第三十一話 海と黒竜
真っ暗で何も聞こえない。匂いも感覚もない。私はどうなったの?死んだの?
最後に覚えているのは黒竜の大きな口に飲み込まれたこと。痛みと息苦しさと共に。
「黒竜!こ、こっちだよ!」
かなことシルビアさんから黒竜の気をそらせたくて大声で叫んだ。おかげで作戦は成功。黒竜はこっちを見た。
でもすぐに私はやらかしてしまったことに気づいた。呼んだはいいけど、その先のことを考えてなかったのだ。しかも、いざ目の前にすると物凄く怖い。恐怖で足がすくんだ。
すると頭の中なのか心の中なのか分からないが、誰かの感情が流れ込んできた。
焦りと安堵、そして懇願…?
周りを見渡したが誰もいない。それにこの感情は私のでもない。まさかと思い黒竜を見ると視線が合った。
「あ、あなた…なの…?」
声に出して聞いてみても黒竜は、うんともすんとも言わない。だけど不思議と黒竜への恐怖は和らいでいく。
「海さん!逃げてください!」
振り向くとペーター君が叫んでる。
今ここに来られるのは危険だ。巻き込んでしまうかもしれない。どうしようかと焦っていると、大きな影に覆われた。黒竜が目の前に来ている。
その時、自分のスキル『エンパス』が頭をよぎった。魔物を寄せ付けるだけではない。魔物の感情に共感するのだと。
あぁ。黒竜は何か目的があってここに来たんだ。そして私にお願いしたいことがあったんだ。
そう感じ取った私は後ろを振り向いてペーター君に微笑んだ。
『ごめんね。私は大丈夫だから。』
そう心の中で呟きながら。
五感を失った状態で、思考だけは働いている。
私は死んだのだろうか。あの後みんなはどうなったのだろう。黒竜はどうなったのだろう。かなこは…無事なのかな…。
みんなのことが気になって仕方ないのに、だんだん意識が遠のいてきた。とてつもない睡魔に襲われ、私は眠った。
次に意識が戻ると、聴覚が戻ってきていた。何か膜の中に居るようで周りの音がこもって聞こえる。
集中して周りの音を聞く。すると何となく聞こえてきた。
「じゃあ、チャミ君とジョン君って呼びます。あ…呼ぶね!」
かなこの声だ!チャミとジョンと話してる?
かなこ!チャミ!ジョン!私はここにいるよ!おーい!
私は叫んだつもりだったが自分の声が聞こえないことに気づいた。声が出ていない。つまり3人にも聞こえないということ…。
3人は私のことなど気にもとめず話をしているようだ。
ま、まぁ3人とも無事だったことが分かって良かった!
無理やり前向きなことを考えて自分を納得させる。すると誰かのすすり泣く声が聞こえる。
「…う…み……」
かなこが…泣いてる…。
私はどうなったの?死んだの?ねぇかなこ…。泣かないで…お願い…。
私はまた強い眠気に襲われて眠ってしまった。
身震いするような感覚を覚えて意識が戻った。何かが迫ってくるような感覚。
「いや、大丈夫だよ。それに間に合ってよかった。心臓が止まるかと思ったよ。あはは。」
この声は…カルロさん…?
「魔法の訓練ならここ以外でやるといいかもね。あとロールパン以外も食べた方がいいんじゃないかな?」
魔法の訓練?ロールパン?
「すみません…」
ん?今度はかなこの声?魔法の訓練…ロールパン…。
私はかなこが何をしていたのかが分かってしまって、ふふっと笑ってしまった。
以前、この世界に来てからの食事について話したことがあった。その時かなこはロールパンが美味しいと言ってた。前からパンが好きでよく食べてたけどロールパンなんかそんなに食べてたかな?と思い、私も食べてみた。そしたらびっくり!美味しかった!ふかふかしていて口の中に入れるとジュワーっとバターの味が広がる。しかも焼きたてをいつも出してくれるからホカホカで余計美味しい。あのロールパンまた一緒に食べたいな…。
気づくと周りが静かになっていた。かなこはカルロさんとどっかに行っちゃったのだろう。
魔法の訓練うまくいくといいなぁ。頑張って!かなこ!絶対できるよ!
意識が戻って自分がまた眠っていたことに気づいた。
あれからどのくらい経ったのだろう?かなこは元気になったかな?魔法の訓練うまくいってるかな?チャミとジョンは大丈夫かな?
すると茶器のぶつかる音が聞こえた。
「あなたはまだ起きないの?」
レイチェル様の声だ。誰かと話してるのだろうか。
「まぁ今起きても寒いから春になって暖かくなってから起きた方がいいわね。」
寒い…?春になってから…?起きる…?
もしかして今は冬?起きるってのは分からないがもう冬なのか?
大変だ!冬支度できてない!まだやること沢山あったのに…井戸の修繕報告もしてない!
レイチェル様!井戸の修繕終わりましたよ!ダルシオンさんに魔法かけてもらってください!
叫んだところで聞こえないかもしれないが、私は叫びながら感覚のない体を暴れさせた。体もないのかもしれないけど…。
するとレイチェル様が、ふふっと笑った気がする。
レイチェル様のいつも通りの様子にホッとした。明るくて優しいレイチェル様はいつも周りのことを考えてくれている。
私はそんなレイチェル様の柔らかい雰囲気に包まれながらまた眠りについた。
誰かの声が聞こえる…。
この声は…ペーター君?
「海さん…やっと見つけましたよ。噂程度ですが試す価値はあると思います。」
え?ペーター君私に話しかけてるの?試す価値…って…なんのこと?
「孵化したら必ず僕があなたを元の世界に戻します。」
孵化?元の世界?
ペーター君!どういうこと?
聞いても答えてくれるわけもなくペーター君は沈黙のままだ。
「あら?ペーターじゃない。また卵を見に来たのね!まだ全然孵化する様子はないわよ?」
レイチェル様の声だ。
「あ!王妃様!すみませんまた来てしまって…。」
「いいのよ!手が空いた時に見に来てくれて海も喜んでるわ!」
「そう…でしょうか…。だといいのですが…。」
ペーター君元気なさそうだな。どうしたんだろう?それにさっきの元の世界に戻すって話も詳しく聞きたい。
それにしても卵だの孵化だの…なんの話をしてるんだろう?
「海が黒竜の卵になっちゃってからもうすっかり冬ね…。みんなの様子はどう?元気にやってる?」
「はい!今年も寒いと言ってますがみんな慣れてますから!王妃様も体調に気をつけてください!それでは僕はもう戻りますね!失礼します!」
そういうとペーター君の声は聞こえなくなった。多分戻ってったのだろう。
それよりさっきのレイチェル様の言葉だ!
私が黒竜の卵になった?!なんで?!食べられた記憶はあるけど…卵?!どういうこと?!
レイチェル様!説明して〜!
そんな私の叫びも聞こえないレイチェル様はぽつりと言った。
「ペーター…変な感じするのよね…。なんか気になるわ。リチャード様とサントスに聞いてみようかな。」
ん?ペーター君がどうしたんですか?
レイチェル様は行ってしまったのか、突然静かになった。謎だけを残して。
一体私はどうしたんだろう。黒竜の卵の中だからこもって聞こえるのかな?それに眠くなるのもそれが原因?あの時、黒竜は私に何をお願いしたかったんだろう。感情は分かっても話せるわけじゃないから何も分からない。
まずい。また眠くなってきた…。
なんだろう?夢?意識の中に無理やり何か別の意識が入り込んでくる。誰…?
我は空を飛んでいる。大海原の上を飛んでいる。
急いで東大陸に行かねばならない。きっとあの者がいるはずだ。助けてもらおう。
西大陸の魔族に見つかってしまい、捕らえられそうになった。あやつらは我を食い、魔力を生み出し、その力でこの世界を滅ぼそうとしている。それだけは避けなければならない。
我ら竜族はこの世界を守る使命があるのだ。どれだけ草木が枯れようと、どれだけ生き物の血に溢れようとも、我らは腐敗した世界を浄化せねばならない。
しかし我は黒竜。闇魔法の力では世界をより腐敗させてしまうだろう。だからこそ身を隠していたのだ。なのに見つかってしまうとは…。これでは他の竜達が浄化しても無駄になってしまう。急いで身を隠さねば。
それに逃げる時にだいぶ力を使いすぎた。我も限界が近いのだろう。そろそろ卵を産まねばならない時だったのに…。
暫くすると大陸が見えてきた。
あの者の気配に向かって飛んでいるが、あの者は我の願いを聞いてくれるだろうか。人の言葉は話せない。どう伝えればよいか…。
不安を抱えながらもあの者の元へ向かう。
この辺りにいるはずなのだが…。人の街か。さぞ驚かせてしまっただろう。だが今はそれどころではない。空を旋回して探す。
すると体に魔法が当たった。
我を追い払おうとしているのか…。仕方ない。少し静かにしてもらおう。
尾を振り、強力な魔法攻撃をしてくる人間を追い払う。すると今度は違う方向からも攻撃をしてきた。
そちらに向かおうとすると声が聞こえた。
「黒竜!こ、こっちだよ!」
あの者だ!探していた者を見つけた!
近づいていくとその者は怯えた様子で見てくる。手出しはせずじっと見つめる。
頼む。どうか我の力になってくれ。お主しか頼めるものがいないのだ。
言葉を介せず伝えようと見つめ続ける。
するとその者は我に警戒を解いた気がした。そして怯えながらも口を開いた。
「あ、あなた…なの…?」
我の感情が届いたのだろうか。あの者の思考が流れ込んでくる。
『何か目的があってここに来たの?私に助けて欲しいの?』
そうだ!そうなのだ!
突然ですまない。我の意思を継いでくれ。我はもう終わりが近い。次の我に託さねばならないのに時間がないのだ。きっとお主ならうまくやってくれる。本当にすまない。
そして我はあの者を食らった。
卵に宿すために…。
突然体が燃えるように熱くなった。そして息もできず苦しい。急いで体を動かして空気を求める。
すると手や足に何か硬いものが当たった。壁のような何かだ。気づけば五感が戻ってきている。体の感覚もある。
私は必死にもがいた。真っ暗な中で手足を動かして壁を壊そうとする。だが壁はなかなか壊れない。
痛い…苦しい…真っ暗で怖い…。
このままどうなるの?怖いよ。
助けて…かなこ…どこ?どこにいるの?
すると壁にひびが入って光が目に入ってきた。とても眩しい。視覚も戻ってきたのを感じた。
私は急いでそのヒビを広げていく。
そして光に包まれたと思った途端意識がなくなった。
気づくと私は誰かに抱えられている。上を見上げると抱えているのがペーター君だと分かった。とても大きいペーター君。いや、私が小さいのだ。
自分の体を見ると人間ではないことに驚いた。そしてすぐに今までの記憶を思い出した。
私は黒竜なんだ。産まれたばかりの黒竜。
するとペーター君の焦りが流れ込んできた。
ペーター君!止まって!私だよ!
そう言ったはずなのに耳に聞こえてきたのは
キュイキュイ
という鳴き声。
言葉が話せないんだ。どうしよう。
「ごめん…海さん…。僕が必ず君を元の世界に戻すから。少しだけ我慢してくれ。」
違うのペーター君!私は元の世界に戻りたいんじゃない!黒竜が頼んできたの!何か事情があったみたいなの!
何度叫んでもキュイキュイという鳴き声しか出ない。
私は頭をフル回転させる。
何が起こっているのか、どうするべきなのか、黒竜は私に何をして欲しいのか。
いつの間にか行き止まりに来ていた。ペーター君が焦っているのが分かる。
すると声が聞こえてきた。
ペーター君と一緒に振り返ると、見たこともない人が立っていた。竜の翼を背中に生やして角もある人間。まさかこれが魔族?!
「鬼ごっこは終わりだ。黒竜を渡せ。」
この魔族の手からペーター君は私を守ってくれてるんだ!
魔族の手に黒竜が渡るのは絶対阻止しなければならない。黒竜もそれを1番恐れてた。それにペーター君をこれ以上危険な目に合わせたくない。
魔族の手に渡らず、ペーター君も守れる方法…。
私はその方法が1つしか思いつかない。黒竜がいなくなればいい。
ペーター君!お願い!私を殺して!魔族のとこには絶対行っちゃダメなの!お願い!
やはりキュイキュイと鳴くだけで言葉にはならない。
どうしよう…かなこ…助けて…。誰か私を殺して…。
自分の死を望みながら必死に誰かにお願いする。自分でも自分を殺そうともがくが、抱えられているのと、産まれたばかりということもあって体がうまく動かせない。
気づくと私は雪の上に放り出された。冷たい雪の上で何とか自分を殺そうともがきながら顔を上げると、そこには赤く染まった雪が広がっていた。ペーター君には剣がささり、シルビアさんも倒れている。
ペーター君…?シルビアさん…?
その後は一体何が起こったのか頭がついていかなかった。
魔族は去ったようで私はかなこに抱き上げられた。
かなこ!良かった…無事だったんだね。そんな顔しないで。私は大丈夫だよ。それよりペーター君が!
キュイキュイとかなこに伝えようとしていると突然カルロさんに抱えられた。
「光魔法は再生の力です!治癒魔法に光魔法を込めたら傷も塞がるかも!」
かなこの必死な姿が目に映る。
光魔法?なにそれ?かなこ魔法上達したの?光魔法って闇魔法とは正反対なの?確か闇魔法は世界をより腐敗させてしまうとか黒竜が言ってたっけ。
「この深手では光魔法でもどうにもなりません。」
えっ?!ダルシオンさん何言ってるの?!
そんな…ペーター君!ペーター君死なないで!まだ聞きたいことあるんだよ!もっとペーター君に言いたいことあるんだよ!いつも声掛けてくれて私がどれだけ助けられてたか!カルロさん下ろして!ペーター君の所に行かせて!
もがいているとカルロさんが私を雪の上に下ろしてくれた。
うまく動かない手足を必死に動かしてペーター君の側に座る。するとペーター君の思考が流れてきて、ペーター君が何をしようとしてたのかがわかった。私が黒竜に食べられた後のペーター君の苦悩も。
私はそれを知り、言葉に出来ないけど一生懸命伝える。
気づいてあげられなくてごめんね。
守ってくれてありがとう。
涙を流すペーター君を見つめて伝える。
「…う…みさ…ん。僕の方こそ…」
違うよペーター君。私のこといつも守ってくれてありがとう。最後まで守ってくれてありがとう。ペーター君に会えて本当に良かったよ。ごめんね。本当にごめんね。
すると翼がやっと動かせるようになったのか、ゆらゆらとペーター君の頬を撫でる。
するとペーター君はいつものあの優しい笑顔を見せてくれた。
「…団長……みなさん……ごめんなさい……」
ペーター君は眠った。深い眠りに。
黒竜は涙が出ないのか、私は涙も流せず泣いた。
次に意識が戻ると色とりどりの花に囲まれたペーター君が棺で眠っていた。
「海…お花入れるね。」
上を向くとかなこがいた。悲しそうな笑顔で白い花を棺に入れようとしてる。
私も花を入れたくてかなこの持つ花に手を伸ばした。
すると白い花が青い花に変わった。
「海が…やったの?」
かなこが驚いたように聞いてきたから返事をした。
えっ?!分からない!手を伸ばしただけなんだよ!
そう言うがキュイキュイとしか鳴けない。
伝えられないもどかしさにため息をつきながら大人しく抱っこされていると、ダルシオンさんとカルロさんがかなこと話していた。
「とっても綺麗でした!白い花がフワ〜っと空に飛んでくところなんてつい声が出ちゃいました!」
「はは!それは良かった。だってさ!ダルシオン?」
かなこと一緒にダルシオンさんを見ると、
「あれは…その…演出と言うもので…」
とモゴモゴ言ってる。
え?誰あれ…ダルシオンさん…?
「ナコさん、あれはダルシオンが始めたものなんだ。本当なら剣に魂を移して終わりなんだけどね。でもそれだけじゃつまらないとか言い出してやり出したんだ。そしたら皆に好評。先代の国王様なんて泣いてたんだよ?」
カルロさんの言葉からすると、さっきのは葬儀だったのかな?というか、その白い花がフワ〜ってなに?私も見たかった!ダルシオンさん渾身の魔法なんでしょ?!見たかったーー!
かなこの手をバシバシ叩きながら不貞腐れる。でもこんな小さな手で叩いても、かなこは気にすることなく話し続けている。
どうしたら私の言葉は届くのかな…。
ん?そういえばペーター君が亡くなる時、かなこが私の言葉を代弁してたような?
上を向いてかなこを見るが、かなこはカルロさんと笑っている。
でもさっき花の色を変えた時は伝わってなかったような…?どういうことだろう?
それにたまに意識がなくなってる間はどうなってるんだろう?寝てるのか?他の誰かが意識を持ってるのか?
私は今後どうすべきか悩みながら、楽しそうなかなこの声を聞いていた。
最後までお読みくださりありがとうございます。
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