第二十八話 黒竜の奪い合い
吹き飛ばされて体を地面に打ち付けてしまった。雪があったからそこまで痛くはなかったが、爆風で頭がグワングワンする。
防御魔法も破られてしまったことに気づいて、急いで顔を上げてまだ白くもやっている爆風の中心を見つめた。
「海…?」
小さく呟くように声を出す。
すると白いもやの中に影が見える。
黒い卵の破片が飛び散っていて、その中心に小さな翼のようなものが見えた。
ゆっくり立ち上がって、一歩ずつ近づいていく。
白いもやも晴れてきて影がはっきりしてきた。
私は小さな黒い物体の手前で膝をつき、掠れる声を発した。
「海…大丈夫?」
すると翼を広げてこちらを見ている小さな黒竜と目が合った。
手のひらサイズの黒竜はよちよちしながら手足を動かしている。翼もパタパタさせているがうまくできないのか飛べずに苦戦しているようだ。
手を貸そうかどうしようか悩んでいると黒竜が声を発した。
キュイキュイ
私は涙が溢れてきたのもそのままに黒竜に手を伸ばした。ゆっくり、優しく包むように持ち上げて胸に抱いた。手足をバタつかせてもがいていたがそのうち静かになって私を見つめてきた。
「海?海だよね?」
泣きながら笑って声をかけるが黒竜は見つめてくるだけ。
「ナコ…黒竜は…海は…どうだ?」
シルビアさんの声がして顔を上げる。いつの間に近くに来ていたのか分からないが、シルビアさんの後ろにはカルロさんとダルシオンさんもいた。
「わかりません。大人しいですが反応もないんです。海なのかもわからない…。」
3人は顔を見合わせて黙っている。
すると黒竜が急に暴れ出した。
「えっ⁈なに?どうしたの⁈」
暴れる黒竜を離さないように大人しくさせようとあたふたしていたら、聞き覚えのある声が聞こえた。
「やっぱり黒竜いるじゃないか!」
声のした上の方…空を見上げると、そこには竜のような翼で飛んでいる魔族がいた。ナギだ。
そして隣には見たことのない男の魔族もいた。黒の短髪に無精髭を生やした体の大きな男の人。大きな剣を肩に担いで私たちを見下ろしている。
「ナギ!」
シルビアさんが剣を抜いて私の前に立ち塞がった。
「やはり黒竜の魔力に気づいて来たか。」
ダルシオンさんが舌打ちしてボソリと言った。
「ナコさん。黒竜を離さないように。」
カルロさんが私の隣に立って、ナギたちから目を離さずに言った。
私は黒竜をナギたちから隠すように抱きかかえた。黒竜はキュイキュイ鳴きながら動いているが抱えられているから大人しくしている。
「おい。ナギ。あれを奪えばいいんだな?」
男の魔族がナギに聞いた。
「あぁ。嘘つき共から奪ってやろう。」
そう言うとナギはニヤリとおぞましい顔で笑った。
「そう簡単に渡すと思うなよ?シュウだったか?お前まで来て魔族は本当に暇らしいな。」
シルビアさんが挑発するように声をかける。
「姉ちゃん…随分とお疲れの様子だな?後ろの魔術師共も魔力を相当使っちまったみてぇだしよ。」
シュウという魔族が私たちの魔力の減りを見抜いて言ってきた。
さっきまでの防御魔法でかなり消耗してしまっている。顔には出さないがダルシオンさんもカルロさんもかなり疲れているはずだ。
「カルロ殿。ナコ殿と黒竜を連れて転移術の場所まで行ってください。そしてそのまま国に戻ってください。ここは俺とシルビア殿で食い止めます。」
「えっ⁈君たち2人じゃ危険だよ!僕も残る!」
ダルシオンさんの言葉にカルロさんが反論する。
「ナコ1人じゃ心配だろ。転移するまでの時間稼ぎくらいできるさ。私らをなんだと思ってんだよ。へっぽこ魔術師。」
今度はシルビアさんがカルロさんに言う。
へっぽこ魔術師…。
カルロさんもちょっと凹みながら
「…わかったよ…。じゃあナコさんを転移させたら僕は戻ってくる。いいね?」
と言った。
ダルシオンさんとシルビアさんは諦めたように笑いながら頷いた。
「3、2、1で行くぞ?」
シルビアさんの言葉に全員が頷く。
「3…2…」
私は黒竜を強く抱きしめた。
「1!行け!」
シルビアさんの合図と同時に私とカルロさんは走り出した。ダルシオンさんとシルビアさんも駆け出して魔族2人に向かって行った。
後ろの方で剣のぶつかる音、魔法で爆発する音が聞こえるが振り向かずに無我夢中で走った。隣を走るカルロさんは悔しそうな顔をして走っている。
もっと強かったら…。もっと魔法がうまく使えたら…。
きっと私と同じことを考えているに違いない。
転移術の陣が見えてきた。
もう少しだ!と希望が見えてきたと思い木々を抜けて、開けた場所に出た瞬間、絶望感に襲われた。
目の前にはいるはずのないナギが立っていたからだ。
「な、なんでお前がここに…」
カルロさんが口に出すと、ナギはニヤリと笑って言った。
「そりゃあんたらを逃がさない為にここに来たんだよ。」
ダルシオンさんは?シルビアさんは?どうなったの?
嫌な想像ばかりが頭をよぎる。
「さあ。黒竜を渡してもらおうか。大人しく渡せば命は助けてやるよ。」
と言って、ナギが手を伸ばしながら近づいてきた。
するとどこからか槍が飛んできてナギの目の前を通っていった。その瞬間ナギの腕から血が噴き出した。正確に言うと、槍がナギの腕を貫き、腕ごと持っていった。
急に無くなった腕を押さえながらナギは声をあげた。
「ぐぁ!」
痛みに苦しみながら槍を見つめているナギは、飛んできた方を睨みつけながら言った。
「誰だ!」
私とカルロさんも目を凝らして見ていると、投げたであろう人物が姿を現した。
「ルーク…さん…?」
私は思わず名前を口にしてしまった。
「お2人とも無事ですか?」
ルークさんは私たちを気遣うような言葉をかけてくれたが、目はナギを見つめている。殺気を纏っていて私は恐怖で動けなかった。
「あ、あぁ…。ルーク…どうしてここに?」
震えるような声でカルロさんが聞くが、ルークさんは怖い顔をしたまま
「その話は後で。今はこの場を離れることを考えてください。」
と言った。
ナギは血の流れる腕を押さえながらルークさんを睨みつけている。
そして次の瞬間、魔法を放った。真っ黒な闇魔法をルークさんめがけて。
その威力と速さに私は。あ!と声を発した。
魔法が放たれた場所は腐食していた。ルークさんの姿も見当たらない。
慌てて周りを見渡したがルークさんはいない。
まさか!
そう思った瞬間風圧を感じた。
そちらに目を向けるとルークさんがさっき飛ばしてナギの腕を貫いた槍を手にして振り回していた。その攻撃から逃げるようにナギは空に飛びあがった。
あの一瞬でルークさんは槍のところまで移動していた?しかもナギに攻撃まで仕掛けていた?
私は頭がついていかなくてただ茫然と2人を見ていた。
そんな私の肩を叩いてカルロさんが声をかけてきた。
「ナコさん!今のうちにここから離れよう!陣も崩されてしまったからここから転移はできない。別の場所でやるよ!」
焦ったようにカルロさんに言われたと思ったら腕を引っ張られた。そして引きずられるように走った。
「くっ!ダルシオン!死んだか?!」
シュウの重い攻撃を受け止めながら声をかける。
一瞬だった。ナギとダルシオン、私とシュウで戦っていたら、突然ナギが大きな闇魔法を放った。ダルシオンが防御魔法を私にも張ってくれていなかったら私は消し飛んでいただろう。おかげでダルシオンは木をメキメキ倒しながら吹っ飛んだ。
全く…自分も吹っ飛ばされないくらいの威力で守っとけよ…。
「ナギの奴、俺まで巻き込んで放ちやがった。」
目の前のシュウが怒りを露わにしながら呟いた。
「お前嫌われてるんじゃねぇの?」
ニヤリとしながら言うと、
「あいつは元々仲間意識がねぇのよ。」
と笑いながら答えた。
お互い同時に後ろに飛びのいて間合いを取る。
ダルシオンは無事なのか?ナギは恐らくナコ達のところに行ったのだろう。マズいな。私はこいつの相手で精一杯だ。さすが四天王といったところか。隙が無い。
シュウと睨み合っているとダルシオンが吹き飛んだ辺りから声が聞こえた。
「え⁈ダルシオン⁈大丈夫かい⁈」
「ダルシオンさん!」
最悪だ。あの2人がこっちまで戻ってきたということはナギに陣を消されたな。ナギに殺されてないだけマシか…。まさか黒竜を取られてはいないだろうな?
余計なことを考えていたからなのかハッと気づいた時には遅く、シュウの一撃をまともに食らってしまった。その拍子に剣を手放してしまった。剣士としてあり得ないミスだ。
横倒しになりながらも顔を上げると剣を振りかぶったシュウが目に入った。
ヤバい!死ぬ!
そう思った瞬間、どこからか頭くらいの大きさの石が飛んできてシュウが後ろに飛びのいた。
そして走る音が聞こえたと思ったら目の前に立ち塞がるように誰かが立っている。
「シルビア団長!無事ですか!」
この声は…
「お前…ペーター…なんでお前がここに…?」
第一騎士団のお前がなんでこんなところにいるんだよ。一体どうなってるんだ?
私は訳も分からずペーターの背中を見つめる。
「ルーク団長も来てます。早く剣を拾ってください!」
ペーターに言われて私は急いで立ち上がり剣を拾った。そしてペーターと並んで剣を構えながら声をかけた。
「助かった。なんでここにいるのかは後で聞こう。今はこいつを何とかする。」
「はい!」
元気な返事を聞いて口元が緩んだ。大きく息を吐いて気を引き締める。そして頭をフル回転させてペーターに指示を出す。
「お前はすぐにナコ達のところに行け。シュウは任せろ。ダルシオンが生きてるかもわからない今、ナコ達を守れるのはお前だけだ。ナギはどうせあの復讐に狂ったお前の団長がなんとかしてるんだろ?」
「ルーク団長はナギを足止めしてるはずです。迷わずそちらに走っていきましたから。」
やはりな。あいつはそういう奴だ。なんだかんだイカれてるんだよ。あの第一騎士団長様は。
「じゃあナコ達を頼んだぞ!」
私はそういってシュウに向かって行った。
それと同時にペーターも走り出した。
「ダルシオン!しっかりしろ!」
僕の問いかけに気づいたのかうっすら目を開けた。
「良かった。死んでなかったね。」
安堵のため息をつきながら声をかけると、
「勝手に殺さないでください。こんなことさせて…あの魔族女…死んだら呪ってやる。」
と、いつも通りの口調で話し始めた。
立ち上がるダルシオンを支えながら状況を説明していく。
「ルーク殿が?なんでいるのかは知りませんがおかげで助かりました。ではさっさと陣を作って転移してください。」
ダルシオンも一緒に戻れと言おうとした時、ナコさんが、あ!っと言った。
見ると向こうからペーター君が走ってくるのが見えた。
「ペーター君?」
僕が名前を呼ぶと、ダルシオンがため息をついてボソリと呟いた。
「なるほどね…。」
ダルシオンの言葉が気になったが今はそれどころではない。
「皆さん!ケガはありませんか?…あ!ダルシオン様!良かった生きてたんですね!」
ダルシオンの姿を見て嬉しそうな顔をして走ってくる。
走ってきたペーター君はナコさんの腕の中にいる黒竜をみて一瞬固まった。
「黒竜…海さん…ですか?」
不安そうな顔で聞いてきたのに対して、ナコさんが返事をする。
「海かどうかはわからないの。でも大人しくしてくれてるし大丈夫だと思う。」
その言葉を聞いてペーター君は安心したように
「よかった…。」
と呟いた。
隣のダルシオンがその様子を黙って見ている。
ダルシオン…さっきからペーター君の様子を窺っているように見える。どうしたんだろう?聞きたいけど聞いてはいけないような雰囲気だ。
僕は目の前の危機を脱することに集中して口を開いた。
「僕とダルシオンで転移術の陣を準備する。その間ナコさんはペーター君の側を離れないでくれ。ペーター君頼んだよ。」
「「はい!」」
2人の返事を聞いてダルシオンを見ると、ダルシオンはもう陣を準備し始めていた。
全く…仕事が早いのはいいけどもう少し協調性ってものを身に着けてほしいよ…。
僕は小さくため息をついてダルシオンと一緒に陣の準備に取り掛かった。
ペーター君の側で黒竜の様子を見てみる。
キョロキョロしたり、手足を動かしたりしているが大人しい。抱いているから翼は動かしてないけど、たまにキュイキュイと鳴く。
「海さん…無事に生まれてこれたんですね…。」
ペーター君が周りを警戒しながら言った。
海からペーター君のことは聞いていた。助けてもらった事。とてもいい子だという事。その後も見かけるたびに話しかけてきてくれて、犬みたいだって言ってた。
「海…ペーター君のこと褒めてたよ。それに救われたって言ってた。」
私が静かにそう言うと、ペーター君は不思議そうな顔で
「当たり前ですよ。あんなところに一人で行かせるなんて危ないです。」
と言ってきた。
私はふふっと笑って勘違いしているペーター君に言ってあげた。
「最初の時もだけどその後だよ。海を見かけるたびに話しかけてたんでしょ?海はそれが凄く嬉しくて、ペーター君と話してると色んなこと忘れられるから助かってたんだって。海…自分は何もできないって凹んでたからさ…。」
ペーター君は黒竜を見つめて黙ってしまった。そしてポツリと言った。
「僕も同じようなものだったので…。」
その言葉の意味が分からず、
「え?」
っと聞いた時、近くで大きな音がした。そして何かが飛んできた。
すかさずペーター君が私を後ろに下がらせて剣を構えた。
飛んできたそれはむくりと起き上がり喋った。
「いってぇ…力だけじゃ勝てねえな…。」
なんとそれはシルビアさんだった。
「シルビア団長!」
「あぁ?ペーターか?吹っ飛んできたのお前らのとこか。やべ。」
傷だらけで立ち上がろうとするシルビアさんはもう満身創痍という感じだ。フラフラとしている。
「シルビア団長!ナコ様と一緒に隠れててください!」
「馬鹿言うな。まだいける!お前は黒竜とナコ守ってろ!」
「いいえ。ナコ様とシルビア団長は転移術の準備を一緒にしてください。僕が黒竜を抱えて逃げ回ります。」
ペーター君の言葉に驚いて私もシルビアさんもペーター君を見た。
「魔族は黒竜を狙っています。ならば僕に寄って来るはず。その間は皆襲われません。」
「馬鹿言うな!お前ひとりで何ができるんだよ!そんなことうまくいくわけねぇだろ!」
シルビアさんとペーター君が言い合ってるのを私はアワアワしながら眺めているだけ。
するとペーター君が私に手を差し出して言った。
「ナコ様。黒竜を…海さんを渡してください。」
真面目な顔で言われたが、ペーター君の目が怖く感じて黒竜を隠すように抱き直した。すると一瞬ペーター君が顔を顰めたように見えた。
そしてペーター君が1歩前に足を踏み出した時、
「渡してはいけません。」
と、後ろからダルシオンさんの声が聞こえた。
「ダルシオン…生きてたか。」
シルビアさんがホッとした声を出した。
「おかげさまで生きてますよ。それよりペーター殿。黒竜はナコ殿に預けておくのが一番です。あなたはナコ殿を守るだけでいい。」
ダルシオンさんの言葉に不穏な空気が流れる。ペーター君とダルシオンさんが睨み合ってるようだ。
「おいおい。なんだよお前ら。仲悪かったっけ?」
茶化すようにシルビアさんが声をかけるが2人とも黙ったままだ。
すると上から
「なんだ?仲間割れか?」
とシュウの声が聞こえた。
その瞬間、腕の中の黒竜をパッと取られてしまった。ペーター君が黒竜を抱えて走り出したのだ。
「ペーター!待て!」
シルビアさんの制止も聞こえないのか走って行ってしまう。
ダルシオンさんがすぐに走って追いかけ、シルビアさんも後を追って走り出す。
「なんだ?黒竜持ってどこ行くんだ?」
そう言うや、シュウはペーター君の方に向かった。
私は何が起こったのかさっぱりわからず立ちすくんでしまった。
「ペーター君…?」
ペーター君…どうしたの?なんで黒竜を奪ったの?ダルシオンさんは何か知ってるの?誰を信じるべきなの?海…お願い…戻ってきて。いつもみたいに立ち止まった私の背中を押してよ。海…どこにいるの?
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