第十一話 騎士団長
島を出発してようやく大陸に戻ってきた。団員たちも疲れた顔をしている。それもそうだろう。目的の異世界人とは会えず無駄足になってしまったのだから。しかし会えなかったとなるとまた探さなければならない。情報をまず集めねば。
この先のことを考えながら船を降りていくと、疲れを倍増させる顔がそこにあった。
「なぜそんな顔をしているんですか。」
私は嫌な予感がしたが聞かずにいられなかった。シルビア殿が腕を組んでニヤニヤしてそこに立っているのだから。
「無駄足だったんだな〜と思って。」
本当に腹の立つ人だ。その顔を殴り飛ばしてやりたい。
「なぜそう思うのですか。報告はまだしてませんが?」
「その顔見ればわかる。と言いたい所だが別の理由があるからかな。」
どういう事だ?私は怪訝な顔をしながらその先を促す。シルビア殿はニヤニヤしながらとんでもないことを言った。
「例の異世界人。私が保護した。」
いや〜。見事に想像通りの反応だな。いつもの凛々しい顔はどこへいったのやら。声も出せずに固まっちゃったよ。いい間抜け面だ。
固まったままの第一騎士団長を現実に戻してやろうともう一度言ってやる。
「たまたまその異世界人の連れに目をつけてたら当たりでさ。異世界人と直接話して、うちの国に来いよって言ったら着いてきてくれるってさ。あんたの仕事、代わりにやっといたぜ。ごくろーさん。」
多分自分でも相当ドヤ顔してるんだろうなとは思う。でもこれがドヤ顔せずにいられるかって。私を留守番にした報いだ。
そう。あれは5日ほど前。この街の近くに転移術で来てすぐのことだ。デカイ魔物が出たらしく冒険者達が討伐に集まっていた。そこに私らが来て討伐の手伝いをお願いされたのだ。久しぶりに暴れられると思って私が手を挙げた。さっさと終わらせてくるから待ってろとアイツに言ったのにアイツは何も言わずに船で島に行ってしまったのだ。
「そ、その異世界人は今どこに…?」
おぉ!さすが第一騎士団長様だ。状況把握が早いな。でも額に青筋立てて感情が隠せてないのはこの際目をつぶってやろう。
「近くの宿にいるよ。国に戻る手筈が整ったら迎えに行くって言ってある。それまでに連れとの別れを済ませとけってことも伝えた。」
「そうですか……。」
言葉が出ないのか額に手を当て小さい声で返事をするだけ。仕方ないから私が段取りの話を振ってやる。
「どうするよ?早速明日にでも出発でいいか?あんたらも少し休んだ方がいいだろ?」
「そうですね。明日でいいでしょう。ですが先に私もその異世界人と会います。あなたの話だけではきっと不安でしょうから。」
「はぁ?私じゃ役不足ってのか?ちゃんと承諾したわボケ!」
いつもの癇に障る言い方をしてきたからつい言い返してしまった。こいつ本当にムカつくな。
部屋の扉がノックされる音でハッとした。ただ悶々と考え込んでしまっていたようだ。
「あ、はい!」
急いで扉の向こうにいる人へ返事をする。
「シルビアだけど、今話せる?」
その言葉に心臓が跳ねた。ついにフェルス王国に行く手筈が整ったのだろうか。まだ2人ともちゃんとお別れできてないのに。
一瞬戸惑ったが断るわけにもいかずゆっくり扉を開ける。そこにはシルビアさんと…もう一人知らない男性が立っていた。
「こいつはうちの国の第一騎士団長。」
クイッと親指で後ろの男性を指さして紹介してくれた。男性はその紹介に不満なのかシルビアさんを睨んでいる。そしてゴホンと咳払いをし私に向かって自己紹介をしてくれた。
「私はフェルス王国の第一騎士団長、ルークといいます。うちの第二騎士団長がご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
丁寧な言葉遣い、爽やかな笑顔、そしてハリウッドスターのような美しい容姿。こんなイケメンと話す機会などなかったからドキドキする。どう答えていいか分からず困っているとシルビアさんが
「おい。私は迷惑なんかかけてないって。その気持ち悪い爽やかモードやめろよ。」
と、冷たい視線でルークさんに言う。
「うるさいですよ。」
ルークさんも負けじとシルビアさんを睨んでいる。
この2人は仲が悪いのかな?険悪なムードに気圧されて私が怒られているような気になっていく。
「あ、あの…要件…って…」
恐る恐る声をかけると2人は同時にこちらを見て柔らかい雰囲気に戻る。
「すみません。話がしたくて訪ねてきました。中で話しても?」
「あ、はい!どどどうぞ!」
少しどもってしまったが中に2人を通す。やはりイケメンの笑顔に耐性がないのを痛感する。
シルビアさんとルークさんに椅子を勧めるが断られたので私も立ったまま話を聞くことにした。
「突然で申し訳ありません。あなたが異世界人の海殿で間違いありませんね?」
「は、はい…」
「良かった。実は獣人の島、つまりあなたが最初に召喚された島に迎えに行ったのですが入れ違いになってしまったようで心配していたのです。無事にお会いできて何よりです。」
入れ違い?!そんな迷惑をかけていただなんて!
「こ、こちらこそご迷惑をおかけしてしまったようで!」
「いえ。気にしないでください。」
爽やかな笑顔が眩しい。ルークさんは目に毒だ。
そんなイケメンとの会話に慣れず落ち着かない様子で受け答えしてると、痺れを切らしたシルビアさんがルークさんに小言を言った。
「さっさと本題に入れや。」
「あなたは黙っててください。」
再び2人の睨み合いが始まり険悪ムードになる。そしてルークさんが咳払いをし、私に向き直る。
「失礼しました。シルビア殿から話は聞いていると思いますが、うちの国…フェルス王国に来ていただけるということでよろしいですね?」
「はい。ナコ…さんという異世界人もいると聞いたので。ぜひお会いしたいなと。」
「そうですか。承諾してもらってありがとうございます。きっとナコ殿も喜ばれます。では早速フェルス王国への移動についてお話しますね。」
この東大陸の北の方だとは聞いているがどのくらいかかるのかは想像もつかない。歩きとなると相当大変そうだ。少し自分の体力が心配になってきた。
「まずここから少し北の方に移動します。あなたは馬車に乗っていただくので心配しないでください。」
あぁ。やはり馬車なのか。ならそこまで体力の心配しなくても良さそうだな。
「そしてそこからフェルス王国までは転移術で一気に移動します。もしかしたら魔法酔いしてしまうかもしれませんが我々がサポートします。」
「ま、魔法酔い?」
つい不安が口から出てしまった。
「魔法酔いとは、転移術によくある副作用です。魔法を使ったことのない者が初めて長距離を一瞬で移動する転移術に触れると起こるものです。」
なるほど。魔法は使ったことないから私は確実に酔いそうだな。
「そうは言っても個人差があるから全然平気な場合もあるよ。もし酔ってもすぐ治るから心配すんな。」
シルビアさんが不安そうな私を見て助け舟を出してくれた。こういう所でシルビアさんの優しさが垣間見える。
「そうですね。我々がしっかりフォローするのであまり心配することはありません。それでフェルス王国に転移してからは半日程で城に着きます。まぁここから城まで1、2日ほどですね。」
と、ルークさんが説明の続きを話してくれる。
「以上ですが何か質問などありますか?」
ルークさんの話は分かりやすく知識のない私でも理解できた。
「いえ。大丈夫です。」
と言ったにもかかわらず曇った顔をしているのが気になったのか、シルビアさんが
「どうした?なんか心配なとこあったか?」
と聞いてくれた。
フェルス王国までの道のりはきっと大丈夫だろう。だがどうしても頭をよぎる事がある。チャミとジョンの事だ。言うか迷ったが、シルビアさんとルークさんの誠実そうな顔を見たら言ってしまいたくなってしまった。
「あの…。チャミとジョンの事なんですが…」
ルークさんは頭にハテナを浮かべてシルビアさんを見る。シルビアさんは困ったように頭をかいている。
「ここまで2人には初めに出会ったってこともあり、付き合わせてしまいました。用事が済んだから、はいさようなら、ってわけにもいきません。それに2人ともまだ私がフェルス王国に行くことを納得してくれてないんです。」
蚊の鳴くような声で2人に説明をしていく。
「あの2人になんて言ったらいいのか…。」
そこまで言って言葉が詰まってしまった。下を向いていた顔をチラッと上げると2人は真面目に悩んでくれている。暫く3人の間に沈黙が流れる。そしてシルビアさんが突然ポンッと手を叩いた。
「じゃああの2人も連れてけばいいんじゃね?」
「連れてくと言っても本人達を説得できるんですか?」
呆れたようにルークさんがシルビアさんに返事する。
「なんかこう策を練って一緒に行かざるを得ない状況を作るとか!」
行かざるを得ない状況…か…。
ルークさんは暫く考えてポツリと言った。
「この国にいられないようにすれば…」
最後までお読みくださりありがとうございます。
感想、レビュー、評価など頂けたら励みになります。誤字脱字、読みずらいなどありましたらコメントください。日々精進です。




