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第三十話 天昇の儀

私の手には血がべっとりと付いている。目の前には血を流しながら倒れているペーター。

「おい!ペーター!しっかりしろ!」

そう言うと、ペーターは私を見つめて言った。

「何故邪魔をした…」


「うわぁぁぁぁ!」

私は叫びながら体を起こした。目の前にはさっきの光景ではなく、自室が広がっている。

弾む息を整えながらさっきのが夢であったことを理解した。

コンコン

扉をノックする音が聞こえ、体がビクリと跳ねた。するとゆっくり静かに扉が開いて

「目が覚めましたかシルビアさん。」

と、ナタリーさんが入ってきた。

私は額の汗を拭って息を吐いた。

ナタリーさんはベッド脇の椅子に座って水の入ったコップを差し出してくれた。

「ありがと…」

そう言ってコップを受け取り水を一気に流し込んだ。

その様子を見ていたナタリーさんが

「落ち着きましたか?」

と、いつもの穏やかな笑顔で聞いてきた。

私は頬を緩めて頷いた。

「どのくらい寝てた?」

「約1日…と言ったところでしょうか。今は黒竜が孵化した翌日の昼過ぎ…ですね。」

そんなに長く寝てたわけではないのか。良かった。

「シルビアさん。もう動けますか?」

ナタリーさんの突然の質問にポカンとしながら

「まぁ…動けるけど…」

と答えた。

すると奥から騎士団の正装を持ってきた。

普段はみんな好きな格好をしている。騎士団支給の服もあるけど、それぞれ動きやすいように手を加えている。騎士団の証としてのベルトだけ付けていればOKなのだ。

だから正装はあまり着ない。

着るとしたら…

天昇(てんしょう)()…か…。」

私の言葉にナタリーさんは寂しそうな笑顔で頷いた。





天昇の儀。

それはこの国の葬儀のことだ。しかも国に大きく貢献した者の葬儀。王家はもちろん、国の政治や治安に関わった者、そして騎士団の殉職者も入っている。

私はいつもとは違うローブを羽織っている。真っ白なローブだ。アクセントに金色が入っている。ダルシオンさんもカルロさんも同じローブを羽織っている。

国王様と王妃様、宰相サントスさんも金色を施した真っ白な衣装に身を包んでいる。

だがそれとは真逆に、騎士団は黒を基調とし、アクセントに赤と金を使った軍服を身につけている。騎士団全員が同じ軍服を着て整列している光景は圧巻だ。

前列にはルークさんとシルビアさん。

そしてその2人の前には棺に入ったペーター君。真っ白な花が敷き詰められた棺に騎士団の正装をしたペーター君が眠っている。

黒竜である海は私の腕の中で大人しくしている。翼も尻尾も垂れて元気がなさそうだ。優しく撫でてあげると小さくキュイと鳴く。

あれから海の声は聞こえない。黒竜と海が交互に出てくるのだろうか。どちらにしろ大人しくしてくれているから檻に入れたり鎖で繋げたりしなくていい事になった。

「海。もうすぐ天昇の儀が始まるよ。」

海に小さな声で言うと返事をするように翼をパタっと動かした。

「ナコ殿。」

隣のダルシオンさんに呼ばれて顔を向ける。

「天昇の儀では魔術師が魔法を使って故人を天へ送る…というものです。ですがナコ殿は初めてなのでここにいてください。俺とカルロ殿でやります。」

「僕たちがやるのを見ててね。もしかしたら今後ナコさんにもやってもらうかもしれないから。」

ダルシオンさんの後に付け加えるようにカルロさんが優しく言ってくれる。

「はい。」

私は頷きながら返事をした。

天昇の儀はこの国特有の葬儀らしい。魔術師が魔法を使って故人の魂を抜き取り、その故人が大切にしていた物に移すようだ。そして肉体はお墓に埋める。魂と言っても物に故人が宿るわけではないらしい。故人の想い…とでも言うべきか。


私は1時間ほど前の会話を思い出していた。

白いローブを羽織って鏡で最終チェックをしていた時、部屋に王妃様が入ってきた。

「あらナコ!似合ってるわよ!」

「あ!王妃様!ありがとうございます。」

王妃様は静かに微笑みながら私を見つめている。その視線に首を傾げて問いかける。

「あの…なんか変ですか?」

王妃様は首を横に振って微笑みながら話し出した。

「天昇の儀ってね。葬儀なんだけど…私…好きなの。」

葬儀が好き?

なんて返そうか思考を巡らせていると、王妃様は困ったように笑って続けた。

「不謹慎だってことはわかってるのよ?ただね…見たらわかるわ。とっても綺麗なの。悲しい気持ちを晴れやかにしてくれるような…そんな優しい気持ちになるのよ。魔術師の魔法で天に送られるあの光景…。きっとダルシオンとカルロの優しさがあの綺麗な光景を生み出してるのね…。」

カルロさんは分かるが…ダルシオンさんの…優しさ?あのいつも嫌味ったらしくて鬼畜で人を小馬鹿にしたようなダルシオンさん?

そんなことを考えていたのが顔に出てたのか、ふふっと王妃様は笑って

「見ればわかるわよ…きっとね。」

と言って部屋を出ていった。


私はチラッと隣に立ってるダルシオンさんを見た。いつも通りのクマがうっすらみえている顔。この人の寝てる姿を見たことがないが、ちゃんと寝てるのだろうか?

「なんですか、人をジロジロ見て。」

と、顔を前に向けたままダルシオンさんが言葉を発した。

「あっ!い、いえ…。」

まさか気づかれていたとは思わなかった私は、慌てて姿勢を正し前を向いた。

するとダルシオンさんの向こう側に立ってるカルロさんが笑って言った。

「ダルシオンの顔が怖かったんだよ。天昇の儀の前はいつもこんなだよ?これでも緊張してるんだ。」

「カルロ殿…うるさい。」

「ごめんごめん。」

カルロさんはニコニコしながらダルシオンさんに謝っている。なんとなくダルシオンさんの耳が赤いような気がする。

すると宰相さんの声が響き渡った。

天昇の儀が始まったのだ。





「それでは、天昇の儀を始めます。」

サントス殿の声が響き、姿勢を正す。天昇の儀は騎士団の殉職者が出るたびに行われている。だから私も慣れているが、自分の部下が棺に入っているのを見るのはいつまで経っても慣れない。

すると隣から間の抜けた小さな声が聞こえた。

「今日は快晴だな〜」

私は注意するように隣に視線だけ送って言った。

「シルビア殿。もう始まってるんですから静かに。」

「あぁ。でもこんな快晴珍しいだろこの国の冬には。」

その言葉に私も空を見上げた。

どこまでも広がる真っ青な空。いつもどんよりとした灰色の厚い雲が居座っているのに、今日はどこにもいない。

「ペーターみたいに真っ直ぐで綺麗な空だよなぁ。」

呟くように小さな声を出すシルビア殿は、悲しいのか嬉しいのかよく分からない笑顔で空を見上げている。

目が覚めたシルビア殿にはあの後の事を全て伝えてある。もちろん私がペーターから聞いた異世界人だったということも。シルビア殿はその話を聞いて、そうか…とだけ言った。


あれはペーターが騎士団に入団してすぐの事だ。突然訓練中に走ってきて

「ルーク団長!ご指導お願いできませんか?」

と、キラキラした顔で言ってきた。

その後ろの壁際にはニヤニヤしたシルビア殿。

あぁ。またあの副団長が余計なこと言ったな、と思ったが、部下の為なら指導くらい問題ない。

「構わない。」

そう言うとペーターはそれはもう嬉しそうに

「お願いします!!」

と言った。

それから何度もペーターに稽古をつけた。いつもボロボロになるまで向かってきた。私は不思議と嫌ではなかった。

そのうち、ペーターの実力を見込んでシルビア殿が第一騎士団に入れてやってくれと頼んできた。彼女が自ら頼みに来ることなど後にも先にもこの時だけだ。

私はすぐにその頼みを聞いてペーターを第一騎士団に異動させた。

ペーターの働きは想像以上だった。剣の腕もグングン上がり、小隊を任せられるほどになった。それでもペーターは天狗にもならず、私との稽古を続けていた。その時に聞いたことがある。

「ペーターのその剣は誰に教わったんだ?」

ペーターは懐かしむような顔で話してくれた。

「僕に剣を教えてくれた人は冒険者でした。見た目は凄く怖いし、稽古も厳しかったです。でも僕を息子のように可愛がってくれました。でもその人とも離れてしまって一人ぼっちになってしまいました。そんな時に出会ったのが…ルーク団長です!」

突然の自分の登場に驚いた。

ペーターはキラキラした顔で話を続ける。

「初めてお見かけしたのは町外れの街道です。魔物討伐からの帰りだったのでしょう。隊列の後ろに魔物が乗った馬車がありましたから。」

いつの討伐だろうか?あまりにも討伐が多いから分からない。

「その時のルーク団長の堂々とした姿は忘れません。次は街中でした!酒に酔った冒険者が暴れていたのを成敗していました。槍をクルッと回して冒険者をあっという間に転ばせたんです!軽やかな身のこなし、確実な槍さばき!いや〜惚れ惚れしました!」

ペーターは槍を回す動作をしながら楽しそうに話している。

「あ!すみません…僕つい熱くなっちゃって…」

と、恥ずかしそうに体を縮こませながら謝っている。

私はつい笑ってしまった。

「はっはっは!そんなに見られているとは思わなかったよ。しかも熱い眼差しを向けられているのにも気づかなかったとはな…私もまだまだだな!」

そう言うと、ペーターは恥ずかしそうな嬉しそうな顔で

「すみません…へへへ…」

と言っていた。


そしてあの事件。

隠れてコソコソと転移術を行おうとしていたのを見つけてすぐさま光の中に飛び込んだ。転移された国境で私が一緒に居ることに心底驚いていた。

「ルーク団長!な、なんで?!」

「ペーター!一体何の真似だ!城で待機しろという命令が聞こえなかったのか!」

私はペーターを怒鳴りつけた。

「す、すみません…」

とペーターは下を向いて小さな声で謝った。だが私はキツく叱り続ける。

「規律を乱すことがどういうことか分かるよな?1人が勝手な行動をすれば全員が危険に晒される。半端な気持ちで行動すれば誰かがそのしっぺ返しを食らうんだ。お前の行動はまさにそれだ!」

ペーターは黙り込んでいる。

私はため息をついてペーターに静かに言った。

「何故こんなことをした…言ってくれ。」

すると迷った後、顔を上げてペーターは話し始めた。

異世界人であること。

自分のせいで黒竜に食われてしまった海殿のこと。

後悔に押しつぶされて苦しんでいたこと。

そして今度こそ海殿を守りたいと思っていること。

「すみません…ルーク団長…」

そして最後に謝罪。

私は自分に呆れた。何故気づかなかったのか。ペーターが苦しんでいた事に団長である私が気づかなければならなかったのに。

「ペーター。お前が海殿を守りたい気持ちはよくわかった。今回の件は私にも落ち度があった。」

「そ、そんな!ルーク団長に落ち度なん…」

私はペーターの言葉を手で制した。

「私も行こう。ペーター、今度こそお前は私の命令に従ってくれるな?」

ペーターは目に涙を溜めながらあのキラキラした顔で言った。

「はい!もちろんです!」


天昇の儀が始まり、魔術師2人が棺の両側に立った。そして呪文を唱えながら魔法かけ始める。

それを見つめながら私はシルビア殿に言った。

「ペーターは…結構気に入ってたんだ…」

驚いた顔で私を見てくるシルビア殿は、ふっと笑って答えた。

「知ってた。あんなに稽古に付き合ってあげるなんてそうそうないからな。ペーターは素直でいい子なんだ。私も気に入ってた。」

私とシルビア殿は顔を見合せて、ふっと笑い、棺で眠る可愛い部下を見つめた。





ダルシオンさんとカルロさんが魔法をかけ始めると、棺の中に敷き詰められていた白い花がふわふわと舞い始めた。まるで蝶のようにヒラヒラふわふわと。

そしてペーター君の胸の辺りから緑色の淡く光る球体が出てきた。ダルシオンさんはその光を操りながら、棺の隣に置いてあるペーター君の使ってた剣にそっと運んでいって、光を剣に入れた。剣は緑色の光に包まれて明るく輝き、そして光が消えていき元の剣に戻った。

ダルシオンさんは棺に再び向かい、何かボソリと言った。

すると舞っていた花が本当に蝶のような光になって空に列をなして飛んでいった。真っ白な光の帯が真っ青な空に向かって伸びていく。

「きれい…」

私は思わず思っていたことを口に出してしまった。


その後はみんなで棺に色とりどりの花を入れた。

言葉をかけながら花を入れる人。笑顔で入れる人。泣きながら入れる人。

私も海を抱いたまま白い花を持って棺に向かった。

「海…お花入れるね。」

そう言って花を棺に入れようとしたら、海がキュイっと鳴いて花に手を伸ばした。すると白い花が光りだして青い花に変わった。

周りでそれを見ていたダルシオンさんとカルロさんは驚いて固まっている。

「海が…やったの?」

と恐る恐る聞くと

キュイキュイ

と返事をするように鳴いた。

「ナコ殿…花を入れてください…」

まだ戸惑い気味のダルシオンさんが声をかけてくれたので、そのまま静かに青い花をペーター君の胸の辺りに置いた。

置いてから気づいたが、青い花は他にはない。赤や黄、白や紫などはあるが青はない。海が変えた青い花は1番輝いているように見えた。

私は海を抱いて元の場所に戻った。

棺の蓋が閉じられ、天昇の儀は終わりとなった。


「ナコさん。お疲れ様。どうだった?」

戻ってきたカルロさんに聞かれて私は少し興奮気味に答えた。

「とっても綺麗でした!白い花がフワ〜っと空に飛んでくところなんてつい声が出ちゃいました!」

「はは!それは良かった。だってさ!ダルシオン?」

そう言って後ろを振り返るカルロさんにつられて覗き見ると、そこには照れたような顔で頬を指でかいてるダルシオンさんがいた。

「あれは…その…演出と言うもので…」

モゴモゴと話すダルシオンさんを初めて見た。私は口をポカンと開けてダルシオンさんを見つめた。

「ナコさん、あれはダルシオンが始めたものなんだ。本当なら剣に魂を移して終わりなんだけどね。でもそれだけじゃつまらないとか言い出してやり出したんだ。そしたら皆に好評。先代の国王様なんて泣いてたんだよ?」

カルロさんが楽しそうに教えてくれる。その間ダルシオンさんはそっぽを向いて不貞腐れている。

私はニヤリと笑って言った。

「王妃様が天昇の儀、綺麗だから好きだって言ってました。魔術師の優しさが感じられる〜とか言ってましたよ。今回のを見て私も納得です。」

するとダルシオンさんが耐えきれなくなったのか

「それは良かったですね。次からはナコ殿も出来るようにしといてください!」

と大きな声で誤魔化すように言って去ってしまった。

私とカルロさんは顔を見合せて笑ってしまった。





天昇の儀が終わり、廊下を歩いているとナタリーが窓の外を見ているのが目に入った。

「ナタリー。」

「あら、サントス様。天昇の儀、お疲れ様でした。」

ナタリーはこちらに気づいていつもの笑顔で言った。

「大したことはありませんよ。それよりナタリー。天昇の儀を欠席させてしまって申し訳ありません。」

本来なら私と共に参加しているナタリーを今回は別件を頼んでいて欠席させてしまっていた。そのことを謝罪すると、ナタリーは首を横に振って穏やかに言った。

「ここから見えていましたよ。あの光の帯が空に舞い上がっていくのが。儀式に参加出来ない使用人や民も見えていたでしょう。」

そう、あの演出は本来なら不要なもの。だが、参加出来ない使用人や街の民達も故人のために思いを馳せられるようにと、ダルシオン殿が考えてくれたものだ。それにとても美しく、葬儀だと忘れてしまうほど皆が優しい笑顔になるのだ。

「そうですか…。なら良かったです。」

そう答え、私はナタリーに聞いた。

「例のものはどうなりましたか?」

するとナタリーは真面目な顔になり答えた。

「順調です。あと2、3日で出来上がるでしょう。ドワーフ達も最後の仕上げだと張り切っています。」

「そうですか…これでやっと計画が進められますね。」

私がニヤリと笑いながら言うと、ナタリーも不敵な笑みを浮かべて

「そうですね。」

と言った。


最後までお読みくださりありがとうございます。


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