第二話 珍妙な住民
目の前には海が見える。真っ白な砂浜、波の音、どこまでも続く青い海。人間って本当に受け入れられないような事が起こると体が固まるようだ。頭の中も真っ白。
何が起こったのか訳も分からずただ前に向かって足を踏み出していく。砂浜を踏みしめる感覚だけが足の裏に伝わってくる。思い出したように後ろを振り向けばそこには開け放たれた扉だけがあり。その向こう側にはさっきまでいたはずの廊下もない。扉が風に吹かれてキーキー音を立てている。
扉を閉めて開けてを何度も繰り返すが扉の向こうには何もない。ただ向こう側の砂浜が見えるだけ。そしてその奥に石でできた家のようなものが見えるだけ。
扉の反対側に回り込んで石の家の方に向かってみる。恐怖と混乱と好奇心という複雑な感情を持って。
波の音を聞きながら石の家の傍まで来た。近くの木の陰に隠れながら様子を伺っているが人の気配はない。煙突からも煙は出ていないし、家の周りも雑草が生えてて手入れをしていなさそうだ。
ゆっくりその家に近づいていき窓から中を覗き込む。中には木でできたテーブルと椅子が見える。奥に棚らしき物も見えるが暗くてよく見えない。外が明るすぎるのだ。なんといっても、人生で一度は訪れてみたい海の綺麗な場所といった雰囲気だ。これがバカンスなら良かったのに…。
そんなことを考えながらはぁとため息をついて空を見上げる。雲一つない真っ青な空に太陽がキラキラ輝いている。日差しはポカポカとしていて風が心地いい。潮の香りがして穏やかな時間が過ぎている。気持ちがいい。さっきまでのコンクリートジャングルとは大違いだ。
ん?コンクリート…ジャングル…。
ハッと我に返って自分の置かれている状況を考えねばと頭を振る。バカンスみたいな場所に浸っている場合ではない。気合いを入れなおし、さっきまでいた浜辺に向かって歩き出した。
扉をもう一度調べてみようと戻るとそこにはあるはずの扉がなかった。確かにここにあったはずなのに。砂浜が広がっているだけだ。
私は持っていたカバンと一緒にその場にへたり込んだ。ここがどこなのか、いったい何が起こったのか、扉はどこへ行ったのか。かなこが消えてしまった時と同じ絶望感が私を襲う。
僕は隣でずっとくだらないことをしゃべっているチャミを無視して歩いている。海にでも散歩に行こうと誘われ、読みたい本があると断ったのに無理やり連れだされた。しぶしぶ付いていくがチャミは口を止めない。よくそんなに話題が次から次へと出てくるものだ。浜辺が見えてきたと思ったら砂浜に何か光る大きな物があることに気づいた。
「チャミ。あれ。」
僕は銀色の大きな物を指差してチャミに声をかけた。
「え?なになに?」
チャミも指差すほうを見てその銀色に気づいたようだ。
「え?何あれ?行ってみようぜ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!危ないものかも…って聞いてないし。」
僕の制止も聞かずに走り出すチャミ。ため息つきながら追いかけていくとチャミが銀色の何かの隣で手招きする。近づいていくと正体が分かった。多分扉だ。鉄みたいので出来た銀色の扉。
「なあジョン。これ扉かな?なんでこんなところにあるんだろ?」
「知らないよ。というか触らないほうがいいんじゃないの?」
「え!そうな⁈やべ~めっちゃ触っちゃったよ俺!呪われるとか?あはは!」
馬鹿丸出しのチャミをほっといて扉をよく見てみる。鉄なのかな?でも風に吹かれて動くくらいだから軽いのかな?恐る恐る触ろうとしたその瞬間、扉がやんわり光った。そして下の方から塵になって飛んでくみたいにサラサラと消えていく。
「「……」」
僕たちは消えていく扉を見つめたまま黙ってその場に立ちすくんだ。
そして扉が消えて暫くすると
「消えた…。」
とチャミがポツリと言った。
触ろうとしたら消えた。一体何だあれは。混乱した頭を整理しようとしていたらチャミに腕を強く引っ張られた。
「ジョン!誰か来る!こっち来て!はやく!」
グイグイ引っ張られて近くの木の陰に隠れた。
「チャミどうしっ…むぐっ!」
「静かに。ほらあそこ。誰かいる。」
口に手を当てられたまま、声を潜めるチャミの視線の先を見る。さっきまで扉があったところに誰か…というより見たこともない生き物がいる。僕らと同じように二本足で歩いてるし服も着てる。けど尻尾がない。頭の上に耳もないし、体毛もなさそうだ。アンテナとして大切な髭もなさそうだ。
「ジョン。もしかしてあれって『人間』ってやつかな。」
ゴクリと喉を鳴らしてチャミが言う。僕はドキッとしてもう一度あの生き物を見た。確かに本で読んだり旅人に聞いた外見と似ている。あれが…人間。
「あ!」
っとチャミが突然叫ぶからびっくりして尻尾がピンっと立ってしまった。
「な、なんだよ!びっくりさせるなよ。」
「なんか座り込んじゃったぞ?大丈夫かな?」
人間と思わしき生き物を見ると確かに座り込んで、というかへたり込んでるって感じだ。ショックでも受けたようなそんな悲しそうな姿だ。
「なあ。話しかけてみようぜ。」
「チャミ!なに言ってるの⁈危ないよ!」
「危ないって言っても別に食われるわけじゃないし大丈夫じゃない?ほら、前来た旅人も人間は俺らと同じだって言ってたじゃん。」
「う~ん…。」
確かにそう言ってたけどもしかしたら人間じゃないって可能性もあるし。扉だって消えて変なことも起こったし、なんてうんうん悩んでたら、チャミが背中をバシッと叩いて歩き出してしまった。
扉も消えちゃったしどうしようかと途方に暮れていたら砂を踏む音が聞こえた。振り向くのも怖くて音に集中していると、やはりそれは足音でこっちに近づいてきている気がする。さっきまでの脱力感が消えて一気に体に緊張が走った。カバンを握りしめて走り出そうと足に力を入れるが全く動いてくれない。足音はすぐ後ろで止まった。後ろに気配を感じる。恐怖で両目をギュッと瞑ったその時、
「ねえ、大丈夫?」
と男の子の心配そうな声がした。
ゆっくり振り向くとそこには見たこともない生き物が立っていた。二本足で立つ赤い猫。赤い耳がピョコピョコ動いていて、よくゲームとかで見る獣人というやつに似ている。目が黄色に黒目でパッションフルーツみたい…なんてどうでもいいことが頭に浮かんだ。すると後ろからもう一人(一匹?)現れた。
「チャミ!本当にお前は!」
怒っているようだ。今度はグレーの猫。眼鏡をかけている。
「おう!ジョン!やっぱりお前も来たんじゃん!」
と赤い猫がニカっと笑って答えた。何か話しているが私はただ茫然と見ている。
「ジョンそんなことよりこれやっぱり人間だよ!ね?そうでしょ?君人間だよね?」
チャミと呼ばれた赤い猫が突然こっちに話を振ってきて驚き、首を縦にブンブンと振った。
「本当に人間なんだ…。」
「な!だから言ったじゃん!」
ジョンと呼ばれるグレーの猫が眼鏡越しにこちらをジーっと見てくる。それにドヤ顔しながら答える赤い猫。多分悪い人ではなさそうだなと思い少しだけ警戒を解いた。そして震えた声で聞いてみた。
「あの…。ここはどこでしょうか…。」
口を開いた私に驚いたような顔をして2人が顔を見合わせている。
「ここは東大陸の南にある小さな島だよ。君はどっから来たの?」
「えっと…。」
赤い猫の質問に答えられないでいるとグレーの猫が
「突然でごめんなさい。こいついつもこんな感じで。僕はジョン。こっちのはチャミ。この島に住んでる…えっと人間の間では確か『獣人』って呼ばれてる種族です。」
と丁寧に自己紹介してくれた。
やっぱり獣人ってやつなんだ。『東大陸』って言ってたから多分『日本』とか言ってもわからないよな。ここは多分『異世界』という場所なのかも。アニメとか漫画でもよく出てくるやつだ。どうしよう。なんて答えればいいんだろう。
自分の状況を整理するため黙っていると赤い猫、チャミが思いついたようにポンっと手を叩いた。
「もしかしてここにあった変な扉から来たの?消えちゃったけど!」
「えっ⁈消えた⁈いつですか⁈どうやって消えたんですか⁈」
食いつき気味に聞いてしまい2人は一歩下がった。
「サ、サラサラ~って消えたよ。ついさっき。君がここに来るちょっと前。な!ジョン!」
「うん。本当にあの扉からここに来たんですか?どこかに繋がってる感じではなかったですけど。」
チャミとジョンの話を聞き、やはり扉は消えてしまったんだと肩を落とした。
「何から話せばいいか…。」
色んなことが起こりすぎて困惑していたから思ったことをそのまま声に出してしまっていた。ヤバいと思って口に手を当てた。だが2人には関係なかったようだ。
「じゃあとりあえず村に行こうぜ!こんな所じゃ落ち着いて話もできないしさ!」
村に行こうといった時のジョンと人間の顔といったら面白かったな。あとジョンになんで怒られたかわからない。後先考えず~とか言ってたけど、あそこより村のほうが何か知ってるやついるかもしんないし名案だと思ったのに。人間も大人しく付いて来てくれたしいいじゃんか。
重苦しい空気を和ませようと話しかけるが、ジョンはため息ばっかだし、人間もソワソワしながら微妙な笑顔で見てくるだけだし。どうしようかな~って考えてるうちに村に着いた。
「チャミ。僕が先に行って皆に話してくるからこの人間とここで待ってて。」
とジョンが言ってきた。
「え?あーうん、わかった。君もそれでいい?」
人間に話しかければ、首を縦にこれでもかと振る。首取れないんかな。
それを見てジョンは村に走っていった。俺と人間はポツンと取り残されて微妙な空気が流れた。
「君ってさ、名前あるの?人間にもあるんだよね?」
「えっと…。名前は…あります。人間にも名前はあります…。」
待っているがその先を教えてくれない。
「んで、君の名前は?」
目を泳がせた後、小さな声で何か言った。聞き取れなくてもう一度聞くと、
「う…み。海です。」
と答えてくれた。毎日見てる青くて綺麗な海と同じなんだ~と言ったら恥ずかしそうにしながら下を向いてしまった。何か変なこと言ったかな?と考えているとジョンが走ってくるのが見えた。
「お待たせ。村長と話せてすぐ連れて来いってさ。」
「お!村長いるなら大丈夫だな!海ちゃん!村長優しいから大丈夫だぜ!」
と海ちゃんに言えばホッとしたような顔をした。
「海ちゃん?」
「あ、そうそう。この人間の名前聞いたんだ!海ちゃんっていうんだとさ!」
ジョンにそう答えると「ほんとお前の馴れ馴れしさはさすがだよ」って呆れられた。名前くらい誰だって聞くだろ?ジョンが変なんだよ。
「ほら!早く行こうぜ!」
と二人に声をかけて俺たちは村に向かった。
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