第二十三話 初めての魔族
私とダルシオンさんは仮説について話すために王の間に来ている。リチャード国王様、サントス宰相、カルロ宰相補佐の3人がいる。
「ではやはり、あの卵は黒竜なのか?!」
国王様が焦ったように聞いてくる。
「ええ。仮説が正しければ…ですが。」
ダルシオンさんが答える。
「そうなると厄介ですね。国が竜を保持していると思われます。他国との関係に響くでしょう。」
宰相が眉間に皺を寄せて考え込むように言う。するとそれに対してカルロさんが意見を言う。
「サントス。それもそうだけど黒竜を人間がどうこうできるものかい?孵化したら暴れて国が滅ぼされるってことも考えられる。例え子どもであろうが竜に変わりはないんだ。危険だよ。」
その言葉に全員が黙り込む。
「あの…」
恐る恐る声をかけると4人の視線が一気に集まる。
「黒竜であると同時に海でもあるんですけど…。」
みんなの顔色を窺うように言うと、4人はまた黙り込んでしまった。
「海さんであるなら暴れる危険はない。だがもし海さんの意思がなかったら…ただの黒竜であったら…。」
カルロさんがポツリと不安を口にする。
確かにそうかもしれない。あの黒竜の卵には黒竜の姿の海が入ってる。でも海が主導権を握ってるとは限らない。もし海の意思がなかった場合…私は受け入れられるだろうか。もしそうなったら…海はどうなるの?海とはもう意思疎通も出来なくなるの?それじゃあまるで海は…。
不安の沼に沈み込みそうになっていると、いきなり扉が開いて焦った様子の兵士が入ってきた。
「大変です!国境に魔族が進行中です!第一騎士団、第二騎士団が既に向かってます!」
「なに?!まさか黒竜の話がどこからか漏れたか?!」
「あれだけの大きさです。空を飛んでいた黒竜を見かけたものは多いでしょう。ただ、黒竜の卵を保持していることまでは…。」
国王様の言葉に冷静に対応する宰相はさすがだ。だが懸念が残るのか最後のほうは不安げな表情だ。
「魔族は竜の中でも黒竜にご執心です。闇魔法を得意とする魔族ならば闇魔法を得意とする黒竜を求めるのは至極当然。」
ダルシオンさんがそう言うと、カルロさんがより一層困り顔で呟く。
「まさか…黒竜はどうしたとか言い出さないよな…?」
みんなの顔に不安と焦りが見える。
するとダルシオンさんが手をパンと叩いた。
「とにかく俺とナコ殿は急ぎ国境へ向います。カルロ殿。あなたも来てください。」
「えっ?!私も?!」
「光魔法が効果的と言いませんでした?」
「…はい。」
まさか自分まで行かされるとは思わなかったからびっくりしてつい口に出てしまった。有無を言わさぬ鋭い視線で返され何も言えなくなった。
私と違って口を出さなかったカルロさんを見ると顔面蒼白で立ちすくんでいる。
声も出ない程だったのか…なんか…かわいそう…。
「すまぬが3人とも頼むぞ!」
国王様…。はい…。ガンバリマス…。
ダルシオン殿とカルロ、そしてナコ殿が出て行った後国王様が私を呼んだ。
「サントス」
「はい。なんでしょう?」
「今思うと、あの黒竜…なぜ魔法を使わなかったのだろう?」
国王様が疑問を口にする。
私はあの場にいたわけではないが、報告を聞く限り魔法で攻撃はしてきていない。こちらから攻撃を仕掛けたから物理的攻撃をしてきたが、それまでは空を旋回しているだけだったようだ。
「我々の攻撃に対応しただけのようでしたし…海殿を探していた…ということでしょうか?」
国王様の問いに確実な答えを返せずにいると、国王様は続けた。
「海さんのスキルのせいで呼び寄せたと考えても、わざわざ西大陸から来るのか?黒竜はこれまで東大陸に来ることはほとんどなかったと聞いている。何百年と昔の話だ。」
私の記憶でもその通りだ。なぜ黒竜は海殿の元へ来たのだろう。そしてなぜ海殿を食べて卵に宿したのだろう。
竜の卵を保持しているだけでも考えなければならない事が多いのに、新たな疑問が生まれてしまった。
「黒竜の心の内を知ることができたら良かったのですが…。」
と、私は言い、腕を組み静かに目を閉じた。
「魔族が冬にも動くとは思わなかったわ。なぁ。」
私は隣で腕を組みながら山の向こう側にいるであろう魔族を睨みつける第一騎士団長様に声をかける。
「ええ。しかも臨戦態勢で使者を遣わすとは…。ダルシオン殿はまだか?」
えらくご機嫌ななめな様子で部下に聞いている。
「こちらに向かってるとは思うのですが…。恐らく転移魔法で来るはずなのでもうすぐかと…。」
部下もビクビクじゃねぇか。かわいそうに。
不機嫌MAXな騎士団長様のせいでギスギスしてる空気をなんとかしてやろうと話しかける。
「ダルシオン来ないなら私が使者と話つけるか?お前嫌だろ?」
「いえ。私が憎んでいるのはアイツだけであって魔族ではありません。」
淡々と言ってるが目はかなりヤバいぞ?今にもその手の槍投げるんじゃないだろうな?
突っ込むところはあるが無視して話し続ける。
「あっそ…。でも使者がアイツだったら?」
「問答無用で殺しますね。」
「即答かよ。」
やっぱり相当苛立ってるじゃねぇか。ほんとアイツ嫌いだよな。まぁ敵だしなぁ。仕方ないか。
どうやって騎士団長様を宥めようかと考えていると待ち人がやってきた。
「ダルシオン様とナコ様、カルロ様がご到着です!」
部下の報告に驚く。
「ナコも来たんか?!大丈夫かよ…」
ナコは魔族と接するのは初めてだ。見た目はもちろん、魔族特有の圧力や殺気に満ちた雰囲気を目の当たりにして大丈夫だろうか。不安がよぎる。
「お待たせしました。使者が来てるとか?」
途中で報告を聞いたのかダルシオンが使者のことを話題にあげる。さすが卒がない魔術師様だわ。
「ええ。お願いします。付き添いはシルビア殿が行きます。」
口調はいつも通りだが殺気を纏ったルークが返事をする。後ろのナコとカルロが驚いて近くに寄ってこない。正解だよ2人とも。
「もしもの為な。ルークじゃ話にならないかもしれねぇから。」
付け加えるように私が言うと、珍しく素直に
「すみません…。」
と言ってきた。
一応自分の不甲斐なさを感じているようだ。
少し気分がいいのは顔に出さないようにしておこう。
ニヤけそうになる口を引き締める。
「お構いなく。ではナコ殿、シルビア殿、行きましょうか。」
ダルシオンは淡々と言って使者の元へ向かおうとする。
「一応僕も居るんだけど…」
「あぁ。これは失敬。カルロ殿もちゃんと対応してくださいよ?魔術師なんですから一応。」
カルロの小さな抗議に対して思ってもない返事を返すダルシオン。するとナコが大きな声を出した。
「えっ?!カルロさんって魔術師なんですか?!」
あ、そうか。ナコは知らないのか。カルロはいつもオドオドした補佐だと思ってるよな。私も最初こいつが魔術師だって聞いた時はでかい声が出たもんだ。
「あ、うん。でも僕は魔法より国政とかの方が向いてて…。」
最後のほう小さくて聞こえないぞカルロ。
すると嫌味ったらしくダルシオンが親切丁寧にナコに教えてあげる。
「魔法は使えるけど威力がないんです。全く…。だからもっと自信持てばいいと言ってるのに…。ナコ殿なんて何も考えずにぶっ放ちますよ?見習ってください。」
「それ…褒めてます?」
ナコの言葉を聞こえてたのに無視して歩き出すダルシオン。死んだ目でため息つきながら着いてくナコ。自暴自棄な独り言を言いながら歩いてるカルロ。そしてそれを後ろから眺めてる私、シルビア。
この面子で魔族の使者と会おうってんだから、うちの国もぶっ飛んでるよな。
「んじゃ行ってくるわ。大人しくしとけよ騎士団長様!」
ルークにそう言って私も歩き出す。
後ろで舌打ちが聞こえたが今は許してやろう。
さて、交渉はうまくいくかねぇ…。
フェルス王国と魔族領の国境には切り立った山脈がある。夏でも行き来が難しく、雪が降ると完全に閉ざされる。そんな中、魔族はやってきた。
フェルス王国側の山脈の麓に使者はいた。
真っ赤な長い髪、つり上がった真っ赤な目、竜のようなツノと翼。そしてニヤリとした口元には真っ赤なルージュが塗られている。
やはりルークは連れて来なくて良かったと心から思った。彼女は魔族領でも指折りの魔術師ナギだ。そしてルークの敵。
僕は安堵したのと同時に使者が彼女であることの絶望感に襲われた。
彼女…苦手なんだよなぁ。自信に満ちてて人を常に見下したような目をしてるから…。
「ダルシオン…穏便に…ね。」
僕はダルシオンに小声で言う。
「分かってます。むしろ交渉はあなたがやってください。宰相補佐の力を発揮するチャンスですよカルロ殿。」
「え…」
「俺は後ろでナコ殿と見守ってます。シルビア殿もいるので大丈夫です。さぁどうぞ。」
まさか僕にやれなんて!シルビアがいるとはいえナギだよ?!
突然のことに慌てふためく僕を前に押し出すダルシオンは、さっさとナコさんの隣に陣取った。シルビアは苦笑いで僕の隣に来てくれた。
「カルロ、頑張れ。私がついてる。」
分かってるよシルビア…でも僕は…。
そんな僕の不安も悩みも関係ないかのようにナギはこちらに話しかけてきた。
「使者をこんなに待たすとはどういうことかな?」
笑顔で嫌味を言われた。
「す、すまない。まさかこんな雪の中来るとは思わなくて。それに冬はうちの国は大変なんだよ。」
当たり障りのない内容で話を逸らしたい作戦だ。
「まぁそうだとおもったけどね。じゃあ早速本題に入ろうか。」
僕はゴクリと息を飲んだ。
「数ヶ月前、お前らの国に黒竜が現れなかったか?」
あぁ…やはりその話か。
「あ、あぁ。来たよ。」
そう答えるとナギはニヤリと笑い聞いてきた。
「どこへ行った?まさかとは思うが…殺してないよな?卵も産んでない竜を殺すなんてこと…フェルス王国がするわけないもんな?」
嫌味たっぷりでナギは言ってくる。
恐らく真実を話したら大変なことになるだろう。それこそ山脈の向こう側にいる魔族達が攻撃を仕掛けてきて戦争に突入。それだけは避けなければならない。
「黒竜を殺すなんてそもそも出来るわけないだろ?」
僕は笑いながら答える。
「ふーん。じゃあ黒竜はどこに行った?」
「さぁ。飛んできた時は僕らも驚いたけど、攻撃してくることもなく通り過ぎて行ったよ。興味もなさげにね。」
ナギの質問に答える時、僕は全く焦ったような顔をしないように努めた。もちろん心臓は物凄い勢いでバクバク鳴ってる。
「……」
「……」
ナギと僕の間にはお互いの腹を探るような沈黙が流れている。
「で?なんで戦闘態勢で急に来たんだ?魔族は暇なのか?」
シルビアが喧嘩売るような事を言って沈黙が破られる。
「暇なわけないだろ?頭も脳筋なのか?シルビア団長様よ。」
あぁぁぁぁぁぁ!
シルビアなんて事言うんだ!ナギもシルビアを刺激するようなこと言わないでくれ!
2人の間にバチバチと火花が散る。すると後ろから救いの手が差し伸べられた。
「シルビア殿。あなたは口を出さないでください。」
と、ダルシオンが言うとシルビアは舌打ちをして下がった。
ダルシオン…ありがとう…おかげで戦争は免れたよ。
ホッとしたのもつかの間、今度はナギが面白いものを見つけたとばかりにニヤリと笑って言った。
「そこの魔術師は初めて見たね。誰だい?」
この場の全員がナコさんを見る。するとナコさんは、えっ、と言って固まった。
「こちらは新しくうちに迎えた魔術師のナコさんだ!まだ修行中だよ。」
態度には出してないが、慌ててナコさんを軽く紹介する。
「それより黒竜はもういないけどまだ何か用事があるのかい?」
そう聞くとナギは先程までの笑みを消して僕を見た。僕はゴクリと息を飲み込み次の言葉を待つ。
「黒竜は西大陸にいるはず。なのに東大陸に来た。何か心当たりは?卵は見たかい?」
僕はこの質問に即答した。
「いいや。全くないよ。卵も知らない。」
するとナギは小さな声で、そうか、と呟き
「まぁならいいんだ。黒竜のことを聞きたかっただけさ。それに…」
と話しながら後ろを向いて歩いていった。
そして言葉の途中で顔だけをこちらに向けて
「異世界人とやらが見れたから満足だよ。」
とニヤリと笑いながら言って去っていった。
魔族は国境から去っていった。だが、私が異世界人だと知っていたようだった。
「ダルシオンさん。なんで黒竜のこと話さなかったんですか?」
私はダルシオンさんに聞いてみた。
「黒竜を殺した。卵は持ってる。なんて言ったらアイツらは血相変えてその死体と卵を奪いに来ます。黒竜の体は魔族にとってご馳走のようなものです。闇の魔力を含んでいますから口にすれば飛躍的に魔力が上がります。魔族は魔物から魔力を得ることが多いそうです。人間も食ってる…なんて話も聞いたことありますからね。それに、黒竜の魔力で魔石でも作られたら大変です。フェルス王国なんて一瞬で消し飛びますよ。それに卵まであるなんて言ったら…海殿は黒竜のまま殺戮兵器にでも育てられるのでしょうね。」
私はそれを聞いて息を飲んだ。魔族はそんなに恐ろしいことをするのか。だから必死に知らないの一点張りだったのかカルロさん。
そのカルロさんは先程までの冷静で頼りがいのある姿は消え、目の前でブツブツ言いながら倒れている。それをシルビアさんがツンツン指でつつきながら遊んでいる。
「おーい、カルロ補佐様よ。立派にやり遂げたじゃねぇか。起きろー。」
「僕は…もうこんなことしたくない…だって補佐なんだよ。サントスの代理は事務仕事であって外交じゃないんだ…ナギ怖かった…ぐす…」
それを横目にまたダルシオンさんに聞いてみる。
「私…異世界人ってバレてましたけど…。」
「えぇ。まぁナコ殿の事は噂で大陸中に広まってますから。魔族が知っててもおかしくないですよ。それに魔族は元は異世界人だという仮説が正しければ、何か通じるものがあったのかもしれませんね。ナコ殿は何か感じましたか?」
その言葉に私はナギと対面していた時に感じた違和感を話した。
「ハッキリとは分からないんですけど…。なんとなくナギの言葉と表情に違和感を感じました。なんて言うのか…羨ましい…みたいな。」
ダルシオンさんは眉を寄せて
「はぁ?羨ましい?」
と言った。
「はい。私を羨ましそうに見ていた…というか…。」
そう言うとカルロさんもシルビアさんも、ダルシオンさんと同じような顔で見てきた。
『お前頭大丈夫か?』
という顔だ。
私は失言をしたことを悔やんだ。
そして遠い目をして
「ナンデモナイデス。ワスレテクダサイ。」
と3人に言った。
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