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第十四話 フェルス王国のお偉いさん

フェルス王国編突入です。

陶器のぶつかる音、甘く爽やかな香り、暖かくふわふわした感触。自分の意識が浮上してきたのがわかる。重たい瞼を持ち上げると石造りの高い天井が見えた。

「おや。お目覚めのようですね。」

凛とした心地いい女性の声がした。その声のした方に顔を向けると知らない女性が立っていた。白を基調としたパンツと足首までの長い羽織物。腰から下はふわっとしているかと思いきやスリットが入っていて太ももにホルダーがあり、ナイフやら工具のようなものが刺さっている。栗色のロングヘアをまとめあげた、目もとのキリッとした頭の良さそうな顔だ。

いまだに覚醒しきってない頭で考える。

「…ここ…は…」

声がうまく出ない。掠れた声で聞くと女性はテーブルにあるコップに水を入れて持ってきてくれた。

「ゆっくり起き上がってください。大丈夫。ここはフェルス王国の城です。」

ゆっくりとした口調で言いながら私が起き上がるのを支えてくれる。私は女性からコップを受け取り少しずつ水を口に含む。乾ききって張り付いていた喉に潤いが戻り、やっとスムーズに息ができるようになった。まだボーッとしているが意識は戻ってきてる。

「ありがとうございます。あなたは?」

まだ少し掠れてはいるがまともに話せるようになったので女性に聞いてみた。

「私はナタリーといいます。覚えてますか?魔法酔いなさったこと。」

ナタリーさんは近くの椅子に腰かけながらゆっくりと話してくれた。

あぁ。そうだ。転移術でフェルス王国に来てすぐ魔法酔いで倒れたのだった。あれは辛かった。

「ご迷惑をおかけしました。聞いてはいたけどあれほど辛いものだとは思わなくて。」

座ったままナタリーさんに頭を下げる。

「いえいえ。皆経験するものなのでお気になさらず。」

笑顔でそう返してくれるナタリーさん。雰囲気といい物腰といいとても落ち着く人だ。起きてからずっと優しく微笑んだ顔しか見てない。

「この城まではシルビアさんが運んでくれました。おぶっていた時に軽すぎて、ちゃんと食べているのか心配なさってましたよ。」

口元に軽く手を当て、ふふ、と笑っている。

シルビアさんにも迷惑かけちゃったな。後でちゃんと謝ろう。あとちゃんと食べてることも伝えよう。というか軽いと言われるとは思ってなかった。

「あと、着替えも勝手にさせてもらいました。もちろん女性陣でやったのですが、事後報告になってしまって申し訳ありません。」

ナタリーさんの言葉を聞いて自分の体を見ると確かに服が変わっている。クリーム色のワンピースになっている。多分この世界のパジャマみたいなものだろう。

「いえいえ。なにからなにまで、こちらこそ申し訳ないです。」

頭を下げるナタリーさんに慌てて答えて頭を上げてもらう。するとドアからノック音が聞こえた。

「はい。どうぞ。」

ナタリーさんが答えると、ドアが開いて女性が1人顔をのぞかせた。茶色いショートボブで目が緑がかっている。ナタリーさんと違って(きら)びやかな赤いドレスを身にまとった可愛らしい女性だ。

「ナタリー、あの子起きた?あ!起きたのね!」

私が起きてるのを見るとパァっと明るい笑顔になってこちらへ小走りで向かってくる。

「良かった!顔色も良さそうだし。大丈夫そうね。」

「ええ。意識もはっきりしていますのでもう大丈夫でしょう。」

ナタリーさんが立ち上がり女性と話している。目をぱちくりさせて2人を見ていると、それに気づいた女性が自己紹介をしてくれた。

「あ、ごめんね。私はレイチェル。レイチェル・フェルス。よろしくね。」

レイチェルさん…。ん?フェルス?フェルスってこの国の名前……。私はハッとして息を飲んだ。

「この方はフェルス王国の王妃様です。」

ナタリーさんがすかさず付け足してくれて確信を得た私は急いでベッドからおりようとする。

「やだ、そのままでいいのよ!王妃って言ってもそんな立派なことしてないわ!気負わずにいてよ!」

そう言って降りようとする私を止める王妃様。

「そうは言っても王妃様…ですし…。」

気まずい私とは正反対に王妃様は気さくに話してくれる。ナタリーさんも当たり前の光景なのかニコニコして見てるだけ。

「レイチェルって呼んで!みんなそう呼ぶわ!」

「あ、はい。」

勢いに飲まれた感満載だ。

元気でハツラツとした王妃様っぽくないレイチェル様。安心感を周りに与えるナタリーさん。この2人には敵わない気がする。

「あ!そうだ!起きたのならすぐにでも会わせてあげなきゃ!」

思い出したように手をパンっと叩き、レイチェル様が言う。

「会わせる…って誰にですか?」

「誰って同じ異世界人のナコよ!」

私の問いに当たり前のように答えるレイチェル様はワクワクした様子で、呼んできた方がいいかな?と、ナタリーさんに聞いてる。

そうか、ナコ!同じ異世界人!

私は急いでベッドから降りて2人に言う。

「私が行きます!会わせてください!」




勢い任せに言ったはいいものの、パジャマのまま行くわけにもいかず、ナタリーさんにまずは着替えようと言われた。今まで着てた服ではなく新しい服を貰った。

動きやすい方がいいからとナタリーさんのようなパンツスタイルにしてもらった。黒っぽいパンツにバーガンディ色のスリットの入った長めの羽織物。ナタリーさんの色違いみたいな感じだ。この国の服がこういう形なのだろうか。ナイフホルダーは丁重にお断りしようと思ったが無理やり腰に巻き付けられた。島を出てからずっと身につけてはいたが慣れない。

「じゃあ行きましょう!お待ちかねよ!」

レイチェル様に腕を引かれてどんどん廊下を歩いていく。城の中も石造りっぽくて、西洋の城って感じだ。廊下には絨毯が敷かれ、壁には等間隔に蝋燭が灯っている。

ナタリーさんとはさっきの部屋の前で別れた。ごゆっくり、と言われて送り出された。

異世界人ともあれば話すことも多いだろうが『ごゆっくり』とはどういうことだろう?そんなに話上手ではないから初対面でそんな話し込むことはないと思うが…。

そんなことを考えながら引っ張られるまま歩いていると、いつの間にか大きな扉の前に来ていた。なんだか物々しい雰囲気だ。風も冷たく感じる。

「さぁ!どうぞ!」

重そうな扉を開いて中へと促すレイチェル様はニコニコしている。扉の隙間から光が漏れ出てるところを見ると中は明るそうだ。おずおずと扉に近づいてレイチェル様に続いて中に入る。


中は明るく暖かい。天井までの高さの本棚がいくつも並んでいる。手前には大きな机があり、そこにも本が何冊も積まれて置いてある。紙や羽根ペンも散らかっている。印象としてはお洒落な図書館のような場所だ。

「ナコいるー?お待ちかねの子起きたから連れてきたよー!」

レイチェル様が大きな声で呼ぶ。すると奥の本棚と本棚の間から黒い影が出てきた。黒いローブのようなものを羽織り頭にフードを被ってるから顔はよく分からないが多分人間。

「ナコ殿ならここにはいませんよ。」

ゆっくりとした口調でその人は答える。低くセクシーな声なのでおそらく男性なのだろう。

「あれ?どこ行ったの?」

「宰相に呼ばれて国王の所に行きました。」

レイチェル様の問いに答えながらその人は私をジッと見ている気がする。顔が影になってるけど視線が全身に刺さる。

「それより起きたなら国王にまず会わせるべきでは?」

「あ!そうね!」

フードの人が至極まともなことを言うと、レイチェル様は素直に納得してしまった。

確かにその通りだ。ナコさんにも会いたいけどまずはこの国の国王様に会うのが先だ。わざわざ騎士団長さん達に迎えに来させてもらったし、この国でこれからお世話になるかもしれないのだ。

「す、すみません。私も気づかなくて…。」

レイチェル様とフードの人に謝る。

「気にしないで!さぁ行きましょう!こっちよ!」

またもレイチェル様に腕を引っ張られて連れてかれる。部屋を出る時にフードの人を見ると、もう興味を失ったのか私たちの方を見向きもしないで机に向かって何かを書いていた。


レイチェル様はどんどん廊下を進んでいく。流石にずっと腕を引かれて歩くのは辛い。それにさっきの人の事も聞きたい。私は意を決して声をかける。

「あ、あの!レ、レイチェル様!」

「ん?なに?あ、もしかして腕痛かった?ごめん!」

やっと腕を離して止まってくれた。この王妃様強引なところがあるな。

「あ、いえ。それは大丈夫です。それよりさっきのフードの人は…?」

先程から気になってることを聞いてみる。

「あぁ!ダルシオン?うちのお抱え魔術師よ!ナコと一緒に魔法開発してるの!」

魔術師。しかも国のお抱えともなると相当腕の立つ魔術師なのだろう。フード被ってちょっと近寄り難い雰囲気だったけど声はいい声してたな。セクシーな声。

「ダルシオンとは後でまた話せばいいわ!さぁ行くわよ!」

そう言うとレイチェル様はまたも私の腕を引っ張って進む。さっきよりは速度は遅いけど…。




廊下をどんどん進んで今度は豪華な扉の前に来た。扉の両脇には兵士が立っている。まさに国王様がいるであろう雰囲気だ。

兵士は私たち…というよりレイチェル様に気づくと扉を開けてくれた。

「ありがとう!」

軽くお礼を言ったレイチェル様は中に入っていく。腕を引かれたままの私は慌ただしく兵士に会釈をして入る。

「リチャード様!異世界人の子起きたわよー!」

またも大きな声で言いながらずんずんと進んでいく。私は引きずられるように国王様へと近づいていく。心の準備もできてないし、国王様に会うのも人生で初めての経験だから作法も知らない。

お願いだからこの手を離して!王妃様!

そんな心の声は届かないのだろう。あっという間に王座の前に連れてかれて、やっと腕が解放された。

顔を上げるとそこには2人の男性がいた。1人は人の良さそうな顔をしてて、煌びやかな服装を纏って王座に座ってる国王様。国王様っていうからてっきりおじいちゃんかと思いきや、40代くらいの若そうな人でびっくりした。もう1人は国王様の側に立ってる優しそうな目をした綺麗な顔の人だ。白っぽい服を纏ってて髭も綺麗に整えられている。髭のせいでおじいちゃんのように見えるが若そうだ。もしかして国王様より若いのかもしれない。

「おお!よく来てくれた!私はこの国を治めるリチャード・フェルスだ。そしてこちらは宰相のサントスだ。」

国王様がそう言うと隣の宰相さんが丁寧にお辞儀をする。私も慌ててお辞儀をして口を開く。

「は、はじめまして。海と申します。こ、この度は私をお招きいただきありがとうございます。」

声が裏返りそうになるのを堪えて言葉を発する。緊張で心臓の音が聞こえてくる。

「リチャード様!ナコはどこ?ここにいるって聞いて来たんだけど?」

お互いの自己紹介が終わった途端、緊張感のない声でレイチェル様が話し出す。すると突然後ろの扉が物凄い音を立てて開いた。そして聞き覚えのある声がこの大きな部屋に響き渡る。


「おい!国王!なんだあの西の城壁!穴空いてんじゃねぇか!」

そう。この自信に満ちたかっこいい女性の声は紛れもなくシルビアさんのものだ。

「す、すまないシルビア。魔法が失敗したらしくてな。」

国王様がシルビアさんにそれはそれは申し訳なさそうな顔で謝る。この国王様見た目通り本当に人がいいんだな。家臣のシルビアさんにまで腰が低い。

「すまないシルビア〜じゃねぇわ!あれ誰が直すと思ってんだ!私が留守の間は大人しくしてろって言っただろ!」

シルビアさんが国王様の真似をしながら言う。それが似てるもんだからつい笑いそうになり口元を覆った。チラリと周りを見ると宰相様も横を向いているが肩が震えている。

「ちょっとシルビア!リチャード様の真似やめて!笑っちゃうじゃない!」

レイチェル様は隠そうもせず笑いながらシルビアさんに言ってる。なるほど。シルビアさんの国王様の真似はいつもの事なんだ。それにしても似てて面白い。

「シルビア!ま、待ってくれ!」

すると再び入口の方から焦ったような声が聞こえてきた。宰相様と同じくらいの男性が血相変えて走ってくる。息を切らしながらシルビアさんを止めに来たのだろう。

「こ、国王すみません!僕が早く対処してれば良かったのですが手が回らなくて!シルビア。国王に対してもう少し話し方を…その…考えてくれ…。」

地顔なのか眉が下がっていて困り顔でオドオドしている。歳は宰相さんと同じくらいだろうか。顎髭が生えているけど童顔なのかな?シルビアさんとは正反対のタイプに見える。シルビアさんを止めようにも止められなかったんだな…。なんかかわいそう…。

すると困り顔さんを庇うように宰相さんが口を挟んだ。

「申し訳ありませんシルビア殿。私が許可したんです。」

宰相さん笑い終わったんだな。さっきまで肩震わせてたけどケロッと何も無かったかのように話してる。

「あぁ?おめぇか病弱。つーかダルシオンが直せよ!あいつがやったんだから。」

シルビアさんが宰相さんを『病弱』と呼ぶ。色白で服も白くて声も小さい。確かに天に召されそうな雰囲気だけど『病弱』は言い過ぎでは?

「ダルシオンは他のことで忙しいから…。すまない。僕が早くやっておけば…。気が回らなくてすまない。」

困り顔さんがどんどん小さくなっていく。

「イノシシ団長が吠えていると思ったらその事でしたか。これは失礼。城壁直すほどの余裕がないのでね。俺もそろそろ限界ですよ。」

するとまた入口から誰かがやってきた。嫌味ったらしい口調でシルビアさんを『イノシシ団長』と呼んでいるこの声はさっきも聞いたな。振り向いてみると、先程とは違ってフードを被らず長いローブを引きずるように歩いてくる魔術師のダルシオンさん。肌はほかの人に比べて日焼けしていて、彫りの深い切れ長の目に口が大きく弧を描いている。黒い前髪が目の辺りにはらりと落ちている。そして何より(くま)が凄い。多分この隈のせいで目付きが悪く見えるのだろう。

「お前…寝ろよ。」

シルビアさんが引きつった顔でダルシオンさんに言う。ごもっともですシルビアさん。

ダルシオンさんはシルビアさんの言葉を無視して嫌味たっぷりに話を進める。

「ナコ殿がちゃんと狙いを定めてくれれば問題ないのですがね。なんせ感覚派の天才魔術師様ですから。」

するとみんなため息をついたり目を逸らしたり、返す言葉もない、といった様子だ。

ナコさん色々やらかしてるのかな?

私が黙ってどんどん増えてくる人達を眺めながら傍観している事に気づいたのか、国王様が慌てて私に声をかける。

「あ、すまない海さん。とんだ所をお見せしてしまったな。皆を紹介しよう。」

その言葉を合図に全員の視線がこちらを向く。一瞬で注目を浴び、緊張が全身を走る。

「こちらは魔術師のダルシオンだ。ナコさんと魔法の開発をしているのだ。シルビアにはもう会っているな。そしてこちらが宰相補佐のカルロ。サントスは病弱で寝込むことが多いのでその補佐として彼にお願いしているのだ。」

「魔法酔いから起きたんだな。あの時はマジでびっくりしたわ。意識失うとかどんだけ弱いんだよって思ったわ。」

国王様の紹介の後、シルビアさんに言われて返す言葉もなかった。

「すみません。ご迷惑をおかけしました。」

「気にしなくていいって。それよりちゃんと食べてるのか?軽すぎて心配したわ。」

「た、食べてるつもりだったんですけど…。」

ちゃんと食べてることはシルビアさんに伝えておこうと項垂れながら返事をする。それに間を置くことなくダルシオンさんがまたも嫌味ったらしく口を開く。

「騎士団長様が無駄に力ありすぎるんじゃないですか?魔獣を素手で投げ飛ばすような方ですから。」

「あぁ?喧嘩売ってんのか?」

「皆その辺にしておいてくれ。海さんが困っている。」

一触即発の空気を止めたのは国王様。そして私に向き直ると、

「ナコさんにはまだ会っていないのだな。先程までここにいたのだが入れ違いになってしまったか。魔法室に戻っているかと思ったが…ダルシオンは見たか?」

と、ダルシオンさんにも聞いている。

「いいえ。全然戻ってこないのでわざわざ迎えに来たところです。」

私も同じところからここまで来たけどそれらしい人には会わなかった。その後ダルシオンさんも見てない。

「ナコったらどこ行ったのかしら?」

レイチェルさんがみんなの代弁をするように首を傾げながら呟いた。


最後までお読みくださりありがとうございます。


感想、レビュー、評価など頂けたら励みになります。誤字脱字、読みずらいなどありましたらコメントください。日々精進です。

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