第九話 死体を焼いて埋めたらしい
「ヒュノも大丈夫そっすね。気ぃ失ってるだけっす」
「……そう。なら良いわ」
夜の街道、ノウドさんがヒュノさんを抱え上げる。
白い鳥人を抱えて歩いてノウドさんの姿を見て、アイリス様は僅かに脱力したような感じを見せた。
いざヒュノさんの無事が分かって、緊張の糸が切れたのだろう。
さっきまでの張り詰めた空気が緩んでいく。
それほどまでに、ヒュノ・ファルカという使用人はアイリス様の中で大きな存在なのだろうか。
「そういえば、どこでヒュノは攫われたの? 貴方達はずっと一緒だったんでしょう? ヨネの間合いにいて、掻っ攫われるようなこともないと思うけど」
思い出したかのように、アイリス様は尋ねる。
私はよく知らないが、アイリス様の口ぶりから察するに、ヨネさんは相当な手練れらしい。
確かに、ヨネさんの魔力が街道を動くスピードは異常だった。
彼女が馬に乗っていた様子も無いし、誘拐犯を追って走っていたのだろうが、尋常ではない走力とスタミナだ。
それだけ高い身体能力を発揮できることを思えば、近接戦闘でもかなりの強者だと想像できる。
「それが……ブローカーと呼ばれていた男が、セイレンディス家の家紋を持っていました。ヒュノに話があるというので会わせたら、そのままヒュノを連れ去ったので……」
「セイレンディス家の……?」
ヨネさんの語る話に、私は思わず声を出す。
言うまでもなく、アイリス様はセイレンディス家の長女だ。
そんなアイリス様の使用人を誘拐したのが、セイレンディス家の人間だなんて話があるのだろうか。
偽物か見間違いではないのか。
そう言葉を紡ぐ前に、エイディーン様が声を上げた。
「おー、あったあった」
一人、アイリス様が魔術で殺した男の遺体を漁っていたエイディーン様。
原形を留めないほどひしゃげた遺体から、彼女はネックレスのような飾り物を取り出している。
「うん、これアイリスん家の家紋だわ」
「見せなさい」
アイリス様はエイディーン様に近付き、彼女が手に持った家紋を凝視する。
たっぷり数秒かけて観察してから、アイリス様は顔を上げた。
「うちの家紋で間違いないわね」
見間違い、という線はこれで消えた。
現物が残っていて、それをアイリス様が直接見て確認したのだ。
少なくとも、ブローカーという男が持っていたのはセイレンディス家の家紋と同じ模様をしている。
「偽物じゃないんですか? ヒュノさんを攫うために、偽物の家紋を見せて油断させようとしたんじゃ……」
「うん、その可能性は十分ある。ただ、貴族の家紋を偽造するのはご法度。バレれば死刑。今回の相手はこっちを油断させるためだけに、死ぬリスクを背負うほどガチってことになる。まあ、ヒュノ君を誘拐なんて絶対アイリスに殺されるわけだから、別に変な話じゃないんだけど」
確かに、言われてみればリスクとリターンが釣り合ってないような気がする。
オドマリア王国において、家紋の偽造は死罪に問われるほどの重罪だ。
それだけのリスクを負って、誘拐犯が得られるリターンはヨネさんとノウドさんの僅かな油断。
そもそも、家紋を見せても完全に油断させられなかったから、ヨネさんとノウドさんに追われたわけだ。
それ以前に、貴族の家紋を偽造できるほどの技術者を、一介の誘拐犯が用意できるのだろうか。
いや、もっと根本的なことを言えば、何故ヒュノさんを誘拐しようだなんて考えたのだろう。
「恐らく……お父様が寄越した刺客でしょうね」
アイリス様が零した考察に、私は思わずぎょっとした。
アイリス様のお父様と言えば、オルトス・セイレンディス公爵。
この国の宰相として、王族に次ぐ権力の持ち主だ。
そんなオルトス様にとって、アイリス様は後継者の最有力候補。
自分の後継者の使用人を誘拐するというのは、簡単には飲み込めない話だ。
だが、何よりも驚きだったのは、呟くアイリス様の声音に、どこか確信めいた響きがあったことだった。
「どういうことですか……? オルトス様がヒュノさんを……? そんな、どうして――――」
「私が西部戦線に参加するのが気に食わないんでしょうね。ああ見えて、お父様は能力登用主義を認めてる。西部戦線はちゃんと平民の力だけで勝って、能力登用主義台頭の足掛かりにしたい。だから私みたいなのが割って入って、万が一にでも戦果を上げられたら困るのよ。ヒュノを人質にして、私に戻って来いとでも言うつもりだったんでしょうね」
アイリス様が淀みなく語る、オルトス様の狙い。
確かにそれは筋が通っていて、多分この状況から導ける答えの中では一番正解に近くて、誘拐犯がセイレンディス家の家紋を持っていたことも説明できて。
だというのに、私には青天の霹靂だった。
「へぇ~、アイリスパパが能力登用主義を買ってるのは意外だったナー。あの人、そんな感じだったっけ?」
「ウィゼルトンとの同盟を重く見てるんでしょう。あっちは市民階級にも魔術が解放されているし、オドマリアでも同じようにしたいのかもしれないわ。そうなれば、オドマリアにも魔術連の支部を置ける。魔術の発展は見込めるでしょうね」
何となく、思っていた。
セイレンディス家は平民を見下していて、貴族の力だけを信じている。
他の貴族も大体そうで、平民のことを認めたり助けたりはしてくれない。
ディアナ家だけが例外で、私なんかを養子に迎え入れてくれた。
貴族はみんな貴族らしいことを考えていて、能力登用主義なんて顧みもしないのだと、何となく思っていた。
貴族も一枚岩じゃない。
こんな簡単なことに、私は今更気付いた気がした。
「じゃあ、私のせいで……」
言ってから気付く。
どうして、罪悪感なんて感じているのだろう。
確かに、アイリス様を西部戦線に連れ出したのは私だ。
ヒュノさんが誘拐された原因は、私にあるのは間違いない。
けれど、そもそも私は彼らを西部戦線に連れて行くつもりだったのだ。
ヒュノさんも、アイリス様も、そこで戦死するかもしれない。
誘拐程度のことに、私はどうして罪悪感を覚えているのか。
「ノウド、死体焼くわよ。魔術で火を起こして。煙は私の魔術で水に溶かすわ。焼いたら埋めるから、エイディーンは穴でも掘ってなさい」
考える。
アイリス様は何を思っているんだろう。
死体を処理しているのは……殺人犯として逮捕されないためかな。
アイリス様は誘拐犯を撃退しただけだけど、死体が残っていれば殺人犯に仕立て上げられるかもしれない。
逮捕されてしまえば西部戦線にも行けなくなるから、オルトス様がそういった策を講じてくる可能性はある。
実の父に使用人を誘拐されるのは、どんな気持ちなんだろう。
それもただの使用人じゃない。アイリス様が特に大事にしているヒュノさん。
アイリス様にとってヒュノさんが大事だと分かっているから、オルトス様も誘拐する相手として選んだのだ。
自分が誰かを想う気持ちを利用されるのって、どんな気分なんだろう。
私がお義父様にレイヴンを人質に取られたら、すごいショックだ。
平民として暮らしていた時なら……どうだろう。よく分からない。
「アイリス様」
パチパチと音を立てて、遺体が焼けていく。
アイリス様は焼ける遺体の側に立って、魔術で生成した水で煙を吸っている。
ほとんど無意識の内に、私はアイリス様の隣に立っていた。
「ごめんなさい。私が西部戦線に参加してほしいと言ったばかりに、ヒュノさんを危険な目に……」
言っている途中で、自分が何を言っているか分からなくなる。
人体の焼ける音だけが、やけに鼓膜を叩いていた。
パチパチ、パチパチ、と。
まるで、焚火を囲んでいるみたいに。
「別に。お父様はそういう人よ。遅かれ早かれ、ヒュノは何かに利用されてたわ」
アイリス様の声音はやっぱり冷たい。
でも、遠回しに私を許してくれた。
炎の光に照らされて、アイリス様の横顔が明るく映る。
綺麗な顔だな、と思う。
どうしてだろう、いつもより彼女が近くに感じた。




