第四十二話 マスターという人間
「声もかけてないのに誰だかわかって気持ち悪いな…と。」
かなこが私も思っていたことを言った。というより言ってしまった。
ダルシオンさんは盛大なため息をついて
「魔力感知です。これくらい呼吸するのと同じようにできないと困りますよ?」
っと言った。
いや、普通出来ないだろ…
と思ったがかなこが通訳するといけないから黙っておく。
「それより用事は?見ての通り今忙しいんです。」
ダルシオンさんの机の上は散らかり放題だ。書類も山積み。確かに忙しそうだ。
「あ、えっと…その…」
かなこは何故か言いよどんでいる。
「ふ、ふーーーーねでみつけたーーーあの魔導書を…見たくて…。」
ふとた、長くね?
まさか…かなこさっきの魔法室での様子を聞きたがってる?それで変な間ができてるの?
私はかなこの気持ちに気づいてかなこに声をかける。
「かなこ!聞いたらダメだよ!魔導書だけもらって部屋に帰る。そう決めたでしょう!」
その様子を黙って見ていたダルシオンさんが怪訝な顔で
「ナコ殿。海殿がなにか言ってますよ?それとあの魔導書はもう少し俺が読みたいんですが。」
と言い、眉間に皺を寄せて見てくる。
「え⁈あ、はい。えっと…魔導書はじゃあいいです。好きなだけどうぞ!」
かなこはテンパったのか、あっさり魔導書を諦めてしまった。
すると怪訝な顔をして見ていたダルシオンさんがため息をついて項垂れた。
突然のことにかなこも私もピタリと動きを止めてしまった。
「ど、どうしました?」
かなこが恐る恐る聞くとダルシオンさんは聞き取るのが難しいほどの小さな声で言った。
「聞いてたんですね…。」
「え?な、なにが?」
かなこが目を泳がせながらとぼけたように聞く。
ダルシオンさんは盛大なため息とともに両手で顔を覆って呟いた。
「あークソ。全部あの人のせいだ。」
私とかなこは静かに壁沿いの椅子に座った。そしてかなこが意を決して聞いた。
「魔法室で何があったんですか?」
ゆっくりと顔を上げたダルシオンさんは不機嫌そうだ。でもいつもとは違う。泣きそうな顔に近い。
「かなこ。私の通訳してくれる?」
私はかなこにそういうと、ダルシオンさんの心の中に集中した。
「え?あ、うん。えっと、ダルシオンさん。海が話したいそうで。」
「どうぞ。どうせもう俺の考えてること読めちゃってるんでしょ。好きにしてください。」
ふてくされたように言い放つダルシオンさんは椅子から立ち上がりベッドにうつ伏せで寝ころんだ。
「子どもみたい…。」
かなこの呟きは私にだけ聞こえた。
「ダルシオンさんってマスターと過ごしていた時期があるんですね?」
かなこが通訳をして聞くと、くぐもった声で
「そうです。」
とダルシオンさんが返事した。
「なんでこの国の魔術師に推薦してもらったんですか?」
「……俺のわがままです。」
いじけた子どもみたいに返事をしてくれる。
「なるほど。そのわがままとは?」
「……。」
そして突然の沈黙。
なるほど。そういう感じね。
通訳をしてもらってるからかなこが聞いてるみたいだけど、私が聞いてるんだよね。ダルシオンさんの心を読みながら。
そして心の底から今思うこと。
この人めんどくさい!心読んでるからわかるけどこの人かなりマスターのこと大好きじゃん!
私は次どうするのかとおどおどしてるかなこを見ながら言った。
「言いたくないならいいですけど。」
かなこがそう通訳すると、ダルシオンさんはむくりと起き上がって私たちを睨みながら口を開いた。
「あの人の正体を知りたい。けどあの人は教えてくれない。だから…正体を教えてくれるか俺が正体を暴くまで一緒には居たくない。」
ダルシオンさんの返答に私ではなくかなこがそれに対して聞いた。
「正体って教えてくれなかったんですか?」
ダルシオンさんは自分の手元を見つめながら言った。
「何度聞いてもあの調子ではぐらかされる。それで頭にきてそう言いました。そしたらあの人あっさり、わかった、って言って、俺をこの国の魔術師にしてくれって先代国王に頼んだんです。それでここにいます。」
黙ってるのを諦めたのか物凄い早口だった。
笑っちゃいそうなくらい可愛いなこの人。
「腕のいい魔法使いだから推薦してもらえたんでしょう?実際凄い才能だってみんな言ってます。」
とかなこに通訳してもらってから
「ね?かなこ?」
っと、かなこに聞いてみた。
かなこは急に話を振られて驚いたようだったけどいい感じに答えてくれた。
「うん。カルロさんなんか凹んで凹んでそれはもうめんどくさい感じになってました。その話してた時。」
ダルシオンさんはそんな言葉どうでもいいかのように
「俺が邪魔になったんです。弟子にもしてくれないのがその証拠でしょう。あの人の足元にも及ばないんですよ俺は。」
っと言って、また布団に倒れこんでふてくされてしまった。
「かなこさんや。これは結構根深い問題だよ。だんだん心が読めなくなってきた。多分ダルシオンさんがこれ以上自分でも思い出したくないみたいで…こう…蓋しちゃってる感じ。」
そうかなこに伝えると、かなこは、うーん、と言って絞り出すように言った。
「じゃ、じゃあ話題を変えましょう!…って海が言ってます。」
「えっ⁈そんなこと…まぁいいや。」
かなこに丸投げされて私までダルシオンさんのような投げやりな状態になってきた。私は話題を探すために思考回路がショート寸前になるまで動かした。
ん?この言葉どっかで聞いたような?まぁいいか。
やっとこ思いついた話題を振ってみる。
「そういえば、天昇の儀で私がやった魔法。花の色を変えた魔法って、私のスキルでマスターの魔法を模倣したらしいです。」
そうかなこに通訳してもらうとダルシオンさんが突然勢いよく起き上がった。そしてこっちをじーっとみつめながらベッドを降りてこっちに歩いてくる。私とかなこは怖くて2人で身構えた。
ダルシオンさんはかなこではなく私をみて言った。
「魔法を模倣した?あの場にマスターがいたとでも?あの人が他人の葬儀に来るわけないでしょう?俺の魔力感知をかいくぐったとでも?どうせあなたが俺のを模倣しただけでしょう。俺も使えますから。」
圧が凄い。これは地雷踏んだかも?
と思った瞬間私はダルシオンさんにガシッと掴まれてダルシオンさんの顔の高さまで持ち上げられた。そして私にだけ聞こえる声で呟いた。
「あの魔法は俺の大事な魔法です。この世で一番大事な魔法です。二度と使うな。」
怒っているのに悔しそうで悲しそうな顔だ。
私は首を縦に何度も振った。するとポイっとかなこの元に投げ飛ばされた。かなこは私をキャッチして、大丈夫かと聞いてきたから、頷いて大丈夫だと伝えた。
でも正直大丈夫じゃない。物凄く怖かった。黒竜じゃなかったら多分首の骨折れてた。
するとダルシオンさんはいつもの雰囲気に戻って魔導書を突き付けてきた。
「ではお2人とも。そろそろ出てってもらえますか?ナコ殿、この魔導書どうぞ。俺は後でじっくり読みますので。海殿、今後一切俺の心を読まないでください。読んでも誰にも言うな。いいな?」
ダルシオンさんから魔導書を受け取り、かなこと私は逃げるように部屋から出た。
かなこの部屋に戻る途中、かなこが私に何か言っていたが私は相槌を打ってるだけで頭の中はさっきのダルシオンさんのことでいっぱいだった。
ダルシオンさんはマスターのこと尊敬してて側で魔法を教わりたいんだろう。でも弟子にしてもらえない。きっとあのマスターのことだ。弟子は取りたくないのだろう。しかもダルシオンさんはああいう性格上、素直にマスターに伝えられないはず。それで喧嘩みたいになって勢いで一緒に居たくないとか言っちゃったんだろう。
うん。なるほど。
え?なにこれ?恋バナでも聞いてるみたいだ。しかもかなりめんどくさいタイプの。
ここまで来たらなんか解決してあげたくなってきた。
マスターはどう思ってるんだろう?全部知っててあんな感じなのかな?聞きたくないけど聞いてみたい。でもかなこに通訳してもらうのも、通訳なしでマスターと話せるってバレるのもなんかな~。
「海?聞いてる?」
「え?」
「やっぱり聞いてないか。魔法室行ってマスターに聞いてみる?ダルシオンさんのこと。」
やはりかなこも同じこと考えてたか。
「同じこと考えてた。」
そう言うと、かなこは笑った。
魔法室に入るとそこには誰もいなかった。
「あれ?マスターどっか行っちゃたのかな?」
かなこは私と魔導書を机に乗せて棚の奥を探しに行った。すると奥で物音がした。
「え?かなこ?大丈夫?」
そう声をかけるが返事がない。慌てて飛んでいくと棚の間から、かなこをお姫様抱っこしたマスターが現れた。
「眠ってるだけだ。安心しろ。」
そう言うとマスターはソファーにかなこを寝かせた。
「さてと…海。」
私は嫌な予感がして先に口を開いた。
「ダルシオンさんが何か悩んでたみたいで、スキルを使って心読んで助けられないかなと思ってやりました!決して興味本位ではありません!」
するとマスターは面食らった顔をしてから笑った。
「はっはっはっは!」
何故笑われた?私何か変なこと言った?
今度は私が面食らった顔をする番だ。
「いやすまん。海、別に怒るつもりはない。むしろ褒めようと思ったんだ。」
「え?褒められる…ようなこと…しました?」
思い当たることがなくて聞いてしまった。
「力があるのになぜ使わないのかと言ったばかりだ。まさか早速使おうとするとは思わなかった。しかも相手があのダルシオンとはな。いやー面白い物を見せてもらったよ。」
マスターの口ぶりで勘づいた。
「まさか全部聞いてました?」
「あぁ。ここにいたが魔法で部屋の様子を見ていたよ。ダルシオンは相変わらずの子どもっぷりだな。手を焼いただろうに。」
私は頭を抱えてしまった。そしてこの人が相当意地の悪い性格をしているのだと痛感した。
「意地悪すぎません?ダルシオンさん半泣きでしたよ?」
「ん?そうか?大したことじゃないだろう。それに俺から離れたのはあいつから言い出した事だ。」
ん?この人…なんか急に雰囲気変わった?
「あの…ダルシオンさんに弟子にしてくれと言われたことはないんですか?」
「どうだったかな…。言われたような気もするが覚えがないな。」
「じゃ、じゃあマスターは今まで弟子を取ったこともない?」
「あぁ。ないな。そもそも弟子など取るつもりはない。人間の時間は短い。すぐに死んでしまうだろう?時間の無駄だ。」
あまりにもあっさりと即答してくるから驚いてしまった。しかも冷たい言い方だ。
私は嫌な予感がしたが続けて聞いた。
「じゃあなんでダルシオンさんを拾って魔法を教えたんですか?」
「もったいなかったからだ。才能があるのにそれを活かせず消えていく。だから拾って魔法について教えてやった。他にも才能を活かせずに過ごしてる奴は見つけたら導いてやってるつもりだ。もったいないだろう?」
まただ。冷たい言い方。
導くと言ってるが善意でやってる行いではないのだろう。多分後々自分の為になるからだ。実際ダルシオンさんはこの国の魔術師として働いていて、マスターとこの国を結びつけている。国王様達もマスターへの信頼があるように見える。
私は焦ってきた。スキルでこの人の心を一切読めないからだ。ダルシオンさんのように感情に蓋をしてるというより、読む心がない。穴が空いたみたいに心がぽっかり抜け落ちているようだ。
「もしかして…マスターはダルシオンさんの事何も分かってないんですか?彼がどんな気持ちでこの国にいるのかも、あなたがいつ来ても分かるように魔力感知を常に張り巡らせているのも…。」
「あぁなるほど。そのために魔力感知を巡らせていたのか。最近は感知されないように気をつけていたが、まさか俺を見つけるためだったのか。無駄な労力だな。なぜそんなことをするのかわからん。」
本気で言ってるの?
「慕っている相手に会いたいと思うのは普通だと思います。」
「そうなのか。会ってどうする?会っている間に魔法の1つでも覚えた方が断然いいだろう。」
何故だろう。今目の前にいるこの人から、初めて会った時の優しさが一切見えない。自分勝手過ぎる。
私は最後の質問をした。
「マスターにとってダルシオンさんって何ですか?」
「才能を活かすことに成功した人間。」
その答えを聞いて私は打ちひしがれた。
この人は自分が拾ったダルシオンさんのことを知ろうともしていない。勝手に拾って勝手に捨てる。相手の気持ちなど微塵も興味ないのだろう。
私はこの人が分からなくなった。情があるのかと思いきや私どころか慕ってくれているダルシオンさんのこともただの物としか見ていない。人間も魔族も好きだと言ってたのに…。人をなんだと思ってるんだ。西大陸の魔族と同じじゃないか。自分で魔物と変わらない感情のない生き物だって言ってたじゃないか。
その時ふと思い出した。
西大陸の魔族の話をしていた時のあの悲しそうな顔を。まるで何か大切な物を失ったかのような切ない顔を。
そして気づいた。
情がないんじゃない。そう見せようとしてるんだ。物として一線を引くことで自分が苦しまないようにしてるんだ。本当に心がないなら人間とも魔族とも関わろうとしないはず。
私はゆっくり息を吸ってマスターを真っ直ぐ見つめて言った。
「マスター。あなたは何をそんなに怯えてるんですか?」
そう言うとマスターの顔からいつもの笑顔が消えた。そしてその代わりに冷徹で全てを見下すような表情が現れた。
「お前には分からないだろう。俺たちはもうとっくの昔に諦めたんだ。人間の愚かさに何度裏切られたと思う?隠れて人間と関わらなかったお前には分からないだろうな。お前はお前の成すべきことをしろ。それが俺たちの最後の願いだ。」
マスターは私ではなく別の誰かに言っているようだ。もしかして…黒竜に言ってる?
そう言うとマスターはかなこにかけた魔法を解いて、私の前に戻ってきた。そしてあの冷たい表情のまま言った。
「こんなに気分を害されたのは久しぶりだ。しかも折角褒めてやろうと思っていた矢先にだ。だがお前が黒竜に呑まれないように努力しているのは知っているからな、褒美くらいやろう。ナコを介してでないと話せないのは不便だろう。これからもせいぜい励むといい。」
マスターはそう言うとそのまま魔法室を出ていった。
え?なに?どういうこと?
マスターの言ってる意味が分からずポカンとしていると、かなこが起きたようだ。そして、
「う、海?!えっ?!なんで?!いやその前に!」
と血相変えてかなこが羽織っていたローブを私に投げつけるように被せた。
何が起こったのか分からずかなこを見ると、それはもう驚いた顔で言った。
「海なんで人間に戻ってるの?!しかも素っ裸!」
言われて自分の姿を見ると、黒竜ではなく元の人間の姿に戻っていた。生まれたままの姿で。
私はすぐに理解した。褒美だ。
「かなこ。どうしよう。この素っ裸…マスターに見られた。」
「それは……ドンマイ…。」
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