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第二十一話 黒竜の残したもの

海さんの勢いに負けて屋根に登らせてしまった。黒竜に見つからないようにしなければならないのに屋根なんかに登らせたら見つかってしまう。だが、不思議なことに体が勝手に動いてしまった。

屋根の上を走っていく海さんを追いかけて行ったら海さんが黒竜を呼び寄せてる。

「黒竜!こ、こっちだよ!」

そう言うや黒竜はどんどん海さんに近づいている。

まさか!

僕は必死に走って海さんを呼んだ。

「海さん!逃げてください!」

その声に気づいた海さんはこちらを振り向いた。黒竜への恐怖が顔に出ているが僕が近くに来ていることへの戸惑いも見られる。しかしすぐに申し訳なさそうな顔で笑った。

次の瞬間、海さんは建物ごと黒竜に食べられた。


大きな黒竜が頭と胴体が別れた状態で倒れている。その側にはルーク団長とシルビア団長が立ちすくんでいる。

僕は2人に走り寄ろうと思ったが、ルーク団長がシルビア団長の肩に手を置いて何か言葉をかけているのを見て立ち止まった。シルビア団長がルーク団長の手を払い除けながら腕で目元を拭っていたからだ。

「うるせぇ…。」

あんな小さく弱々しい声を出すシルビア団長は初めて見た。

立ち止まって2人を見ているとダルシオン様が2人に走りよって来た。

「お2人とも無事ですか?」

「ええ。それよりダルシオン殿…」

ルーク団長が言葉に詰まる。

黒竜を見つめながらダルシオン様も黙っている。するといつも通りのシルビア団長が

「海のおかげだ。あいつ恐怖で震えながら笑ってた。あの場の誰よりも強かった。」

と言った。

僕は振り向いた時の海さんの姿を思い出して拳を強く握った。

こんなに悔しいのは初めてだ。あの時僕が屋根に登らせなければ…。後悔だけが残っている。

「とにかくこの黒竜を何とかしましょう。放置すれば瘴気(しょうき)を放ち危険です。動かすにも大きすぎてどうしようもありません。誰か城に行かせて指示を仰ぎましょう。報告もしないと…。」

ダルシオン様がそう言うのを聞いて僕は3人の元へ走っていった。




「僕が行きます!」

後ろから騎士団の1人が走ってきた。確か第一騎士団のペーター殿…だったか。魔術師である俺は騎士団と直接関わることが少ないため、団長2人以外の事はあまり知らない。だが彼は若くして第一騎士団に所属するほどの腕前で記憶にある。

「ペーター。お前は(こと)の始終を全て見ていたな。では城に行って報告をしてきてくれ。あと後処理についても。」

と、ルーク殿が指示を出す。

それを横目に俺はシルビア殿に先程から姿が見えない人物について聞いた。

「シルビア殿。ナコ殿は?」

シルビア殿はナコ殿がいるであろう方を視線で示した。そちらを見ると、座り込んで下を向いてるナコ殿が目に入った。長い髪がダラリと垂れて顔は見えないがどんな顔をしているのかは想像に容易い。

俺はため息をついてナコ殿の元へ向かおうとした。すると背中をゾクリとした何かが走った。驚いて黒竜を見るが何も変わりはない。

「どうしたダルシオン?」

シルビア殿が聞いてくるが

「いえ、なんでも…。」

と答えた。

気のせいだろうか。嫌な感じがした。言うなれば死んだはずのこの黒竜に見られているような…そんな感じだ。

俺は後ろ髪を引かれる思いでその場を離れ、ナコ殿の元へ向かう。そしてかける言葉を選び声をかける。

「動けますか…?」

そう言うとナコ殿は小さな声で何か言った。

「はい?なんですか?」

俺は聞こえなかったのでナコ殿の前に(ひざまず)いてもう一度聞いた。

「…海は…生きて…る…」

何を言ってるのだ。現実が受け止められないのか?

「食われたんです。あなたも見てたでしょ。海殿は死にました。」

事実を伝えるとナコ殿がガバッと顔を上げて叫ぶように言った。

「違う!海は生きてるの!あの黒竜の中で!」

あまりの声の大きさに俺は驚き動けなくなった。そしてナコ殿は続ける。

「あの時、海の思考が流れ込んできたの!食べられるつもりだってすぐに分かった。食べられて死んだかもって思ったけど、今もまだ海の声が聞こえるの!死んだら聞こえないでしょ?!」

まさかそんなことがあるのか?いや。海殿のスキル『エンパス』で自分の思考を誰かと共有することも可能なのでは?もし今もナコ殿が感じているのだとしたら…。それにさっき感じたのもそれのせいだとしたら…。

俺は急ぎ黒竜の元に走った。

そして魔力感知の魔法を使って黒竜を調べる。その様子をシルビア殿とルーク殿が不思議そうな顔で見てくる。ペーター殿は報告に行ったのだろう。姿が見えない。

「ダルシオン殿?」

「お前さっきからどうした?」

2人の問いかけを無視して魔法に集中する。すると僅かではあるが黒竜の体内から魔力を感じた。だが以前感じた海殿の魔力とは違う気がする。もっと不安定で弱々しかったはずだ。だが今感じる魔力はそれとは正反対。炎のような荒々しさだ。海殿であるとは断定出来ないがナコ殿の話もある。

「ルーク殿。シルビア殿。黒竜の体内から魔力を感じます。もしかしたら海殿かもしれません。」

俺がそう言うと2人は動揺した。

「う、海がこの中で生きてるってのか?!」

「そんなことあるのですか?!」

「分かりません。ナコ殿が海殿の声が聞こえるだのなんだのと言ってます。可能性の話ですが、彼女のスキル『エンパス』で2人は思考を共有しているのではないかと思います。」

2人にそう説明するとシルビア殿が剣を抜いた。

「ならこの腹…切り裂くしかないな!」

「ダルシオン殿。彼女の居場所はわかりますか?シルビア殿が間違えて彼女を切るかもしれません。正確な位置を知りたいのです。」

今にも切り裂こうとするシルビア殿を止めながらルーク殿が言う。

「大体この辺りです。ただ、海殿であるかは分かりませんので気をつけてください。」

俺は先程感じた箇所を教える。

いつの間にか側に来ていたナコ殿が

「海です!絶対そう!」

と力強く言った。

シルビア殿が剣を握り振りかぶる。ルーク殿はその後ろで槍を構えて待機。俺とナコ殿はルーク殿の後ろで離れて見守る。

「いくぞ!」

シルビア殿の掛け声と共に黒竜の腹は切り裂かれ血が吹き出す。そして赤黒い球体がゴロンと出てきた。直径30センチ程の大きさだ。

「………」

「………」

「………」

「………」

俺たち4人は声も出さずにその球体を見つめる。

シルビア殿が4人の代弁をするかのようにボソリと言う。

「ちっさ…」




王の間にはこの国の上層部が揃っている。国王様、王妃様、宰相、宰相補佐、騎士団長2人、魔術師、そしてもう1人の魔術師である私。

8人は目の前にある黒い球体を見つめている。

黒竜の胴体から出てきた球体は最初赤黒かったが、黒竜の血で赤黒かっただけだった。実際は真っ黒だった。吸い込まれそうなほどの闇の色。

「報告は聞いた。ルーク、シルビア、ダルシオン、ナコさん。本当にありがとう。よくやってくれた。」

国王様が私たちに労いの言葉をくれる。

「それよりこれだよ国王。」

シルビアさんがそんな労いどうでもいいかのように球体を指差す。

「これ…本当に海なの?人間が入るには小さくない?」

王妃様が私たちの疑問を口にしてくれた。

「ダルシオン殿。本当にこれから魔力を感知したのですか?海殿の…。」

「はぁ…。感知はしましたが正直言うと海殿のかは分かりません。以前の海殿の魔力とは違うので…。」

宰相の問いに答えるダルシオンさん。

実際私もこの球体から魔力は感じるが海のかは断定出来ない。全然違うから。でも私の頭の中には海の声が聞こえてくる。何を言ってるかは聞き取れないが海の声に間違いない。

「この球体…黒いけどなんとなく卵みたいだよね。竜の卵。」

宰相補佐のカルロさんが顎に手を当てながら言う。するとルークさんが

「そうなのです。以前竜の卵を見た事ありますがそれに大きさも形も似ているのです。ただ…色が…。」

と言った。

竜の卵は白いらしい。赤い竜や青い竜など色々いるが、その卵はみんなどれも白色。だから誰も黒竜の卵だと言いきれないでいる。

すると王妃様がスタスタと球体に近づいてなんの躊躇(ちゅうちょ)もなく触った。

「レ、レイチェル!」

「王妃様?!」

「なんの躊躇もないんかい!」

国王様、ルークさん、シルビアさんが驚いて声をあげる。

「え?触ったらいけなかったの?なんでもないけど?というかこれきっと卵よ!だってあったかいもの!」

あまりにも普通に触ってあったかいとか言い出す王妃様にみんな黙り込む。頭を抱えているとも言う。

「ゴホン…。とりあえずこれは卵と仮定しましょう。」

咳払いをした宰相の言葉に全員頷いた。

そしてどう扱うべきか、卵が孵化したらどうするか、そもそもこれは海なのか、色々議論をした結果、私と王妃様が卵の世話をすることになった。もちろん安全面を考えて常に兵士の監視付き。そして定期的にダルシオンさんも見てくれることになった。




魔法室の近くの部屋で卵を管理することになった。入口には兵士が常に立っている。ここなら直ぐに見にこれるし、異変があってもすぐ対応できる。

「じゃあナコ!交代でってことでいいわね?」

「はい。もし何か少しでも異変があったら言ってくださいね。」

「もちろん分かってるわよ!それにもしこれが海だったら…生きててくれて嬉しいわ。」

王妃様が潤んだ目で卵を見つめている。

「ナコ。辛かったでしょ?私なら耐えられないわ。」

王妃様が私を心配してくれる。

「凄く怖かったです。でも今は海の声が聞こえるから…少し安心もしてるんです。」

笑顔でそう答えると、王妃様もにっこり笑って頷いてくれた。そして卵に向かって

「海!早く出てくるのよ!」

と優しく声をかけていた。


私は椅子に座り魔法書を読みながら卵を監視している。

頭の中には小さな声で海の声が聞こえる。常にではなくたまにぽつりぽつりと聞こえるのだ。何を言ってるかが分かればいいのだが小さすぎて分からない。

それに…あの時放った白く光る魔法。あれはなんだったのだろう?

ダルシオンさんに聞こうと思ったが忙しそうに走り回ってて聞けてない。黒竜の後処理、街の復旧。それと同時に冬支度も進めねばならない。

気づけばもう冬だ。この寒さならもう雪が降り始めるだろうと使用人達が話してた。


「失礼します。」

誰かが卵の部屋に入ってきた。入口を見ると獣人が2人立っている。赤い猫とグレーの猫。

「あっ!もしかして海とこの国に来た獣人さん?」

私がそう聞くと2人は静かに頷いた。

「僕はジョンです。こっちのがチャミ。ナコ様と直接お話するのは初めてですよね?」

グレーの猫獣人ジョンが丁寧に自己紹介してくれた。赤い猫獣人チャミはペコリと頭を下げた。

「海から話は聞いてたからなんか初めてって感じしないですね…。」

私は少し戸惑いながらも2人と話す。海から色々聞いていたから2人のことはよく知っている。

「あの…俺らのことは呼び捨てでいいんで。あと敬語も…。」

チャミが後ろ頭をかきながらそう言った。

「じゃあ、チャミ君とジョン君って呼びます。あ…呼ぶね!」

つい敬語になってしまったのをすぐタメ口にする。すると2人は笑いながら、よろしく、と言ってきた。

海に聞いてた通り、気さくでいい人達だ。

するとチャミ君が神妙な顔つきで卵に近づいて行き、卵に手を伸ばしかけてハッとした顔で

「さ、触っても大丈夫なんか?」

と、聞いてきたので頷いて許可を出す。

恐る恐るチャミ君は卵に触れた。そして

「あったけぇんだな…」

と呟いた。

「これが本当に海さん?」

ジョン君の言葉に私は目を伏せながら言った。

「まだ分からない。でもこの卵から海の声が聞こえるの。たまに。」

2人は黙って卵を見つめる。

するとチャミ君がポツリポツリと話し出した。

「俺とジョンはさ。あの時城の警備に回ってたんだ。逃げてくる人達を城の中に誘導したり、いざって時のために武器揃えたり。んで城壁から黒竜は見えてた。魔法が飛んでったりしてたし街が壊れてくのも見えてた。けどなんも出来なくて…。まさか海ちゃんが…。」

悔しそうに拳を握ってる。ジョン君も眉間にしわ寄せて下を向いてる。

その先の言葉を誰も口に出来なかった。


2人が部屋を出てった後、私は椅子に座って目を瞑り、たまに聞こえる海の声に集中した。何を言ってるのかが分かればこの状況を打開できるのではないかと。

だが上手くいかない。

私は海と違って集中力がない。

魔法記録だって海に手伝ってもらってばかりだった。感覚を文字にするのが出来なくて諦めて擬音語ばかり羅列してた。それをうんうん言いながら言葉に表現してくれた。

魔法がコントロール出来なくて困ってた時も、魔法使えないのに、こうしたら?ってアドバイスしてくれた。上手くできるまで一緒に悩んでくれた。

いつも諦めかけてる私のお尻を叩いて、頑張れ!と言ってくれる。そして最後まで付き合ってくれる。

自分だって疲れてるはずなのに…。

傷だらけになって走り回ってたのだって知ってた。

役に立ちたくて必死なのも知ってた。

私は全部知ってたのに…。

涙が零れてくる。

悔しさと悲しさが入り交じって心がギューッと締め付けられる。後悔ばかりが頭をよぎる。

「…う…み……」

私は声を殺して泣いた。




「ナタリー。冬支度はどう?間に合いそう?」

暖炉の修繕確認をしていた私にレイチェル様が聞いてきた。

「ええ。恐らく雪が降る前には間に合うかと。海さんがほとんど終わらせてくれてましたから。」

私はそう言ってから、ハッとしてレイチェル様の顔色を窺うように見た。

海さんの名前を出すのはまずかっただろうか。あんなことがあった後で皆気持ちが沈んでいる。

「そう!良かったわ!街の復旧も猛スピードで進めてるの!今年もなんとか冬を越せそうね!」

いつも通り明るい笑顔だったので私はホッとした。

だが、レイチェル様があの事件の後どれだけ悲しんでいたかよく知っている。皆の前では明るく振舞い、声をかけていたが、部屋では一人泣いていたのだ。

「海ってば本当に色々やってくれたのね〜。使用人達もみんな欲しかったもの準備してくれたって言ってたし、むしろいつもより快適に冬を越せそうだって言ってたわ。」

レイチェル様は窓の外を眺めながら言う。口元は笑っているが、悲しそうな目をしている。

海さんに冬支度の手伝いをお願いしてからどれだけの時間が経っていたのだろう。気づけば準備はどんどん進められ、街の復旧作業に人手を取られても間に合う程だ。そして今ここに海さんは居ない。お礼が言いたくても言えない。あんなに毎日顔を合わせていたのにお礼の一つも言えてない。

「…そうですね。」

私は彼女の姿を思い浮かべながら静かに答えた。


最後までお読みくださりありがとうございます。


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