第二十六話 嵐の前の静けさ
魔族にとって黒竜は大切な存在だ。
食べれば魔力を大幅アップできる。そして黒竜の魔力を元にすれば質のいい魔石が作れる。昔あたしが魔族の姿に戻る時にドワーフに作らせた物よりいい物だろう。あの時の魔石は村を消滅させたら割れてしまった。
そういえばあの獣人…名前も忘れたが、アイツ…人間のガキを連れて逃げたな。ドワーフの村に人間なんて珍しいと思った。でもあのガキ魔力もないし使えなかったから放置してた。村の消滅と同時にガキを抱えて逃げた獣人…まだ生きてるのか?まぁどうでもいい事か。
それより黒竜の居場所と卵の存在だ。
フェルス王国の奴らは知らないと言ってたが怪しい。まさか卵を保持しているってことはないよな?
もし卵が手に入ったら孵化させてしっかり英才教育させるつもりだ。あたしらのいうことを聞く黒竜…。そしてまたその卵を手に入れて英才教育…。黒竜はあたしら魔族の物となる。
闇の魔力をどんどんパワーアップさせて人間共を根絶やしにしてやる。異世界人が来ようとひねり潰せるほどに強くなればいい。
以前のような失態は起こさない。こんな大陸の小さな片隅に追いやられるなんて失態。
あの時の戦争であたしは魔力を使いすぎて人間の姿になっちまった。魔族は魔物も食えるし魔力だけでなく全体的なステータスが高い最高の種族だ。少し好戦的になるらしいが、あたしは気にしない。
なのに人間なんかになっちまって魔力も低いし動きも遅くなってイライラした。魔力を溜めるために人間の国で大人しく魔術師として隠れていた。
そして見つけた獣人奴隷。アイツは魔力が高くそれはもうご馳走のような奴だった。あたしは言葉巧みにアイツに取り入り、国を出奔してアイツとドワーフの村に行って魔石を作らせた。そしてアイツの魔力を奪って魔族の姿に戻った。あの時は全てから開放されたみたいに気持ちよかったなぁ。
「なんだもう帰ってきたのかナギ。しっぽ巻いて逃げてきたのか?」
「戦わずに話し合いで終わらせたんだよ!無駄なことは嫌いでね!」
魔族のシュウが頭に来る言い方をしてきた。同じ四天王の1人だ。
魔族領は魔王がトップに君臨している。そしてその下に4人の四天王と呼ばれる実力者が居る。魔術師である私、そしてこいつは剣の腕で登りつめてきた奴。脳筋かと思いきや意外と頭もキレる。
「で?黒竜はどうだった?」
シュウの問いにため息つきながら答える。
「知らないとさ。飛んでっちまったし、卵も見てないそうだ。」
するとシュウもため息をついた。
「そうか…折角黒竜が西大陸から来たって喜んだのに…黒竜はどこ行ったんだ?」
「さあね…」
あたしはどんより厚い雲が広がる空を見上げながらポツリとこぼした。
黒竜を誰よりも早く手に入れてあたしの物にしたい。そして力をつけて魔王の座をいただく。そうすればあたしは救われるのだろうか。この頭の中がごちゃ混ぜになる感覚から抜け出せるのだろうか。
「さて、そろそろ帰りますか。」
魔術師のダルシオンさんが目つきの悪い顔でシルビア団長に向かって言った。
「あぁ。魔族もあれから動かねぇしな。それにそろそろ帰らねぇとお前マジで死ぬもんな!」
と、ニヤニヤしながらダルシオンさんに答えると、ダルシオンさんはニヤリとしてシルビア団長を睨んでいる。口元は笑ってるのに目が笑ってない。
「シルビアさん…余計なことは言わない方が…」
堪らず僕がシルビア団長を止めようと声をかけると、
「あっはっはっ!確かに目の下のクマヤバすぎて人相変わってるよな!なぁジョン!」
と、チャミが相変わらずの空気の読めない発言をする。
「そこの猫…ちょうど焚き火の火も小さくなっていた所です。火だるまにすれば暖がとれますね。」
「さーせん。」
ダルシオンさんが片手に火魔法を出しながら嫌味たっぷりに言うと、チャミは顔を引き攣らせて謝った。
「はぁぁ。チャミも余計なこと言わない。」
「分かったよ…ちぇ。」
僕の小言にいじけるチャミ。いつも通りだ。
僕たち4人は焚き火の周りに集まって今後について話し合っていた。というより、僕とチャミが暖をとっていたらそこにシルビア団長とダルシオンさんが話しながらやってきた。
魔族はあれから全く国境には来ない。あれはなんだったんだ?というくらい静かだ。暫く様子見だとは言ってたが、そろそろ引き上げてもいいのではないかと話している。
すると、
「おや?皆さんお揃いで。寒いですね〜。私も混ぜてください。」
と言って焚き火の輪にスっと誰かが入ってきた。
「おう。寒いからな。あったまりな。」
「えぇ。この寒さでは凍え死にますよ。」
シルビア団長とダルシオンさんがその言葉に返事をしながら2人の間にその人が入れるスペースを作る。
「いや〜あったかい。道中死ぬかと思いました。」
「だろうな…」
「そうでしょうね…」
再びシルビア団長とダルシオンさんが答える。
そしてしばしの沈黙の後…
「「はぁっ?!」」
と、シルビア団長とダルシオンさんの大きな声が響き渡った。
「お前!病弱?!なんでこんなとこに?!」
と、シルビア団長は隣に入ってきた宰相サントスさんに驚いて声を上げる。ダルシオンさんも固まったまま幽霊でも見たかのような顔でサントスさんを見ている。
「え?皆さん元気かな〜と思って来ちゃいました☆」
いつもの涼やかな笑顔のままお茶目な雰囲気で答えるサントスさん。
僕とチャミは正面だったからサントスさんが入ってきた時から気づいていて、3人のやり取りを黙って見ていた。チャミは半分笑いを堪えていた。
「いやいや。来ちゃったじゃねぇよ!城は大丈夫なんかよ。宰相がフラフラ出歩くな!ただでさえ病弱なんだからよ!」
「伝令なら他の人にやらせてくださいよ。何してるんですか。」
シルビア団長が怒り、ダルシオンさんが呆れながらツッコミを入れている。
隣でチャミは肩を揺らして耐えてる。
それもう耐えきれてないよ…笑ってるよチャミ…。
そんな僕も苦笑いで傍観してしまっている。
「すみません。たまには運動もいいかな〜と思いまして。それに凍死してる皆さんを見るのもいいかな〜って。あははは。」
ふざけてるのか本気なのか分からない顔で言うサントスさん。
掴みどころがないというか…何考えてるか分からない人だ。宰相ってそういうものなのだろうか。
「凍死寸前ではありますね。で?用件はなんですか?」
ダルシオンさんが心底面倒くさそうな顔で話を促す。
するとサントスさんが僕らを硬直させるような爆弾発言をした。
「あぁそうでしたね。皆さんお疲れ様でした。帰ってきていいですよ。あと急がないと国が滅亡するかもしれません。卵が孵化しそうです。」
サントス殿の言葉に全員が固まった。
卵が孵化しそう…つまり黒竜が生まれる。もしその黒竜に暴れられたら国が危ない。
俺は誰よりも早く我に返り声を上げた。
「急ぎ戻りましょう!シルビア殿!騎士団に指示を!早く!」
ハッとしたシルビア殿が急いで獣人2人に指示を出す。
「チャミ!撤退準備しろ!ジョン!お前はみんなにこの事伝えろ!」
「お、おう!」
「はい!」
3人は走って行った。
俺も荷物をまとめないと…。
「ダルシオン殿。」
テントに向かおうとしたらサントス殿に引き止められた。
「はい?なんです?今急ぎますから!」
急げ、とでも言うのかと思い焦ったように言うと、さっきまでの雰囲気はどこへ行ったのか至極真面目な顔で口を開いた。
「ナコ殿はカルロと魔法の訓練をしてコントロールできるようになってきています。とても上達していますので今なら防御魔法を完成できるかもしれません。しかし今、黒竜が孵化し、もしも海殿の意思が無い黒竜が生まれた場合…どうなりますか?あなたなら分かりますよね?」
カルロ殿が訓練?あのオドオド魔術師やればできるじゃないか。むしろ教育に向いていたのかもしれない。俺はどちらかというと一人で黙々と研究に勤しむほうだ。カルロ殿の新しい価値を見出したことは喜ぶべきだろう。
だが今はそれより後半の部分のほうが気にかかる。
あの黒竜が海殿だということは分かっている。だが、海殿が主導権を握って生まれてくるとは限らない。それはナコ殿本人も理解しているはず。だがもしそうなった場合、ナコ殿の精神のバランスが崩れ、折角コントロールできるようになっていた魔法も危うくなるだろう。最悪の場合、魔法が制御できず暴走してしまうかもしれない。その時は…。
「魔法の暴走については話してあります。その時はナコ殿を俺が殺します。その為の対策もしてありますし本人も了承済みです。」
サントス殿は俺の言葉にピクリとも表情を変えずに
「分かりました。お願いします。」
と言った。
こういう所がこの男の恐ろしさを感じさせる。国のためなら人の命もあっさり奪う。だからこそ宰相なんて地位にいるのかもしれない。
俺は黙ってその場を後にし、荷物をまとめるためにテントに向かった。
「シルビア団長!テントの撤去にもう少し時間がかかりそうです!」
私は手元の荷物をまとめながら報告を聞いた。
「とりあえずの物だけまとめろ!テントは後でまた取りに来ればいい!」
「はい!」
部下に指示を出し、作業を再開する。
このタイミングで黒竜の孵化…。魔族は去ったしそろそろ帰るかとも話していたが、この真冬に孵化するとは思わなかった。
「ちっ!春まで待てなかったってのか?」
独り言のように愚痴りながら急いで荷物をまとめる。すると後ろから声をかけられた。
「暖かくなってから出てくればいいのに…って思いますよね。」
私は振り向かずに返事をした。
「あぁ、全くだ!病弱は転移術の準備でもしとけよ!」
「準備はもう出来てますよ。それよりあなたに謝らなければなりません。」
私は手を止めて大きなため息を吐いた。
「謝ることなんてないだろ?」
「いいえ。知っていたのにあなたを1人残して野営させました。ダルシオン殿も知りませんから対処できないでしょう。国王も心配なさっていました。」
その言葉に私は目を伏せた。そしてもう一度ため息を吐いてから振り向かずに言った。
「別に気にしてねぇよ。相手はナギだったんだ。ルークを残すわけにいかねぇだろ。それに一緒に野営した奴らは私の部下だ。部下を信用してなかったら団長なんか務まらねぇよ。ダルシオンだってそういうのには全く興味ない奴だしな。」
そう言ったが病弱からの返事がない。仕方なく振り向くと90°に頭を下げてる姿が目に入った。
私はまたため息を吐いて立ち上がり、病弱の頭をチョップした。
ズビシ!
「いたい…」
本当に痛がってるのか分からないような声を出し、頭を押さえながら顔をあげる病弱に言ってやった。
「騎士団は男ばっかだ。そんな中で女ひとりの私が優雅に寝れるわけがない。そんなこと騎士団に入る前から分かってた。だから警戒しながら寝る方法だって身につけてるんだ。お前が謝ることじゃない。」
「シルビア殿…」
珍しくしおらしくなってる病弱になんて声かけようかと考えてたら
「だんだんあなたが男に見えてきました。」
と、言い出した。
私はすかさずチョップをもう一度食らわした。
カルロさんと魔法の訓練をしていた時だった。
風魔法と火魔法を同時に使って火柱を作り出していた。大きくなりすぎると危険だから小さめのを作って維持していた。小さめとはいえ3メートル近くはある。
「そうそう。ナコさんいい感じだよ。そのまま維持して。」
カルロさんの言葉に集中を切らさないようにしながら
「はい!」
と返事をする。
維持し続けるのはとても難しい。気を緩めると火が強くなりすぎたり、風で火が舞い散ることがある。
「よし!OKだ!」
「…ふぅ…。」
合図を聞いて魔法を消す。そしてその場にしゃがみこみ息を吐く。
「ナコさんとても上達したよ。これならダルシオンもびっくりだよ!」
カルロさんがそう褒めてくれる。
そうなのだ。カルロさんはとても褒めてくれる。私は褒められて伸びる人間なのだと思う。自分で言うのもあれだけど…。だがあの鬼畜魔術師は全く…一回も褒めてくれたことがない。小言ばかりで嫌味ったらしくてため息ばっかで…。
考えてたらなんか腹立ってきたな。
私は気を取り直し
「カルロさんのおかげです!」
と言うとカルロさんはモジモジと照れたように頭を搔く。この姿がアライグマみたいなのだ。犬でもいいかな?最近のほっこり光景である。
海ならこの気持ち分かってくれるだろうなぁ。
そう思ったら、ふと海の顔が浮かんできた。そしてもうあの海には会えないのだと考えてしまった。
「ナコさん?どうかしたかい?」
心配そうな顔で覗き込まれて私は慌てて笑顔を作り
「なんでもないです!」
と言った。
カルロさんはまだ何か言いたげだったけど、魔法の訓練を再開しましょう!と意気込んで誤魔化した。
人間の姿の海にはもう会えないかもしれない。でも黒竜の姿でまた海と話せるかもしれない。それだけでも充分ではないか。
それに最近は卵から聞こえてくる海の声が大きくなってる気がする。この間は何となくだが聞き取れたと思う。
『かなこ』
と呼んでた気がするのだ。
きっと生まれてくる黒竜は海だ。間違いない。
孵化して私たちを見たらきっと
『いや〜死ぬかと思ったわ。超怖かった。』
とかあっけらかんと言うんだ。
「じゃあナコさん。もう一度やってみようか。」
「はい!」
私は自分を落ち着かせてから魔法に集中した。
その時。
突然地震が起こって体が揺れた。
周りの木も揺れて兵士たちもヨロヨロしながら声をかけあっている。私は立っていられずしゃがんだ。カルロさんが背中に手を添えてくれている。
暫くすると揺れはおさまった。
「ナコさん大丈夫かい?」
「は、はい。地震…ですかね?」
返事をして顔上げると、カルロさんの顔が険しくなっていた。
「いや、これは地震じゃない…まさか…」
地震じゃない?じゃあ一体何が起こったのだろう?
カルロさんに聞こうと口を開きかけた時、城の中から私を呼ぶ声が聞こえた。
「ナコーーー!卵が!」
王妃様が血相変えて窓から私を呼んでいる。
卵…海に何かあったんだ!
私は急いで立ち上がり卵の部屋に走った。
「ナコさん!気をつけて!」
と、後ろのカルロさんに頷いて返事をし、とにかく全速力で走った。
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