第三十五話 魔石組と同盟組
海を抱えて全力ダッシュしている。
「はぁ…はぁ…」
「かなこ大丈夫?一旦休む?」
息も絶え絶えな私を心配して海が聞いてくる。
「そ、そうだね…ちょっと歩くわ。」
そう言って息を整えながら城の中を歩く。もう少しで魔法室だし、まぁいいかと思って歩きながらふと気がついた。
ここは卵を保管してた部屋だ。立ち止まって部屋の前に向かう。
「かなこ?どうした?魔法室はあっちじゃない?」
海が魔法室の方を指さして言う。
「ちょっとだけ寄り道。」
そう言って部屋の扉を開く。中には机と椅子がポツンとあるだけでがらんとした部屋だ。
「この部屋で卵見てたんだよ。」
「え?あぁ卵の時はここにいたんだ。外は見えなかったから。」
私は卵が置いてあった机の上をそっと撫でた。
「そういえば卵の時ちょっとだけ外の会話聞こえてたんだよ。」
「えっ?!」
海の意外な言葉につい大声を出してしまった。
「膜が張ったようにこもって聞こえてたんだけどね。誰が話してるのかくらいは聞き取れたよ。ロールパン魔術師とかね。」
ニヤリとした顔で海が見てくる。
「しかもそこ?!うわぁ…恥ずかしい…。」
あの時は必死だったとはいえ恥ずかしいことをしていたものだ。変なやつとしか言えない。
「後はレイチェル様とかペーター君とか。チャミとジョンがかなこと話してるのも聞こえた!」
あぁあの時か。
「チャミ君も、ジョン君も元気だよ。海が言ってた通りいい人だった。今は私たちのために防御魔法の訓練してる。」
すると海が静かになったから覗いて声をかける。
「海?」
「……黒竜を助けるつもりだったけど、結局みんなに迷惑かけてる。未だに自分で自分を制御できないし…。」
と言ってしょぼくれている。
私はなんと声をかけるべきか悩んでしまった。多分海はペーター君のことをかなり後悔しているはずだ。生きてるなら話すなり関係をやり直すこともできるが、彼はもういない。
「海は優しいからね…。」
そう言って卵の部屋を出た。
そのまま魔法室へ向かうとダルシオンさんとカルロさんがいた。
「あ!ナコさん!おかえり。どこ行ってたんだい?」
チャミ君、ジョン君、シルビアさんは居ないようだ。きっと連れてかれて今ごろ絞られているのだろう。
「海と散歩です。あ!そうだ!見てください!」
私は海を両手で持って掲げた。そして海も私の行動に合わせて話す。
「ダルシオンさん!カルロさん!やっと話せるようになりましたよ!」
「「……」」
2人は黙り込む。
「黒竜がどうしたんです?何も変わってませんが。」
「えっと…元気に鳴いてるね。」
私と海はそのまま固まった。
え?まさか2人には海の声聞こえてない?
「あの…海の声聞こえません?」
聞いてみると2人は顔を見合せて首を振った。
「キュイキュイっていつもの鳴き声しか…」
カルロさんの申し訳なさそうな返事が返ってきた。
そ、そんな…。
私の気持ちを表すかのように海はガクンと項垂れた。あまりにもかわいそうで優しく撫でてあげる。
「かなこにしか聞こえないのか…はぁ…。」
これは相当凹んだな海。まぁ…うん。だよね。
「ナコ殿には聞こえるんですか?」
ダルシオンさんの問いに海と私は首をブンブンと縦に振った。
「ま、まぁとりあえずそこに座って経過を教えてください。」
私たちのあまりの勢いに気圧されつつも話を聞いてくれるダルシオンさんはさすがだ。苦笑いなのはこの際目を瞑ろう。
私はことの経過を話す。ダルシオンさんもカルロさんも黙って聞いてくれていた。
「…と、言うことです。」
話し終わって2人を見つめる。机の上の海も静かに座って2人を見つめている。
「つまり、海殿は自ら黒竜に食われた。そして今は海殿と黒竜が交互に出てくる。そしてナコ殿とだけ話せる。」
ダルシオンさんに頷いて答える。
「今までナコさんにも聞こえなかったのはなぜかな?ずっと話しかけてたんだよね?」
カルロさんの言葉に私はドキッとした。
「…分からない…です…。」
そう答えたが多分あれだろうと目星はついてる。
私が黒竜とも海とも向き合ってなかったからだ。チャミ君とジョン君に言われて自分がいかに愚かだったのかを実感した。気持ちを入れ替えて黒竜=海であることを自覚し直した。そして散歩してたら聞こえてきたのだ。つまりは私の心境の変化1つだったのだ。
でもこれは言ってはいけない気がする。私の心の中にだけ閉まっておく。
「そっか…。でもまぁ話せるようになったんだし1歩前進だね。これからの事もあるしタイミングとしてはちょうど良かったよ。ね、ダルシオン。」
「えぇまぁ。そうですね。」
2人の話がどうも読めない。
「あの、何かあったんですか?」
素直に聞いてみるとすぐにカルロさんから返事が返ってきた。
「ナコさんにはまだ言ってなかったね。魔石のことだよ。獣人の島に行く案が通りそうなんだ。」
「もちろん国の防衛のためにも色々手を回してますがね。黒竜の力も借りるつもりだったのでこのタイミングで話せるようになったのは大変ありがたいです。」
カルロさんとダルシオンさんの話を聞いてようやく合点がいった。
「かなこ?魔石って?」
海が不思議そうに聞いてくる。
「あ、そうだね。話しとくね。」
そう言って私は海に魔石の話をした。ダルシオンさんとカルロさんも付け足すように色々教えてくれた。
大きな魔石を使って防御魔法を完成させる話。そのために獣人の島で魔力を集めようとしてること。その時に黒竜の魔石も使うこと。
一通り説明して海を見ると不安そうな顔をしている。
「海?大丈夫だよ私たちみんなついてるから。」
不安を取り除こうと声をかけるが曇った顔は晴れない。どうしたのかと聞こうとしたら海がポツリと話し始めた。
「私ならいいけど、もしその時黒竜だったら…上手くいくか分からない。まだ切り替えのタイミングが分からないし。この首の魔石を使うんだよね?もし外した時に闇魔法でも放っちゃったら…。」
海の言うことも最もだ。確かに黒竜だったらすんなりうまくいくとは思えない。
私は海の言ったことを通訳した。
「その事ですか。それなら心配いりません。そのための黒竜守り隊です。いざと言う時のためのあの2人ですから。」
まさかダルシオンさんが海のためにそんなこと言うとは思わなかった。しかもこんなあっさり。
「それに僕もダルシオンもいるんだ。大丈夫だよ。」
カルロさんも優しく声をかけてくれる。
「だってさ。少しは安心した?」
そう海に言うと、海は少し笑って、うんっと答えた。
「そういえば、島に行く間の国の防衛ってどうするんですか?」
私はダルシオンさんとカルロさんに聞いてみる。恐らくほとんどのメンツが国を離れるはずだ。魔術師は全員いないだろうしどうするのだろう?
「それは…サントスが魔族と同盟組むとか言ってたよ…。」
「魔族と同盟?!」
私は驚いて大きな声を出してしまった。
カルロさんはいつも以上に心配そうな顔をしている。
「あれでも宰相です。それなりに考えているのでしょう。信じるしかありません。」
ダルシオンさんはそういうがカルロさんは納得していないのか不安顔のままだ。
「この間戦ったばかりですよ?本当に同盟なんて…。しかも今までだって同盟組めてなかったんですよね?」
2人はため息をつきながら頷いた。
「やっぱりナコさんもそう思うよね?ダルシオン…やっぱり僕…もう一度サントスに話してみるよ。」
「無駄だと思いますがね…。」
ダルシオンさんがそう言うやカルロさんは足早に部屋を出ていった。
私はダルシオンさんを見つめた。
本当に同盟組むの?大丈夫?
と顔に書いてあったのだろう、ダルシオンさんは呆れたように話し出した。
「俺もカルロ殿も説得はしました。ですがあの宰相なにか策があるようで全く聞き入れないんです。国王も承諾してしまったようですし…。しかも宰相自ら使者として行くようです。もうこっちはお手上げですよ。」
国王様も承諾したのか…。ならば確かに私たちがどうこう言っても変わらないだろう。
「そうですか…。心配ですけど…任せるしかないですね。」
「えぇ。」
海が心配そうに私とダルシオンさんを見つめている。そんな海をポンポンしながら話に行ったカルロさんの心配そうな顔を思い出す。
それから数日、島に行く話が大々的にされた。行くのは、ダルシオン、僕、ナコさん、シルビア、そして第二騎士団の精鋭、島への案内役チャミとジョン。
僕は正直残りたかった。サントスのことが心配だからだ。念を押すようにルークによろしく頼むと何度も何度も伝えておいた。最後の方はルークも苦笑いだった。申し訳ないとは思うけど念には念を入れておくべきだ。
「では以前島に行った時と同じルートで行きます。大陸の南には転移術で移動。その後船で島まで行きます。船はもう手配してあるそうです。」
ダルシオンの説明にみんな頷いている。
「ただ今回は厄介なものを2つ持っていきます。1つはこの魔石用の宝石。かなりの値打ちものなので人目につかないように気をつけないといけません。第二騎士団でお願いします。そしてもう1つ。黒竜です。正直いうとこっちの方が厄介です。鳴き声ひとつ出さずに持っていきたいのですが、問題はいつ黒竜のターンになるか分からないということです。ナコ殿。しっかり頼みますよ?」
ナコさんは黒竜を抱いてしっかり頷いた。そう、今は海さんのターンだ。昨日まで黒竜だったが今朝は海さんのターンになっていたようだ。本当に良かった。このまま順調にいって欲しいものだ。
「では明日の朝出発です。各自準備を整えておいてください。以上、解散。」
ダルシオンの言葉にみんな散り散りバラバラに去っていく。僕も最終チェックをしないとな。そう考えて歩き出そうとすると獣人2人の声が聞こえた。
「よ!ナコちゃん!海ちゃん!」
「今朝から海さんだって聞いて話しかけるタイミング狙ってたんだ。」
「2人とも!防御魔法上達したって聞いたよ!ありがとう!」
キュイキュイ
「海も2人に会えて嬉しいみたい。また島の人達に会えると思うと嬉しいって。でもこの姿だからちょっと心配だってさ。」
ナコさんが通訳をしている。
「びっくりはするだろうがみんな受け入れるの早そう。な!ジョン!」
「だね。村長とか普通そう。」
3人と1匹の会話に少し心がほころんだ。
獣人にとっては久しぶりの帰還。そして海さんにとっては始まりの場所。ナコさんも海さんから話を聞いて島に行ってみたいと言っていた。
そんなほっこり会話を聞きつつ僕は宰相の部屋にむかう。
コンコン
「サントスいるかい?」
中に声をかけるとドサドサという音が聞こえた。僕はいつもより重い扉を開けて隙間から体を滑り込ませた。
そして予想通り、部屋の中は散らかり放題。山積みの資料だか本だかがなだれ込んで扉を圧迫している。だから扉重かったのか。
「サントス!どこだい?」
声をかけると奥の方にゆびさきがちらちらと見えた。
「カルロ、ここでーす。」
僕はため息をついてその場所まで隙間を作りながら進む。そしてようやく着く頃には息も絶え絶えだ。
机だったものは資料や本に埋もれている。そこに座って机の隙間で執務をしているようだが、よくそんな小さなスペースでできるものだ。しかもこんなぐちゃぐちゃで何がどこにあるのか分からなくならないのだろうか。
「サントス。少しは片付けなよ。そのうち埋もれて窒息死するよ?」
「そうですか?まだ大丈夫だと思いますが…。」
そう言って周りを見渡すサントスはこの状況を汚いとは思ってないようだ。
「いつもはナタリーがいつの間にか片付けてくれるのですが彼女今いないんですよね。私が用事をお願いしてしまったので。」
この男は宰相。それもよく頭の回る天才と呼ばれる程の知識人だ。だが天は人に二物を与えず。片付けに関しては本当にダメだ。たった2日でこの有様だ。妻であるナタリーさんが嫁いでくる前はこの状況が常。ナタリーさんに逃げられるのも時間の問題ではないかと思っている。
「僕は明日からいないけど本当に大丈夫なんだよね?同盟組む使者だなんて…絶対無理はしないでよ?」
「本当に心配性ですねカルロは。大丈夫ですよ。」
ここ暫くの僕とサントスの会話だ。本当に心配なのにサントスはいつもの涼しげな笑みで答えるだけ。
「僕は君との付き合いはそれなりに長い方だと思ってる。君を国王に紹介したのも僕だしね。だから…分かるんだ。君が無策で使者になることはないって。何か策があるんだよね?でもそれを教えてはくれないんだよね?」
最後の最後に僕は思いの丈をぶつけてみた。きっと効果はないと思うけどどうしても言わずにいられなかった。
「カルロ。あなたには全て分かってしまうようですね。その通りです。そして秘密です。」
サントスは顔色ひとつ変えずに答えた。
僕は少し間を置いてから
「分かった。」
とだけ言って部屋を出た。
大丈夫。きっとサントスなら上手くやれる。僕の想像もつかないような何かが同盟を組んでくれるに違いない。
そう自分に言い聞かせながら明日からの準備へと向かった。
魔石組の出発前夜。
ここはフェルス王国の片隅にある小さな村。ここにはドワーフ達が住んでいる。ついこの間までここでは大きな宝石が作られていた。そしてその仕事も終わったドワーフ達は今までの疲れを労うように毎日のように宴会が開かれている。
「よっ!姉ちゃん!もう一杯どうだい!」
「まだまだ飲むわよー!」
「レイチェル様…そろそろお酒はお控えください。」
「ナタリーもほら飲んで飲んで!ドワーフ特製のお酒なんてそうそう飲めるものじゃないわ!」
「そっちの姉ちゃんも飲みな飲みな!あんたらのおかげでワシらはこうして平穏な生活が出来るようになったんだからよ!」
「いえ…私はもう結構です…。」
目の前に出されたドワーフ特製のお酒はとてもアルコールの匂いが強い。みんな当たり前のようにガブガブ飲んでいるが普通は舐めただけでも喉が焼けるような代物だ。
私もレイチェル様もお酒は強いので飲めるが、連日となるとさすがに体が悲鳴をあげてくる。それでもレイチェル様はドワーフ達と楽しそうに飲んで騒いで盛り上がっている。
「さすがレイチェル様…まだまだいけそうですね。」
と、一人呟いて酔い覚ましに外に出てきた。
風が火照った体を冷やしてくれる。ふぅと息を吐きポケットから手乗りサイズのケースを出す。中から細かく砕いた葉を紙で巻いた物を取り出し先っぽに魔法道具で火をつけた。そして肺いっぱいに吸ってキンと冷えた空気中に吐き出す。口から吐き出された煙はユラユラと空へと上っていく。
後ろの方では盛り上がっている声が聞こえる。恐らくレイチェル様がまた豪快に飲んでいるのをドワーフ達が喜んで騒いでいるのだろう。
魔石用の宝石を作るため、国中からドワーフを集めてきた。探し出し、話をし、説得をし、ここに連れてきて作業をしてもらう。見返りにお酒と安寧の地の提供。旦那である宰相サントス様の考えを実行しただけとはいえかなり苦労した。レイチェル様も手伝って下さったのはとても大きい。なんせレイチェル様は酒豪。ドワーフ達と距離を縮めるのにピッタリの役だ。
吸っていた煙草が1本終わり、2本目を取り出して口に咥えた瞬間、目の前にポッと火が灯った。私はその火に近づき煙草に火をつけた。そしてその火を灯した張本人に声をかけた。
「ありがとうございます。このような所にいて大丈夫ですか?」
「俺がどこにいようと気にするものはいないだろう。」
男性特有の低く耳に心地よい落ち着いた声が返ってくる。
「この地を提供してくださったこと、サントス様も大変感謝しておりました。直接お礼がしたいとの事でしたが所在が掴めず困っていました。お会いになってくださいませんか?」
煙を吐きながら暗闇に向かって話しかける。
「礼など不要だ。俺はただ投資をしただけだ。魔族と人が仲良くしようなど…ここ数百年なかった事だ。そんな面白い話をただ傍観するのはつまらんからな。」
彼はそう言いながら、いつ取り出したのかも分からない煙草の煙を吐き出した。
「ナタリーと言ったか。お前も大変だったな。ドワーフは頑固者ばかりで骨が折れたろう。」
「いえ、レイチェル様のおかげで無事任務を遂行できました。それにドワーフの居場所を教えてくださる方もいましたから。」
私への労いの言葉にそう返すと、彼は、ふっと笑った。
「ドワーフは伝統を重んじる。だから住む場所もほとんど変えない。すぐに居場所などわかるさ。」
なんでもないかのように話しているが、そんな簡単なことではない。ドワーフは人を嫌い身を隠すのがうまい。人生で一度も出会うことなく生涯を終える者も少なくない。それを知っているということは、それだけ長くこの世に存在しているということ。
「これはお聞きしても良いのか分かりませんが…あなたはどれだけの時間を生きているのですか?」
私は疑問を口にした。答えなど期待はしていないが聞いてみたくなった。
「そうだな…どのくらいだろうか。俺にもわからんよ。」
不思議だ。この人と話していると全てを見透かされてるような感覚にとらわれる。しかもそれが嫌ではない。むしろ勝手に奥深くにしまってあるようなことまで口にしてしまいたくなる。
すると扉が開いて盛り上がっている騒ぎ声が大きくなった。
「ナタリー!寒くないのー?はやく戻ってきてちょうだい!」
レイチェル様が私の不在に気づいて探しに来て下さったのだ。
「申し訳ありません。すぐ戻ります。」
急いでそう答えて煙草の火を消した。顔をあげるとそこにはもう彼はいなかった。雪の上に足跡があるから誰かがそこにいたことは確かだ。どこから来てどこへ行ったのかは分からない。立っていた足跡だけが残っている。
風のようにふわりと現れ、煙のように空気に溶けて消えていく。そんな掴みどころのない人だ。
「それでは…また…。」
私は誰に言うでもなく挨拶をしてレイチェル様の待つ宴会場へと戻って行った。
最後までお読みくださりありがとうございます。
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