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第二十四話 意外な一面

ダルシオンさんと第二騎士団は国境に残った。魔族が大人しく去ったとはいえ暫くは国境に目を光らせておく必要があるらしい。

私は隣を歩くカルロさんに話しかける。

「なんで第一騎士団が残らなかったんですか?精鋭部隊で強いって聞きましたけど?」

するとカルロさんは笑いながら前を行くルークさんを見つめる。そして声を潜めて言った。

「さっきの魔族、ナギっていうんだけどね。彼女はルークにとって(かたき)なんだよ。詳しくは知らないけど、お兄さんと育ての親が殺されたらしい。だから対面したら我を忘れて殺しちゃうかもしれないんだ。だから交渉にもシルビアが出ていったってわけ。」

なるほどそんな事情があったのか。

私はルークさんの殺気を纏った姿を思い出して身震いした。

「近寄り難い雰囲気…でした…よね…。」

そう言うとカルロさんも思い出したのか

「…あ、あぁ…。」

と青い顔で返事をした。


転移術で城に戻り、カルロさんは国王様の所へ、第一騎士団の人達もそれぞれの所へ戻って行った。私は魔法室へ向かった。

魔法室の中へ入ると部屋の中が綺麗になっていた。散らかっていた本も整えられて棚に綺麗に並んでいる。机の上も片付けられていた。

そしてなにより目に入ったのは棚だ。なんと棚がいつの間にか新品になっているのだ。

「え?いつの間に?そんなに長く留守にしたつもりはないのに…。」

と独り言を言いながら棚に近づいていくと、棚の間からヌッと人影が出てきた。

「うわぁぁ!」

驚いてつい大声をあげる。すると人影が私に気づいた。

「あら?もうお帰りでしたか。」

「え…ナ、ナタリー…さん?」

私はいまだにドキドキと脈打つ心臓の音を聞きながら、人影の正体であるナタリーさんを見つめる。

「なんで…ここに…?」

と聞くと

「棚を新調していました。ダルシオンさんに聞いてませんか?お出かけの間に入れ替えておくという話だったのですが…。」

「い、いえ。なにも…。」

首を傾げながら、あら?と言ってるナタリーさんに返事をしながら心の中で鬼畜魔術師を殴った。

そんな話聞いてない!いつそんな話を?!もう!そういう所が苛立つんだよ!勝手に色々進めて私には事後報告。いつもそう!もう!

行き場のない怒りを抱えながら心の中で鬼畜魔術師をボコボコにする。一通り殴って深呼吸をして落ち着き、握っていた拳を緩める。

そして棚に触れながらナタリーさんに声をかける。

「この棚、職人さんに頼んでたんですか?凄く綺麗な出来栄えですよね。」

棚の表面は滑らかで色合いも綺麗だ。作りもしっかりしていて本がびっしり入っているのにガタついたりもせずとても丈夫そう。きっと名のある職人さんが作ったのだろう。

「あぁ。私が作りました。」

「へぇ。『わたし』さんが……」

ん?『わたし』さん?え?

ナタリーさんを見るといつもの優しい笑顔だ。

「え?ナタリーさんがこれ作ったんですか?」

まさかと思い聞いてみる。

「ええ。私が作りました。こういう簡単な家具は基本私が作らせてもらっています。棚だけでなくこの机や椅子なんかも作ってますよ。」

至極当然のように言ってるがナタリーさんって宰相の奥さんだよね?

「ナタリーさん…何者ですか…?」

おずおずと聞いてみたら、いつも通りのナタリーさんがニッコリ笑って

「こういうの得意なんです。」

と言った。

太もものホルダーに工具みたいのあるなぁとは思ってたが…まさかそういうことだったのか。ナタリーさんの意外な一面を知ってしまった。いつか宰相の影武者とか言って、そっくりな木彫りとか作り出しそう…。





国境に残った第二騎士団の野営設営の確認をして戻ってきたら、火のそばにしゃがんでローブを着込んでガタガタ震えてる奴を見つけた。

「夜はもっと冷えるぞ魔術師ダルシオン様。」

後ろから声をかけると、ダルシオンは振り向いて寒そうにしながら舌打ちをした。

「知ってますよ。寒くないんですか?シルビア殿かなり薄着ですよね?」

そう言われて自分の格好を見るがいつも通りだ。冬は厚手の服に鎧…と言っても重騎士みたいなのではなくもっと軽い皮を使った防具だ。

「大体いつもこんなだ。夜はさすがにマント羽織ってるけどな。」

ダルシオンは信じられないといった顔で見てくる。そしてボソッと言う。

「こんな野生児みたいなのと一緒にされたら凍死する…。」

全くだらしない。もっと飯食って体鍛えろよな。部屋に籠ってばかりだから寒さに負けるんだよ。いつもの嫌味ったらしい口のきき方は変わらないがガタガタ震えてるからムカつかない。むしろ滑稽だ。

私はため息をついて軟弱魔術師に言う。

「お前のテントにもう少し防寒対策しといてやるよ。後はご自慢の魔法でなんとかしとけ。」

さっき来た道を戻り部下に指示を出しに行く。後ろの方でくしゃみが聞こえてくすりと笑ってしまった。


夜も更けてきて見張りの焚き火がポツポツと見えるだけになった。人も動物も寝静まる頃だ。火がパチパチとはじける音が聞こえるだけでしんとしている。

私は燃える火を見つめながらジッとしている。

そこに雪を踏みしめる音が聞こえた。誰かがこっちに向かって歩いてきている。

私は手元の剣に手をかけて警戒する。

「シルビア。お前寝ないのか?」

振り向くとそこにはチャミがいた。私は警戒を解いて剣から手を離す。

「見張りは常に必要だ。お前も交代でやってんだろ。」

「それはそうだけど、お前はずっと起きてんじゃん。俺が交代してやるよ。」

チャミが私の向かいに腰掛けようとするのを手で制す。ピタリと動きを止め不思議そうに見てくるチャミに言う。

「私は寝ないよ。野営では寝ないんだ。気にせずお前は休め。」

そう言うとチャミは目をぱちくりさせて

「え?お前寝ないの?何日もここにいるんだろ?体がもたねぇよ。」

と言ってくる。

私は、ふっと笑って答える。

「寝れないんだ。安心できる場所じゃないとな。」

そう言うとチャミは頭をかいて向かいに座った。そして同じように火を見つめながら静かに話し出した。

「俺さ。親父が冒険者だったんだよ。」

突拍子も無い話題に面食らいながらも私は話を聞くことにした。

「魔法も結構使えて剣の腕っぷしも強かった。東大陸には奴隷制度が廃止されたからいろんな獣人が冒険者やってるって言ってさ、島を出てったんだよ。でも何年かして戻ってきたんだ。島を出てった時のキラキラした自信に満ちたかっこいい親父じゃなくて、ボロボロでやせ細って暗い顔した親父だった。」

チャスは自分の剣を手に取り眺めながら続けた。

「この剣は親父から譲り受けた。帰ってきた親父に剣を習って戦い方ってのを学んだ。自分の身を守る為に……。」

そこまで言って言葉が詰まったから気になって顔を見ると、悔しそうな顔で耐えてるようだった。そして暫くして口を開いた。

「親父は奴隷にされてたんだ。そっから逃げ出して島に帰ってきたんだ。」

私はパチパチ音を立てる火を見つめた。

東大陸の奴隷制度は廃止された。とはいえすぐにみんな仲良く暮らせるかっていうとそうはいかない。隠れて奴隷売買してる奴もいる。獣人を差別してる奴もいるし、毛嫌いして冷たくする奴もいる。そう簡単なもんじゃない。

チャミの親父さんも何かのきっかけでそういう奴に目をつけられたのだろう。裏稼業の奴らは狡猾でズル賢い。あの手この手で引きずり込んでくる。

「お前…だから最初に会った時も私らに対して警戒してたんだな。」

と私が言うと気まずそうに下を向いた。

チャミとジョンを罪人としてフェルス王国に連れていく作戦を思い出す。海のお願いだったとはいえ少し悪い気もしたが罪は罪だ。その時チャミが言っていた。


『俺らが獣人だからか?だから罪を被せようってのか?』


まるで獣人であることに劣等感を持ってるような言葉だった。奴隷の背景を考えれば分からなくはない。だが奴隷制度廃止は昨日や今日じゃない。国民にも浸透してきて獣人も普通に生活しているくらい時は流れていた。だからこそ何故コイツはこんなにも気にするのだろうと思った。

私はチャミに聞いてみた。

「うちの国に来てどうだ?まだ気に入らねぇか?」

チャミは少し驚いたような様子で私を見てきた。そして悩みながらも口を開いた。

「この国は…獣人に対しても普通な気がする。騎士団入って裏稼業の取締りみたいなこともしてるけど、奴隷売買は見たことねぇ。」

取締りはかなり厳しめにやってる。この国の法は他国より厳しい。死刑は勿論、国外追放や懲役刑も長い。だからなのか悪さをする奴も他国に比べたら少ないのだろう。

「この国来てよかったよ。人間を信じてもいいんだって、やっと心から思えた。」

そう言ってチャミはニカッと笑った。

その笑顔に何故か私もつられて笑顔になった。

「そりゃよかったよ。連れてきた甲斐が有るってもんだ。」

そう言って私は付け加える。

「これで皆殺しにされなくて済みそうだ。」

「えっ?!なんで?!えっ?!」

チャミは血相変えて慌て出す。

「お前ジョンを説得する時に言ったんだろ?『もしもの時は人間なんて皆殺しにしてやればいい』って。」

いたずらっぽい顔で言ってやるとチャミはポカンとしている。

「なんで…それを…」

チャミは顔面蒼白だ。

「いつだったかその話になってよ。ジョンが教えてくれたよ。」

そう言うと、チャミは頭を抱えながら

「ジョン…あいつ…。」

と悔しそうに言葉を絞り出す。

その様子に2人がどれだけ昔からの付き合いなのかが分かったような気がした。

親友…というやつなのだろうか。

「お前ほんと周りに救われてんなぁ。」

「うっせ」

私の言葉に不貞腐れてそっぽを向くチャミ。

私はそんなチャミを見て頬がゆるんだが、ふと昔のことが頭をよぎって笑顔を消した。そしてそのまま火を見つめながら思っていたことが口に出てしまった。

「人間を簡単に信じないってのはいい事だ。人間同士でも信じられないこともある。」

言った後、しまった!と思ってチャミを見ると、真剣な顔で私を見ていた。そして言葉を選ぶように話し出した。

「俺は…騎士団は信じてる。シルビアもそうだけどよ。騎士団の奴らはみんな真っ直ぐで嘘つかねぇ。俺獣人だから嘘とか見抜くの得意なんだよ。」

私はさっきの失態をかき消すように、できるだけ明るくあっけらかんとした口調で

「なんせ私が騎士団長だからな!」

と言った。

するとチャミも

「ははは!だよな!」

っと言ってくれた。

良かった。さっきの失言は気に留めてなさそうだ。

ほっと胸を撫で下ろして明るくなった空気に浸っていると、チャミが変なことを言い出した。

「よし!じゃあシルビアも騎士団信じろよ!」

「は?」

突然の発言にポカンとして声が出てしまった。

「俺たち騎士団を信じて休め!」

いやいやなんでそうなった?

「ほらほら。早くテント行けって!」

そう言ってチャミは私を立たせて背中を押す。

「わかったって!押すなよ!」

チャミの押しに負けて仕方なくいうことを聞いてテントに向かう。

騎士団を信じろって…そりゃ信じてるよ。私の部下だし。でも…安心できないんだよ。周りには…騎士団には…男ばっかじゃねぇか。


テントに入って横になり毛布に(くる)まる。

目を閉じて休もうとするが、不安が募ってきて頭の上にある剣を手に取った。そして起き上がって剣の柄に手をかけて肩から毛布をかけ直す。そのまま横にならず座ったまま剣をいつでも抜ける体制になり目を閉じた。

「お前が羨ましいよ…チャミ…。」

ポツリと言った言葉は雪に(まぎ)れて消えてしまった。





朝日が昇る頃、テントの外に出る。

「さっむ!」

俺は腕を擦りながら焚き火の近くへ寄っていく。

フェルス王国はただでさえ寒い国なのだ。冬なんて常に氷点下だ。そんな中、外で夜を越せなんて無理だ。俺は騎士団みたいに心身共に鋼でできてない。ただの魔術師だ。

昨夜も全く眠れなかった。防御魔法、火魔法…あらゆる魔法を駆使して暖をとっていたが効果はゼロ。目の下には酷いクマができてるだろう。

「よく眠れたか?」

後ろから寒さにも負けない野生児の声が聞こえてうんざりする。

「あんな寒い中で寝れますか?魔力切れになるまであらゆる魔法を駆使して耐え忍びましたよ。」

するとシルビア殿の笑い声が響き渡る。

「そりゃご苦労さん!暫くこの生活続くんだから早く慣れろよー」

そう言って去っていくシルビア殿を睨みつけながら独りごちる。

「カルロ殿を残しておけば良かった…。帰りたい…。」





卵の部屋の前を通ると、兵士と王妃様が部屋の中をこっそり覗いているのが目に入った。

「どうしたんですか?」

「あら、カルロ。」

声をかけると僕に気づいた。そして部屋の中をチラッと目線で示しながら話し出す。

「それがね…ナコが…」

僕もこっそり部屋の中を覗いてみる。するとそこにはナコさん1人がいた。

ロールパンを片手にむしゃむしゃ食べながら、もう片方の掌に火魔法や風魔法などあらゆる魔法を小さく出したり消したりしている。そして時折、卵をみて変化がないことを確認して、また魔法を出したり消したりを繰り返している。

「えっと…。魔法の練習…ですかね?」

見たままの感想を王妃様に言う。

「多分…。でも毎日あれなのよ。私が交代するって言っても大丈夫って言って代わってくれないの。」

「なるほど…。」

王妃様は心配そうな顔をしている。毎日あんな感じか…。まさか…あれも?

僕はふと思った疑問を聞こうか悩んだが気になるので聞いてみることにした。

「その…あのロールパンの山は?」

ナコさんの近くにはロールパンがどっさり入ったバスケットが置いてある。他の食事は見当たらない。バターやジャムといったパンのお供も見当たらない。

「ロールパン気に入ったらしくてシェフに山盛り使ってもらったんだって。だからってずっと食べるなんて…飽きないのかしら?」

なるほど…。ただのロールパン好き…とも言えるが恐らくあれはあの為だろう。

「魔力回復の為に食べてるのかもしれませんね。魔法使うのは体力勝負ですから。」

「なるほどねぇ…」

魔法を使えば魔力が減って体力も減る。それを補うにはエネルギー補給、つまり食べるのが一番効果的なのだ。魔力がある魔物を食べるのが手っ取り早いが、魔族や獣人と違って人間が食べるのは転化の危険がある。

「えっと…。僕が話してみますよ。なので心配なさらず戻ってください。」

心配そうな顔で見つめる王妃様に言うと、

「え?そう?でも…」

と、申し訳なさそうにしている。

「僕も一応魔術師…なので…」

あまり魔術師を名乗りたくはないが王妃様を説得するには仕方ない。

「あ!そうだったわね!私よりナコの力になれるかもしれないし、頼んだわよ!」

僕の言葉に納得してあっさり去ってしまった。

王妃様のあのさっぱりした性格は羨ましいものだ。僕もあんなふうにできたらなぁ…と毎回痛感させられる。

王妃様も去り、兵士も見張りの位置に戻った。

さて。ロールパン魔術師…。

なんて声かけようかな…。


最後までお読みくださりありがとうございます。


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