第十六話 異世界転移の真相
「うみーーーーー!」
緑のローブの女性に抱きつかれて、私は倒れないように踏ん張るのが精一杯だった。彼女はとても嬉しそうな様子だ。そしてガバッと抱きついていた腕を離して両肩に手を置き、高揚したように話す。
「海!良かった!起きたんだね!心配したんだよ?」
私は呆然と彼女を見つめる。
「魔法酔いで倒れたまま城に運ばれて来た時はびっくりしたよ。しかも全然起きないし!」
シルビアさんに運んでもらった時に私を見たのだろう。しかも丸1日起きなかったとチャミが言っていた。
「南の遠い島に召喚しちゃってごめん!魔法まだ上手く使えなくて…。しかも召喚術のつもりじゃなかったんだけど海のこと考えてたから召喚術になっちゃったんだと思う。ほんとごめん!」
彼女は捲し立てるように次から次へと言葉を発する。召喚術で私をこの世界に呼び出したのはやはり彼女だったのか。そしてその事を謝罪してくる。
すると彼女はぎょっとした顔をして私のの顔を覗き込む。
「えっ?!どした?!どっか痛いの?!」
なんの事かと思っていたら、私の両頬を温かい何かが伝っていった。私は手でそれを拭った。そんなつもりなかったのに泣いていたのだ。彼女は慌ててハンカチを取り出し私の涙を拭おうとしてくれる。だが涙は一向に止まない。拭っても拭っても溢れ出てくるのだ。なぜ涙が出てくるのか分からずにいると、彼女が
「そんなに魔法酔い辛かった?」
と困ったように笑いながら言った。
すると突然体の中が熱くなって心臓も速くなり、飛び出るように口から言葉が出た。
「バカ!消えたかと思って死ぬほど怖かったんだぞ!」
そうして今度は私が彼女に抱きついた。涙はまだ溢れている。止まらない。わんわんと声を出して彼女の首に顔をうずめた。
「え…めっちゃ怒られた…。」
と、彼女はポツリと言い、私を再び抱きしめた。
「落ち着いた?」
裏庭の大きな木の下に2人で座っている。かなこが私の背中を擦りながら言う。私は鼻水を啜りながら
「…うん…。」
と言った。暫くしてかなこは口を開く。
「南の島どうだった?なんかあの赤とグレーの猫と一緒に来たみたいだけど。」
「チャミとジョンね。赤いのがチャミ。グレーのがジョン。島で初めて声かけてくれたのがあの2人。」
かなこの問いに鼻を啜りながらも答える。
「あーなるほどね。え…それでここまで着いてきてくれたの?!」
私は首を縦に振る。
「マジか。優しいんだな〜。」
かなこは空を仰ぎ見ながら呟いた。
「それよりかなこ。あんたなんで『ナコ』なの?」
ずっと疑問に思ってたことを今度は私が口に出す。
「あー…。それ聞いちゃうか。」
苦虫を噛み潰したような顔でかなこは頭を搔く。
「当たり前でしょ。『かなこ』って名乗ってればこんな苦労しなかったわ。」
そうだ。初めから『かなこ』と名乗ってくれてたらもっとスムーズにこの国に来るのを決断できたはずだ。するとかなこは諦めたように話してくれた。
「名乗る時に思ったより声出なくてさ。『かなこ』って言ったつもりなんだけど『か』が聞こえなかったみたいでそのまま『ナコ』になった。訂正するにも勝手に話がどんどん進んじゃって、もういいや!ってなった。」
返す言葉も見つからない。
「そんな顔しないでよ…。面倒くさがりなのは今に始まった事じゃないし。それにあの状況なら海だって同じことしたよ絶対。」
かなこのことはそれなりに理解している。話の流れで訂正できなくなり、今更…という考えが頭を支配してしまったのだろう。そして私も…
「うん。多分するね。」
と真顔で答えた。
「「あははははは!」」
私たちは顔を見合せて同時に笑った。
「てか海。さっき泣きながら『消えたかと思った』って言ってたじゃん?どういうこと?」
かなこが思い出したように聞いてきた。私はこの世界に来る前のことが走馬灯のように頭の中によぎった。そしてその時の苦しさや悲しさを思い出した。だが、この事を話すべきか悩んだ。しかし伝えた方が後々いいだろうと思いかなこに話した。
「こっちに来る前。えっと…元いた世界では、かなこは存在が消えてたんだよ。」
「存在が消えてた…?どういうこと?」
「会う約束してた日の数日前に連絡しようと思ったらスマホにも連絡先なくて、友達にも聞いたけどそんな子いないって言われて、かなこの実家にも連絡したのにそんな娘いませんって言われた。写真も残ってなかった…。」
少し間を置いてかなこは信じられないとばかりに声を荒らげた。
「……えぇぇ?!」
そりゃまぁそうだろう。
あの時はかなこの存在そのものが消えたようだった。まるで生まれてきてない様なものだ。でも私にはどうしても信じられなかった。だって私の記憶にはかなこがいたのだから。
「……」
かなこを見ると戸惑ったような顔で固まっている。私は話を続けた。
「多分こっちに転移してきた時に元の世界からも消えたんだと思う。今ならそう思える。」
ただの考察でしかないがそうとしか考えられない。するとかなこは絶望したかのような様子でボソリと言った。
「…うそ。お母さんまでそう言ったの?」
私は間を置いて
「うん。」
と答えた。かなこの顔はみるみる青ざめ、手が震えている。
「ごめん。この話はしない方が良かったね。」
私はやはりこの話はすべきではなかったとかなこに謝る。自分の存在がなくなるということがどれだけ辛いことか。想像すれば分かることなのに言ってしまった。なんと浅はかな考えだったのだろう。
「いや。話してくれて助かったよ。」
かなこは泣きそうな顔をして言う。そして続けて、
「元の世界に戻ったら存在してるかな?」
と私に縋るように聞いてきた。
正直確証は無い。私ももしかしたら今頃消えてるかもしれない。でもこれだけは言える。
「多分。でもね。これだけは言える。消えてても私はちゃんと覚えてるから!」
かなこは目にためて耐えていた涙をポロポロとこぼしながら
「…ありがと…。」
と言った。
私はかなこの背中をさすりながら先程かなこがくれたハンカチをそっと差し出す。そして極めて明るく
「今度はかなこが泣く番だね。」
と言った。
「あはははは!確かに!」
かなこは涙を流しながらも笑顔になった。その様子に心が暖かくなり、この世界でもかなこが変わらないことを実感し、安心した。
そして話題を変えるように、
「そうだ。こっちに転移してきた時どんなだったの?なんかこの国が転移術でかなこを召喚したとか聞いたけど。」
と聞いてみた。そういうとかなこは先程までの雰囲気とは正反対になり、怒りを露わにして
「それが全く酷い話でさ!」
と私の肩をバシバシ叩いた。
「まずこのフェルス王国は魔族領と接してるの。東大陸の北国がここ、フェルス王国。そのフェルス王国と南西側の国に挟まれるように存在するのが魔族領。で、うちは魔族領と友好的な関係を持とうという姿勢を示してるんだけど、他の国はそれをあまり良しとしないの。うちだけが他の国と考え方が違ってちょっと煙たがられてるってわけ。しかも私たちが魔族領と交流しようとしても、魔族は人間を嫌ってるから友好的な私たちにも警戒してる。まぁそうだよね。人間と魔族が共存できるなんて考え今まで無かったし、昔人間に追い詰められて苦しい想いしてるし。そんで魔族領は度々うちと南西の国にちょっかいかけてくるの。それを食い止めるために魔法を使おうってことで私とダルシオンさんが開発中。なんか国ごと丸々覆う結界みたいのを張ろうとしてるみたい。」
なるほど。200年前に異世界人を召喚して魔族との争いに終止符を打ったというのは本当だったんだ。魔族は負けて小さな土地に追いやられたと。それで魔族たちは人間を恨んでる。いくらフェルス王国が友好的だと主張しても人間である限り心を開くわけがないだろう。
「ただ、その魔法が思ったより上手くいかなかったみたい。そこで200年くらい前に異世界人を召喚したら物凄い力を秘めてて魔族との争いに勝ったことがあるらしい、ってことを宰相が言い出したの。じゃあうちも召喚しちゃう?とか軽いノリでやってみたら私が召喚されたってわけ。んで私は強力な魔法が使えるって事になってる。コントロールはゴミレベルなんだけどね。」
宰相…そんな軽い感じで召喚しちゃったのか。真面目な人かと思ってたけど意外とお茶目で無責任な所あるんだな。見る目が変わったわ。
「もう知ってると思うけど、城壁壊しちゃうとか、間違って海を召喚しちゃうとか…色々やらかしちゃってるの…。」
かなこは溜息をつきながら項垂れてしまった。突然召喚されたはいいものの、魔法もコントロール出来ないのに魔法使えとか言われても困るわな。私はかなこに同情して頭を撫でてやる。
そしてこの状況から脱出できないのかと聞いてみる。
「かなこはそれが終わらないと帰れないの?というか帰る手段はあるの?」
「んー。それがまだ分からないの。帰る手段も昔の文献に載ってると思って漁ってるけど、どの召喚された人達も帰ったって記述がないの。もしかしたら自分の意思で帰らなかったのかもしれないって宰相とか魔術師とかが言ってた。」
召喚して呼び寄せても帰す手段がないのは困った話だ。
「帰りたくないくらいこっちの世界がいいってこと?」
「なのかなー?結構生活水準は低いと思うんだけどね。トイレとかみた?ボットントイレだよ?魔法使えるから楽なとこは楽なんだけどね。」
確かにトイレなんかの生活に必要なものは私も困った。現代っ子に江戸時代で暮らせと言ってるようなものだ。電化製品はないしスマホみたいな連絡手段もない。転移で手紙を送ることは出来るが大きな荷物は送れない。
「じゃあやっぱり戻る手段は今のところないのか…。」
私が空を見上げながら言うと、かなこも同じように空を見上げて
「だね〜」
と言った。
しばらく二人でぼーっとしているとかなこが突然立ち上がった。
「うわ!びっくりした。どうしたの?」
私は驚いてかなこに聞く。するとかなこはにんまりして
「私は魔法が得意みたいだけど海はどうなの?鑑定してもらった?」
と目をキラキラさせながら聞いてきた。
「いや、どうだろう?鑑定してもらったのかな?私は知らないな。」
そんな事誰も何も言ってなかった。考えればそうだ。私だって異世界から召喚されたんだから何か得意なものがあるかもしれない!
「じゃあ鑑定しにいこう!鑑定用の魔道具があるんだよ!」
かなこは私の手を取り立ち上がらせた。
「魔道具なんてあるんだ。私も知りたい!かなこの手伝いできるかも!むしろかなこよりハイスペックだったらどうする?」
今度は私がにんまりする番だ。
「あーそしたら私楽できるな〜」
慌てるかと思いきや嬉しそうに言うから
「おい。」
と真顔で突っ込んどいた。
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