第一話 親友が消えた
異世界転移というものを書いてみました。
親友とは、文字通り「親しい友人」。
信頼し合っている。
一緒にいても気疲れしない。
久しぶりに会ってもすぐに今までの感覚を取り戻せる。
ふとした時に頭によぎる。
お互いの良い面も悪い面も理解している。
『かなこ』
それが私の親友だ。
向こうはそう思ってないかもしれないけど。
夜布団に入って目を瞑ると色んなことが頭に浮かんでくる。
あの時先輩にああ言えばよかったな。そしたらもう少しスムーズに話が進んだかも。
あのゲームの続きやりたいな。
週末は会う約束してたな。何時にどこ集合って決めてないな。連絡しなきゃ。
明日のお昼ご飯はあのカレー屋に行こう。定休日じゃないよな?
取り留めもない、ジャンルもバラバラなことが浮かんでは消え、浮かんでは消える。そうやっているうちにいつの間にか眠りについて目覚ましアラームで飛び起きる。
「あ~。折角準備して家出たのに夢だったとは…。また同じことしなきゃいけないなんて最悪。」
毎日同じことの繰り返しをしているとよくあることだ。リアルすぎる夢。仕方なく夢と同じことをして家を出る。電車に乗ってスマホを取り出す。週末の予定を決めるために連絡をしようとトーク画面から『かなこ』の文字を探す。しかし見つからない。久しぶりだから下のほうに行ってしまったのか?もう一度上から探していくがやはり見つからない。間違えて消してしまったのかと思い、連絡先一覧から探す。しかし『か』がそもそもない。メールにも電話にもいない。まるで今までそんな人が居なかったかのように私のスマホから『かなこ』が消えてしまった。
共通の友人に連絡先を教えてもらおうと思い立ち、連絡してみた。スマホをポケットに仕舞って何故見つからないのか考えてみたが思い出せない。寝ぼけて消した?いやいや、さすがにそれはないだろう。
そんなことを考えていたらスマホが短く震えた。ポケットから出して画面を開いて私は固まってしまった。
『かなこって誰よ(笑)』
質の悪いいたずらなら笑えない。
『いやいや、かなこだよ。高校でいつも一緒だったじゃん。何言ってるの。』
そう送ればすぐに返ってきた。
『そんな子いないよ。どうした?』
あれからいろんな人に連絡してみたが誰一人かなこを覚えていない。いや、元々知らないという雰囲気だ。まさかそんなことあるだろうか。
私は会う約束をしていた当日、かなこの家に行ってみた。以前何度も遊びに行き何度も泊まったことのある家だ。マンションの3階。見慣れた光景。部屋番号を確かめてインターフォンを鳴らした。そしてインターフォン越しに聞こえた声は知らない男の人の声だ。事情を説明したがその男性は2年前からこの部屋に住んでいるというのだ。
近くのカフェで席に座りスマホを取り出す。だが画面を付けたり消したりしているだけ。カップから立ち上る湯気を眺めているが頭の中は真っ白だ。一体何が起こっているのか。かなこが消えた。この湯気みたいにユラユラして空気に溶け込んで消えてしまった。
暫くボーっとしていたがハッとしてスマホを手に取った。かなこの実家は確か写真館を営んでいたはずだ。高校の時遊びに行ったことがある。実家の写真館の名前をネット検索する。ドキドキしながら検索ボタンを押すと…あった!ここだ!地図の場所も合ってるし外観も見たことがある。電話番号を押して電話をかけようとしたが、ここがカフェであることに気づいて急いで店を出た。そして近くの広場に来てからもう一度スマホを握りしめた。一つ深呼吸をして電話をかけた。
呼び出し音の後スマホの向こうに聞いたことのある女性の声が聞こえた。かなこのお母さんの声だ。私はホッとして口を開いた。
「こんにちは。お久しぶりです。かなこさんの高校の友達の班目です。」
少し間を置き声が聞こえた。
「えっと…。おかけ間違えではありませんか?うちに『かなこ』なんて子はおりませんが…。」
頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。
そして考えたくはなかったがどうしても頭をよぎる『それ』を聞かざるを得なくなった。
「あ、あの。かなこが私とはもう関わりたくないとか…そういう理由で言ってるのならもう連絡はしません。ただあまりにも急なので私もどうしたらいいのかわからなくて。友達もみんな知らないというし、お母さんもそう言ってくれとか言われてるのでしょうか?」
何か理由があってかなこが私と縁を切りたくて親や友人達にそう指示しているのかも、と考え聞いてみた。それはそれでつらいが突然消えた理由はわかるのだから仕方ない。
「いいえ。本当にうちには『かなこ』という子はおりません。班目さんでしたか?おかけ間違えでしょう。うちは写真館です。」
私は声が出なかった。
「それでは、失礼します。」
という声の後にツーツーという機械音が聞こえた。
自宅のベットに寝ころび天井を見上げる。かなこと最後に会ったのはいつだっただろう。確か春の終わり頃だ。暑くて上着を脱ぐ時にカバンを持ってもらった。それで長袖に長袖は暑いよ~という会話をして笑った記憶がある。ということは今は真冬だからもう半年以上経つのか。その間一切連絡を取っていなかったということか。時間が過ぎるのがあっという間なのか、長期間連絡を取らなくても平気なのが当たり前になっていたのか。今となってはどうやって知り合って仲良くなったのか全く思い出せない。いつも当たり前に隣にいるものだと思っていた。
一体かなこはどこへ行ってしまったのか。何故連絡が取れないのか。私の記憶にだけいて、ほかの人には存在すらしていないのは何故か。まさか実親ですら記憶にないなんて。
スマホの写真をスクロールしても彼女の姿は見当たらない。旅行中に一緒に取った写真があったはずなのにその写真が見つからないのだ。この写真とこの写真の間にあるはずなのに無い。本当に私の記憶にしか存在しないようだ。
季節は春に変わろうとしていた。まだ寒さが残るが風は温かみを帯びている。桜の木に蕾が出てきて今年もここの桜並木は綺麗なピンク色に染まるのだろう。
そんなことを考えながら駅までの道のりを歩いていく。そして電車に乗り目的地へ向かうまで私はボーっとしていて体がふわふわとしている。心ここにあらずというのはこういうことなのか。
目的地の雑居ビルに着いてようやく実感が湧いてきた。『花丸探偵事務所』という文字は案内プレートの2階の欄に書かれている。階段を上り、扉の前に立つ。銀色の所々汚れが目立つ扉をノックしようと手を伸ばす。だが手は動かない。心臓がドキドキしているのが聞こえ、手も少し震えているのがわかる。すると突然後ろから声が聞こえた。心臓どころか体までビクッと飛び跳ねた。後ろを振り向くとそこには白髪交じりの髪をした頭一つ分背の高い男性が立ってこちらを見ていた。
「うちの事務所にご用ですか?」
ぽかーんとして扉の前を陣取る私にその男性は困ったように頭をかいてもう一度声をかけた。
「あの、そこどいていただけますかね。うちの事務所なんですが。」
ハッとして私は取っ散らかった頭の中を整理することもなく言葉を急いで発した。
「あ、ああ、あの!私電話した班目です!」
思ったより大きい声が出たことに自分でも驚いた。もちろんそれは男性もそうだったようで目を丸くしている。そして思い出したかのように
「あー。班目さん。そうか…もうそんな時間だったか。これは失礼。どうぞ中へ。」
そう言って扉の向こうに促した。
ソファに座り、私はカバンを握りしめていた。男性はお茶を私の前のテーブルに置き、向かい側のソファに座った。部屋の中は思ったより綺麗に整理整頓されていた。ただ物が多いという印象だ。衝立の向こう側からタイピングのカタカタという音が聞こえるから他にも人がいるのだろう。
「では早速ですがお話を伺いましょう。あ。こちら名刺です。花丸と申します。」
名刺をテーブルに置いて、男性、花丸さんはお茶を一口飲んだ。そして両手を組んで膝の上に置いて話し出すのを待っている。私は何から話そうか考えていたが最初からそのまま話すのがいいだろうと思い、かなこが消えたことについて話した。花丸さんは黙って聞きながらたまに手帳のようなものにメモをしている。
一通り話し終え、私が黙って下を向いていると、花丸さんはパッと顔を上げて困ったように頭をかいた。癖なのかな頭かくの。
「写真もない、実家にもそんな子はいないと言われ、知り合いも皆知らないという。あなたの記憶の中にしかいない人を探してほしいと。そういうことですか…。」
ただ黙って伺いを立てるように花丸さんを見るしかない。
「苗字は?その方の。」
「櫻井です。櫻井かなこ…です。」
「さ…く…ら…い…ね。」
ふむふむ言いながらメモを取っている。そして少し考える素振りを見せた後、
「手は尽くしてみます。3日ください。それで何も分からなければ諦めてください。他の探偵事務所に行ってもいい。多分どこも同じような感じになるとは思いますが…。あ。お代は結構です。3日後に何か手掛かりの一つでも見つかったらということにしましょう。」
と、早口で言った。
あっけにとられた私はただ
「はい。お願いします。」
としか言えなかった。そして厄介払いでもされるように扉へ向かわされ、あっという間に扉の外へ出されてしまった。
3日後、再び探偵事務所の扉の前に立っている。
3日前の様子からして多分大して探してくれてないだろうとは思っているが、少しでも成果があって欲しいと願いながら扉をノックした。中から花丸さんの返事があり、意を決して扉を開けた。一瞬眩しさで目を細め一歩中に足を踏み入れると、そこにはあるはずのない光景が目に入ってきた。
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