第三十七話 同盟組の思惑
私は第一騎士団と共に魔族領との国境に来ている。つい先日、ここで死闘が繰り広げられていた傷跡がそこかしこに見られる。
「サントス殿。魔族領にはこのまま入るのですか?奴らが攻撃してくる可能性もあるのでは。」
ルーク殿がなんの躊躇もなく魔族領との国境に歩いていく私に声をかける。
私は歩くスピードを少しゆるめながら静かに答えた。
「問題ありません。山脈の麓辺りまで行けばすぐにあちらの方々と会えるでしょう。きっと待ちくたびれてますよ。」
ルーク殿は頭にハテナを浮かべながら
「待ちくたびれて…って…本当に魔族が同盟など組む気があるのでしょうか?」
と聞いてきた。
「組みますよ。向こうにとっても利がありますから。」
そう言うとルーク殿は、分かりました、と半ば諦めたような様子ですぐ後ろをついてきてくれる。
我がフェルス王国と魔族領との同盟は一度も成立したことがない。同盟を持ちかけても断られるか、口では組むといいながら攻撃をしてきたり、なかなか上手くいっていない。先代国王の時から魔族へ友好的な態度を示してきたものの魔族はやはり人間が嫌いなようで冷たくあしらわれてしまう。
だが魔族にもたった1人だけ信頼している人間がいる。本名は知らないが『マスター』と呼ばれている。
人間でありながら何百年と生きている方だ。神出鬼没で、ありとあらゆる魔法を知り尽くし、人間にも魔族にも友好的である。逆を言えばどちら側にも付かない中立の立場だ。
私は今回、このマスターに同盟を組む手伝いをお願いしている。もちろん相応の報酬を要求されて頭を悩ませたのは記憶に新しい。
国境の山脈の麓に来ると、すでに魔族の使者が待っていた。そしてその隣には例のマスター。
「お待たせして申し訳ありません。雪道に慣れないものですから。宰相のサントスです。」
丁寧に挨拶をすると魔族の使者、四天王の一人であるリクが微笑みながら
「人間は飛べないから大変だろうね。大して待っていないから気にしないでくれ。」
と答えた。
サラサラとした色素の薄いブロンドヘアーをなびかせ、女性を虜にするであろう整った顔立ち。優しげな微笑みの裏には真っ黒な思惑が潜んでいるのであろう、魔族領の参謀役。
「マスターも御足労いただき感謝しております。あなた無しでは同盟など夢物語になってしまいますからね。」
そう言ってマスターへも深くお辞儀をする。
グレーのローブを羽織ったダンディーな男性。身長も高く身なりも整えられて高貴な雰囲気を醸し出している。それになによりどんな時でも余裕のある態度を崩さない。
「まさか俺まで引っ張り出されるとは思わなかった。相当本気で同盟組みたいようだぞリク。」
マスターはゆったりとした口調でリクへと話しかける。
「あぁそうだね。マスターが仲介するとなると僕らも断りずらい。それを狙っていたのかな?いい性格してるよ。」
「先の戦いでお互い思い知ったかと。ナギとシュウの傷はいかがですか?」
顔色変えずにリクに聞いてみる。
「ナギは周りに当たり散らしてるよ。シュウは思ったより落ち着いてる。傷もマスターのおかげで癒えてきてるしね。そちらも葬儀は無事に終わったようだね。」
「えぇ。おかげさまで。」
私もリクも微笑みを絶やさずお互いの腹の中を探るように会話する。頭に来ることを言われても一切態度に出さないのが外交というもの。シルビア殿ならきっともう殴りかかっているだろうがルーク殿はさすがだ。静かにリクを睨みつけている。
するとそんな雰囲気を破るかのようにマスターが口を開いた。
「用が済んだなら俺は戻るぞ。お前らの喧嘩に付き合うほど暇ではないのでな。リク、春まで大人しく同盟組んでいろ。魔王を説き伏せるのがお前の役目だ。いいな。ナギに関してもだ。鎖で繋いででも静かにさせておけ。」
「マスターが言うなら仕方ない。いいよ。春までフェルス王国には関わらない。」
リクはあっさりとそう答えてゆっくり空に飛び立った。
「マスター。また近々来てよね。魔族領はつまらないんだ。」
リクの言葉にマスターは片手を上げて答える。すると満足そうに微笑んでリクは山脈を越えるように飛んで行った。
それを見送って私は口を開く。
「マスター…」
お礼を言いかけたところでマスターに手で制された。
「言葉は要らない。例のものを寄越せ。」
私はルーク殿に目配せした。するとルーク殿が懐から包みを取り出してマスターに渡した。マスターは包みを受け取りそのまま開くことなくじっと見つめると、ふっと笑って包みを私に返してきた。
驚いてマスターを見ると、
「本物を持ってきたようだな。その意気だけで充分だ。」
と笑いながら言って包みを押し付けてきた。私が受け取りながら戸惑っていると言葉を続けた。
「お前の妻ナタリーといったな。あれにも伝えたが人と魔族が歩み寄ろうなど久方ぶりだ。傍観するには惜しい。だから手を貸した。このまま春以降も同盟を続けられたらお前の欲しい情報を提供しよう。」
あぁなるほど。私を試したのですね。
「ではなんとしても同盟を組み続けなければなりませんね。それともう1つ。ナタリーとは会ってくれるのに私とは会ってくれないから嫌われてるかと思いましたよ。せめてお礼だけでも言わせて欲しかったのに。」
あちこち探し、足取りを辿ってそこら中に言伝を残したのに一度も返事を貰えず、挙句の果てにはナタリーから本人に会ったと知らせがあった。あの時はショックのあまり寝込みそうになったほどだ。
「はっはっはっ!ドワーフの件ならもう忘れろ。投資だと言ったろ?」
そんな私の気持ちなど関係ないかのように笑ってサラッと流されてしまった。後ろのルーク殿にも、ふっと笑われてしまった。
「あなたは本当に勝手な方ですね。では最後に一つだけ教えてください。」
この方には敵わないと改めて感じ、最後に質問をした。今回マスターを呼んだ本当の目的を果たすために。
「西大陸の情勢はどうなりましたか?」
マスターは笑みを消して真っ直ぐ私の目を見てきた。そして暫くの沈黙の後静かに答えた。
「東大陸とは正反対だ。人はもうほとんど狩り尽くされた。聖都の魔法使い達も全滅だそうだ。」
「そうですか…」
予想以上の答えに私は返す言葉が見つからなかった。
するとマスターはフワリとローブを翻して私とルーク殿に言った。
「ではな。…あぁそうだ。例の異世界人の子にプレゼントをしておいた。今頃ダルシオンの研究心に火がついてる頃だろう。」
それはどういうことかと聞こうと口を開く前に霧のように姿が消えてしまった。私もルーク殿もその場に取り残され、行き場のない問いかけは喉の奥にしまうしかなかった。
サントス殿と城にもどる途中、私はマスターについて聞いた。彼のことは知ってはいるが詳しくは知らないからだ。
「サントス殿…マスターという方は一体何者なのでしょうか?」
サントス殿は空を眺めながらゆっくり話してくれた。
「私も彼のことを知ったのは200年ほど前の事件に出てきたからです。もちろん私は生まれてませんが色々な文献を読み漁り、カルロと好奇心で調べていたらたどり着いたのです。彼は200年前の魔族と人間の争いの時、異世界人に負けて途方にくれていた魔族を今の魔族領に匿ったそうです。とても強固な防御魔法の中に魔族を入れて、誰も近づけないようにしました。触れれば消滅するという防御魔法です。なぜ彼がそうしたのかは未だにわかりません。ですが魔族にとっては命の恩人。だからマスターへの信頼は絶大なのだそうです。」
その話を聞き、私はふと浮かんだ疑問を口にした。
「もしかして…その防御魔法って…。ダルシオン殿たちが作り出そうとしている防御魔法ですか?」
するとサントス殿はにこりと笑って頷いた。
「カルロもダルシオン殿も魔術師としてその防御魔法に大変心を動かされたようです。いわゆる魔術師にとっては夢のような魔法。この魔法を作り出そうとしている魔術師は沢山いるそうです。ですが未だに完成させた者はいない。マスターがいかに素晴らしい魔法使いなのかが分かる話ですよね。」
魔法が使えない私にとっては未知の領域だ。だが200年前、彼が魔族を匿わなかったら今頃もっと平和だったのではないか…とも考えてしまう。兄も死なずに済んだかも…と。
「魔族を助けたマスターはなぜ人間に恨まれないのでしょう。」
するとサントス殿の歩みが止まり、ぶつかりそうになり慌てて止まった。そしてゆっくりと振り向き話し出した。
「彼にとって魔族も人間も同じであると伝えたかったのではないかと思います。推察でしかありませんが…。実際全ての魔族が防御魔法の中に居られたわけではありません。防御魔法の外にいた魔族達は人間に殺された者もいれば、自害した者もいます。ナギのようにずっと隠れていた者、人間と仲良く暮らした者、魔族自身も考え、悩み、色んな生き方を選んだようです。そう思うと人間と同じだと思いませんか?愚かで優しい生き物。自我のない動物的な魔物とは違う。マスターは常に中立の立場です。魔族も人も大切にする。実際、今では魔族ではなく人間同士で恨んでいる者の方が多く感じます。ルーク殿…あなたも魔族ではなくナギを恨んでいますよね?それを踏まえて考えてみてください。あなたはマスターを恨みますか?」
私はその問いに答えられなかった。サントス殿もそれ以上何も言わなかった。
「あっ…」
サントス殿が突然思い出したように声を上げた。
「どうしました?」
「彼…今回無理難題を突きつけてきましたが例のもの受け取りませんでしたね。結構苦労したのに…。」
と肩を落としたサントス殿を見て、私は懐の包みを取り出した。包みの中は箱になっていて見えない。
「これ中身なんですか?」
そう聞くとサントス殿は困ったような顔で答えた。
「国宝。王家に代々伝わる短剣です。」
「えっ?!そ、そんな大切なものを?!」
声を大きくして言ってしまい、慌てて口を閉じた。
「えぇ。国王に話してなんとか持って来れました。ヒヤヒヤしましたよ。本当に持ってかれちゃったら…私の首飛ぶかな〜と。あはは。」
遠い目をして笑っているサントス殿。
マスターはこれが本物であることを確認しただけだったから良かったものの、もし持ち帰っていたらサントス殿の言う通りになっていてもおかしくない。
「マスターは本物を持ってくることで私の覚悟を知りたかったのでしょう。」
と、サントス殿が言った。
「それにしても無理難題を…」
私はそう返すしかなかった。
転移術で城に戻り王の間へ向かう。扉を開けるとソワソワした様子の国王がいた。
「サントス!ルーク!良かった無事だったのだな!」
こちらに気づくや我々の安否を確認してホッとした顔をする。
「ただいま戻りました。同盟は無事組むことが叶いました。」
私の報告に力が抜けたように椅子に座った国王は大きく息をついた。
「そうか…よかった…。サントスお前のおかげだ。父にも成せなかった魔族との同盟。ようやく我々の努力が実ったのだ。ありがとう。」
「国王、礼など不要です。それと国宝をお返しします。大変助かりました。」
そう言って隣のルーク殿が包みを国王にお返しする。受け取って中身が無事であることに不思議そうな顔をして言った。
「彼は…これを所望していたのでは?」
「はい。ですがこれが本物であることを確認するや返されました。恐らく本物を持ってくるかどうか試しただけだったのかと。」
私の言葉に国王はポカンとして次の瞬間笑いだした。
「はははは!全く…あの方には敵わないな!」
「ごもっともです。」
私は苦笑いで答える。
「ルーク。お前もよくサントスの護衛を務めてくれた。ありがとう。もう下がって休んでいいぞ。」
「はっ!失礼します。」
ルーク殿はそういうや王の間を出ていった。彼にも後でお礼をしなければ。彼が常に警戒をし、周りに気を配っていたからこうして無事に戻ってこれたのだから。マスターにでさえ警戒を怠ることがなかった。さすが第一騎士団長。
「それで、サントス。例の話は聞けたのか?」
ルーク殿が去ったのを確認して国王が真剣な顔で聞いてくる。
「ええ。西大陸はほとんどが魔族に支配されているようです。奴隷として働いていた者も魔族側についていたようですが、あの話を聞くに最終的には魔族に利用されたのでしょう…。力ある魔法使い達も全滅だそうです。」
マスターから聞いた話をそのまま伝えると国王はとても悲しい顔をして、そうか、とだけ言った。
「ですが、春以降も同盟を組み続けられたら他の情報も教えてくださるとのことです。」
私がそう言うと国王はパアッと晴れた顔をして
「ではなんとしても同盟を組み続けなければならないな!サントス!お前を頼りにしているぞ!」
と言った。
私はにこりと笑い
「もちろんでございます。」
と答えた。
すると後ろの扉が開かれて元気な声が聞こえてきた。
「リチャード様!今帰ったわよ!ドワーフ特製のお酒も貰ってきたの!」
少し酔っているのかいつもよりご機嫌そうだ。
「レイチェル?!大変なことを頼んでしまってすまない。疲れただろう。さぁ部屋で休もう!」
フラフラとした王妃様の元に駆け寄って手を貸す国王はアセアセとしている。
私は2人に軽く挨拶をし、すぐに王の間を退出した。
自室に戻るとソファで休んでいるナタリーがいた。私に気づいて慌てて立とうとするのを制し、水をコップに注いでナタリーに渡した。
「お疲れ様でした。あなたにはいつも苦労をかけてしまっていますね。」
そう言うとコップに口をつけようとしたナタリーがニコリと微笑み首を横に振った。
「サントス様のお役に立てるならどんな事でも致します。あのお方には会えましたか?」
「ええ。やっと直接お礼が言えましたよ。全く困った方です。今回もドワーフの件のついでに同盟の仲介をお願いできたから良かったものの、神出鬼没過ぎて…。国宝を所望してきて結局受け取らなかったり、やることがめちゃくちゃです。それなのに何故か憎めない。むしろ、より一層頼りたくなってしまう。」
つい愚痴っぽくなってしまった。自分がマスターに振り回されているのを根に持っている事をナタリーと話していてようやく自覚したようだ。
「ふふっ。サントス様も彼の前では赤子も同然ですね。全て見透かされているようです。」
ナタリーの言葉に苦笑いで答える。そして声を潜めて自分に言い聞かせるように口を開いた。
「やはり大陸間の争いは免れないようです。こんな小さな魔族領との争いに手をこまねいていては対応できなくなります。急がねば…。」
私の切羽詰まったような様子にナタリーは覚悟を決めた顔で
「私はサントス様を信じております。きっと何とかなります。」
と言い、私の手にそっと自身の手を重ねた。
同盟から戻り騎士団の鍛錬場で槍を振るう。今は部下は誰もいない。私だけの空間だ。
精神を研ぎ澄まし目の前に仇であるあの魔族を思い浮かべる。そいつを殺すように槍を縦横無尽に操る。何度も何度も…。
そして今度は今日初めてまともに顔を合わせたあの男。マスターと呼ばれる謎の男を思い浮かべる。
正直言うと、あの男には隙が全くなかった。話し方も態度もこちらには全く敵意を向けていない。だが護衛をしていた私には分かる。あの男は魔族のリクにもサントス殿にも、そして私にも目を向けていなかった。いつでも殺せるという余裕が見えた。実際私は背筋がゾッとした。気を抜いた瞬間首が飛ぶのではないかと思うほどの重圧を感じていたのだ。
マスターを目の前に思い浮かべて槍を振るおうとするが動けない。どう動いても自分が殺されるイメージしかできない。
「こんな程度で騎士団長とはな…。」
ポツリと呟き槍を下ろす。
自分の弱さを久しぶりに実感した。どんな魔物とも戦い、生き残ってきた。仇の腕も切り落としてやった。だが上には上がいるのだ。
サントス殿は西大陸の情勢を聞いていた。私には分からない話だ。国の政には関わらない。私はただ国の安全を武力の観点から考えるだけだ。
だが一つだけ確信を得た。
この先、今までの常識が覆されるような大きな戦いが起こる。その時までにもっと強くならねばならないと。
私は再び槍を構え、手足のように槍を振るう。ただ無心で。今度こそ対等に戦えるように。
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