第二十五話 魔法の訓練
「次は雷魔法…」
掌にバチバチとした雷魔法の球体を出す。大きくしすぎないようにコントロールしながら。5秒ほど維持してシュッと消す。
「ふぅ…次は水魔法。」
集中して今度は水の球体を出そうとイメージする。
「失礼するよ。」
いざ!と意気込んだ矢先に声をかけながら部屋に入ってきたものだから驚いて大きな水魔法になってしまった。
「あっ!!」
直径30センチほどの大きさの水の塊が卵の近くに飛んでいきそうになる。
まずい!と思った次の瞬間、土魔法が飛んできて水魔法がかき消された。
バシュ!
私は呆然と消えていった魔法を見つめていた。そして顔を横に向けて土魔法の出どころを見ると、カルロさんが目を丸くさせて掌を前に出したまま立っていた。
「あ、危なかった…」
カルロさんの指先が震えているのが私が見ても分かるほどだ。
「ご、ごめんなさい!」
私は慌ててカルロさんに謝る。
「いや、大丈夫だよ。それに間に合ってよかった。心臓が止まるかと思ったよ。あはは。」
笑っているが顔は引き攣っている。
カルロさんが土魔法で打ち消してくれなかったら卵は取り返しのつかない事になっていただろう。
項垂れる私にカルロさんが
「魔法の訓練ならここ以外でやるといいかもね。あとロールパン以外も食べた方がいいんじゃないかな?」
と困ったような笑顔で言ってくれた。
「すみません…」
謝る言葉以外が出てこない。
カルロさんは、えっとー、あのー、と言いながら悩んだ後、私に聞いてきた。
「魔法の訓練なら僕も…その…手伝おうか?ダルシオンは暫く戻ってこないだろうし。」
意外な提案に呆けた顔をしてしまった。
「い、嫌だよね!今のは忘れてくれ!」
と自分の発言を恥じるような仕草で下を向いてしまった。
そういえばカルロさんも魔術師だった。自信がないのが問題だってダルシオンさんは言ってたけど私よりコントロールは上手いんじゃないだろうか?
「カルロさん!」
「あ!はい!」
私の大きな声にびっくりして体をピシッとさせて返事をしてくれる。
「是非お願いします!」
私は真っ直ぐカルロさんを見てお願いした。するとカルロさんは最初ポカンとしていたがみるみる嬉しそうな顔になって承諾してくれた。
あの鬼畜魔術師は魔法について色々教えてくれるが、実際のコントロールについてはアドバイスをくれない。奴曰く、慣れらしい。それに比べたらカルロさんは優しそうだし丁寧そうだ。
私とカルロさんは魔法室に移動した。卵の方は王妃様にお任せした。何かあればすぐに教えてくれと言ってある。
「じゃあナコさん。まず魔法はイメージが大切って知ってるよね?」
「はい。でもイメージしてもそれ以上の大きさになってしまうんです。」
先程の水魔法を見れば分かるだろう。
カルロさんは顎に手を当てて何か考えている。そして私を見て口を開いた。
「ならまずこのロウソクに火を灯してくれ。ポッと優しい火をね。」
そう言うと近くの燭台を持ってきて机に置いた。
私は集中してロウソクに火を灯すイメージをする。そして魔法を放つ。
するとろうそくの火は轟々と燃えてしまった。慌てて火を小さくしていく。
「うん。なるほど。じゃあ今度は火魔法と水魔法を同時に使って火を灯してみてくれ。」
「え?」
火魔法と…水魔法を同時に?どういうこと?
首を傾げて戸惑っているとカルロさんが不思議そうな顔で聞いてきた。
「もしかして魔法の関係性を知らない?火魔法は水魔法に弱いんだよ。だから火が強すぎるなら水魔法で弱めてあげればいい…ってことだったんだけど…。」
言われてみて記憶を遡っていたらそんな話もあったかもしれないと思い出した。
「ダルシオンさんが言ってたような…」
と、斜め上の方を見ながら言うとカルロさんが笑った。
「ははは!ダルシオンが聞いたら泣いちゃうねきっと!」
カルロさんがこんなふうに笑ったところを初めて見たかもしれない。いつも困ったような自身のなさそうな顔でアワアワしてるイメージしかなかった。
「じゃあ僕が簡単に説明するよ。」
「すみません。お願いします。」
素直にお願いするとカルロさんは説明してくれた。
「魔法には7属性あって、それぞれ弱点があるんだ。火には水、水には土、土には風、風には雷、雷には火。そして闇と光はお互いが弱点となる。」
なるほど、と頷いていたらカルロさんに
「ダルシオンこの話してると思うけど…聞いてない?」
と苦笑いで聞かれた。
あの鬼畜魔術師、確かに言ってたかもしれないけど半分くらい理解できてないんだよなぁ。難しい言葉使うし、いつも説教から始まるからそういう魔法の話の時はもうHP真っ赤になってる状態なんだよなぁ。
とりあえずカルロさんには
「忘れました!」
と、笑顔で答えておいた。
カルロさんは笑いながら、そっか〜、と言っていた。
その後もカルロさんに教えて貰いながら魔法のコントロールをメインに特訓した。弱点となる魔法を同時に使いながら調節するようにしたら、かなり上達した気がする。
「じゃあ次は雷魔法。」
カルロさんに言われた通り、雷魔法を掌に出す。
バチッ!
掌の大きさの雷魔法を瞬時に出す。それを5秒ほど維持してシュッと消す。
「ふぅ。ど、どうですか?」
消した後カルロさんに聞いてみると、拍手をしながら褒めてくれた。
「凄いよ!完璧だ!さすがナコさん、コントロールはこれで問題ないはずだよ!」
なんて気持ちのいい褒めっぷりだろう。こんなに嬉しそうに褒めてくれる人、他にいるだろうか。ダルシオンさんなら途中でため息の連続だったはずだ。そして私まで心が折られていったはず。
「ありがとうございますカルロさん!おかげで何か掴めた気がします!ダルシオンさんより分かりやすくて優しくて…もっと早くにカルロさんに教えて貰ってれば良かったです。」
と高ぶった気持ちのままカルロさんにお礼を述べると、照れたような仕草で
「いや〜ダルシオンには敵わないよ〜」
と言った。
照れててなんか可愛い!アライグマがモジモジしてるみたい!
と思ったが言わずに飲み込んだ。
あれからほぼ毎日カルロさんの手が空いた時に特訓をした。以前城壁を壊してしまった魔法も今回はうまくいって被害はゼロ。
ちなみに土魔法で壁をドドーンと作り出す魔法だ。大きなドミノを作り出すイメージで壁を作って作って作りまくる。連続攻撃から身を守る時に使える。
「ナコさん!いいね!」
「はぁ…はぁ…良かった…うまくいった…。」
息が上がってる私に水とロールパンを差し出しながら褒めてくれるカルロさん。
そういえば壁を作っている時、チラッと城壁の上にルークさんがいるのが見えた。また城壁壊すのか心配で見に来たのかな?すみません。もう大丈夫です。ほんとすみません。あの時は城壁の上にいる兵士達が慌てて逃げていきました。蜘蛛の子を散らす勢いでした。
受け取った水を飲み、ロールパンをムシャムシャしながら城壁の上を見るともうルークさんの姿は見えなかった。
魔法のコントロールちゃんと出来てみんなに安心してもらえればいいなぁ。
そんなことを考えながらロールパンを食べてたら
「さて!次は風魔法をやってみようか!」
と、カルロさんに言われて慌ててロールパンを水で流し込んだ。
「はい!」
そして魔法の特訓を再開して、近くの兵士を巻き込みながら大きな雪山を作ってしまったのは別の話。
椅子に座ってお茶を飲みながら本を読む。優雅な時間が流れているかと思いきや、視線の先には黒竜の卵がある。
私は武器を手に国内に出現する魔物と戦ってもいないし、城で政に関わってもいない。城内の家具や飾り付けを指示してフェルス王国にいつでも客人を招き入れられる状態にしておく。その中心となるのが王妃である私。でも実際に動くのは使用人達。
結局私は暇を持て余してしまうことが多い。特に冬は誰も来ないから余計何もすることがない。
でも今年の冬は違う。
黒竜の卵をナコと交代で見守るという仕事がある。
ナコは最初かじりついたように卵の部屋に入り浸っていたけど、最近は魔法の訓練をカルロとしているようで、私が主に見守りをしている。
あ、今も外で大きな音がしたわ。きっと魔法の訓練ね。今日はどんな失敗をしたのかしら?その話を聞くのも楽しみだって言ったらナコは怒るかしら?
海が黒竜に食べられてしまったと報告を受けた時は正直信じられなかった。多分実感がわかなかったのね。しかも卵を見つけたと言われて見たら、真っ黒で小さな卵。人間なんて入ってるとは思えない大きさだった。みんな難しそうな顔してたけど私は何も考えずに触れた。暖かくて生き物の卵なのはすぐに分かった。
『え?触ったらいけなかったの?なんでもないけど?というかこれきっと卵よ!だってあったかいもの!』
私の言葉にみんな驚いていた。私は感じたことをそのまま言っただけなのに…。卵は卵よ。
結局私とナコで見守ることになった。こういう時、男の子って慎重すぎるのよね。うちの国だけかしら?
最初はナコが見てくれた。
その間に私は冬支度の準備を大急ぎで再開する。ナタリーと話して残りの準備を振り分けて進めていた時、忙しさで頭が回らなかったのか、
「海!この件はどうなってたかしら?」
と、つい言ってしまった。周りの使用人達はみんな俯きながら顔を見合せて困ってた。
その時、私は海が本当に居なくなってしまったことを実感した。
「ごめんなさいね。間違えたわ。ナタリーに聞いてみてくれる?」
使用人に指示をして私は自室に戻った。
部屋に入ると途端に目から涙がボロボロ出てきた。立っていられなくてベッドの側に座り込んで布団に涙が染み込むのも躊躇わずに泣いた。布団に顔を埋めてるから声は外に漏れないだろうと思ったが、声を潜めて泣いた。
王妃が大声で泣くなんて許されない。涙一粒でさえ誰にも見られてはいけない。
その日は部屋から出なかった。使用人もナタリーも部屋に入れなかった。目が腫れてるのを見られたくなかった。
空がオレンジ色に染まる頃、部屋の扉を叩く音が聞こえた。
コンコン
私は声を出すのも辛くて黙っていると、聞きなれた声が聞こえた。
「レイチェル。私だ。開けてくれないか?」
リチャード様の声だ。この国の王で私の旦那様。
私は静かに扉に近づいていき、扉を開けずに声をかけた。
「リチャード様…ごめんなさい。私…体調が悪くて…御用は何かしら…」
すると少し間があってから
「そうか。ならば今日はもう休んでくれ。明日も辛いようなら部屋にいて構わない。ではな。」
と優しい声で気遣ってくれた。そして離れていく音がした。
私は胸が熱くなって、急いで扉を開けた。
「リチャード様!」
部屋から飛び出し、名前を呼ぶと、彼は振り返って優しく微笑んだ。
私は彼の胸に飛び込み力いっぱい抱きしめた。彼もそれを受け止めてくれて、強く、そして優しく抱きしめ返してくれた。そして、周りに誰もいないのに私にだけ聞こえるような小さな声で囁いてくれた。
「どんな時も私がそばにいる。」
その言葉で私の心はスっと軽くなり、頬が緩むのを感じた。
ゆっくり顔を上げてリチャード様を見つめる。
「ありがとう」
その言葉と一緒に私はとびきりの笑顔を返した。
翌日。私は朝から大きな声を城中に響かせながら使用人達に声をかけ、指示を出した。城下町にも行った。皆に声をかけて話を聞いた。心配なこと、黒竜が来て怖かったこと、海のこと…。みんなと辛い気持ちを分かち合った。そして元気付けて笑顔を分け与える。
これが王妃として私がやるべきこと。そして私にできること。みんなに寄り添い、話し、悲しみ、笑う。
カップを置き、卵を見つめる。
黒くて、人間が入るには小さく、動物の卵にしては大きいこの卵は、いつ変化が訪れるのかしら。
リチャード様達の話ではこの卵は本当に黒竜の卵らしい。そして海でもあるらしい。難しい話は分からないけど海であることを信じたいわ。もう一度海と話したいの。
でも正直、黒竜でも海でもどちらでもいいとも思ってる。生まれてきた子がどちらでも大切に育てたいと思っているから。
椅子から立ち上がり卵の近くに行く。そして優しく触れる。
温かく、わずかに脈打つような振動を感じる。
「あなたはまだ起きないの?」
小さく声をかけてみるが返事もなければ動きもない。
「まぁ今起きても寒いから春になって暖かくなってから起きた方がいいわね。」
そう言うと、なんとなく卵が返事をしたような気がした。
私は、ふふっと笑って卵を撫で、椅子に戻った。そして本のページをめくった。
最後までお読みくださりありがとうございます。
感想、レビュー、評価など頂けたら励みになります。誤字脱字、読みずらいなどありましたらコメントください。日々精進です。




