涙出そう。
だってその通りなんだもん。
私は1回出来たらOK、よし次行こう!ってタイプ。それに比べて海は逆。何度もやるタイプ。いまだにカルロさんとの魔法練習の最初に魔力感知かくれんぼをしてるらしい。
「女の涙に揺らぐ俺ではありませんよ。そんな顔してもダメです。精度上げたきゃ使え。」
「…あんなに女々しかったくせに…。」
私がボソッと言うとダルシオンさんは反論してきた。
「はぁ?あれについてはしつこく聞いてくるからでしょう。鬼畜ですよあなた方は!」
「はい?お言葉ですが鬼畜魔術師なのはあなたです!少し優しくなったかな〜とか思った私が馬鹿でした!」
「失礼しまーす。」
ダルシオンさんと言い合っていたらのほほんとした顔の海が入ってきた。そして私たちを見るなり、
「失礼しまーしたー。」
と言って扉を閉めようとした。
「待って!海待って!援護して!」
「2人がかりとは卑怯ですよ!」
10分後。
「……。」
状況説明をしてから黙り込む海。それを見つめる私。ふてくされて遠くから私たちを見つめるダルシオンさん。
ようやく海が目を泳がせながら話し出した。
「私は…その…こういう仲裁ってのが上手くないので…私個人の意見として言わせてもらいますと…。かなこさん。魔法の精度上げるのはたくさん使うしかないってカルロさんも言ってた…。だから言う通りに使いまくって精度上げましょう。」
「…はい。」
私は素直に返事をする。海に言われるとなぜか素直になれる。
「はい、じゃあ次ダルシオンさん。かなこは褒められて伸びるタイプです。ほんの少しでいいので褒めてあげてください。ちなみに鬼畜なのはあなたの方だと思います…。」
「目を逸らしながら言うのやめてください。余計腹立ちます。」
「すいません…。」
海…言うならズバッと言わないと…。
するとダルシオンさんが口を尖らせながらボソリと言った。
「…まぁでも…わかりました。……努力します…。」
マジか?!あのダルシオンさんが引いた?!この人本当にどうした?!
私が驚いてダルシオンさんを見ていると、海がパシンと手を叩き
「はい!じゃあ仲直りということで頑張りましょう!」
と、引きつった笑顔で言った。
海さん…ごめんよ…怖かったんだね…後であなたの愚痴聞きます。聞かせていただきます。
心の中で海に謝る。
「あ、そうだ。海なんか用事があって来たんでしょ?」
そういえばと思って海に聞いてみた。
「あぁ…まぁ…うん…。」
煮え切らない返事をしながらダルシオンさんをチラチラと見ている。
私は海に耳打ちして聞いた。
「ダルシオンさんに用事?どうしたの?」
すると海も耳打ちしてきた。
「それがさ…その…ダルシオンさんに謝ろうかな…と…。あとお礼も…。」
謝罪とお礼?
「じゃあ私はカルロさんに泣きついてくるよ。私いると話しずらいでしょ?ゆっくりどーぞー。」
そう言って私は魔法室を出た。扉を閉めながら海に親指をグッと立ててエールを送った。
海は困ったように笑いながら口パクで、ありがとう、と言った。
「さてと。アライグマを探さないとな〜。あ、こういう時に魔力感知使えばいいのか!」
私は久しぶりに使う魔力感知を使ってカルロさんを探し始めた。
ナコ殿と海殿が何やらヒソヒソ話してナコ殿が出ていった。海殿が残ったということは俺に用があってきた、ということか。
「なんですか?」
仕方ないから俺から声をかける。俺から声かけなきゃいつまでも突っ立ったままチラチラ見られそうだったから。
「あ!えっと…その…魔力感知の練習してる時に助言してくれてありがとうございました。助かりました。」
あぁなんだあの時の話か。
海殿が介護状態だった時、俺は一度も見に行かなかった。他の人が行ってるのは知ってたけど、その前に一方的に俺が怒りをぶつけてしまったから…正直行けなかった。合わせる顔がなかった。カルロ殿にも行けって言われてたけど無視していた。
そして暫くしてあの中庭からカルロ殿と海殿の声が聞こえた。話の内容で何をやっているのかすぐに分かった。2階の自室の窓から見ていてつい声をかけてしまったのだ。あまりにも的外れなことをしていたから。
「中庭であんな的外れなことをしていたのでつい言ってしまっただけです。気にしないでください。」
「あぁすいません。うるさかったですよね。中庭以外にすればよかったかな?でもカルロさんが中庭が良いって言ってたしな…中庭って練習に向いてる場所なのかな?」
ん?カルロ殿が中庭を提案した?……まさか?!
俺は今になって気づいて頭を抱えてため息をついた。
どうして今まで気づかなかった。あれはカルロ殿の策略だ。俺と海殿が話していないことに気づいてあえて中庭で始めた。俺に口出しさせるために。あの野郎…また陰で俺をフォローしたのか…。くっそ…。
俺がため息ついたから海殿がビクビクしながら俺を見ている。
「あぁすいません。別にあなたにため息ついたのではありません。自分の浅はかさに気づいたものですから。」
そう言うと海殿はホッとしたような顔をした。そしてまた話し出した。
「あと、その…ごめんなさい。勝手に心を読んで色々好き勝手言ってダルシオンさんを傷つけてしまいました。あの魔法も使わないようにします。っというか使い方もう分からないんです…意識して使ったわけじゃないので…。」
下を向いたまま小さな声で話す海殿を見ていて気づいた。
あぁそうか。海殿にあんなに怒りをぶつけてしまったのは同じだったからだ。この人は俺と同じだ。自分が悪いと思ってるのにそれを相手に言えずに遠ざける。まるでガキの喧嘩だ。似てるからムカつくんだ。
「あの魔法は俺が初めてマスターから教わった魔法です。それがきっかけで魔法が好きになりました。お陰で魔法漬け人間になりましたがね…。それに……俺こそすみませんでした…。」
「え?」
俺が何を謝ったのか分からないのだろう。頭の上にハテナが浮かんでるのが見える。
「あなたが羨ましかったんです。マスターに気に入られてるのが。だから八つ当たりをしました。でもあなたが人間の姿にされたと聞いて気づきました。海殿、マスターを怒らせましたね?それでその姿にされた。違いますか?」
そう言うと海殿はギクリとして、手をいじくりながら答えた。
「そ、そうです…。やっぱり分かってたんですね…。」
やはりな。
「あの人は昔からそうです。大体の事は受け流します。でも自分の癇に障る奴にはとことん嫌がらせをします。性悪です。」
俺は何度も嫌がらせを受けた。船酔いの原因もそれだろう。何を考えているのか、何をしたいのか、何が癇に障るのか未だに分からない。
「本当に性格悪いですよね…。確かに私は黒竜のままが良かったと思いました。でも今になると窮屈だけど人間に戻れて良かったと思ってます。こうして話ができますから。だからもうマスターを恨んではいません。それに……マスターはあなたのこと気に入ってますよ。」
海殿がニコリとして言った。
「そんなわけないでしょう。気休めは不要です。」
そんな気を遣わなくてもどうせあの人にとって俺なんてただの気まぐれなのだから。
俺が適当にあしらおうとすると、海殿は必死な顔をして言った。
「本当です!天昇の儀に来てたんです!あなたがやる…魔法…私は見損ねましたが…とても綺麗な魔法を使うと言ってました。それが好きで見に来ているって!」
は?あの人が…俺の魔法を……?そんなもの見るためだけに来るのか?他人の、しかも騎士団の1人の葬儀だぞ?
「ダルシオンさん…あの…顔真っ赤です。」
海殿に言われて自分が浮かれていることに気づいた。顔に熱が集まってきているのを感じて慌てて言い返す。
「なっ!違います!べ、別に嬉しいとかそういう……っその顔やめろ!」
俺を見て満足そうに微笑むな!
「マスターのこと大好きですもんね〜」
コイツにバレてるのは分かってるが、いざ他人に言われるとムカつく。
「くっ…!やはりマスターの魔法を模倣したんですか?俺ではなく?」
言い返せないのがもどかしい。この状況に耐えられず言葉を発した。
すると海殿は首を傾げながら
「花の色変えたいって考えました?」
っと言った。
「いいえ。」
そんなわけないだろう。あの時は天昇の儀を無事に終えることしか考えてなかった。
「共感しないといけないんです。だから同じこと考えてなかったら模倣はできませんよ。」
納得したように答える海殿は自分のスキルのことを理解しているようだった。ちょっと前まで何もできない小娘だったくせに。
そこでふと考えた。模倣…?
「模倣………あっ!それだ!」
「うぇっ?!なななんですか急に?!」
俺の反応に驚いた海殿が慌てて聞いてきた。
「あなたがナコ殿の光魔法を模倣して2人で完成させればいいんです。あなた方なら共感するのも簡単でしょう。黒竜の時普通に話してるくらいですから。」
そう言うと海殿は手をポンっと叩いて納得した、と思ったら不安そうな顔になった。
「なるほど!あ、でも私、光魔法なんて使ったことないです…。」
まぁそうだろう。魔法自体ついこの間初めてまともに使ったくらいだ。
「まずは別の簡単な魔法からやってみましょう。そうですね…あの魔法…花の色を変える魔法を俺とやりましょう。ほら行きますよ!」
そう言うや俺は扉に向かう。やると決めたらさっさとやる。モタモタしてる時間はないんだ。
「えっ?!でもあの魔法は二度とやるなって!」
「今はどうでもいい!俺があれやりたい!最近やってない!」
「わがままっ子…。」
なんか言われたが無視して扉を開ける。そして冷たい風を感じてすぐに扉を閉めた。
「ど、どうしたんですか?」
海殿の質問に後ろも振り向かずに答えた。
「…寒い。」
「そりゃまぁ冬ですからね。この部屋は暖かいですけど。」
すっとぼけた返答しやがって!
「お前の格好で錯覚した。冬に花なんか咲いてない。」
「あ…。すいません…機能性を重視したもので…夏服です。すいません…。」
コイツはこのクッソ寒い北国の真冬に夏服を着てやがる。それを見てるからつい冬なのを忘れた。
「寒くないんですか?見てるこっちが寒い。」
「いやー全然寒さ感じないんです。笑っちゃいますよね。」
いやそういう問題じゃない…。笑えねぇよ。
「黒竜の時は寒さ感じたんですけど人間の姿になったら全く感じないんです。オーラもマスターと同じで黄色と赤色混ざってるし…。あ、でも私は赤がメインだ…。マスターは黄色がメインだったなぁ。まさかマスターも私と同じ竜だったりして!あははは…は…は……。」
海殿は冗談のつもりで言ったのだろう。だが、途中で俺の顔を見て静かになった。それはそうだろう。自分でも思うくらい俺は今この小娘を睨みつけている。というより驚きと怒りが混ざった顔をしている。
「オーラ…と言いましたか?」
できるだけ感情を殺して平静を保ちながら聞いた。
「…オーラ…です。黄色と赤色…です。」
俺は殴りたい衝動を抑えて聞いた。
「いつから見えてましたか?」
海殿は少し思案した後、あっ!っと声を上げた。
「えっと…黒竜が来る前からです。そういえば…かなこにしか言ってなかった……かも?」
首を傾げてこの場を逃れるつもりか小娘。
俺は容赦なく小娘の胸ぐら掴んでソファに投げ飛ばした。
「そこに座れ!全部話せ!知ってること全部だ!」
溜まってた怒りを爆発させてソファにしがみついてガタガタ震えてる小娘に怒鳴った。
「ど、どうしたの?!」
ナコ殿が血相変えて扉を開け放って入ってきた。そして俺と海殿の状況を見て察したのか、静かに扉を閉め、海殿の前に立って90度に腰を折り、
「すみません!海が大変失礼しました!」
と、言って頭を下げた。
私はソファに体育座りをして目の前で仁王立ちしながら次から次へと問い詰めてくるダルシオンさんに全て話した。隣には私の頭を撫でながら、うんうん、言ってるかなこがいる。
オーラの話、黒竜の話、スキルの話。
かなこにも言ってない事も全部さらけ出した。でもマスターを怒らせた時の話はかいつまんで話した。ダルシオンさんには言えない酷い内容のものだから…。またダルシオンさん泣いちゃう…。
そして最後に
「…ごめんなさい…。」
と付け加えた。
沈黙の後ダルシオンさんは盛大なため息をついた。
「海殿。今度からは全て俺に共有してください。ナコ殿でも構いません。それとナコ殿も聞いた話は俺に言ってください。2人ともいいですね?」
「はい…。」
「わかりました。話すよね?海?」
しょぼんとして答えた私にかなこが優しく問いかけてくれる。
私は首を縦に振った。何度も。
「だ、そうです。許してあげてください。色々あって忘れてたんです!私もですけど!」
かなこが弁明してくれたお陰なのかダルシオンさんは鬼の形相を収めてくれた。
「分かりました。じゃあそうしてください。この件は色々と調べますので2人は魔石のほうをお願いします。」
「え?2人で?」
かなこが不思議そうに私とダルシオンさんを交互に見てくる。
「海殿。説明してさっさと始めてください。」
「…はい。」
ダルシオンさんの指示に返事をしてかなこを連れて魔石のところに来た。チラッと確認するとダルシオンさんはさっきの話を紙に書いたり本を漁ったりしている。
「はぁぁ……。怖かった…。」
「あれは怖かったね。海ってあれだよね。人を知らないうちに怒らせることあるよね。」
かなこの言葉により凹む。
「かなこさんや。優しくしてくれよ…。」
「あーごめんごめん!で?2人でってどういうこと?」
私はさっきの話をした。
「なるほどね…。模倣で光魔法は使えるの?」
「分からない。だから私が知らなくてかなこが知ってる魔法で試してからやってみようかなと。」
「んーじゃあ。光魔法でこういう針みたいの出すのはどう?」
そう言うとかなこは掌にいくつもの光の針を出した。
「おぉ!かなこ本物の魔術師みたい!」
「あ、いや…本物なんだけど…。」
「じゃあやってみようか!」
「聞けよ…。まぁいいか。よし!行くよ!」
かなこの言葉を合図に同じように光魔法の針を出す。
「おぉ!海できてる!凄い!」
「うそ…本当にできた…。私キモイ…。」
「自分で言うなって!じゃあ今度は光魔法の防御魔法ね!海の首にかかってるその魔石にやってみよう!」
私は首から魔石を外して机に置いた。
かなこと顔を見合せて、同時に防御魔法を張る。
すると魔石は光ってキラキラと輝き出した。
「成功ですね。以前より強固になってます。」
後ろから見ていたのか、ダルシオンさんが突然割って入ってきて魔石を手にじっくり見ている。
「海!マジで凄いよ!もう本番いこう?」
だが私は黙ったままキラキラ光る魔石を見つめた。
「や、やっぱり無理だよ!無理無理!今のはまぐれ!」
私の中には不安がよぎっている。うまくいった喜びと模倣すればどんな魔法も使えるという恐怖。
「今更なに言ってるの?出来てたよ!」
かなこは懸命に私を励ましてくれる。
「えぇ完璧でしたよ。俺も本番行っていいと思います。」
「ほら、ダルシオンさんもOK出してるよ!」
ダルシオンさんも頷いてくれた。
でも何か違和感がある。光魔法を使った時の違和感。ゾワゾワするというかムズムズするというか。
「何をそんなに躊躇してるのか分かりませんがちゃんと出来てました。それより時間がないんです。正直これにばかり構ってられません。」
「え?時間ですか?何かありました?」
ダルシオンさんの言葉にかなこが聞く。
時間がない…?どういうこと?
私もかなこも頭にハテナを浮かべているとダルシオンさんが話し出した。
「先程海殿から聞いた話をまとめていました。そしてつい先程島の獣人2人から届けてもらった本があります。そこに書いてありました。」
ダルシオンさんは私を真っ直ぐ見つめて聞いてきた。
「海殿。あなたはこの世界に来る前の記憶を少しずつ忘れてませんか?」
私は固まってしまった。そしてこの世界に来る前のことを思い出そうとした。だが、虫食い状態みたいに思い出せない部分があることに気づいた。
「苗字が…思い出せないんです…。かなこ。私のフルネーム言って。」
「…えっ?!まさか本当なの?!『斑目海』だよ!」
「斑目…そんなだったっけ?」
かなこに言われてもピンと来ない。
「えぇ?!本気?じゃ、親の名前は?!」
「………。」
答えられずに黙っているとかなこは信じられないものでも見るような顔になり、
「うそ…そんな…。ダルシオンさん…。」
と、縋るようにダルシオンさんを見た。
「やはりそうでしたか…。あなたは黒竜になる前、魔族になりかけてました。その影響でしょう。魔族になるとその前の人間の時の記憶が消えていくそうです。そして全てを忘れると魔族のように全てのステータスが上がり、好戦的になります。あなたは黒竜なので魔族というより魔物です。なのでそこまではいかないにしろ記憶は消えていくでしょう。黒竜に主導権を握られてしまうのも関係あるかもしれません。」
記憶がなくなる…。自分を忘れていくから黒竜に呑み込まれる事に対抗できなくなるのか。だから主導権を取られてしまう。自分という自我が弱いっていうのもそういうこと?
「じゃあ海はそのうち全部の記憶がなくなるんですか?このまま忘れたらどうなるんですか?」
かなこが不安そうにダルシオンさんに聞いているのに、私は妙に納得してしまい、焦りが全くない。自分のことなのに。
「推測でしかありませんが、記憶がなくなったら海殿は黒竜に呑み込まれます。マスターが言っていたように。……あぁそうか。だからマスターは海殿を人間の姿にしたのか。」
ダルシオンさんが1人納得したように言った。
「え?どういうことですか?」
かなこがそう聞くとダルシオンさんは私を見て言った。
「海殿、人間の姿に変えられてから黒竜になってませんよね?」
言われてみれば…あれ?そうだ。確かに黒竜になってない。
「そういえば…そうですね。まさか…そのためにマスターが?」
「可能性はあります。褒美と言ったのにも納得がいきます。話せるだけでなくそういう利点もあったのかと。」
マスターの考えは分からない。でもそうだとしたらあの人は私に手助けをしてくれたのだ。
「とりあえずそういうことです。なので時間がないってことを自覚してください。」
「海!やろう!とりあえず目の前のこの魔石を完成させよう!」
かなこの言葉に頷こうとしたら、魔法室の扉が開いた。そして顔を出したのはカルロさんだった。
「ダルシオン…あ!ごめん。何か話の途中だったかい?」
「いえ。問題ありません。なんです?」
ダルシオンさんは、私たちの様子を見て窺うように声をかけてきたカルロさんと少し話してから私たちに向かって言った。
「すみませんが魔石は後でやりましょう。別の用事が入りました。ナコ殿。あなたも来てください。」
「あ、はい。海はどうする?」
かなこが私を見ながら聞いてきた。
「私はさっきの魔法の練習でもしてるよ。行ってらっしゃい。」
そう言うと、3人は魔法室を出ていった。
見送ってから私は魔法室を出て、城内を散策していた。散策というより考え事に没頭していた。
光魔法を使った時の違和感はなんだったんだろう。他の魔法の時はなんでもなかった。それに記憶が無くなっていくのも気にかかる。このままじゃどんどん忘れて黒竜に呑み込まれてしまうかも。マスターはそれを知ってて人間にしてくれたの?だったらあの人はなぜそんなことを?一言もそんなこと言ってなかったし、怒らせちゃったし、あの人にとって私に手を貸すメリットがないような…。
悶々と思考がグルグルしながら歩いていると、遠くから人の声が聞こえてきた。たくさんの人の声。自然とそっちに足が向いたのか声の方に向かってみると、そこは騎士団の鍛錬場だった。
「そこ!足が止まっているぞ!油断したらやられる事を意識しろ!」
「よし!次の奴かかってこい!」
ルークさんとシルビアさんの声が響き渡る。ルークさんは土人形と戦ってる部下に声をかけながら回っている。シルビアさんは順番に部下と戦っているようだ。
あの土人形は…何?
顔だけ覗かせて見ていると、私に気づいたルークさんが寄ってきた。
「海殿。どうされました?こんなところに。」
突然のイケメンに慌てながらも答える。
「あ、すみません!邪魔をしに来たわけじゃ…ただ自然と来てしまったというか…。」
ルークさんはさっきまでのキリッとした雰囲気を崩していつもの優しい微笑みになった。
「あなたがここに来る時は何か悩んでいる時ですね。黒竜が来る前からそうです。ボーッと眺めている…という感じでしょうか。」
「えっ?!そ、そうでしたっけ?!」
自分でも気づかなかった。私そんなに悩んでる時ここ来てる?というかそれに気づかれてた事が恥ずかしい。
私は頬が熱くなっていくのを感じて話をそらすように質問した。
「あ、あの!土人形みたいのって何ですか?騎士団の人達に似ているように見えますが…。」
「あぁ。あれは魔法で自分とそっくりな土人形を作り出してそれと戦ってるんです。自分と戦うってことは自分の弱点を見つけるのに役に立ちます。シルビア殿がマスターにお願いして作ってもらいました。魔法を使えない者でも使えるように工夫してくださって。とても助かりますよね。」
ルークさんは説明をしながら土人形を見つめている。でもマスターの名前が出てきた辺りで少し表情が固くなった気がする。
「ルークさん?マスターと何かありました?」
直球過ぎるかなとも思ったが思い切って聞いてみた。
「いいえ。彼はとても凄い魔法使いなのだな…と思っただけです。」
と悩殺爽やかスマイルで答えた。
私は久しぶりのその笑顔にやられてクラっときたが、何とか踏ん張った。
危ない…鼻血出るかと思った…。
そんな私を見てルークさんは、ふっと笑って言った。
「今日はあなたの友人であるジョンとチャミも来ています。久しぶりにあの2人と話してくるといいですよ。」
ルークさんはシルビアさんの所に言って何か話した。するとシルビアさんが笑いながら私に手を振って、ジョンとチャミを呼んだ。4人で何か話をしたかと思ったらジョンとチャミが小走りでこっちに来た。
「海ちゃん!久しぶり!あっち行こうぜ!」
「団長達の許可も貰ってるから安心して。」
元気なチャミが私の腕を掴んで引っ張っていく。私の心を読んだのか許可を貰っていることを話して私の心配を先に言ってくれるジョン。
「えっ?!あ、うん。わ、わかった!」
そんな懐かしい連携プレーに必死に答えながらされるがまま移動した。
鍛錬場から少し離れた場所。騎士団の団欒スペースへと移動してきた私たち3人は椅子に座って色々と話している。
「んでな!ジョンのやつ緊張してるとか言い出してさ〜」
「そりゃするでしょ。でも結局僕ら防寒してくるの忘れてもう1回戻ったんだ。あの時のチャミは本当にアホ面だった。」
「なんだよ!ジョンだって同じようなもんだったじゃん!」
「チャミほどじゃないよ。」
2人の話を聞いていて笑ってしまった。
「2人とも変わらないね!でも無事にこっち来れて良かったよ!」
そう言うと2人はお互いの顔を見てから私の顔を見てニヤリとした。
「え?なに?」
なぜ見られたのかわからず聞くと、チャミが口を開いた。
「海ちゃんも変わらないな!なんか隠し事してんだろ?」
「えっ?!そ、そんなのしてないよ!」
「獣人の僕らに隠し事できないの知ってるでしょ。」
「うっ…。」
2人に隠し事はできない。鼻が利くから嘘や隠し事はすぐバレてしまう。私は観念して2人に少しずつ心の中のわだかまりを話した。
「なるほどね。マスターってそういう人なんか。全然知らなかったわ。」
チャミが腕を組んで言った。
「不思議な人だとは思ったけどね。でも海さんに手を貸したってことは何か考えがあるのかも。そうじゃなきゃ怒りに任せて殺すことだって出来たはずだよ。嫌がらせでもっと酷い目に合わせることだってできたはずだ。」
ジョンが冷静に言葉を返してくれる。
「あと光魔法な!俺らはよく分からないけどその違和感ってのはあれかも!ジョンほら!あのー…虎爺と同じ感じじゃね?」
虎爺?
私もジョンを見つめる。
「あぁ!あれか!なんか言ってたね。魔法使いたくないって言ってたよね。」
私は分からず2人を見ていると、それに気づいたチャミが頭ポンポン叩きながら話してくれた。
「わりぃわりぃ!虎爺ってのは島にいるやつでさ。魔法を2属性使える爺さんなんだけど、魔法が嫌いなんだ!」
「魔法が…嫌い?」
私が聞くと今度はジョンが話してくれた。
「虎爺は土と風魔法が使えてね。弱点の話は知ってるよね?土魔法の弱点は風魔法。だから風魔法を使う時に土魔法が弱くなってしまう。同時に使ったりするとゾワゾワするんだって。その感じが嫌いで魔法はあまり使わない人なんだ。海さんもそれじゃないかな?闇魔法と光魔法はお互いが弱点だから。」
なるほど。闇魔法の弱点である光魔法を使った時に虎爺のようにゾワゾワしたってことか。でも2人も使ってる時はならないのかな?
「2人はゾワゾワしないの?」
確かチャミは雷、土、火魔法。ジョンは風、水、火魔法が使える。ということは、チャミは雷の弱点である火魔法、ジョンは火の弱点である水魔法を使う時にゾワゾワするはずでは?
「俺らみたいに弱点魔法があっても他に使える属性があるからそうはならないんだよ。虎爺はその2属性だけだったからゾワゾワしたみたい。島の奴らで虎爺みたいなのは他に居ないからあまり気にしてなかったんだ。な!ジョン!」
「うん。多分5属性使える魔術師達も僕らと同じで海さんの感覚は分からないのかも。」
チャミとジョンの話を聞いて納得してしまった。確かにダルシオンさんもかなこもこの感覚は分からないだろう。
それにしてもさっきから気になっていることがある。
「ねぇチャミ。いつまで頭ポンポンしてるの?」
嫌ってことはないけど気になってきた。
「え?何となく島の子どもにもこうやってるからノリでつい。嫌だった?」
「あ、僕もいつもの光景過ぎて気づかなかった。海さんごめん。チャミやめなよ。」
悪びれもしないチャミと気づきもしないジョンに私は1人悶々としていた自分がバカバカしくなってきた。
「嫌じゃないよ。ただね…私…子どもじゃないんだよ…。いい歳した大人なんだよ。」
そう言うと2人はポカンとして言った。
「え?海ちゃん何歳?」
「え?にじゅ…うんちゃら歳ですけど?」
「「……」」
え?なんでそんな無言で見てくるの?
「ご、ごめん!海さん!てっきり10代かと…。」
ジョンが慌てて謝罪してきた。チャミは私の頭に手を置いたまま固まっている。
「私そんなに子どもに見えた…?」
苦笑いで聞いてみると2人はしっかり頷いた。
「だって…体もちっこいし……」
と言葉を途切れさせてそのままチャミは視線を下に向けていった。そして私の胸あたりで止まった。
「チャミ!失礼だろ!」
慌てて言ったジョンがチャミの手を掴んで私から離れさせた。
「あーうん。どうしようもない体型ってのはさ…あるんだよね…。」
と、遠い目をしながら2人に言って微笑んだ。
「ナコちゃんはデカいのにな!2人が同い歳とは思わなかった!あははは!」
チャミがそう言って笑ってるのをジョンが頭を引っぱたいて怒っている。
まぁいいか。どうでもよくなってきたし。ついでに言うとこういうのは慣れてる。前からそうだから。
「2人は同い歳でしょ?」
切り替えるように聞くと、2人は動きを止めて言った。
「おう!同い歳だぜ!ちなみに23歳!」
「チャミは見えないよね。ガキっぽくて。」
「なんだよ!ジョンこそもっとジジイに見えるぞ!」
「はぁ?!僕は歳相応だから!」
2人がギャイギャイ騒いでるのを止めようと思ったら、突然心臓が大きく脈打った。
ドクン!
するとそのまま息が苦しくなって目の前がぼやけてきた。そしてそのまま地面にうずくまった。
それに驚いた2人が焦って声をかけてくれている。
「海ちゃん?!」
「どうしたの?!海さん!」
答えたいのに息が苦しくて声が出せない。2人が声がどんどん遠くなる。
そのまま私は意識を手放した。
最後までお読みくださりありがとうございます。
感想、レビュー、評価など頂けたら励みになります。誤字脱字、読みずらいなどありましたらコメントください。日々精進です。




