第三話 この世界とこの島
村に行くとそこには見慣れない光景が広がっていた。
チャミとジョンの話から何となく人間はいないんだろうとは思っていたが、まさかこれほど多種とは思ってなかった。猫だけでなく、犬、兎、鹿、鼠、狸、なんでもいる。しかも、熊、狼、狐、虎、ライオンまでいる。何食べて生きてるんだろう。草食と肉食って共存できるのかな。獣人だからそういう動物とは違って関係ないのかな。
村の真ん中をチャミとジョンに連れられて歩いているが、なんとも視線が痛い。
「あれが人間?初めて見た~」
「武器とか持ってなさそうだけど襲ってこないよね?」
「本当に尻尾生えてないんだ。」
「こんな村に何しに来たんだろう。」
興味を持つ声や、不安そうな声、歓迎されているのかもわからない雰囲気の中を下を向いて歩く。人生でこんなに注目されたことがない。まさか食べられたりしないよね?そんなことまで頭回ってなかったから急に怖くなってきた。
突然前の二人が止まったからぶつかりそうになるのをギリギリ堪えて2人の肩ごしに前を見る。するとそこには亀がいた。いや、亀の甲羅を背負った…おじいちゃん?いや、手はヒレっぽいからやはり亀か?
「その子が話していた人間か。ほれ、わしの家に入りなさい。チャミとジョンもな。」
そう言って亀さんは中に入っていった。海辺で見た石の家に似た造りの家だ。それに続いて私たちも入る。
中は普通の家という感じだ。テーブル、椅子、棚。奥にも部屋が続いているようだ。棚の上にはこの家と亀が2匹写っている写真が飾ってある。多分さっきの亀さんの若いころの写真なのかもしれない。隣の亀は…誰だろう?
「海ちゃん。ここ座りなよ!」
家の中を見ていた私にチャミが声をかけてきた。勧められたソファに座ると、向かいの大きな椅子に亀さん。そして私の両隣にチャミとジョン。両脇ガッチリ固められて逃げ場がないくらいみっちり。ちょっと狭い。姿勢を正して座りなおしていると奥から湯呑みをお盆に乗せた亀が出てきた。
「おやおや、名前まで知ってるとはずいぶん仲良くなったんだね~」
と言いながらニコニコしたおばあちゃん亀がお茶を出してくれた。さっきの写真のもう1匹はこの亀だきっと。会釈をしながらお礼を言うと、優しそうに笑いながら、
「人間なんて久しぶりだわ。しかもこんな可愛らしいお嬢さんだなんてね~」
と言った。
「ばーちゃん人間に会ったことあるんだ!」
「ちょっとチャミ。その話は後にしなよ。」
チャミとジョンが私を挟んで話している。私は会話の邪魔にならないように体を前に出すか後ろに引くか悩んでしまう。気まずい。あとやっぱり狭い。
「そうよ~。島の外には人間なんてたくさんいるわよ~。あれはあたしがまだ若かった頃かしら…」
「ばーさんや。その話は長くなるからまた後でな。」
「あらまあ。そうですね。じゃああたしはこの辺に座って編み物でもしてますよ。」
おばあちゃん亀の昔語りをおじいちゃん亀が止める。そんな和やかなゆったりとした時間が流れているこの家にいると、少しずつ緊張が解けてきた気がする。亀の手で編み物ってできるのかな?どうでもいい疑問ばかりが頭に浮かんでくる。
「さて、本題に入ろうかの。」
その言葉で背筋が伸びる。
チャミとジョンがあったことを話していく。砂浜の扉が消えた事、そこで私と会ったこと、私がその扉から来た事。私はたまに話を振られて頷く程度。ほとんど2人が話してくれた。
「なるほどのぉ。その扉はもしかしたら転移術の類いかもしれんの。魔力の高い人間が使ってるのを見たことがあるが、その時は手紙を送る程度のものだったが、あれから進歩して人間や扉なんかも出来るようになったのかもしれんのぉ。」
転移術?魔力?やっぱりここはそういうのがある世界なのか。再びここが想像の中の異世界だと痛感させられ項垂れる。
「じゃあ戻り方もわからないってことですか?」
ジョンが村長であるおじいちゃん亀に聞く。村長はうーんと悩み黙ってしまった。皆もそれに攣られて黙り込んでしまう。
「あ、あの…」
私が恐る恐る声を上げると皆が一斉にこちらを向いた。
「こういう事って以前にもあったりするのでしょうか?この島だけでなく…その…大陸?とかで…。」
「そうじゃな。確か200年近く前じゃったか、東大陸の王国で召喚式を執り行ったという話は聞いたことがある。異世界人とやらを呼び寄せて魔族との争いに終止符を打ったとかなんとか。」
「え⁈あれって作り話じゃないの?」
「チャミ。あれは事実なんだよ。旅人が大陸では毎年そのお祝いしてるって言ってたじゃん。」
「あ~そうだっけ?忘れたわ。」
異世界人を召喚か…。200年も前じゃ本人達は生きていないだろうけど、もしかしたら同じ世界から来た人かも。大陸ならもう少し詳しく聞けるかもしれないな。
「あの!大陸に行くにはどうしたらいいでしょうか!」
「船で行けるけど…。マジで言ってんの?」
チャミは信じられないって顔をしている。反対にいるジョンもしかめっ面。何かまずいこと言った…のか?
「海ちゃんだったかの。この島は特殊でね。魔物が出ない平和な所なんじゃよ。でも一歩外に出れば魔物がウジャウジャおるんじゃ。腕っぷしがあるならまだしもお前さんは普通のお嬢さんに見えるからの~」
村長さんの言葉にチャミとジョンの反応がああなったのも納得した。確かにここまでの道のりも平和そのものだった。お先真っ暗とはこのことだろうか。身動きが取れない。魔物なんかと戦えるわけでもなく、この世界のことを何も知らないのに歩き回るのも危険だ。そもそも明日からどうやって生活するのかも考えてなかった。うなだれていると後ろの方から穏やかな声が聞こえた。
「だったらうちの村の誰かが護衛ってことで連れてってやればええんじゃ。向こうに着いたら人間はたくさんおるんじゃから何とかなるじゃろ~」
「シマよ。そんな奴この島にはおらんじゃろ。そういう奴らは皆島の外に出てってしまったんじゃから。冒険者になるんじゃ~と息巻いてな。」
あのおばあちゃん亀はシマさんというのか。
「何を言っとるんじゃじいさん。そこに2人おるじゃろ。」
ん?2人…?まさかと思いチャミとジョンを見ると、2人ともポカンと口を開けている。
「いやいや、シマさん!僕はそんな魔物と戦うなんて無理ですよ!」
「魔物と戦ったことはないな~。もしかして勝てたりして!」
正反対な反応をするジョンとチャミ。
「確かに…。わしら獣人と呼ばれる種族は元々頑丈らしい。実際ワシも若いころ大陸で過ごしていたことはあったが、人間というのは全くもってか弱い生き物じゃったわ。ちょっとぶつかっただけで吹っ飛びおったわ!はっはっは!」
村長さんとぶつかっただけで…。まさかそんなに力の差があるなんて…。
私は少しでもチャミとジョンから距離を取ろうと体を縮こませた。
「マジで!じゃあ魔物とも戦えるかもしれないじゃん!ジョン!行こうぜ!」
「馬鹿なの⁈魔物なんか見たこともないのによく言えるね!僕は絶対やだ。」
行こう!やだ!の問答を繰り返している2人に挟まれて両側からドンドンと押される。痛い。確かに頑丈なのかもしれない。岩にぶつかってるみたいだ。
「2人とも痛いって!潰れる!」
つい大きな声で言ってしまった。すると2人ともピタッと止まり、ごめんと言って大人しく座った。
「ちょっとぶつかっただけなのにそんな怒らなくても…。」
イジケ気味のチャミに言われて私もごめんなさいと謝った。
「ほっほっほ!だから言ったじゃろ。ワシらは頑丈なんだと。」
楽しそうに笑いながら村長さんが言うと、ジョンがとんでもないことを口にした。
「ま、魔物と戦ってみたらわかるかな…。村長さん。船でちょっと外に出て確かめてもいいですか?近海ならいつも漁師の人たち行ってるみたいだし、たまに魔物と戦ったと聞くので。」
「…ジョン!行こう!やってみようぜ!」
チャミは目を輝かせながら立ち上がる。
「うむ。漁師達も一緒ならええじゃろ。話をしてみよう。」
村長さんはそういうとスタスタ外に出て漁師っぽいいかつい人(獣人?)達に話をしている。ジョンとチャミも付いていって話に混ざっている。
「…本当にやるの…?」
私の小さな呟きは盛り上がってる彼らの声にかき消された。
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