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君と雛鳥と海渡り ~海鳴りの魔女が挑む政治戦争。圧倒的な魔術の才能で全員捻じ伏せて、王国最高の権力者へ~  作者: 讀茸
第一章 旅道中

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第六話 怒って宿屋の床板を壊したらしい

 西部戦線までの道程は長い。

 馬車をずっと走らせても丸一日はかかる。

 馬の疲れや御者台に乗る使用人の負担も考え、私達は半分ほどの道のりを行った所で宿を取った。

 貴族や商人向けの高級志向の宿だった。

 小綺麗なカウンターで、アイリス様は受付嬢と会話していた。

 使用人三人は馬車を厩舎に停めに行っていていない。エイディーン様はふらふらとどこかへ行ってしまった。


「一泊で三部屋ほど取りたいのだけど」

「はい。ただいまの空き部屋が――――」


 正直、平民上がりの私はこういう宿に慣れていない。

 今まで私が泊ってきた宿と言えば、おっさんが経営している安宿くらいのものだ。

 私が綺麗なインテリアや清潔なカウンターに気を取られている内に、アイリス様はあっという間に受付を終えていた。


「では、お支払い銀貨十五枚になります」


 受付に言われた通り、アイリスは財布から銀貨を取り出す。

 そこで私はハッとして、彼女の隣にまで駆け寄った。


「あ、私払います」

「はした金よ。引っ込んでなさい」

「でも、元はと言えば私が持ちかけた話だから……」

「引っ込んでなさいと言ったでしょう。変な気を回さなくて良いわ」


 私の申し出を一蹴し、アイリス様は銀貨を支払った。

 彼女の苛立たしそうな視線が私に刺さる。

 怒っているのだろうか?

 私のような平民にお金を払われるのは、アイリス様にとって不愉快だったのかもしれない。

 貴族としてのプライド……なのだろうか?

 私にはよく分からない。


「ブルーメ」


 不意に名前を呼ばれて、思わず肩が跳ねる。

 視線を上げると、アイリス様がすぐそこで私を見下ろしていた。


「エイディーンと同室で大丈夫? 嫌ならヨネと一緒にもできるわよ」

「あ……はい、大丈夫です」


 正直に言うと、エイディーン様は少し怖い。

 理屈や理由以上に、あの捕食者のような目が本能的な恐怖心を煽る。

 けれど、エイディーン様自体は私にも好意的だ。

 むしろ、気にられているような気さえする。

 同室を拒むほどの理由は無い。


「そう。嫌になったらヨネか私の部屋にでも逃げてきなさい」


 ひどく冷たい口調でアイリス様は言う。

 気遣ってもらえた……のだろうか。

 私がエイディーン様に恐怖を抱いていることを気にかけて、部屋割りを相談してくれたのか。


「ありがとうございます……」


 私がそう言っても、アイリス様は何も言わない。

 ミッドナイトブルーの瞳には相変わらず光が無くて、無表情な彼女はひどく不機嫌に見える。

 けれど、それは彼女の表層に過ぎなくて、本当は心優しい人物……だとは流石に思えないけれど。

 それでも、少しだけアイリス様の印象が変わった。

 私とアイリス様が荷物をまとめて部屋へ向かおうとしたところ、宿の入口からエイディーン様が駆け込んで来た。

 軽く走ってきたらしい彼女は、赤紫の目でアイリス様を見つめていた。


「ちょぉーっと問題発生だわ、アイリス」


 軽薄な口調。

 だが、その表情に僅かな緊迫感が滲んでいる。


「ヒュノ君が攫われた。今、ヨネちゃんとノウド君が追っかけてる」


 バキリ、と隣で音がする。

 それはアイリス様が床板を踏み砕いた音だと気付いた。

 アイリス様の身体から凄まじい魔力の膨張を感じる。

 大きく見開かれたミッドナイトブルーの瞳が、血走っているようにさえ見えた。


     ***


 二体の馬が街道を駆ける。

 鞍の上で鞭を打つのは瘦身の男。

 目の下に深い隈を浮かべた男は、伸び放題の長髪をなびかせて馬を走らせる。

 その白く細い右腕は、鳥人の少年を脇に抱えていた。

 抱えられたヒュノは既に意識を失っており、瞼を閉じて脱力している。

 男はついさっき攫ってきた少年を見下ろし、ニィと口角を上げた。


「ガキ一人で金貨五十枚。美味いったらねぇな」


 男は裏稼業を営んでいた。

 仕事は様々だ。

 盗み、脅し、人攫い、殺し。

 金さえ積まれれば何でもやるというのが、男のポリシーだった。


「依頼はターゲットの身柄を指定の場所で引き渡すまでだ。最後まで気を抜くな」


 隣を馬で並走する男が、瘦身の男に言い聞かせる。

 瘦せぎすで不健康そうな男とは違い、こちらは小綺麗な身なりをした長身の男だった。

 ただ一点異質だったのは、真っ白な仮面を被っていたこと。


「へいへい、お貴族様は厳しいな。分ぁーってる。仕事はキッチリこなすのが、オレのポリシーだからよぉ」

「そうか。だったら、追手の始末までキッチリこなしてもらおう」


 仮面の男がそういった直後のことだった。

 馬を繰る男二人の頭上から、一人の少女が降ってくる。

 それは片手剣を持った使用人の少女。

 高く跳躍したヨネ・アンダークが、馬上の男へと斬りかかっていた。

 ヨネが無言のまま振り下ろす片手剣。

 目がけるは瘦身の男。その脳天。

 頭蓋を叩き割るかに見えたヨネの一撃だったが、男は身を逸らしてこれを回避した。

 ヨネはそのまま馬上に着地。馬の上に立って、瘦身の男と向かい合う。


「おいおい! ただの使用人かと思えばとんだ武闘派じゃねぇか!」


 ヨネは剣を翻し、走っている馬の首を斬り落とす。

 スピードに乗ったまま、突如として絶命する馬。

 横転する首の無い馬から、ヨネと男はほとんど同時に飛び降りる。


「このガキ持ってけ! ブローカー!」


 瘦身の男は馬から飛び降りながらヒュノを投げる。

 馬に乗ったままの仲間へと投げ渡したつもりの人質。

 しかし、横から割り込んできた人影がそれを阻む。

 脇道から飛び出したノウドが、投げられたヒュノをキャッチしていた。

 ノウドは両腕で抱えたヒュノの脈と呼吸を確認する。


「脈も呼吸もある。気ぃ失ってるだけだ! ヨネ!」


 ヒュノを抱えたノウドは、バックステップを踏んで男達から距離を取る。

 逃がすまいと走り出そうとした瘦身の男を、ヨネの視線が牽制した。

 静かに剣を構えるヨネ。丸縁の眼鏡の奥で、少女の瞳が鈍く光った。


「ノウド、ヒュノ連れて逃げて。私が足止めする」


 ヨネの判断は迅速だった。

 敵の力量は不明だが、ノウドがアイリスとエイディーンを連れて戻ってくれば十中八九勝てる。

 ヨネだけで戦うにしても、ヒュノを守りながら戦うより、単騎で剣を振るった方がやりやすい。


「……十五分で戻る。頼んだ」

「了解。早く行って」


 ノウドはヒュノを抱えたまま街道を走っていく。

 去っていくノウドの姿を横目に見送り、ヨネは敵二人を見据える。

 こちらを睨みつける痩身の男。

 仮面の男も馬から下りて、瘦身の男の隣に立っていた。


「カッコ良いなぁ。俺もやってみてぇぜ。仲間を逃がすために足止めする剣士ってヤツ」


 瘦身の男は嗤うように語る。

 その口調は挑発しているようでもあり、ただ純粋に喋っているだけのようでもある。


「自己紹介だ。オレは何でも屋のジョン。金を積まれれば何でもやるってのが――――」


 トン、と音がする。

 それは男の首が地面に落ちる音。

 ヨネが薙ぎ払った剣の一閃で、痩身の男は首を断たれていた。

 瞬きの間に瘦身の男を殺めたヨネは、サッと剣を振って付着した血を飛ばす。

 無駄の無い一連の動作は、技を極めた処刑人のようだった。

 再び剣を構え直し、ヨネは仮面の男と向かい合う。


「腕が立つと聞いたから連れてきたが……拍子抜けだな」


 首の無い男の死体を見下ろし、仮面の男は飄々と呟く。

 そこには怒りも悲しみも無く、ただ駒が役に立たなかったという落胆だけがある。


「あなたは自己紹介してくれないんですか?」

「そうだな……俺はブローカー。金を積まれればどんな仕事でも紹介するのがポリシーだ。よろしく頼むよ」


 男は今思い付いたかのような自己紹介を語る。

 ブローカーというのが彼の名前なのか、ただの役職名に過ぎないのか、通り名のようなものなのか。

 はたまた、それすらも今さっき思い付いた偽名なのか。

 自身について何も明かさない自己紹介を終え、ブローカーは懐から魔道具を取り出す。

 外観は金色の立方体。複雑に組まれた回路のような模様が、立方体の表面にはびっしりと刻まれている。


(魔道具? このタイミングで何を……)


 ヨネはブローカーの動きを訝しみつつ、剣先を倒して間合いを測る。

 ブローカーへと向けられた剣先が、夜の闇を反射するように鈍く光った。


「攫った人質に何の保険もかけていないと思ったか?」


 男が魔道具に魔力を流すと同時、立方体の表面模様が強く発光する。

 ピキリと音が鳴り、緑色の光を放った魔道具は砕け散る。

 次の瞬間、魔道具を持っていたはずの男の腕には、鳥人の少年が抱えられていた。


(転移魔道具? ヒュノに予め仕掛けてたの? ノウドと引き離すためにこのタイミングで使われた? いや、そんなことよりも今は――――)


 巡る思考を置き去りにして、ヨネは素早く地面を蹴る。

 踏み込みは刹那。

 疾走は神速。

 真っすぐに突き出した剣先は、ブローカーへの最短距離を辿る。


(最短距離で刺し殺す)


 初動で刺突を放ち、ブローカーの心臓を貫こうとしたヨネ。

 しかし、ブローカーの反応速度が一歩上回り、ヨネの剣先は空を切る。

 軽く跳躍したブローカーは、まだ首の繋がっている馬の上へと座っていた。


「走れ」


 トンとブローカーが馬の腹を蹴る。

 軽く踵で蹴っただけにも関わらず、馬は弾かれたように走り出した。


(速い! さっきよりも遥かに!)


 明らかに常軌を逸した速度で駆け出した馬。

 ヨネもヒュノを連れ去るブローカーを追うように街道を走る。


「鬼ごっこ、というヤツだな。精々捕まえてみろ」


 馬上のブローカーが低い声で言う。

 駆ける駿馬をヨネは剣を鞘に仕舞って追っていく。

 夜道の追走戦が幕を開けた。

ジョン(??)

何でも屋。金を積まれれば何でもやるのがポリシー。

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