第三十二話 黒竜守り隊
天昇の儀が行われた夜、私は部屋で寝る準備をしていた。すると扉を叩く音が聞こえた。
コンコン
「はい、どうぞ」
私の返事の後、扉が開いてナタリーさんが入ってきた。
「ナコさん。夜分に失礼します。今夜は特に冷えますのでこちらをお使いください。」
そう言ってナタリーさんは布に巻かれた丸く平たいを物を渡してきた。受け取るとそれはポカポカと温かい。
「これは…?」
受け取りながら聞くと、ナタリーさんは微笑みながら教えてくれた。
「これは魔石を埋め込んだ保温器です。布団の足元に入れておくと温かいですよ。」
なるほど、湯たんぽみたいなものか。
「ありがとうございます。」
お礼を言って保温器を布団に入れようとベッドに顔を向けると…思い出した。
「海さんや…そこどいてくれる?保温器入れたいんだけど…」
保温器をチラチラと見せながら、ベッドのちょうど保温器を入れたい所に丸まって寝ている小さな黒い塊に声をかける。
すると片目を開けてチラッと見たかと思ったら、興味なさげにまた目を閉じた。
「ふふっ。邪魔をするなと言われてしまいましたね。」
とナタリーさんが笑いながら言う。
私はため息をついた。
「私がこの子の面倒を見るのは構わないんですよ。でも全くいうこと聞いてくれなくて…。さっきも布団の中に潜っててやっと引っ張り出したところなんです。」
そういうとナタリーさんは
「産まれたばかりの子どもですからね。」
と言った。
その通りだ。この子は黒竜で海でもある。だが産まれてまだ数日の赤ん坊のようなもの。無理にいうこと聞かせようとすると癇癪を起こして大変なことになる。
国境から戻ってきてみんなの手当てをしてやっと落ち着いた頃、国のトップ集団で黒竜の扱いについて話し合いが行われた。
国王様、王妃様、宰相、ダルシオンさん、カルロさん、ルークさん、そして私。
報告を終えてみんながペーター君の事を悲しんでいた。その重い空気を破ったのは王妃様だ。やっぱりこういう時は王妃様が頼りになる。
「みんなお疲れ様。怪我もしてるし疲れてるだろうからさっさと話終わらせましょ!ペーターの事はとても残念だけど…明日の天昇の儀でしっかり送りましょう!ね?」
「そうだな、レイチェル。今は目の前のことを話し合わなければ。」
王妃様の言葉に続いて国王様が気持ちを切替えるようにみんなに声をかける。
「そうですね。まずは黒竜についてです。様子を見る限り大人しくしているようですが…危険はまだありますよね?」
私の腕の中で眠っている黒竜を見つめながらサントスさんが問いかける。
「ええ。今は大人しいですがまだ子どもです。癇癪でも起こされたら闇魔法を放ちかねません。なので防御魔法を常に張っておく必要があります。」
ダルシオンさんが答えると、今度はカルロさんが話し始める。
「流石に常に魔法を発動させておくのは無理です。なので魔石を使うのはどうでしょう?帰り道にダルシオンと話していました。」
そんな話いつしてたんだろう?私は自分のことで精一杯だったのに…。
「防御魔法を張った魔石を黒竜に身につけさせるのか?」
国王様が言うとダルシオンさんとカルロさんは頷いた。
「なるほど。ですが竜の生態は解明されてないことが多い。魔石を埋め込んだ檻に入れて置いた方が得策では?」
サントスさんの意見も最もだ。身につけさせるとはいえ、それを黒竜が外してしまったら意味がない。
「檻が壊されることも考えられます。黒竜の力は強い。実際に対峙してその圧倒的な力量差は私がよく知っています。」
ルークさんが発言する。
大きくなるにつれて檻も大きく…ってなると確かに大変だ。
「では部屋に鎖で繋いでおきますか?部屋に魔石を配置すればいいですが…鎖も引きちぎられたら意味ないですね…。」
ダルシオンさんが別の案を提示するが、それも危ういと判断した。
話し合いは行き詰まり、沈黙が流れる。
すると国王様が口を開いた。
「国のことを考えるならば、黒竜を我々が保持すること自体危険だ。遠くに放つか、脅威の小さい今の時点で始末をするのが得策だと思う。」
みんなが国王様を見る。
でもこの子は…黒竜だけど海なんだよ。遠くに放つのも殺すのも私は黙って見てられるだろうか。
「だが!」
国王様が再び口を開く。
「それは国王としての意見。私個人の意見としては、黒竜を大切に育てたい。孵化させた時点で我々には黒竜の面倒を見る義務がある。人間の子どもと同じように。」
その言葉を聞いてみんなが、ふっと笑った。まるでその言葉を誰かが言ってくれるのを待っていたかのように。
「では、黒竜は我が国で大切に育てるということにいたしましょう。」
サントスさんの言葉に全員が頷く。
「でもサントス?結局どうするんだい?檻か鎖か部屋か。はたまた違う方法か。」
カルロさんの問いに、結局どうやって防御魔法をかけ続けるかという問題が解決していないことに気づく。ふりだしに戻ってしまった。
「ナコはどうしたい?」
突然王妃様に言われて、えっ?っと素っ頓狂な声を出してしまった。みんなの視線が集まる。
「えっと…その…檻も鎖も…かわいそうかな…と…。意外と大人しいし…。」
みんなの顔色をうかがうように思った事を口にする。最後の方は尻すぼみになってしまった。
すると王妃様はパっと晴れた顔をして言った。
「じゃあナコが面倒みたらいいんじゃないかしら?魔石を身につけさせて、常にナコがそばにいる!それに黒竜は海でもあるんでしょ?海だってナコと一緒がきっと嬉しいはずよ!」
その言葉に反論するものは1人もいなかった。
そしてそのまま、私が反論する間もなく魔石の準備の話になってしまった。
私はなんとなく…なんとなくだが……押し付けられたような…気がした。
いや、まぁ、海だから…いいんだけどさ…。
そして今に至る。
あれから海の声は聞こえない。話しかけても通じてるのか分からない反応ばかり。
今は黒竜のターン?海は出てこないの?どのタイミングで切り替わるの?
「黒竜くんよ…海はいつ出てくるの?」
保温器を無事布団に入れたら、今度は保温器の上に居座る黒竜に話しかける。
だが黒竜に反応はない。保温器の上で温かくて寝ちゃったかな?
魔石は黒竜の首にかけてある。取れないように小さいチェーンでかけてあるから大丈夫だと思う。暴れない限り…。
私は諦めて布団に入る。黒竜を起こさないようにゆっくりと。
「おやすみ。海と黒竜。」
「で?サントス殿。俺はもう寝たいんですけど…。」
寝ようとしたらサントス殿がニコニコしながら部屋に訪問してきた。追い返そうとしたが、あれやこれやと口うるさくて仕方なく部屋に入れてしまった。
「黒竜についてですよ。」
サントス殿は椅子に座ってニコニコしながら言った。
「ナコ殿に任せることにしたでしょう。それに天昇の儀でも見たはずです。大人しくしてました。」
あくび混じりに答えると、
「ナコ殿1人より複数いた方が安心では?」
と言ってきた。
何が言いたいんだこのクソ宰相。
「俺はお断りです。カルロ殿もどこぞの病弱さんの補佐で忙しいと思いますよ?」
嫌味を含んだ言い方で答える。
「それは承知の上です。ですから魔法を使える者にナコ殿と黒竜を護衛させる、というのはいかがです?」
「魔法が使えるからと言って防御魔法は簡単にはできません。訓練が必要です。」
そこまで言って、俺はハッとした。
まさか…この宰相…。
睨むように見ると、サントス殿はニヤリとした顔で言った。
「防御魔法教えてあげてくださいね!それでは!おやすみなさい!」
と言って部屋から颯爽と出ていった。
やられた…。あいつの策略にまんまとハマった。
俺は頭を抱えながらベッドに倒れ込んだ。そして枕に顔を埋めて呟いた。
「最悪だ…」
天昇の儀の翌日。
僕とチャミは呼び出されて魔法室に居る。サントスさんとダルシオンさん、ナコさんとナコさんに抱えられてる黒竜がいる。
「お2人にはこれからある任務についていただきます。」
ニコニコしたサントスさんが話し出す。隣のダルシオンさんは心底嫌そうな顔で黙っている。
「ナコ殿と黒竜の護衛です。名付けて…『黒竜守り隊』です!」
両手を大きく上に挙げて楽しそうに言ってる。後ろに、ジャジャーンという音が流れそうな雰囲気だ。
多分…『守りたい』と『守る隊』を掛けてるのだとは思うけど…ネーミングセンス…。
僕もチャミもナコさんもポカンと口を開けている。ダルシオンさんは頭を抱えてため息をついている。
「あ、あの…どうしてこの2人なんですか?」
ナコさんがおずおずと聞く。
待っていました!とばかりにサントスさんが答える。
「このお2人は獣人。魔法が使えます。しかも複数属性。つまり防御魔法を使える可能性があります!もし使えなくても戦闘力が高いので、いざと言う時に戦えます。しかも…海さんと仲良し!」
仲良し関係ある?というツッコミは飲み込んで聞いてみる。
「あの…僕たち攻撃魔法は使えますが防御魔法は使ったことないので…」
「大丈夫です!ダルシオン大魔術師先生が教えます!」
僕の言葉の途中でサントスさんが答える。
「だれが先生だ…ちっ!」
ダルシオンさんがボソリと言って舌打ちした。それで不機嫌そうだったのかダルシオンさん。
「黒竜守り隊…か…。」
チャミが顎に手を当ててボソリと言う。
あぁ、これはまずいな。チャミの奴…絶対言うぞ…。
僕の予想は的中。チャミはパァっとした笑顔で言った。
「それいいな!俺やる!な!ジョン!」
僕はため息をついて
「はい。僕もやります。」
と答えた。
するとサントスさんはスキップをしそうな雰囲気で
「では先生、お願いしますね~。」
と出ていった。
チラッとダルシオンさんを見ると、鬼の形相で僕らを睨んでいる。
「んじゃダルシオン…じゃなくて…先生!おねがいしゃす!」
空気の読めないチャミに今は感謝しよう。僕はどう声をかけるべきかわからない。あんな恐ろしい顔の先生に…。
「ではまず使える属性を教えてください。」
かったるそうに腕を組み、椅子にドカリと座っているダルシオン先生に聞かれた。
「俺は雷魔法と土魔法、あと火魔法。1番は雷魔法が得意かなー。」
俺がそう言うと今度はジョンが話し出す。
「僕は火魔法と風魔法と水魔法です。弓矢が得意なので風魔法を使うことが多いです。」
するとダルシオン先生はそれを聞いて考え込んでいる。そして
「2人合わせれば5属性か…」
と呟いた。
そう言われてみればそうだなー、と思った。
「まぁとりあえずやってみましょう。ナコ殿。やってみせてあげてください。あとどんな感じでやるのかも説明してください。」
ダルシオン先生がそう言うと、机の上を片付けていたナコちゃんがムッとした顔で言った。
「ダルシオンさん…そのまま私に押し付ける気ですよね?先生はあなたです!しっかり教えてあげてください!」
すると奥の棚から物音がした。本でも落ちたのか?それと同時にキュイキュイという鳴き声も聞こえた。
「あ!またイタズラしてる!もう!」
と言いながらナコちゃんは黒竜の元へ向かった。
「ちっ!仕方ないか。」
先生…そんなしっかり舌打ちしなくても…。
と思ったが口には出さないようにした。顔が怖い。不機嫌MAXな顔だ。
「では2人とも俺がこれから魔法を放つのでそれを防いでください。言葉で説明するより体で覚えてください。多少の怪我は騎士団なので問題ないですよね?」
「「えっ?!」」
俺とジョンは驚いて声を上げた。
まさかのスパルタ系?てっきり理論を説明して教える派かと思ってた。
すると先生は片手に水魔法を出しながら
「行きますよ。」
と言って、魔法を投げてきた。
俺は咄嗟に防御魔法を張ろうと手を前に出した。
ビシャ!
ずぶ濡れの俺…。隣のジョンを見ると同じくずぶ濡れ。
「「……いや無理でしょ。」」
同時に先生に抗議する。
俺たちの抗議は無視され、何度も何度も魔法をくらう。ずぶ濡れ、火傷、感電、石直撃、竜巻で回転。ありとあらゆる魔法に晒された。
「はぁ…はぁ…」
俺もジョンもさすがに息が切れてきた。
「次行きますよ。」
火魔法を出しながら言う先生をでかい声で止める。
「ちょっ!ちょっと待って!こんなんじゃできねぇよ!」
俺の言葉に続いてジョンも口を開いた。
「せめてヒントください。コツみたいな…。」
先生は、はぁ?という嫌味な顔で睨んできた。
「コツ…ですか。ナコ殿!コツとかありました?」
机の上でこぼれたインクを拭きながら
「えっ?!コツか…うーん…。」
と悩んでいる。
あのインク…黒竜がドタバタしてさっき零れたやつだ。さっきから黒竜の後始末ばっかしてんな。ナコちゃん大丈夫か?
違うことを心配しながらナコちゃんの返事を待つ。
「コツって程じゃないけど、私はこうやるかな?こう…手を前に出して、グッと力入れてバキッとガラスを張る感じ!それでズバーっと前に押し出すイメージ!」
「「「………」」」
「ダルシオンさん。コツとかありますか?」
と、沈黙の後ジョンが先生に聞いた。ナコちゃんの話はなかったことにしたようだ。
ナコちゃんは死んだ魚のような目をして机拭きに戻った。
ナコちゃんの説明、分かるような分からないような感じだったな。でも俺はなんとなくイメージができたような気がする。
「先生!もう1回やってくれ!なんかできる気がしてきた!」
俺がそう言うとジョンはびっくりした顔をしていた。
「分かりました。じゃあ行きますよ?」
と、先生は火魔法を放ってきた。
俺はさっきのナコちゃんの説明を思い出しながらやってみた。
グッとして…バキッとして…ズバー!
すると俺の目の前で火魔法が何かに阻まれたように消えた。
「…チャミ…今の…。」
「え?今のってまさか…?」
「できてましたね。おめでとうございます。」
ジョンが驚き、俺がまさかと思ったら、先生は成功だと言ってくれた。
「よっしゃー!防御魔法できたぜ!」
俺は嬉しさのあまり叫んだ。
「感覚派がここにもいたか…。」
と先生が言ってるが今はそんなのどうでもいい。
「チャミ!どうやったの⁈」
ジョンが慌てるように聞いてきた。
「どうって…ナコちゃんが言ってた通りだよ。グッとしてバキッとしてズバー!」
俺の返事に頭を抱えるジョン。
「だよね!そんな感じだよね!」
ナコちゃんが嬉しそうな顔で俺に駆け寄ってくる。
俺とナコちゃんがわいわい盛り上がってると先生のデカいため息が聞こえた。
「一度できたからといって浮かれないでください。次また出来るとは限らないですから。ナコ殿…あなたは黒竜の面倒見ててください。またあそこで本に埋もれてますよ。」
その言葉に全員が黒竜を見る。
そこには山積みの本に埋もれてバタバタしてる黒竜がいた。
「なにやってんの?!海大人しくしててよ!」
と、慌ててナコちゃんは黒竜救出に向かった。
「ではいきますよ。」
先生が魔法を手に構える。
俺とジョンも身構える。
そして
ビシャ!
「チャミ…できたんじゃないの…?」
ずぶ濡れのジョンが俺に聞いてくる。
そしてずぶ濡れの俺が答える。
「できたと…思ってたんだけど…。」
先生のデカいため息とナコちゃんの黒竜を追いかける声が聞こえた。
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