第十九話 親友としての役割り
魔法室の前に来ている私は扉に耳を近づけ、こっそり中の様子を伺ってみる。人の話し声が聞こえるが穏やかそうな雰囲気だ。これなら大丈夫だろうと扉をノックして重い扉を開く。
「失礼しまーす」
声をかけながら中を覗けば、そこにはダルシオンさんとかなこが向かい合って立っていた。正確には腕を組んでかなこを睨みつけるダルシオンさんと紙を持って項垂れるかなこだ。
「ナコ殿。なんですかこの魔法記録は。こんな擬音語ばかりではどう魔法を使うのか分かりません。ググッとしてバーンってなんですか?」
「すみません…。これしか表しようがなくて。」
あーまずい。またやってる。穏やかそうだったのは声の大きさだけだったか。
かなこは魔法のコントロールが上手くいかない。というより意図せず魔法を発動させるからどう使っているのか自分でも分からないそうだ。だから感覚でやっているため、それを人に教えるのは難しいらしい。それで擬音語ばかりになる。『ググッとしてバーン』。これは新しい表現だな。
そんな2人を眺めてたらダルシオンさんがチラッとこちらに気づいてため息をついた。
「はぁ。では記録は書き直しておいてください。俺は宰相の所に行かなければならないので。いいですね?擬音語は禁止です。」
と、かなこに言い残して部屋を出ていった。
かなこは紙を眺めて佇んでいる。私はダルシオンさんが出て行くのを見送ってからかなこの元に行き、後ろから手元を覗きながらボソッと言った。
「ググッとしてバーン」
「ブフッ!やめてよ!」
かなこは吹き出して笑う。私もにやけ顔がやめられない。
「新しい表現ですね〜。魔術師ナコ様。」
揶揄うように言うと
「だってさ〜。感覚を言葉にするの難しすぎない?」
と、かなこは上を見上げて言い、ため息をついた。
「私は魔法使えないからなぁ。でもかなこの感覚を言葉にするのは手伝うよ。いつも通りね!」
そう言うとかなこは90°のお辞儀をして
「ありがとうございます!いつも助かっております!」
と、まるで体育会系の挨拶のように大きな声で言う。
そう。これは日課のようなものだ。私は手の空いた時にここに来て、かなこの感覚を言葉にするのを手伝っている。あーでもないこーでもない、とあれこれ話して魔法記録とやらを作る。
そのやり取りを自分の仕事をしながら聞いていたダルシオンさんが、漫才みたいなやり取り、だと言っていた。つまりうるさい。女子高生のくだらない話のようなもので、なんというか…姦しい。
しかし、私もかなこも昔からこんなものだから自覚がない。学生時代から変わらない関係だ。
だからなのか、私が来るとダルシオンさんはいつの間にか魔法室から消えている。先程のように他の用事を済ませる為に出て行くこともしばしば。
こちらとしては2人だけになれるので気が楽で助かっている。
「今回はこれなんだよ。遠くにあるものを瞬時に近くに持ってくる魔法。戦う時に身を守るのに役に立つんだって。」
「へぇー。便利そう。」
「あそこの棚の本を目の前に持ってくる、ってのをやったら棚ごと来ちゃってびっくりしたわ。」
あー。だからあそこの棚だけ変なとこにあって本も散らばってるのか。その時のダルシオンさんの顔が浮かぶよ。
「じゃああの棚は後で戻すとして、まずはこっちの記録作成からやりますかね。ナコ様。」
「へい。おねがいしまーす。」
2人で机に並んで座り、擬音語を言葉にしていく。たまに雑談も挟みながらの楽しい時間だ。
「よし!これなら鬼畜魔術師に怒られないはず!ありがとう海!」
私は机に突っ伏して手をヒラヒラさせる。
疲れた。この間の薬草採取から立て続けに頼み事をされる。冬支度の仕事もやりながらだから休む間がない。そして昨日も宰相に無茶ぶりされて朝から騎士団の人と魔物討伐に行かされた。後方支援という名の囮。
「海?大丈夫?」
かなこが心配そうに聞いてきたが問題ないと返す。
「宰相じーさんがさ。結構エグい頼み事をしてくるんだよ。昨日なんか囮だよ?」
つい愚痴っぽくなってしまった。
「あぁ。なんか最近忙しそうだよね。あのじーさんのせいだったのか。私から宰相じーさんに言おうか?」
「いやいや。ナコ様の手を煩わせることは出来ません!」
膝に手を置いて丁寧にお辞儀をしながら言うと、かなこは笑いながら
「またそうやってナコ様って言う!2人だけのときはやめてよ〜」
とバシバシ叩いてくる。痛い痛い、と言って2人でふざけ合っている。
こういう時間のおかげで頑張れているのだと最近つくづく思う。頼まれる無茶ぶりを上手くこなせないことも多い。昨日も後方支援…囮をしてたが騎士団の人達に迷惑をかけてしまった。服の下は結構傷だらけだが、誰にも言ってない。これ以上心配をかけたくないのと、役たたずだと思われたくないから。
暫くかなこと談笑しているとダルシオンさんが戻ってきた。魔法記録はOKが貰えたので私はお役御免ということで部屋を出てきた。
「はぁ。疲れた。明日は井戸の修繕に立ち会わないといけなかったな。」
廊下を歩きながら明日の予定を思い出し、頭の中で段取りを決める。
すると向こうから2人の獣人が歩いてきた。
「お!海ちゃんじゃん!」
「お疲れ様。」
チャミとジョンだ。
「2人ともお疲れ様!なんか久しぶりに会った気がする。」
私がそう言うと2人とも同意見だったのか、うんうんと頷いている。
「海ちゃん忙しいんだってな!シルビアから聞いたよ。冬支度の…なんか色々やってるんだってな!」
チャミは相変わらずだ。曖昧な言い方だが大体合ってるから良しとしよう。
「チャミ。曖昧すぎ。海さんは僕らみんなが冬を乗り越えられるように動いてくれてるの。大事なことなんだよ。」
ジョンはよく分かってくれてるみたい。その何でもない言葉にでさえ今の私には救いだ。
「2人も騎士団で活躍してるの聞いてるよ!魔物討伐とか最前線で戦ってるとか!怪我とかしてない?」
2人の噂が耳に入っていることを伝えると、2人は照れくさそうに笑ってる。
「怪我なんかしねぇよ!な!ジョン!」
「うん。第一騎士団に比べたら全然楽なものばかりだよ。」
第一騎士団は精鋭部隊だから危険な仕事が多い。昨日の討伐の囮も第一騎士団だったな。
ん?私昨日危険な討伐に行かされたってこと?!
ふと昨日のことを思い出して突きつけられた事実に驚いた。
「海ちゃん?どした?」
チャミが心配そうに覗き込んでくる。
「な、なんでもない!大丈夫だよ!じゃ、じゃあ私はもう行くね!2人とも気をつけて頑張ってね!」
慌てて2人にそう言ってその場を離れる。2人は不思議そうな顔をしてたが、じゃあなーっと言って別れてくれた。
2人と話してるとボロが出そうだ。かなことは違う顔なじみだからなのか、つい頼りそうになってしまう。
それに変だった。2人が変というより私が変なのかもしれない。あの2人の周りに青いオーラみたいのが見えた気がした。光の加減のせいか、私の目が疲れていたのか、今までそんなもの見えなかった。廊下の向こうから来た時は見えなかったが話してたらモヤ〜っと見えてきた。
「疲れてるんかな…」
私はそう呟いて自室に戻っていった。
王の間には4人の男が集まって話している。国王である私、宰相サントス、宰相補佐カルロ、第一騎士団長ルーク。
「それではルーク殿。報告をお願いします。」
サントスが口火を切る。
「はい。昨日の討伐で海殿を後方支援として連れていきました。宰相殿の計画通り海殿をさりげなく前線に連れていったところ、魔物たちは海殿に気づくと彼女に集まって行くように見えました。言い方は失礼ですが、海殿は良い囮でした。」
ルークの報告を聞いて私は胸が痛んだ。海さんはきっと怖い想いをしただろう。魔物に追われるなど考えただけで身震いする。
「魔物は海さんに攻撃したのかい?」
カルロがルークに質問すると、ルークは首を横に振った。
「いいえ。攻撃するというより近づいていったというのが正しいかと。飛行型の魔物が彼女を嘴でつまみ上げるなどはありましたが直接の攻撃は見られませんでした。海殿も必死に逃げていましたし、我々も速やかに討伐していましたので。」
するとサントスが不思議なことを言い出した。
「海殿のスキル『エンパス』を共感能力だと仮定するならば、魔物は海殿に安心感を求めて近づいているのかもしれません。魔物は動物的な行動をしますから。」
「エンパス…共感能力…?どういうことだサントス。」
私はサントスの言っていることが上手く理解できず聞いた。
「海殿は共感能力、つまり相手に共感する能力が高いのです。人であればその人の感情に共感して自分事のように感じ取ります。動物であれば敵意がないと認識されて近づいてきます。動物に好かれやすい人にはエンパス能力が高いことが多いらしいのです。海殿は魔物に好かれやすいと言えます。」
サントスの説明にカルロが驚いたように声をあげる。
「じゃあ魔物は海さんを襲ってるのではなく、じゃれ合いたいってことかい?」
サントスは頷く。
すると黙って聞いていたルークが思い出したように口を開いた。
「そういえば…。海殿が飛行型魔物につまみ上げられた時、私が槍を投げて助けたのですが、落ちてきた海殿の下には別の魔物が居て背中に乗せていました。たまたまかと思ってましたが…まさか海殿を魔物がキャッチした…ということでしょうか?」
「可能性はありますね。」
サントスの言葉に私とカルロ、ルークは顔を見合わせてしまった。
「と、とにかく!海さんにはこの事伝えた方がいいんじゃないかな?」
「そうだな。本人にスキルのことを話すべきだろう!」
カルロの言葉に私も賛同する。しかしルークが
「そうでしょうか。自分が魔物を引き付けてると知ったら海殿はこの国を出ていこうとしませんかね?」
と言った。
確かに海さんならばそう考えるかもしれない。優しくて真面目な子だ。親友のナコさんがいるとはいえ、自分は役たたずだと思っている節がある。皆に危険が及ぶならばいっその事…と考えるだろう。しかし自分のスキルについては知っておくべきではないだろうか。この先どうなるかも分からないのだから。
「私もルーク殿に賛成です。魔物はエンパスが発動していると考えられますが、我々人間には発動しているような様子は伺えません。」
サントスも伝えない派か。
話し合いは膠着状態。4人で悩んでいると扉が開く音がした。
「おや?会議中でしたか。出直しましょう。」
と、ダルシオンが入ってきた。
「ダルシオン!いい所に!意見を聞かせて欲しいのだ!」
私は藁にもすがる思いで出ていこうとするダルシオンを呼び止めた。
「なるほど。あのスキルはそういう事でしたか。」
先程の話をダルシオンに話すと納得したように言葉を返してくれる。
「本人に伝えるかどうか意見が分かれているのだ。ダルシオンはどちらが良いと思うか聞かせてくれ。」
私の言葉に目を瞑って悩むダルシオン。そして暫くしてゆっくりとした口調で言った。
「ナコ殿に聞いてみるのはいかがです?」
ダルシオン以外の4人は目をぱちくりとさせる。
思いもよらない意見だ。しかもダルシオンらしくない。
ダルシオンはその様子にふっと笑って続きを話し出す。
「彼女はナコ殿と親友。2人の会話をよく聞いてますがそれはもう息ピッタリです。うるさいほどです。それにお互いのことをよく知っているようで、自分よりも相手の方が自分を理解しているように見えます。つまり、海殿の事は海殿自身よりナコ殿の方がよく知っている。スキルの事を聞いた海殿の行動はナコ殿が知っているのです。」
私は2人の仲をそこまで知らなかった。だが近くで見ていたダルシオンがそう言うならばきっとそうなのだろう。
「ならばナコさんに聞いてみよう。どうだ3人とも?」
私はサントス、カルロ、ルークに聞いてみる。すると3人とも頷いてくれた。
国王様に呼ばれて私は王の間にいる。宰相、カルロさん、鬼畜魔術師、イケメン第一騎士団長のルークさんが揃っていて緊張してしまう。
ついに私の魔法が酷すぎて怒られるのだろうか。まさか…追放…?!
「ナコさん。実は海さんの事で相談があるのだ。」
国王様の言葉に肩透かしを受ける。追放じゃない事に安心したのもつかの間、海のことで相談とは…まさか海を追放?!
「海…ですか?あの子が何か…?」
息を飲みながら返事を待つ。すると宰相が話し出した。そしてその内容に言葉も出ない。
スキル『エンパス』。共感能力。魔物を引き寄せる能力。
「伝えるべきか悩んでいるのだ。彼女の親友であるナコさんなら我々よりも彼女のことを理解していよう。どうだろうか。」
国王様に返事をしなくてはいけないのは分かっているが言葉が出てこない。
海…どうするだろう。いや、結果は分かっている。1人悩んでこっそり出ていくはずだ。その様子が目に見えているからこそ返事ができない。でも…。
私はゆっくり息を吸って答えた。
「私から海に伝えさせてください。」
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