第十八話 宰相の思惑
私は異世界人。この世界に転移されてしまった女だ。そしてステータスはゴミレベル。知力と防御力が平均並みでそれ以外は平均以下。魔法なんかこれっぽっちも使えない。
そんな私が今何をしているかというと、魔物と睨み合っている。というより1歩でも動いたら死ぬから瞬きもせず魔物と見つめあってる。体調5メートルはあるだろうライオンみたいな顔で牛みたいなツノが生えた四足歩行の魔物。鼻息荒く今にも突進してきそうだ。
時は遡り、3時間前。
「え?!この草…薬草を取りに行くんですか?!私が1人で?!」
「そうです。」
私の驚きも無視して穏やかな顔で宰相が言う。
「城下町の外に出るってことですよね?民達も行かないような森の中ですよね?魔物とか…いません?」
私は不安を口にする。
「この薬草が生えてる辺りは魔物がほとんど出ませんよ。」
微笑みながらサラッと言う宰相。
「ほとんど…ってことは出ることもあるのでは?」
宰相はニコニコしながら何も言わない。なので私は続けて抗議する。
「もし魔物が出たらどうすんですか?私戦えませんよ?100%死にますよ?いいんですか?」
「そうですねぇ。まぁその時は盛大な葬儀を執り行います。安心してください。国葬です。勇者として語り継ぎます。」
何を言ってもダメだこのじいさん。いや、本当は若いんだろうけどじいさんでいいや。つい一昨日まで風邪ひいて寝込んでたくせに…。
「あのですね。私もやることあるんです。冬支度の為に必要なあれこれを調達するのに忙しいんです。街の商人さんと交渉したり、鍛治職人さんのとこに頼んでたもの取りに行ったり。」
私はステータスを鑑定してもらった日以降、冬支度の準備であちこち走り回っている。できるだけ使用人さん達の要望に答えてあげたい一心で頑張っているのだ。そう、暇じゃない。むしろ物凄く忙しい。
「この小さな鞄に入る程度でいいのです。あっという間に終わっちゃいますよ☆」
親指をグッと立ててウインク付きで言う宰相。語尾に☆なんぞ付けやがって。
ここに来たばかりの頃は宰相がこんなにお茶目で無責任で人を人扱いしない奴だとは思わなかった。完全に騙された。よく考えたら、かなこを召喚した時も、異世界人召喚しちゃう?とか軽く言い出したのもこいつだって言ってたな。
「死んだら呪ってやりますからね。」
私はポシェットくらいの小さな鞄を受けとり冷たい視線で宰相を睨みつけ、呪ってやる宣言をする。
「呪われるの初めてなので楽しみにしてます。」
このくそジジイ!
そして今に至る。
魔物出たじゃん。薬草取り終わって帰ろうと思ったらこうだよ。これ本当に呪い案件だよ。
私は背中に冷や汗が流れるのを感じながらどうしようかと頭をフル回転させる。すると魔物が1歩踏み出した。まずい!と思った私は一気に後ろを振り向いて走り出した。無我夢中で走った。木と木の間をすり抜けるように死ぬ気で走った。後ろからドドドドドという足音が聞こえるが振り返って確認する余裕もない。
だが思い出して欲しい。私のステータスを。『知力と防御力以外は平均以下』なのだ。そう…走るのが遅い!しかも魔物は木など関係ないかのようになぎ倒しながらこちらに向かってくるから速い!走る森林破壊だ!
もうダメだ…私はここで終わるのだ。あの宰相絶対許さない。呪って呪って呪ってやる。呪うってどうやるか知らないけど怨念とかあればいけるだろう。
生きて逃げ帰る事を諦めかけてたその時、後ろで物凄い音がした。何か大きなものが倒れる音。その音と同時に魔物の足音も消えた。
私はもしかしてと思い、後ろを振り返ろうとしたら足がもつれて転び木に激突した。ステータスの問題なのか、こんなすっとぼけたドジをやらかしたのは人生で初めてだ。せめて元の世界の運動神経くらいは残しておいて欲しかった。
「大丈夫ですか?!」
魔物がいたであろう方向から青年が走ってきて私に声をかける。茶色の短髪でガタイがいい。野球部のキャッチャーみたいな好青年だ。
私は木に激突した時にぶつけた額を押さえながら好青年を見上げて返事をした。
「な、なんとか。」
「魔物は倒しましたよ。お怪我は…その額だけですか?」
私の前に膝をついてしゃがみ、心配そうな顔で覗き込んでくる。好青年には悪いが今の顔を見られたくない。あとさっきのドジっぷりもできたら忘れて欲しい。
「魔物…倒したんですか?騎士団の人ですか?」
できるだけ顔をふせながら好青年に聞く。あ、鼻血も出てきた気がする。
「はい!騎士団の者で…って!血が出てます!」
そう言うと布を渡してくれた。この好青年のように真っ白で清潔な布だ。
くっ!鼻血も見られた!
私は心の声を口に出さないように布を受けとり鼻を押さえる。額は真っ赤に腫れ上がって鼻血も出してる。こんな無様な姿をこんな優しい好青年に見られるなんて…。そっちの方がショックがデカい。
「あなたは…城下のどこに住んでいるんですか?そこまで送りましょう。」
優しい笑顔で優しい言葉をかけてくれる。だが大変心苦しいが城下ではないのです。民のようだが民ではありません。役たたずな客人です。
「あー。その…。私は…城に置いてもらってます。」
「あ!使用人の方でしたか!失礼しました!お名前は?どこに所属なさってるのですか?」
その真っ直ぐな目をやめて欲しい。余計言いずらい。
「えっと…。名前は…海です。所属は…どこだろう?」
すると好青年はみるみる青ざめていき、土下座をした。
「大変失礼しました!異世界人の海様だとは知らず無礼な態度を取ってしまいました!お許しを!」
私は慌てて好青年に
「やめてください!顔を上げてください!」
と言った。
「むしろあの魔物から助けてもらったんです。許すどころかお礼させて欲しいくらいです。」
私がそう言うと好青年はホッとしたような顔をして、
「あれくらい大したことではありません。そんなことより何故あなたがこんなところに?城からは一人で来たのですか?」
あの魔物を一瞬で倒して、大したことないとは…さすが騎士団。だが私のことについては聞いて欲しくない。なぜ1人で?それはね…宰相のせいだよ。
「あーえっと…。薬草採取に来たんです。」
とりあえず事実だけを述べる。心の声はこの好青年に聞かせてはいけない気がする。
「なるほど!ですがこの辺りはたまにあのような魔物が出ます。たまたま通りかかったからよかったものの危ないところでしたよ。次からは誰か連れていった方がいいです。」
だよね!そう思うよね!私もそう思ってたんだよ!なのにあの宰相ジジイときたら!
「ですね…気をつけます…。」
心の声を飲み込んでそれだけ言った。
好青年が一緒に城まで戻ってくれるというので帰り道は安全だった。彼はペーター君。まだ高校生くらいの歳で第一騎士団に所属しているらしい。つまり精鋭部隊の1人ということだ。そりゃ強いわけだ。あの魔物を一瞬で倒すのも頷ける。
「僕はまだまだです!ルーク団長やシルビア団長に比べたら赤子も同然ですよ。あのお2人は本当に強いんですよ!ルーク団長の槍さばきと言ったらもう惚れ惚れします!体の一部のように扱いますし、投げても的確に刺さります。シルビア団長も剣の腕前が見事で、自分より何倍も大きい魔物だろうと怯まず向かっていきます。女性とは思えないほど力も強く、小回りもきいてあっという間に倒すんです!」
ペーター君は騎士団長達の話を熱く語っている。相当憧れているのだろう。私はその話を聞きながら相槌を打つ。
「あっ!すみません。僕ずっと喋ってしまって…。」
熱く語っていたことに気づき照れくさそうに謝ってきたが、
「いやいや。こういう話聞いたことなかったから楽しいよ。2人のこと本当に尊敬してるんだね。」
と気にしていないことを伝える。
「はい!僕の目標です!」
と笑顔で元気に答えてくれる。
ペーター君の真っ直ぐな眼差しを見てると微笑ましくなる。そして自分がどれだけ小さなことでイライラしてたのかを痛感させられる。あの宰相の無茶ぶりも許せる気がしてくる。
城に戻ってきてペーター君にお礼を言う。
「ありがとう。助けてもらって本当に助かりました。死ぬところだったよ。今度改めてお礼させてね。」
「いえ!そんな!海様とお話できて光栄です!」
と、ペーター君は手をぶんぶん振っている。本当にいい子だ。だが『様』を付けられるのはちょっと…。
「ペーター君。その…私のことは『様』付けないでいいからね。」
「えっ?!そ、そんな!」
困って慌てるペーター君。
「ね?」
追い打ちをかけるように言うと、諦めたのか素直に、はい、と言ってくれた。
「では、海さん。と呼ばせていただきます!」
「うん!ありがとう!」
そう話して私たちは別れた。好青年に癒されて気分は清々しい。この気分のままあの宰相に薬草をさっさと届けよう。
「宰相さん。薬草取ってきました。」
資料やら本やらが山積みになった机でペンを動かしている宰相さんに報告する。彼はゆっくりこちらを見て微笑んだ。
「無事にお戻りになったのですね。お疲れ様でした。助かりました。」
こういう真面目なところだけを見ればいい人なんだけどなぁ。
そう考えながら彼に薬草が入った鞄を渡す。
「呪われずに済みましたね。」
「……」
前言撤回。やはりこの宰相はろくなもんじゃない。
私は心を無にして部屋の外に向かう。そして、
「魔物に襲われたところを『たまたま』通りかかった騎士団の方に助けてもらいました。死にかけました!」
と言って部屋の扉を閉めた。気持ちばかり強く閉めてやった。
部屋のドアがやや強めに閉められた。
「やはり魔物が出ましたか。ペーターを近くに行かせておいて正解でしたね。」
私は薬草の入った鞄の中身を見る。お願いした薬草がパンパンに入っているのを見て口元が緩んだ。
「お願いしていた以上に取ってきてくれましたか。本当に真面目で優しい方だ。」
部屋の扉がノックされる。
「はい。どうぞ。」
返事をするとカルロが様子を伺うように入ってきた。
「サントス。彼女怒ってたよ?」
「ええ。そうですね。彼女に気取られる訳にはいかなかったのであのようなやり方になってしまいました。ですが予想通りの結果が得られました。」
心配そうなカルロにそう言うと、
「やはりあの子は魔物を引き寄せる力があるのか。」
と、カルロは俯きながら呟いた。
「そのようですね。獣人のチャミとジョンも島からの移動中、何度も魔物と遭遇していたと言ってました。そして彼女がこの国に来てから魔物の出現率が上がっています。関係ないとは言えません。そして今日の薬草取りです。あの辺りに魔物が出るのは珍しい。確定でしょうね。」
私は淡々と結論を言う。カルロはいつも以上に困り顔をして黙っている。
「この結果を踏まえて今後のことを考えましょう。国王やダルシオン殿にも報告しておいてください。くれぐれもナコ殿には知られないように。」
「……あぁ。分かったよ。」
そう言うとカルロは静かに部屋を出ていった。
海殿のステータス鑑定をしてから気になっていた。あまりにもステータスが低すぎる。過去の記録を見ても異世界人は我々より何かしら秀でているものだ。なのに彼女は平均以下。そして黙っていたがスキルに見たこともない文字が書かれていた。
『スキル:エンパス』
見たことも聞いたこともないスキルだ。それとなく探りを入れてみたが本人も自覚がないようだ。
「やはりもう少し危機に晒した方がスキルを発動するかもしれませんね…。」
独り言をポツリと零した。そして次はどんな無茶振りをしようかと考えに耽る。ワクワクする気持ちを胸に秘めながら。
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