第十三話 転移術
転移術を行う地点までの移動は想像以上にキツかった。馬車に乗ったのが初めてなのと、道が舗装されていないから揺れてガタガタする。砂利道を自転車でずーっと走ってるような感じだ。だんだんお尻が痛くなってくる。
早く着かないかな〜と考えてたら馬車が止まった。窓の外を覗こうとしたら扉が開いてシルビアさんの顔が覗き込んできた。
「一旦ここで休憩。降りていいよ。」
その言葉に私は相当嬉しそうな顔をしたのだろう。シルビアさんが笑っていた。
馬車を降りてググッと伸びをする。降りても馬車に乗ってる時の揺れが体に残っているみたいでお尻がゴワゴワする。
「ふぅ〜」
ついため息が出てしまい慌てて口を塞いだ。私は馬車に乗ってるだけだけど他の人は歩いたり馬に乗ったりしている。しかも魔物が出ないか周りを警戒しているはずだ。どう考えても私が一番楽してるのに疲れたなんて気取られてはいけない。
するとシルビアさんが馬を撫でながら聞いてきた。
「疲れたでしょ。馬車って揺れるからケツ痛くなるよね。」
私の心が見透かされてるのだろうか。
「そう…ですね。私は乗ってるだけで申し訳ないです。」
「そんなん気にしないでいいよ!騎士団だもん。この位のこと慣れてるしむしろ魔物も出てこなくて退屈してる。」
サラッと言ってるが魔物が出て欲しいってこと?
「フェルス王国じゃもっと魔物いるからさ。ちょっと歩けば魔物。また歩けば魔物。移動だけで鍛錬になっていいんだけどね〜。ここは平和でつまんないよね〜。」
それを聞いて、フェルス王国に着いてからの移動が心配になってきた。無事に城につけるのだろうか。
「フェ、フェルス王国はここより危険なんですか?」
「まぁ魔物もデカいし凶暴だからね。だから他所からうちの国にはほとんど誰も来ないよ。」
魔物が大きくて凶暴…。なんて恐ろしい所に住んでるんだこの人達は。
「あ、そうだ。」
シルビアさんが思い出したように声を出す。
「どうしたんですか?」
聞いてみるとキョロキョロ当たりを見回してから私に耳打ちしてきた。
「赤いのとグレーのは列の後ろの方にいるよ。今なら2人のとこ行っていいよ。あの堅物騎士団長いないからチャンス。」
そう言うといい笑顔で親指をグッと立ててきた。私はお言葉に甘えて列の後ろの方に行ってみることにした。
「お前ら腹減ってないか?もう少し歩くぞ。」
兵の一人が気さくに話しかけてくる。さっきまで戦ってた相手なのに。
「いいえ。大丈夫です。」
僕は礼儀正しく返事をする。
それにしても不思議だ。僕らは騎士団に入ったとはいえ罪人だ。監視も付けずこんな野放しでいいのだろうか。逃げたらどうするつもりなんだろう。チャミを見ると同じように兵士に話しかけられてる。
「お前さっきの雷魔法凄かったよな。他にはどんな魔法使えるんだ?」
「剣の腕前もなかなかだったぜ!」
「まだ歩くから水分補給しときな!」
その様子を眺めながらやはり不思議だと思ってしまう。チャミも戸惑いながらも返事をしている。すると後ろから別の兵士に呼ばれた。
「おいあんたら!異世界人が来たぞ。」
振り向くと海さんがこっちに向かってきている。大きな兵士たちの間を申し訳なさそうに小さくなって隙間を抜けてきている。
「海さん!どうしたんですか?こんな後ろまで来て大丈夫ですか?」
僕は心配になって聞いた。
「うん。シルビアさんが許可くれたよ。」
「そっか。ならいいんだけどさ。馬車移動大丈夫?辛くない?」
「うーん。まぁ大変だけど慣れてきたかな。そっちこそ大丈夫なの?他の人達になにかされてない?」
海さんはそう言うと周りを気にしながら見てる。そしてチャミが楽しそうに話してるのを見るとホッとしたのか顔つきが変わった。
「見ての通り。不思議なくらいみんな優しいよ。」
「ならよかったよ。」
暫くチャミ達を見てた海さんが僕を見て声を潜めた。
「そういえばさっきチャミになんて言われて騎士団に入るって決めたの?」
あの時のことか…。悩んでた僕はチャミの一言で決意が固まったのだ。
「大したことじゃないよ。ただ、罪人として生きてくのは嫌だなって思っただけ。」
「本当に?」
「ほんとほんと。」
本当は違う。あの時チャミは
『獣人がこの世界でどんな扱い受けてるのか見てやろう。もしもの時は人間なんて皆殺しにしてやればいい。』
と、言ったんだ。だけどこれは海さんには言えない。言ってはいけない。この世界ではなく異世界からきた人間なんだから。
そんな話をしてたらチャミが僕らに気づいてやってきた。
「海ちゃん!優雅な馬車移動はどうだ?」
ニヤニヤした顔で海さんに聞いている。
「優雅なガタガタ移動だよ。」
沈んだ声で海さんが応えるとチャミは笑った。
「あと2時間くらいなんだとさ!頑張れよ!」
と、茶化しながら海さんの肩をバシバシ叩いてる。
「チャミ。その辺にしときな。そろそろ出発するみたいだから海さんも戻った方がいいよ。」
「なんだよジョン沈んでんな〜。楽しくいこうぜ!」
「お前のそのポジティブはどこから来るんだよ…。」
ため息が出てしまう。
そんな様子を見ていた海さんは笑いながら戻って行った。
「じゃあ戻るね!2人とも気をつけて!」
僕らは海さんに手を振って見送る。
転移する場所にようやく着いたが、もう日も沈みそうだということで今日はここで野営することになった。さっさと転移術で移動しちゃえばいいのにと考えてたが、フェルス王国の夜は危険らしい。魔物がうじゃうじゃいて野営どころではないんだと。
俺とジョンは火の番をしながら飯ができるのを待つ。
「ねぇチャミ。」
「…ん…」
「…さっきの事だけど海さんには言っちゃダメだよ?」
「皆殺しの話?」
俺がサラッと物騒なことを言ったからジョンは慌てて周りを確認した。そして睨んできた。
「分かってるよ。海ちゃんには関係ない事だ。」
そう答えると納得したのかジョンは黙った。暫くして飯が運ばれてきてスープとパンを食べた。騎士団の奴らも気のいい奴らばかりで色んなことを話した。
フェルス王国の魔物の話。騎士団の鍛錬の話。第一騎士団長と第二騎士団長の仲の悪さの話。俺らの島への船旅中の話。
楽しい時間を過ごしているが俺の中では警戒は解けていない。いつこいつらが敵意をむきだしてくるかも分からない。今のところ嘘ついてる匂いはないが、油断させる作戦かもしれないし、人間はそう簡単に信じないと決めている。
就寝時も剣をすぐ抜けるように持って寝ている。ジョンも同じだ。
そして夜が明けついに転移術を行う時が来た。
野営地を片付けてる側で地面に魔法陣みたいのを描いている。騎士団長たちと海ちゃんはそれを見ながら話している。するとシルビアが俺とジョンを呼び出した。
「お前ら魔法使ってるから大丈夫だと思うが転移術は初めてか?」
「ああ。」
短く答えるとジョンが口を開いた。
「魔法酔いのことなら大丈夫だと思います。」
「あ、そう。なら心配いらないな。じゃあ簡単に説明してくぞ。」
シルビアは淡々と転移術の説明をしていく。海ちゃんは不安そうに話を聞いてる。
「まずこの魔法陣の中に入る。んで術を行うやつが呪文を唱える。んでパーッと光って転移する。光が消えたらそこはもうフェルス王国だ。」
「俺らは何もせずそこに立ってりゃいいってことだな。」
「そういう事だ。簡単だろ?」
「はい。」
「……はい…」
俺もジョンもなんて事ないが1人だけ不安でいっぱいな奴がいる。海ちゃんだ。
「海さん大丈夫ですか?」
ジョンが声をかけるがソワソワしながら首を縦に振るだけ。
「海。酔ったらそん時はそん時だ。私が介抱するから気にすんな。」
「は、はい。お願いします。」
シルビアが海ちゃんの背中をさすって落ち着かせている。
なるほど。魔法酔いを心配してんのか。まぁ確かにあれはキツイよな。俺も初めて複数魔法を一気に使った時は酔ってヤバかった。視界がぐるぐるして立つこともできなかった。
「準備が出来ました!」
そうこうしてる間に魔法陣を描き終わったのか声がかかった。
「ではまずシルビア殿、海殿、第二騎士団からだ!」
第一騎士団長のルークが指示を出す。
シルビアさん、第二騎士団の人達、そして私が魔法陣の中に入っていく。そして呪文が唱えられる。すると光が魔法陣から出てきて円柱のようになった。光の円柱だ。
「わぁ。綺麗。」
つい声を出してしまったがシルビアさんは気にすることもなく
「だよなー。毎回この光の中は綺麗だと思うよ。」
と言った。
光に気を取られていたがついに転移術が始まるのだと思うと緊張してきてしまった。両手をギュッと握りしめ覚悟を決める。すると光が強くなり目も開けてるのが辛くなるほどの光に包まれた。だんだん光が弱まってきて目を開けるとさっきとは全く違う景色に変わっていた。隣にはシルビアさん。周りには第二騎士団の人達。
「よし!成功だな!誰も欠損してねぇーかー?」
欠損?!えっ?!今欠損って言った?!
「シルビアさん毎回それ言うのやめてくださいよー。」
「マジでビビるんで!」
「そもそも欠損とかしないんですから!」
みんな笑いながらシルビアさんに突っ込んでる。なんだ冗談か。びっくりした。私もシルビアさんに話しかけようと思って1歩踏み出したら視界がぐにゃりとした。誰かに体を支えられて地面にぶつかるのは免れた。
「おっと。大丈夫か?酔ったか?」
あぁこれが魔法酔いか。視界がぐにゃりとしてグルグル回ってる。平衡感覚がないし体に力も入らない。自分の体が自分のものではないみたいな感覚。
シルビアさんに支えられながら魔法陣を出て木陰に座らされる。
「誰か水持ってきてー!」
隣にいるシルビアさんの声も遠くに聞こえる。木陰の外の日向を見るだけでも眩しくて目を細めた。
「おい!しっかりしろ!おーい!」
何か聞こえるけど理解できない。眩しくて目も開けられない。力も入らなくて座ってることも辛い。
そしてそのまま私は意識を手放した。
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