第十二話 2人の門出
昨日の夜、海さんからフェルス王国へ出発するのが今日だと教えてもらった。急に決まったと言っていたから仕方ないが、僕もチャミもなんとなく海さんとちゃんとしたお別れをできていない。チャミは沈んだ顔をして剣を磨いている。
「ねぇチャミ。」
「…ん…」
聞いてるのか聞いてないのか分からないような返事だ。全くいつまで不貞腐れてるんだ。
「海さんの出発は昼過ぎだって。見送りに行く前にちゃんとお別れしとこうよ。」
「…ん…」
僕はため息を吐いてチャミの頭でも引っぱたこうと足を踏み出そうとした。それと同時に部屋のドアがノックされた。
ドンドンドンドンドン
急いでるような強めのノック音だ。
「ジョン!チャミ!いる?」
海さんの声だ。かなり切羽詰まったような声だ。どうしたのだろう。
僕らは顔を見合せた。そして僕がドアを開けると目の前に紙のようなものが広がった。近すぎて見えない。
「2人ともいて良かった!これみて!」
「なんだよそんな慌てて。」
いつの間にかチャミが剣を片付けて僕の隣に来ていた。そして海さんが持ってる紙を受け取って見てる。僕もチャミの手の中の紙を見る。するとそこには『手配書』があった。
「なんだよこれ。この手配書の似顔絵、俺とジョンにそっくりじゃねぇか!」
チャミが大きな声を出す。僕はチャミから手配書を取り上げてよく見る。
『この者らはフェルス王国にて略奪を働いた者である。見かけた者はすぐに近くのフェルス王国兵に知らせよ。』
略奪?一体なんのことだ?僕らは略奪なんてしてない!フェルス王国に行ったこともない!
「ジョン!チャミ!急いでここから逃げて!フェルス王国の人達には私からちゃんと説明するから!略奪なんかしてないって伝えるから!」
海さんは僕らを守ろうと必死な様子だ。
海さんが僕らを庇うような言動をして大丈夫だろうか。正直ありがたいが不安もよぎる。もしそのせいで海さんに何かあったら…。
「くっそ!一体どうなってんだよ!ジョン!すぐに行くぞ!」
チャミが荷物をまとめ始める。だが僕は手配書を持ったまま動かない。
「ジョン?急がないと!」
海さんが声をかけてくるが僕は目を閉じ呼吸を整える。チャミもなんか言ってるけど無視だ。そしてゆっくり目を開けてチャミと海さんを見据える。
「直接フェルス王国の人達に話そう。僕らは無実だと。」
「はぁ?!ジョンお前何言ってんだよ!俺たちを見つけ次第捕まえようとするぞ!」
「そうだよ!危ないよ!」
チャミと海さんが反対するのは承知だ。でも…。
「もし僕らを庇って海さんに何かあったらどうするの?僕らの代わりに処罰を受けるかもしれない。それでもいいの?チャミ。それにこの先一生無実の罪に怯えて暮らしていける?」
僕の言葉に悔しそうな顔をして拳を強く握ってるチャミ。そして次の瞬間、顔をバッと上げて僕を睨むように見てくる。
「なんか考えあんのか?」
「ごめん。何もない。でも話せばわかるかもしれない。甘い考えかもしれないけど…。もし話ができそうもなければ逃げる。チャミの親父さんのように持てる力全て使って島に帰る。」
チャミの問いに僕らしくない返事をする。そう、無策なのだ。
「親父から…逃げてきた時の話は聞いてる。隠れ方とか船の調達方法とか。それを実行するってことだな!」
チャミには辛いことだ。親父さんと同じ道を辿れと言ってるようなものだから。でもそれしかない。
僕はゆっくり頷く。
「……分かった。」
チャミが少し悩んだ後そう答えた。
「え?!本当に会いに行くの?!」
海さんは僕らの話を黙って聞いてたが不安そうに僕とチャミを交互に見ている。
「海さんは僕らの事を気にしないでいい。この手配書のことは知らない振りをしてフェルス王国の人達の所に行って。」
「でも…。」
僕の言葉に素直に頷いてはくれない。不安と心配が全身から溢れ出てる。
「海ちゃん!ほら早く行きな!ここにいるのも危ないんだ。」
チャミに背中を押されて部屋の外へ押しやられる。力では敵わないのにそれでも気持ちばかりの抵抗をしながら部屋の外に出る海さん。僕とチャミはドアの前に立って海さんを見つめる。
「分かった…。絶対無茶はしないで!危なくなったら私も手伝うから逃げて!」
念を押すように海さんが僕らに言う。
「おう!任せろって!」
「海さんこそ僕らを庇うようなことしないでね。」
チャミと僕の言葉に頷いて、部屋に戻ろうとするが何度も心配そうに後ろを振り返ってる。チャミが早く行けとばかりに手を振る。僕は黙って海さんを見送った。
俺とジョンは荷物をまとめて宿を出た。そして海ちゃんがフェルス王国の奴らと合流する街の北門付近までやってきた。手配書が掲示板に貼ってあるのは見たが、今のところ誰かに見つかって通報された気配は無い。
「あそこにフェルス王国の兵がいる。シルビアさんいるかな。」
ジョンが物陰に隠れながら1番話が分かりそうなあの女騎士団長を探している。
「いや、見当たらねぇな。アイツ本当にここにいんのか?サボってその辺で酒でも飲んでんじゃねぇの?」
あの女騎士団長のことだ。約束の時間までその辺で遊んでてもおかしくない。
俺とジョンは物陰からあちらこちらを見ているが、アイツの姿は見えない。そうこうしてるうちに海ちゃんが姿を現した。緊張してるのかキョロキョロしながらフェルス王国の兵に話しかけてる。兵はすぐに気づいたらしく奥の方に走っていった。上司でも呼びに行ったのだろうか、海ちゃんはその場で待っている。ただ挙動不審だ。俺はちょっと笑ってしまった。
「海ちゃん挙動不審じゃね?」
「チャミ。海さんからしたら不安になるのは当たり前でしょ。笑うなよ。」
「へいへい。」
適当に返事をして待ってるとあの女騎士団長が奥からかったるそうにやってきた。海ちゃんと何か話してるが聞こえない。雰囲気的に楽しそうな会話ではなさそうだ。海ちゃんがどんどん下を向いていく。
まさか俺たちのこと聞いてるんじゃねぇだろうな!
「ジョン!なんかやばくねぇか?」
「うん。そろそろ行こう!」
ジョンの返事を聞いてすぐに俺たちは海ちゃんと女騎士団長の元へ走っていく。
「んで?アイツら来んの?」
海に聞いてみると下を向いて頷いた。
「戦闘になったら後ろに下がってなよ?マジで危ないから。いいね?」
「…はい。」
そんな小さい声で返事するなよ。なんか私が虐めてるような気分になってくる。
「大丈夫だって。殺しゃしないよ。第一騎士団長様も言ってたでしょ!」
そう言って励まそうと海の肩を叩こうとしたら視界の端に赤とグレーの動くものが見えた。すると兵士が武器を構えて声を荒らげた。
「止まれ!」
「貴様らは手配書の2人組だな!」
「大人しく武器を捨てて両手を上げろ!」
兵達には手配書だけ見せてある。この獣人2人が海の連れだとは教えてない。
「うるせぇ!俺たちはなんもしてねぇ!無実だ!」
赤いのが吠える。
「僕らは話をしに来たんです!シルビアさん!聞いてください!」
今度はグレーのが声をあげる。
私をご指名か〜。かったりぃな。まぁでも私しかこの2人と面識ないしな。どうせそうなるとは分かってたけどさ。
チラッと横を見ると海が下唇を噛み締めて2人を見ている。私はそれを横目に2人の元へ歩き出す。武器を構える兵士たちの間を抜けて先頭に立つ。
「お前らがうちの国で略奪した奴らだったとは思わなかったよ。なんも知らねぇ田舎者かと思ってた。大人しく捕まれば罪軽くしてやるよ。」
私の言葉に2人は唯一の救いが消えたと思ったのか武器を握りしめた。それを見た兵士たちは距離をジリジリ詰めていく。私も武器を手にかけ、いつでも剣を抜けるように構えた。
「大人しく捕まる気はないんだな!なら力ずくでいくぞ!いいな!」
私は声を荒らげて最後の忠告をする。
「僕らは無実です!この大陸に初めて来たのも数日前です!ましてやフェルス王国なんて行ったこともない!」
グレーのが必死に訴えてるが、赤いのは殺気剥き出しで今にも飛びかかってきそうだ。
「俺らが獣人だからか?だから罪を被せようってのか?」
赤いのが言ってる意味が分からない。獣人だろうが人間だろうが関係ない。昔人間に何かされたのかは分からないが相当人間嫌いだなアイツ。
「獣人だろうが関係ない。罪人は罪人だ。で?どうすんだ?戦いが望みなら受けて立つぞ。」
私の言葉が引き金になったのか、赤いのが牙をむき出して包囲しようとしてた兵士に雷魔法を放った。
「ジョン!もう終わりだ!行くぞ!」
「くっ…。仕方ない…。」
グレーのが弓を構えて矢を放った。おそらく風魔法だろう。軌道が普通じゃない。兵士の間をくねくねすり抜けて私の足元に刺さった。咄嗟に避けたが矢が刺さったと同時に矢の周りに竜巻のようなものが現れた。兵士たちは巻き込まれないように離れるが、今度はその隙をついて赤いのが切り込んでくる。何人も武器を飛ばされているのが見える。私は剣を抜いて赤いのに向かって振り下ろした。
ガキン!!
剣と剣のぶつかる音がした。音の発生源を見るとシルビア殿と赤い猫の獣人が刃を混じえている。後方から一部始終を見ているが確かにあの二人の獣人は戦闘力が高いようだ。
「またシルビア殿は楽しそうに…」
ついため息混じりに言ってしまった。あの第二騎士団長は戦闘になると楽しそうな顔をする。あれじゃ嫁の貰い手がないのも頷ける。ふと異世界人の海殿を見ると今にも飛び出していきそうだ。私は足早に海殿に近づき声をかける。
「後ろに下がっててください。危ないですよ。」
「本当に怪我させないんですよね?!」
切羽詰まった顔で聞いてくるので、安心させるために笑顔でゆっくり頷いた。それでも心配そうに獣人達を見守っている。
すると爆発音が聞こえた。爆発音がしたほうを見ると、グレーの猫の獣人が火魔法でシルビア殿と赤い猫を引き剥がしている。
なるほど。隙をついて逃げるつもりか。そろそろお開きだな。シルビア殿が本気を出す前に。
私は海殿を近くの兵士に任せて、愛槍を持って戦場へと足を踏み出し、声を発した。
「そこまで!」
するとシルビア殿は気づいて後ろへ飛び退いた。獣人2人も動きを止めてこちらを注視している。
「てめぇ誰だ!」
赤い猫が剣を構えながら言う。
「こいつは私と同じフェルス王国の第一騎士団長様だ。」
私の代わりにシルビア殿が返事をする。
その『様』付けが癇に障る。わざとなのが余計腹立つ。まぁ今は置いておこう。
1つ深呼吸をして2人に声をかける。
「お前らの実力はよく分かった。合格だ。」
2人は固まって頭にハテナを浮かべる。
「お前らは略奪、海殿を略奪した罪に問われている。だが我が国は、力あるものが国のために働き罪を償うことを許可しているのだ。お前らも罪滅ぼしの為に騎士団に入りなさい。そうすればこの場で捕まえることはしない。」
私の言葉をポカンと聞いていたが、ハッとした後再び戦闘態勢になり赤い猫が声を荒らげた。
「だから略奪なんかしてねぇ!」
「待ってチャミ。海さんを略奪ってどういうことですか?」
グレーの猫が赤い猫を制して聞いてきた。
「お前らは昨夜、海殿を無理にでも連れてここから逃げようと企てていただろう。」
2人は体をビクリとさせた。後ろの方で海さんの驚く声も聞こえた。
「その反応を見るに間違いはなさそうだな。だからお前ら2人は略奪の罪に問われているのだ。」
獣人2人は黙っている。すると後ろから走ってくる音が聞こえた。海殿が私の側に来て獣人2人に話しかける。2人の側に駆け寄らないところを見ると自分の立場をよく分かっているようだ。
「2人とも…本当なの?」
信じられないといった様子で問いかけると、獣人2人は顔を見合せてからバツの悪そうな顔で頷いた。
「でも結局実行はしなかった…。海ちゃんを困らせたくなかったから…。」
赤いのがポツリと言う。
「僕が言い出したんです!チャミは何も悪くありません!」
「おいジョン!お前一人で罪を被ろうとか考えんな!俺も同意したんだ!俺も同罪だ!」
グレーの猫の言葉に赤い猫が言い返す。そして2人とも同罪だと私に向かって必死に声をあげる。さてどうしたものかと考えていると突然豪快な笑い声が聞こえた。
「あははははは!」
シルビアさんの笑い声が緊迫したこの場に響き渡った。
「いや〜、友情ってやつか?青春だね〜。」
先程までの戦闘中のシルビアさんとは全く雰囲気が違う。最初に会った時の雰囲気だ。
「緊張感のない声出すのやめてください。だからあなたはいつも皆の悩みの種なんですよ。」
と、隣からため息混じりのルークさんの声が聞こえた。
「うるせぇわ。こんな茶番に付き合ってやってるだけありがたいと思いな!」
シルビアさんの言葉は私の心にグサッと刺さった。そうなのだ。この状況は私がお願いしたようなものなのだ。
ジョンとチャミは状況が把握できずにいる。するとルークさんが全てを語ってくれた。
私が騎士団長さん達にチャミとジョンの事を相談したこと。そしてルークさんが2人の身辺を探って、私を無理にでも連れて逃げる計画を立てていることを知り、それを理由に手配書をばらまいたこと。私に手配書を持って2人に知らせに行かせたこと。戦闘力を知るために戦ったこと。全ては2人をフェルス王国に連れていくための計画だったのだ。
種明かしをしたルークさんは2人に
「我が国の法律は厳しい。略奪の罪は計画を立てた時点で罪に問われる。実行しなかったとしてもだ。だからここで2人を見逃すわけにはいかない。それに手配書もあちこちに行き渡っているだろう。お前らは立派な罪人となったのだ。」
と、厳しい口調で言った。
「法律が厳しい代わりに償う機会も多い。騎士団で働けば罪はチャラ。うちのは優しいのか優しくないのか分からない法律だよな。制定した奴がひねくれてんだよ。まぁでもお前らなら騎士団に入ってもやっていけるだけの力はあるから大丈夫だろ。」
今度はシルビアさんが2人に言う。
ジョンとチャミは黙ったままだ。私はどうしたらいいか分からず2人を見たり騎士団長さん達を見たりしてるだけ。
暫く重い空気が流れていたが、チャミの声で空気が一変した。
「分かった。じゃあ騎士団に入れてくれ。」
「えっ?!チャミ?!」
ジョンが驚いた様子でチャミを見る。私も驚いて見てしまった。
まさかチャミが素直に従うと思わなかった。
「そっちのグレーのはどうする?」
シルビアさんがジョンに問う。ジョンは俯いて考え込んでいる様子だ。するとチャミがジョンに小声で何か言ったかと思ったら、ジョンも顔を上げて
「分かりました。騎士団で罪を償います。」
と言ったのだ。
そこからはあっという間だった。フェルス王国の人達は準備を整えもう街を出発すると言い、私を馬車に乗せた。乗る時にチャミとジョンを見たが、2人とも騎士団の証であるベルトを貰って付けていた。
馬車の隣には乗馬したシルビアさんがいる。先頭はルークさんらしい。2人はどこにいるのか分からないが一緒にいる事だけは教えてくれた。
午後のポカポカした陽気の中私たちは街を出た。
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