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第四十一話 ダルシオンの憂鬱

ここはかなこの部屋。ベッドにはかなこが寝ている。魔法酔いで倒れたまま朝を迎えてもう昼頃だろう。

私はかなこの様子を見たり、散らかった机の上を片づけたり、ふと目に止まった雑務をただただこなしている。ただ頭の中は昨日のマスターとの会話でいっぱいだ。


『お前…そのうち黒竜に吞み込まれるぞ。そしたらもうお前の自我はなくなる。海という存在がこの世から消えてしまうぞ。いいのか?』


『自我を強くすれば黒竜に呑まれないんですよね?流されないように意志を強く持てばいいんですか?』


今思うと結局自分はどうしたらいいのかさっぱりわからない。

自我を強くするってなんだ?意志を強く持つって?

黒竜に切り替わる時は突然眠くなる。睡魔に負けて寝ると多分そのまま黒竜になるのだろう。つまり眠くなっても寝るなってこと?でも普通に夜になったら寝るでしょ?ずっと起きていろと?

思考がまとまらずぐるぐるしてしまう。

すると布団がもぞもぞ動いた。動いたと思ったら、

「…うーん……やきとり……。」

というかなこの寝言が聞こえた。

焼き鳥?どんな夢だよ。

私はパタパタと飛んで枕元に降り立つ。

「もしもーし。かなこさん起きてください。朝ですよー。というよりもうお昼ですよー。」

声をかけるが起きる気配はない。だがもぞもぞしながら、うーんうーん、と唸っている。これはもう一押しで起きるやつだ。

今度は頬をペシペシ叩きながら声をかける。

「起きてよー。色々大変なんだよー。知恵を貸してくれー。櫻井かなこさん!」

かなこをフルネームで呼んで、ふと気が付いた。

あれ?私って…苗字なんだっけ?みんなに海って名前は呼ばれてるからわかるけど苗字が思い出せない。

「…海?あれ?ここ…どこだっけ…?」

かなこが寝起きのポヤーっとした状態で聞いてきた。

「あ!起きた!ここはフェルス王国のかなこさんの部屋ですよ。転移術で戻ってきてそのまま魔法酔いで寝てた。もう次の日のお昼です。」

むくりと起き上がって周りを見渡したかなこはホッとしたのか、また布団にバフっと倒れこんだ。

「あー死ぬかと思った。魔法酔いってあんななんだね。海が倒れたのもわかるわ。でもなんで今更魔法酔い?」

顔だけこっちに向けて聞いてきたから答えた。ダルシオンさんが死にそうになりながら言ってたあれだろう。

「多分だけど、マスターの転移術は速いんだって。しかも魔力切れギリギリ状態だったから余計負担になったんじゃないかな?」

「あーなるほど。確かに速かった。一瞬だった。」

前はもっと光の中にいるな~って見てる時間があって、その後ゆっくり光が消えていく感じだった。でもあれはパッと光ってパッと消えて移動終了って感じだったな。

「海は大丈夫だったの?」

「うん。全然平気だった。」

「黒竜だからかな?いーなー。」

かなことこんな風にだらだら話してるのが久しぶりに感じる。昨日は面接みたいな緊張感の中で話してたからかな?

「あ!そうだ!かなこあの後大変だったの!マスターと…」

そこまで言ってあのお喋りタイムの内容をどこまで話していいのか分からなくなった。全部話したらいけないような気がする。マスターに殺されるかもという不安が溢れてきた。

「ん?マスターがどうした?」

途中で言葉を止めた私を覗き込みながらかなこがジーっと見つめてくる。

「マスター…と2人だけの空間になってめっちゃ緊張した!しかも頭撫でてくれて死ぬかと思った!」

「えっ⁈なにそれどういうこと⁈いーなーいーなー!」

かなこはベッドの上でバタバタしている。

そんな姿を眺めながら

「埃が舞うからやめなさい!」

と言ってかなこと笑っていた。かなこに言えない罪悪感を胸に抱いたまま。





魔法室の扉を開けて俺は絶望感に襲われた。

そんな気はしていた。けど実際この目で見ると最悪な気分になる。

「まさかとは思いますが…暫くここに滞在するわけじゃないでしょうね?」

机の上に本を山積みにして読み漁っている化け物に問いかける。

すると本から顔も上げずに、あのいつもの笑みを顔に張り付けて答えた。

「ん?もちろんそのつもりだ。読んだことのない本が増えているからな。」

そういうや本のページをめくった。

俺は諦めて扉を後ろ手に閉めて机に向かい、彼の顔と読んでいる本の間に持ってきた魔導書をズイッと差し込んだ。

「この古い魔導書。ナコ殿に渡したのあなたですね?マスター。」

読書の邪魔をされたのに顔色一つ変えずに

「あぁ。プレゼントだ。」

と言い、(くだん)の魔導書を手に持って開いた。

「白竜について書かれたものは初めて見ました。しかも歴史書ではなく魔導書。おかげで船酔いしながら徹夜で読み耽ってしまいました。」

そういうとマスターは意地悪そうな顔をして

「なんだ。まだ船が苦手なのか?」

と言いやがった。

「えぇ。誰かさんのおかげで船に乗ると船酔いする体になってしまいました。どんなに穏やかな船旅でも酔います。魔法でなんとか凌いでますけどね!」

「はっはっは!」

嫌味たっぷりに言ったのに笑いやがってこの化け物め!あんたのせいだろうが!

俺はあの時の記憶を思い出してより一層最悪な気分になった。


あれはまだこのフェルス王国に来る前。マスターに拾われてあっちこっち連れ回されていた時。

嵐の中、小舟で海に出るとか言い出した。

「こういう嵐の時はあいつに遭遇しやすいんだ。しかも海でなくてはならない。さあ行くぞ。」

嫌だと必死に拒んだが最後には拘束魔法で動けなくして無理やり船に乗せられた。

出航してからすぐ拘束魔法は解かれたが、その時にはもう遅い。泳げないから船から飛び降りることもできない。

「ふざけんな!一人で行け!何に会いたいんだよ!」

揺れる船の上で必死に船にしがみついて聞いた。だが返ってくるのは

「会えばわかる。」

の一言だけ。

結局その時は会えずに終わった。

陸に戻ってきてから俺は誓った。

『早くこの化け物から離れなければ!』

っと。


「結局あの後その…嵐の中で会えたんですか?」

別にどうでもいいが興味半分で聞いてみた。

「会えたぞ。あの後…二回目くらいでな。」

会えたんだ。しかも二回も嵐の中海に出たんだ。はやく離れて正解だったな。

「その相手は誰ですか?あぁ人じゃないだろうから何ですか?」

「言っただろ。会えばわかると。」

しれっと答えて本のページをめくる。

俺はさっきから気になってるこの態度が気に食わなくて本を取り上げた。

「さっきから俺と話してるんですよね!一度くらい視線を向けてもいいのでは!」

そう怒鳴るとやっと視線が合った。そしてマスターがスッと目を細めたと思ったら突然背中に衝撃を感じて息ができなくなった。

壁に叩きつけられた。

それに気づいた時にはもう目の前にマスターが立っていてこちらを見て微笑んでいる。

「俺に話があるならさっさと言えばいいだろう?何をそんなに怯えている?」

俺が歯を食いしばって黙っていると、ふっと笑って魔法を解いた。俺は重力に逆らうことなく床に座り込んでゆっくり息をした。すると俺の前にしゃがみこんで頭を撫でてきた。

「お前は変わらないな。構ってもらえず駄々をこねる子どものままだ。」

俺はその手を振り払ってキッと睨んだ。

だがそんなこと気にもせず、マスターは笑顔を崩さず立ち上がり机に戻った。

「で?話とやらはなんだ?」

今度は椅子に座っただけで本は手に持っていない。

クソ…。なんなんだよ…。

俺は座ったまま話し始めた。

「なぜ卵が孵化する際に来なかったんですか?見てましたよね?こっちは人一人死んだんです。」

マスターは何も言わない。

「しかもナギとシュウの手当てもしてあげたらしいですね。こっちには顔も見せずに。負傷してる者はこっちにもいました。」

何も言わないのが頭にきたが続けた。

「その後突然来て、ドワーフの居場所を教えたり、同盟の仲介したり、島に助けに来たり。その魔導書だってナコ殿の部屋にこっそり置いたり。あなたは何がしたいんですか?」

言うだけ言ってじっと見つめているとようやく口を開いた。

「どうして欲しかったんだ?」

は?なんだその答えは。

言い返そうとしたら続けて話し始めた。

「魔族から黒竜を守って欲しかったのか?俺はお前らも魔族も好きだがどちらかに付くつもりはない。以前も伝えたはずだ。ナギとシュウの手当てをしたのは回復魔法が使える者がいないからだ。こっちにはいくらでもいるだろう。後はなんだったか…あぁあの宰相の手伝いか。必死に俺を探して手を貸してほしいと懇願されたからだ。それと島に助けに行ったのは西大陸の魔族だったからだ。あいつらは気に入らない。それだけだ。」

いつもの笑顔はどこへいったのか、終始冷たい目で俺を見ながら答えた。

それでようやく自分がこの化け物を恐れているのだと自覚した。以前からわかっていたはずだ。この化け物が俺を拾ったのはただの気まぐれだったこと。そこから離れたのは俺がこいつから逃げたかったからだったこと。どんなに頑張って魔法の高みに登りつめようとこの人は俺を認めてくれないこと。

「…そうでしたね。あなたはそういう人だ。もう好きにしてください。俺も好きにさせてもらいます。」

そう言って俺は立ち上がり、自分が必要な本をかき集めて魔法室を出た。

扉が閉まるまでの間、マスターは何も言わず、俺にも目もくれず、本を読んでいた。





魔法室から少し離れた廊下の角。そこで私と海は息を潜めていた。ダルシオンさんが出てきてどこかへ行ったのを確認して2人で息を吐きだした。

「ほわぁーーー」

「ふぅーーー」

2人で顔を見合わせてからもう一度魔法室の周りを確認する。

「海。もう誰もいないよね?」

「うん。大丈夫なはず…。」

そして僅かな沈黙の後2人で一気に話し始めた。

「え?え?ダルシオンさんがあんなに大声出してるの初めて見た!」

「いやいや、大声どころかドンって音もしたよ⁈」

「「中で何があった⁈」」

そう。私と海は部屋で休んでいたが、船で古い魔導書を読んだことを思い出してそれを海にも見せたくてここまで来たのだ。ダルシオンさんが持ってるかなとは思ったがとりあえず魔法室に行ってみようということでここまで来たのだが…。そしたらダルシオンさんとマスターの話し声が聞こえて、中に入るかどうか相談していたら急にダルシオンさんの怒鳴り声が聞こえて急いでここに避難してきたのだ。

その後すぐドンっという音が聞こえてきて暫く静かだった。

またもどうするかと相談していたらダルシオンさんが本を抱えて出てきたから息を潜めてここに潜伏していたというわけだ。

「かなこ。二択だよ。」

海が神妙な声で言った。

「だね。不機嫌そうなダルシオンさんを追うか、機嫌も得体も分からないマスターのいる魔法室に入るか。」

私と海はお互いを見て同時に言った。

「「ダルシオンさんだ」」





自室に戻り溜まりに溜まった作業をすべく机に向かう。すぐそばには島で作った魔石。澄み渡るような青空の色。どこまでも続いていて自由が約束された空の色。

俺はため息をついて机に突っ伏した。

なんであんなことを聞いてしまったのか。なんであんな態度を取ったのか。なんで防御できなかったのか。全部俺の油断だ。あの人なら大丈夫だと心のどこかで思っていたからだ。あの化け物を信じていた自分がいたからだ。

「……むかつく…。」

やっと出た言葉は情けないものだった。

顔を上げて目に入った(くだん)の古い魔導書を手に取りパラパラとページをめくる。


「もったいないな。」

魔法で薪を運びながら薬草採取をしていた時、突然どこからともなくそう言われた。

振り向くとグレーのローブを羽織った男が立っていた。旅人のように汚れてもいない、村に住んでるやつでもない。

「誰?」

短く問うと、その男は指をパチンと鳴らした。

すると浮かせて運んでいた薪がガラガラと落ちた。俺の魔法を打ち消したのだ。

「お前名前は?」

男に聞かれたから聞き返してやった。

「あんたこそ誰だよ。」

男はフッと笑って言った。

「皆にはマスターと呼ばれてる。」

「マスター?本名は?」

「忘れたよ。」

俺はじっと見つめた。その間ずっと男は優しく微笑んだままだ。居心地が悪くなって目を逸らしながら答えた。

「ダルシオン…。」

「ダルシオンか。いい名だ。村では何をしている?」

別に話さなくたっていいのに何故か答えてしまった。

「魔法が使えるからそれで稼いでる。畑の収穫とかこういう薪集めとか薬草採取とか。あとたまに魔物退治とか。」

「なるほどな。家族は…死別か。今は一人暮らし。その性格のせいか友人もいない。孤独だなダルシオン。」

話していないことまでわかってるように言い当てていく。

「なんで死んだってわかるんだ⁈…っというかあんたに孤独とか言われたくない。あと性格は関係ない。魔法が使えるから…誰も寄ってこない…だけだ。」

生まれた時から魔法が使えた。光と闇以外の属性は難なく使えた。両親はそれを褒めてくれたが俺は嫌いだった。みんな怖がって近寄ってこないからだ。自分から友達になれと言われて実践したら相手の子にちょっとムカついて魔法を使ってしまった。その子は首から下が畑の土に埋まって泣いてた。

「魔法は好きか?」

そんなこと聞くまでもないだろう。俺は男に冷たく言い放った。

「好きも嫌いもない。生きてく手段だ。」

そう言うと男は道端の花の前にしゃがみこんで俺を手招きした。

「なんだよ。この花は食えないし薬草にもならないただの植物だよ。」

そう言いながら男の隣に一緒にしゃがみこむ。

すると突然花の色が変わった。黄色から赤色にパッと変わったのだ。

「えっ⁈今の魔法⁈どうやった⁈」

驚いた勢いのまま男の顔を見て聞いたら、男は俺の頭を撫でてきた。

大きくてあったかくて優しい手だった。振り払うのも忘れて大人しく撫でられてた。

「お前にもできる。やってみろ。」

そう言って隣の花を指さした。

「そんなんやり方知らなきゃ…」

っと言葉の途中で何故かやり方が分かった。何故かはわからないがそのまま花に手を添えてみる。

すると黄色い花がパッと青色に変わったのだ。

俺は自分でもびっくりしてそのまま手当たり次第に花の色を変えていった。楽しかった。生まれて初めて魔法が楽しいと感じた。

どのくらいやっていたのか、

「ダルシオン。」

っと、名前を呼ばれてハッとした。夢中になりすぎて周りの花全部カラフルにしてしまっていた。

「魔法は好きか?」

男がまた同じことを聞いてきた。

俺は立ち上がって真っすぐ男に向かって言った。

「好きだ。」


魔導書を閉じて背もたれにだらしなくもたれかかる。そのまま天井を見上げて呟いた。

「もったいない…か…。」

あの後…どうしてあの人から離れてしまったんだろう。もっと色んな魔法が知りたかった。いや、そんなの魔導書読めば大体できるようになる。だから今も本の虫みたいに魔導書読み漁って魔法を身につけている。

フェルス王国に魔術師として入れてくれたのもあの人だ。俺があんなこと言ったから。寂しそうな顔しながら、わかった、って言って国王に紹介してくれた。その後もすぐどっかに消えて、忘れた頃に姿を現す。でも俺に会いに来てるわけじゃない。国王に会いにきてるだけ。来ていたことを後で知ることも少なくなかった。

俺はあの人に捨てられた。

いや違うな。俺が逃げたんだ。あの人が怖くなったから。魔法使いとして怖くなった。圧倒的な魔法使いの力の差。魔力量だけじゃない。経験や知識量、魔法のことを考えている時間。ありとあらゆる面で差を感じた。

「あーークソ。まただ。」

俺は自己分析してる方だ。こういう時、後悔やらなんやらが頭から離れなくなってグルグルと思考が止まらなくなる。考えなければいいのにそれができた事など一度もない。しかもあの人のことになるとどうしても頭から追い出すことができない。まるで悩める乙女ってやつだ。

「女々しい。執着し過ぎ。」

自分で自分に言い聞かせる。

こういう時は単純作業で忘れるしかない。

ガバッと起き上がって目の前に溜まった作業を淡々とこなしていく。

暫くして扉を叩く音がした。誰が来たのかは魔力感知でわかる。

「どうぞ。ナコ殿。海殿。」

作業しながら声をかけるとゆっくりと扉が開いた。

視線だけ向けるとそこには黒竜である海殿を抱えたナコ殿が怪訝な顔で立っていた。

「なんですか?用事があって訪ねて来たのはあなたでしょう?そんな顔される覚えはありませんよ。」

手を止めてナコ殿を見ながら言うと、返ってきた返答に盛大なため息をついた。

「声もかけてないのに誰だかわかって気持ち悪いな…と。」


最後までお読みくださりありがとうございます。


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