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第二十九話 憧れ

卵をこちらに転移して、ここで孵化を行うと決めた時、サントス殿から話を聞いた。騎士団と一緒にサントス殿は城に戻るということで転移の準備をしている最中だった。

「はい?黒竜を狙ってる人間が騎士団にいる?」

俺はつい大きな声で言ってしまい、慌てて周りに聞かれていないか確認した。幸いなことに誰も聞いていなかったようだ。

「はい。ペーター殿です。彼は海殿にご執心でした。黒竜が海殿だと知ってからは毎日のように卵を見に来ていました。」

「ご執心…って…。惚れたとかそういう話ですか?」

意味深な言い方をするサントス殿に聞くと、首を振った。

「いいえ。そういう感情ではなさそうです。王妃様曰く…」


『海に憧れてるんじゃないかな~?何か共通するものがあるとか?女の勘ってやつよ!』


「だそうです。」

俺はサントス殿の王妃の真似があまりにも似ていなくてそっちに驚いた。

しばしの沈黙の後、俺は咳ばらいをしてから口を開いた。

「よくわかりませんが証拠はないんですよね。ただの王妃の勘ですか?」

静かに頷き、言葉を続けるサントス殿。

「警戒しておくに越したことはありません。第一騎士団は城に残しておくつもりですし、第二騎士団も撤退させます。なので問題ないとは思いますが、一応頭に入れておいてください。」

俺はため息をついて

「わかりました。」

とだけ言った。


そのことを思い出しながらペーター殿を追いかける。

だがさすが騎士団。全く追いつけない。そのうち後ろからシルビア殿にも追いつかれた。

「ダルシオン!ペーターの奴どうしたってんだ⁈」

さすがのシルビア殿も先程までの戦闘で体力が尽き始めているのか息が切れている。

俺は手短に話した。

「王妃の勘ですが、ペーター殿は海殿に憧れていて、海殿である黒竜を奪おうとしています。どうするつもりなのかは分かりませんがね。」

「レイチェルの勘も侮れないってことはよくわかったよ!」

そう言うと、シルビア殿は上を見ながら話を続けた。

「シュウの奴、完全にペーターに狙いを定めたな。こっちは見向きもしねぇ。」

「そのようですね。」

シルビア殿の言葉に短く返事をする。

正直、話しながら走るのはツラい。騎士団と違って体を鍛えてるわけではないからすでに息も上がっている。

「それによ…この先進むとマズいかもしれない。確か行き止まりだ。ペーターはこの辺詳しくないだろうし…。」

シルビア殿の言葉にお互い顔を見合わせて同時にため息をついた。

「第一騎士団ってのは…」

俺が愚痴ると

「団長があれだからな…。」

とシルビア殿が付け加えるように言った。

普段は真面目で騎士団をまとめるのもうまい、堂々とした団長。仕事も早く、戦闘時も言葉にせずともこちらの考えを読み取って動いてくれる頼りになる人物だ。だが、復讐のことになると周りが見えなくなる。ナギを見ただけで我を忘れて殺すことしか頭にない。イカれた第一騎士団長だ。

「仕方ありません。シルビア殿は先に行ってください。俺は追いかけてくるであろうナコ殿とカルロ殿と合流してから向かいます。」

「はいよ」

返事をしたシルビア殿はスピードを上げて走って行った。

「俺に合わせて走ってたのか…イノシシ団長め…。」

と走るのをやめて、息を弾ませながらボソリと呟いた。


暫く待っていると2人が走ってきた。

「ダルシオン!」

「ダルシオンさん!」

俺は2人にさっきの話をした。

するとその上を物凄い速さで飛んでいくナギが見えた。俺たちなど目に入らないのか必死な顔だった。

頬に何か温かい物が落ちてきて手で拭うと血だった。恐らくナギの血だろう。

「腕を切り落とされていたから…」

俺の様子に気づいたのかカルロ殿がそう言った。

そして今まで黙っていたナコ殿が呟いた。

「みんな…黒竜をどうしたいんだろう。」

俯き、魂が抜けたような顔で突っ立っている。

「魔族は恐らく前話したように、自分たちの思い通りに動かせるようにしたいんだろう。ペーター君は…わからないな。」

カルロ殿の返事に顔色一つ変えずにナコ殿は呟いた。

「黒竜…殺しましょう…」

「えっ⁈」

「はぁ⁈」

カルロ殿と俺は同時に声をあげた。

何を言っているのだこの阿呆は。黒竜を殺す?あれだけ海殿だと言い張って大事にしていたのに。

「あなたは自分が何を言ってるのか分かってますか?黒竜を殺すということは、海殿を殺すということなんですよ?」

するとナコ殿は堪えていたのか、目から涙を溢れさせて言った。

「海がそれを望んでるんです!さっきから聞こえてきてるんです…海の声が!」





黒竜を抱いて走っている。後ろからシュウとシルビア団長が追いかけてきているのが分かる。腕の中の黒竜は大人しくしているが、キュイキュイと僕に何か言ってるような気がする。

「ごめん…海さん…。僕が必ず君を元の世界に戻すから。少しだけ我慢してくれ。」


僕は父子家庭だった。小学生の頃母が亡くなってから父は毎日酒を飲んで荒れていた。気に入らないことがあるとよく暴力をふるわれた。中学生になっても変わらず、学校でもうまく馴染めず、僕は生きてるのに死んでいた。だから全て終わりにした。学校の窓から飛び降りたんだ。

気づくと僕は見たこともない場所に立ってた。そして周りにいる人達に『勇者様』と呼ばれた。漫画やアニメでよくある異世界転生というものだと気づき、僕は胸が高なった。僕にも居場所があったんだ…と。

そして周りにちやほやされながらステータスの確認をした。すると周りの態度は一変。他の平民達と大して変わらない数値だったのだ。なんの取り柄もない凡人。勇者でもなんでもない。

それからは邪魔者扱いされて城を追い出された。何も分からず、どうしたらいいのかも分からないただの中学生が放り出されたのだ。気づけば奴隷として扱われていた。後で知ったが、ここは西大陸。奴隷制度が普通にあるのだ。

毎日掃除や洗濯、主人と呼ばれる大人達に毎日クタクタになるまでこき使われた。食事も残飯のようなものばかりで、寝るところも寒い。

僕はまた、生きてるのに死んでいた。

どこに行っても同じ人生…やっぱり進むべき道は1つしか浮かばなかった。夜中の間にこっそり抜け出して、大きな川に飛び込もうとした。

その時、声をかけてくれた人がいた。冒険者のおじさんだ。川に飛び込もうとした僕を引きずって、温かい食事を食べさせてくれた。温かい寝床もくれた。この世界に来て初めて人の優しさに触れた。

その翌日にその冒険者は僕を買っていた主人に大金を払って僕を買い取ってくれた。そして旅に連れて行ってくれた。

剣の扱い方も教えてくれた。とても厳しい指導だったけどとても楽しかった。生きてると実感できた。その冒険者のおじさんは僕に名前までくれた。『ペーター』。おじさんの亡くなった息子さんと同じ名前だ。僕はペーターとして、おじさんの息子として新しい人生を歩み始めた。

魔物を一人で倒せるほどになり、剣の腕を磨き続け、おじさんと一緒に旅をした。途中で冒険者仲間も増えた。とても楽しかった。

そのうち西大陸ではなく東大陸に行こうという話になった。東大陸に行くには危険な船旅をしないといけない。僕らはそれでも海を越えようとしていた。西大陸は奴隷制度が厳しくて生きずらいから。

だが、海を越えるのは想像以上にきつかった。分かってはいたけど想像以上に海は荒れた。ただでさえ荒れているのに嵐に遭遇してしまった。

船はひっくり返り、波に呑まれた。

気が付くと僕は浜辺に流れ着いていた。周りを探したが冒険者の仲間は誰ひとりいない。心身ともに疲れ果て茫然と海を眺めていると近くの村の漁師が僕を見つけてくれて助けてくれた。そしてここが東大陸だと知った。僕だけが東大陸にたどり着いたのだ。

とても辛かったが、おじさんや仲間たちの分まで生きようと決意した。

それから僕はソロ冒険者として流れ歩いた。そしてフェルス王国にたどり着いて騎士団に入団した。入団した決め手はルーク団長だ。槍の扱いが見事で威厳がありとてもかっこよかった。あんな人になりたかった。

だから僕は訓練をひたすらして強くなろうと必死だった。

そして第二騎士団で働き、暫くしたら第一騎士団に配属になった。あの時は飛び上がって喜んだ。シルビア団長…その時はまだ副団長だったけど、とても喜んでくれたのを覚えている。

憧れのルーク団長と一緒に騎士団として働けて嬉しかった。ルーク団長自ら稽古をつけてくれることもあった。

そして暫くして、ナコ様が召喚された。

ナコ様は僕と違って異世界転移。突然この世界に来てしまったようだ。しかも魔力が高く、とても立派な異世界人だった。僕と違って…。

同じ異世界人であることを最初は伝えたくて仕方なかったのに、その差を見せつけられたような気がして、言葉が出てこなかった。僕は異世界人であることを隠し通した。

そして今度は海さんだ。

初めはナコ様と同じように興味を持たないようにしていた。でも海さんは僕と同じく…いいや、僕よりステータスが低かった。僕は親近感が湧き、話しかけるタイミングを探していた。異世界人であることを伝えたかった訳じゃない。ただなんとなく話してみたくなったのだ。

そんな時に海さんを魔物から救い出すという出来事が起こった。僕が魔物を倒して走り寄ると、とんでもない転び方をしていたのを今でも思い出す。でもとても優しくて話しやすい人だった。

だけどやっぱり異世界人であることは言い出せなかった。僕と同じ境遇だけど海さんには親友のナコ様がいた。やっぱり僕とは違うのだと思ってしまったからだ。

それからも見かけるたびに話しかけた。きっと心の奥深くでは、自分も異世界人であると伝えたかったのかもしれない。

海さんはステータスが低いのに、自分のできることを懸命にこなしていた。ステータスのせいかうまくいかず失敗してることも多かったが、いつも笑顔だった。ナコ様を励ましている姿もよく見た。傷だらけになって凹んでる姿も見た。でも誰かが来るとすぐ笑顔になってなんでもなさそうな顔で話していた。

そんな姿を見ていて、僕は自分が恥ずかしくなった。自分がどうであれ、環境がどうであれ、状況を打開出来るのは自分なのだ。僕はこの世界に来る前も来た後も最初から全てを諦めていたのかもしれない。

海さんのような強い人になりたくなった。

だから次こそ異世界人であることだけでなく、この世界に来る前のことも全部、海さんに伝えようと思っていた。海さんになら言っても大丈夫な気がしたから…。

そう思っていた矢先、黒竜がやってきて海さんが食べられてしまった。

僕は後悔に押しつぶされた。

何故もっと早く言わなかったのか。

何故あの時屋根に登らせてしまったのか。

何故黒竜に食べられるときに必死にならなかったのか。

大切な人…憧れの人を死なせてしまったのは僕だ。

そんな後悔の沼に沈み、這い上がることを忘れかけていた時、卵の話が耳に入った。

海さんが生きてる…黒竜として…。

海さんはまたも僕を救ってくれた。後悔の沼から引っ張りあげてくれたのだ。僕はもう二度と後悔したくなかった。

どんな形でもいいから海さんの役に立ちたい!

僕にしかできない方法で海さんを守りたい!

その気持ちが日増しに強くなっていった。

それから必死に文献を漁った。騎士団の仕事で色々な場所に行くが、その行く先々で調べまくった。そして噂程度の情報を手に入れた。

異世界人が元の世界に戻る方法だ。僕は死んでこっちに来たから無理かもしれないけど、海さんやナコ様なら戻れるかもしれない。

大昔の話だし、眉唾物だったが僕はそれを信じた。


『人間以外の種族になり、異世界人に殺されることで元の世界に戻れる』


そして今、海さんは黒竜になった。そして僕は異世界人。

試す価値はある。異世界人である僕にしかできないことだ。

城で孵化したら、真っ先に海さんを連れて国から出ようと思った。だが、孵化は別の場所でやることになった。

どうしようかと考えたが、海さんの為だと思うと体が勝手に動いた。普段なら躊躇することも難なく行動に移せた。

僕はこっそり転移術で国境に向かおうと思った。

転移術を発動させて光に包まれた瞬間、ギリギリでルーク団長も入ってきて2人とも転移されてしまった。

転移先でルーク団長は僕にきつく問い詰めた。

僕は、自分が異世界人であることを伝え、海さんを守りたいと伝えた。

海さんを元の世界に戻すことは伝えなかった。伝えればどうなるかわかっていたから…。

ルーク団長はそんな僕の気持ちをわかってくれたのか、転移術でこっそり来たことを許してくれた。

すると大きな音がして2人で向かうとそこには魔族のナギがいた。

ルーク団長は目の色を変えてナギに向かって行った。その時にルーク団長は僕にシルビア団長たちの元に行けと命令した。僕は迷わず命令に従った。

もしその時にナコ様の抱えている黒竜に気づいていれば…。


腕の中の海さんはまだキュイキュイと鳴いている。でも何を言ってるかはわからない。ごめん、海さん。

木々の間を抜けて開けた場所に出たと思ったら、そこには崖があった。行き止まりだ。

どうしようかとキョロキョロしていると後ろから足音が聞こえた。

振り向くとシュウが立っていた。

「鬼ごっこは終わりだ。黒竜を渡せ。」

「断る!」

僕がそう言うとシュウはニヤリとして剣を構えた。

このまま戦うのは危険だ。海さんに怪我をさせてしまうかもしれない。

僕は隙をみて逃げようと考えていた。そしてシュウが足に力を入れて踏み込んでくると思った瞬間、

「ペーーーーーーターーーーーー!」

と、シルビア団長の鬼気迫る声が響き渡った。

シュウも驚いて振り返ったほどだ。

見ると、向こうから鬼のような形相をしたシルビア団長が走ってきている。土煙が立っているのではないかというほどの勢いだ。

シルビア団長がまだ第二騎士団の副団長をしていた時の訓練を思い出した。あの時と同じ顔をしている。鬼のような顔で男だらけの騎士団を片っ端から倒していた。しかも本人は至極楽しそうに。

そんな様子をポカンと見ていると、シルビア団長はそのまま走ってシュウも通り過ぎた。そして走ってきた勢いのまま僕を殴り飛ばした。





おいおい。姉ちゃん…いいパンチ持ってんじゃねえか。ペーターとかいう兄ちゃん吹っ飛んで崖にめり込んでんぞ?しかも黒竜はしっかり抱いたままだな。あの兄ちゃんもなかなかだな。

あっという間の出来事に感心しながら見ていると後ろからナギの気配がした。

なんだかわからねえが今がチャンスだな。

俺は剣を構えて肩で息をしている姉ちゃんに斬りかかる。

ガキン!

金属音がしたと思ったら姉ちゃんが俺の一撃を受け止めている。

あれだけ()り合ってまだ動けるのか。

「今忙しいんだ。てめぇと遊んでられないんだ…よ!」

そう言うと俺を力で弾き飛ばした。

俺に力で対抗するとはな。

着地して次の攻撃をしようとしたら、腕を失くしたナギが来た。

「なんだナギ。腕あげちまったのか?」

「はぁ…はぁ…うるさいよ…。黒竜早く奪いなよ…。」

結構きつそうだな。どんな奴と戦ってたんだ?

ナギと話してる間にあの2人がまた睨み合ってる。

「シルビア団長…」

「ペーター。黒竜を渡しな。奪おうとしてるのはわかってるんだ。どんな事情があるのかは全部終わったらゆっくり聞いてやる。」

「僕は…僕はただ海さんを救いたいだけなんです。今度こそ!」

海さん?何のことだ?

「おいナギ。海さんってのは誰だ?」

「知らないよ。どうでもいい。」

そう言うとナギは残ってる方の手を前にかざして闇魔法を放った。

雪が舞い上がり白いもやが消えていくと崖に大きな穴が開いていた。そのすぐそばには人間2人が転がってる。ギリギリで避けたみたいだな。

すると黒竜を抱えた兄ちゃんが立ち上がってよろよろと歩き始めた。そしてその兄ちゃんの足首をつかみながら姉ちゃんが必死に声を荒げている。

「ペーター!いい加減にしろ!お前一人で守らなくたっていいだろ!なんでそんな海にこだわるんだ!」

すると再びナギが闇魔法を放とうとする。

その瞬間、後ろから光が矢のように飛んできた。

俺とナギはとっさに避けた。光魔法だ。

「くそ!光魔法使える奴がいるのか!ナギ!聞いてねぇぞ!」

「あたしだって知らないよ!」

ナギと問答をしていると奴らが現れた。魔術師が3人。恐らく光魔法を放ったのはあの女だな。

「形勢逆転ですね。」

ダルシオンとかいう魔術師が憎ったらしい笑顔で言いやがった。息も上がって死にそうなくせに。

頭にきて剣を強く握りしめたら、ナギが声を潜めて言った。

「シュウ。もうあたしも限界だ。黒竜は諦める。だけど撤退する前にあの黒竜抱いてるガキだけでも殺せ。あのガキのせいで全部狂った。シルビアはもう動けないはずだ。」

「わかった。」

そう言って俺は黒竜を抱いてる兄ちゃん目掛けて一気に突進した。





あっという間だった。気づいたら目の前のペーターの背中にシュウの剣が突き刺さっていた。

ペーターの血が私の顔にポタリと垂れた。

「ペーター…?」

するとペーターは私の声に呼応するかのように、シュウの剣を強く握った。腹から出てる剣先を握って動かないように固定している。

気づけば抱いていた黒竜は刺される瞬間に雪の上に放り出されたのだろう。バタバタもがきながら鳴いてる。

「あぁ?悪あがきはよせ。剣を離しな。」

シュウが剣を抜こうとしてるがペーターが握っていて抜けないようだ。

私は残ってる力を振り絞ってシュウに向けて剣を振りきった。

ザシュッ!

肉を斬る感触がして赤い血が雪の上に散った。だが、そこにシュウはいなかった。剣はペーターに刺さったままだ。

私は力尽きて雪の上に倒れこんだ。目線だけ向けると、斬られた腹を押さえながらナギの隣にいるシュウが見えた。

剣を捨てて避けたか。くそ…。

するとペーターが剣を抜き取ってそのまま雪の上に倒れこんだ。真っ白な雪に真っ赤な血が広がっていく。

私はペーターの傷口を押さえたかったが指一本動かせない。這いずって近づくことすらできない。自分の情けなさとペーターへの怒り、魔族への恨みで歯を食いしばった。

「ナギ!もういいだろ!引くぞ!」

シュウの言葉にナギは悔しそうな顔で頷いた。そしてナギがまた闇魔法を放とうと腕を上げかけた瞬間、魔族2人は急に空に舞い上がった。2人がいたところには槍が刺さっている。

「おせぇよ…」

私は絞り出すように言った。

すると魔術師3人が舞い上がった魔族2人に魔法を絶え間なく放っている。魔族はギリギリで避けながら飛んで行った。逃げたのだ。

私はそれを見届けて意識を失った。





私は魔族が逃げたのを確認して倒れている3人の元へ駆け寄った。

「ペーター君!シルビアさん!海!」

声をかけるとペーター君は傷口を押さえながらも意識を保っていた。シルビアさんは返事がなかった。

「ナコ殿は黒竜を!カルロ殿はシルビア殿を頼みます!」

「わかった!ルーク!周りの警戒を頼むよ!」

「わかっています!」

ダルシオンさんの指示に従い、私は雪の上で鳴いてる黒竜を拾い上げた。見たところ怪我もなさそう。

黒竜の状態を確かめているとカルロさんの緊迫した声がした。

「シルビア!」

肩を揺すり声をかけながら治癒魔法を行っている。カルロさんはいつも以上に心配した顔をしている。そして治癒魔法が終わったのか、安堵したように息を漏らした。

「…はぁ…意識を失ってるだけみたいだ。かなり無理してたから。ペーター君はどうだい?」

シルビアさんの無事を確認して安心したのもつかの間、カルロさんはダルシオンさんに問いかけた。

だがダルシオンさんは黙ったままペーター君に触れてもいない。

「ダルシオン…?」

カルロさんがもう一度ダルシオンさんを呼ぶ。

するとゆっくりとした口調だが、いつもより低い声で答えた。

「残念ですが…もう時間の問題です。」

「そんな…。」

カルロさんが絶望したような顔で言った。

私も息を飲んでペーター君を見つめる…。

そうだ!

私は黒竜をカルロさんに押しつけるように渡し、ダルシオンさんを突き飛ばすようにペーター君のそばに駆け寄った。そして見よう見まねで治癒魔法を行った。

「ナコ殿…なにを…もう無駄です!」

ダルシオンさんが私を止めようと肩に手を置いたが、それを振り払って魔法を続けた。

「光魔法は再生の力です!治癒魔法に光魔法を込めたら傷も塞がるかも!」

必死な私の様子に誰も声を出さなかった。

するとペーター君がそっと私の手を掴んで、小さな声で言った。

「いいんです…ナコ…様…。」

「でも!」

ペーター君は苦しそうにニコリとして首を振った。

「僕は…もう…いいん…です。」

すると肩に手を置かれて振り向くとダルシオンさんが悔しそうに言った。

「この深手では光魔法でもどうにもなりません。」

私は静かに腕を下ろし、ペーター君を見つめた。

すると突然カルロさんの腕の中の黒竜がもがき始めた。

キュイキュイ

「えっ?!ど、どうしたんだい?!」

黒竜は声を出しながらカルロさんの腕から逃れようとしているようだ。カルロさんは慌てて落ち着かせようとしている。

「下ろして欲しいのでは?」

と、ルークさんが言うと、カルロさんとダルシオンさんは顔を見合せてた。そしてカルロさんは静かに黒竜を雪の上に降ろした。

するとよちよちと歩きながらペーター君の方に向かって歩いていく。そのままペーター君の側に座ってキュイキュイ鳴いてる。

それと同時に海の声が頭の中に響いてきた。

「ごめんね…って言ってる。」

突然の私の言葉に驚いて、ダルシオンさんもカルロさんもルークさんも見てきた。

「海さんの…声が聞こえるの…かい?」

カルロさんの問いに頷いて答える。そして海の声を通訳する。

「気づいてあげられなくてごめんね。守ってくれてありがとう。って言ってます。」

気づけばペーター君と黒竜と私以外はみんな立っている。見守るように。

私の通訳を聞いてペーター君は涙を流しながら言葉を発した。とても小さくて消え入りそうな声で。

「…う…みさ…ん。僕の方こそ…」

黒竜はペーター君の涙を拭うように翼で頬を撫でている。

その様子に微笑んでペーター君は私たちの方を見た。

「…団長……みなさん…」

とても穏やかで優しい声だ。

「…ごめんなさい……」

そう言うとペーター君は静かに目を閉じた。


最後までお読みくださりありがとうございます。


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