第四話 獣人の強さ
いかつい漁師と思われる獣人達とチャミとジョンは船の準備をしている。さっきまでいた浜辺とは違う場所のようだ。港らしく船もたくさん停留しているし、桟橋もある。向こうの方には漁で使うのだろう、網や銛が並んでいる。
私の周りには村長さん夫婦の他に住民達もガヤガヤと船の方を見て騒いでいる。
「魔物と戦いに行くんですって。」
「また変な夢持って外に出てく子がでてきたわね。」
「ケガしなきゃいいけどな。」
「お兄ちゃんたち魔物と戦うの?僕も戦える?」
私が発した言葉でこんなことになっちゃうなんて。あの2人本当に大丈夫だろうか。漁師の人はガタイも良くて、熊、虎、ライオン、鰐っぽいのもいるからなんか強そうだけど、あの2人は猫だ。若いのか種族の問題なのか小さく見える。それに猫って水苦手じゃなかったかな?
そんな不安が顔に出てたのか、村長夫人のシマさんが優しく背中に手(ヒレ?)を添えてくれた。
「大丈夫じゃよ。漁師達も付いとる。安心せえ。」
ニコニコしながら言うからこちらまで笑顔になってしまう。本当に優しくてあったかい人だ。
そうこうしてる間に準備が整ったらしく船に乗り込もうとしている。私は慌てて船に走り寄り、チャミとジョンに声をかける。
「2人とも!本当に気を付けてください!危なくなったらすぐ引き返してくださいよ!…それと…私があんなこと言ったから…すみません。」
「大丈夫ですよ。漁師の皆さんもいますから。それに僕らが勝手にやりたいって言ったので気にしないでください。」
「そうそう。俺らが勝手にやってんの!でっかい魔物取ってくるから待ってろよ!」
ジョンもチャミも全く気にしていないようで逆にフォローされてしまった。
「嬢ちゃん。俺らが一緒なんだ!大丈夫さ!」
「その辺の人間冒険者より強いってとこ見せてやるよ!」
漁師の人達も心強い言葉をかけてくれる。心配は残るがここまで言われたら何も言えなくなってしまう。お願いしますと伝えてゆっくり船から離れる。
船はどんどん島から離れていく。俺は手に持った剣を鞘から少し抜いて眺める。親父がくれた剣だ。今まで毎日鍛錬はしてきたつもりだ。別に冒険者になろうとかそういうんじゃない。ただ、冒険者として大陸で活躍していた親父が死ぬ間際くれたから何となく使ってる。いつ何が起こっても自分の身は守れるようにしとかないとこの世界じゃ生きていけない。特に獣人は。
「チャミはやっぱりそれ持ってきたんだね。」
ジョンが俺の剣を見ながら声をかけてきた。
「ジョンは弓矢か。お前それ得意だもんな。たまにそれで肉取ってきてくれるし!」
「毎日家に来て肉寄こせって言ってくるからでしょ。」
けらけら笑ってくだらない話をしている。ジョンはぶっきらぼうだしよく俺を怒るけど、ズカズカ踏み込んでこないから気楽だ。親父が死んだときも変に気を遣うでもなく飯食べようと誘ってくれた。
「おい!そろそろ気合い入れとけ!」
漁師のおっちゃんが声を張り上げた。気づけば島はほとんど見えなくなっている。こんな外海まで来たのは初めてだ。俺は剣を抜いていつでも戦えるように態勢を整えた。ジョンも矢を弓につがえて準備している。
「ここら辺から魔物が出てくる。大陸からうちの島に人間が来ないのもここの魔物を恐れているからだ。人間にはデカくて硬いらしい。クラーケンとかいうんだと。」
「そんなビビることはねぇよ。魔力を込めて矢を射ったり、剣で切りかかれば問題ねぇ。いざとなったらその爪でも大丈夫だ。」
なるほどな。相手がどんな硬さかわからないからできるだけ初手で感覚掴みたいな。魔力強めの込めとくか。ジョンも同じことを思ったのか、矢に結構な魔力を込めている。緑色のオーラが見えるから風魔法かな。俺は剣に黄色い雷魔法を纏わせた。そうして辺りを探っていると船の真下からゴゴゴゴゴという音がした。
船が大きく揺れた。来た。そう思った瞬間目の前に水柱が現れた。そして姿を現したのは大きなイカ。クラーケンだ。弓矢を構えてチャミを横目で見ると目がギラギラして舌なめずりしている。スイッチ入ったなこれは。
チャミは冒険者の親父さん譲りなのか強い相手を見つけると楽しそうに笑う。子供のころから、本ばっか読んであまり外で遊ぼうとしない僕を無理やり連れだしては泥だらけにさせられる。喧嘩っ早くてよく僕を助けてくれた。といっても僕も巻き添え食らうからありがたいとは思ってない。そのおかげなのか、弓矢で遠くから相手を狙うのは得意になった。チャミが突っ走ってくから僕が援護に回される。それに遠くからならケガすることも少ないし。
「出たぞ!船から落ちるなよ!」
「ぶっとい脚に捕まると厄介だからな!」
漁師さん達が船が転覆しないようにしてくれてる。今のうちにさっさと片を付けたほうが良さそうだ。
「チャミ!行くよ!」
「おう!頼むぞジョン!」
その言葉と同時に僕は矢を射る。真っすぐ飛んで奴の脚に刺さった。風魔法を込めたから速さも鋭さもある。ちゃんと刺さったからこのくらいの魔力を込めれば問題ないみたいだな。矢が刺さって怯んだ隙をついてチャミが奴に切りかかる。跳躍する時船が大きく揺れた。どんだけ力入ってんだよあいつ。剣を振り下ろし奴を足場に船に戻ってきたチャミ。奴を見れば、真っ二つに切れていた。
島内ではみんなが海を眺めている。もう魔物とは遭遇したのだろうか。落ち着かなきゃいけないとは思っててもソワソワと歩き回ってしまう。
「あんた!落ち着きなって!」
「うちの人も付いてるんだから大丈夫よ!」
そう言ってくれるのは漁師の奥さん達。それでもソワソワして海を眺める私を笑いながら見ていてくれる。こんな経験したことない。誰かが危険な所へ行って帰ってくるのを待つなんて。よく皆平気だな。漫画やアニメ、映画ならこういうシーンがあるけど、実際にそんな状況になるなんて思ってもみなかった。とにかく不安で仕方がない。
「あ!帰ってきた!あれそうじゃない?」
双眼鏡を覗いていた犬の獣人の子供が声をあげた。パッと海を見るが私には見えない。暫く目を凝らしていると水平線の向こうに何かが見える。段々近づいてきてようやくそれが船だとわかる。
「双眼鏡この子に貸してやりな。」
子供の母親だろうか犬の獣人が双眼鏡を渡してくれた。お礼を言いそれを覗き込む。
船には出発した時と同じメンツが揃っていた。楽しそうに笑っている。それを見てやっと安心できたのかその場にうずくまった。
「大丈夫かい⁈」
そう声をかけてくれたのも耳に入らず。ただただ大きなため息が出た。周りには笑い声と船を呼ぶ声が聞こえた。
船の後ろに繋がれているものを見て立ち尽くしてしまった。デカい…イカ?なにこれ。大きなビルみたいなイカが横たわっている。目玉ですら私より大きいぞ。
「いや~でっかいし重いしで運ぶの大変だったな!」
「それにしても坊主共なかなかいい動きしてたじゃねぇか!なあ!」
「おうよ!一撃で仕留めるとは思わなかったわ!」
い、いちげき⁈これを⁈
声も出せずイカを眺めている私の背中をポンっと叩いたのはジョンだ。
「大丈夫?まあ大きいしびっくりするよね。」
「あー…うん。」
なんと返したらいいかわからない。
「思ったより手ごたえなかったな~。ジョンも最初の矢ズボッと刺さったもんな!」
「うん。でもチャミ力入りすぎ。跳ぶとき船凄い揺れたんだけど。」
「悪かったって!緊張してたんだよ!」
「チャミが緊張とかありえないんだけど。」
そんな話を遠くに聞きながら眺めてると、2人が顔を覗き込んできた。
「どした?さっきから黙り込んで。」
チャミの言葉の後にため息を一つ。
「心配してた自分が馬鹿みたいだなと思いまして…。」
「「…」」
すると突然2人が笑い出した。
「いやいやこんなのに負けないって!」
「こいつ凄い硬いとか言ってたけど全然だったよ。そんなに心配だったの?」
「本当に心配してたんです!魔物ですよ!こーーーーんな大きな!」
そういうと2人はまた笑っている。なぜ笑われるのか。本当に心配していたのが馬鹿みたい。
笑い終わったのかチャミ涙を拭きながら言ってきた。
「それよりその話し方。もっと砕けた話し方でいいよ!」
「あ、そうそう。僕も思ってた。村長の家で僕らを怒ったときみたいにさ。敬語なんていいよ。」
「は、はあ。じゃあ…そうする。」
2人はうんうん頷いている。会ってまだ一日なのにタメ口とかどうなんだろ?そんなコミュ力ないんだよな~なんて考えてたら、クラーケンパーティーだなんだと村中が盛り上がっていた。
え?このイカ食べるの?食べて大丈夫なの?
促されるままクラーケンパーティーに強制的に参加させられた。そしてそのまま宴会となった。
その後、宴会で色んな獣人達に絡まれながら、焼きあがって赤くなったクラーケンを食べた。ただのイカ焼きだった。普通に美味しかった。屋台の味がする。マヨネーズとか欲しい…。
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