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君と雛鳥と海渡り ~海鳴りの魔女が挑む政治戦争。圧倒的な魔術の才能で全員捻じ伏せて、王国最高の権力者へ~  作者: 讀茸
第一章 旅道中

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第五話 未知

 地獄を見た。


 ――――誰かっ、たっ、助けてくれ。こんなの、もうたくさんだ……


 毎日のように誰か死んでいく。

 昨日までは隣にいた誰かが、今日は魔術の砲撃を食らって死んでいく。


 ――――やるぞ。やるぞやるぞやるぞやるぞ……! 絶対生きて帰るんだ!


 空から爆弾の雨が降る。

 走っていく兵士達が、炎に呑まれて消えていく。

 私は遠く安全な砦からそれを眺めて、遠雷のような兵士達の声を聞いている。

 海鳴りを思わせる兵士達の遠い声は、悲鳴なのか雄叫びなのか。


 ――――嫌だ。死にたくない。家に帰りたい……


 戦場には焼死体が転がっている。

 せめて丸焦げになってくれれば、もう少しは目にも優しかったのだろう。

 溶けた鎧がべったりと皮膚に張り付き、焼け爛れた顔面は骨格が露出している。

 ごろりと転げ出た目玉が、地面に落ちた。

 そんな遺体は戦場に捨て置くしかない。

 回収する暇も無ければ、埋葬するための人手も足りない。


 ――――ブルーメ様、もう無理です。兵も民も疲弊し切っている。私達だけで西部戦線を戦い抜くなど、もう……


 地獄を見た。

 西の果ての地獄を見た。

 だから、私は決めたのだ。

 お義父様を裏切ることになろうとも、悪魔と取引することになろうとも、私はこの戦争を終わらせるのだと。



「いや~、この前の新作が結構良くてさァ~。主人公が一人で洞窟から脱出する所が良かったね。いつ化け物が出てくるか分かんない怖さ! ず~っと暗い洞窟の中を一人で歩いてから、外の光が見えた時のホッとするあの感じ! グッと来たね~」


 女の声で現実に引き戻される。

 私は馬車の中に座っていた。

 隣にはマゼンタ色の髪をした長身の女。向かいには黒髪をなびかせた美しい令嬢。その隣には白い髪の鳥人が座っている。

 残る二人の使用人は、たしか御者台で馬車を操っているのだったか。


「エイディーン様も本を嗜まれるのですね」

「え~、あたしは結構好きだよ。小説とかめっちゃ読む。面白いじゃん? ブルーメちゃんは読まない?」

「いえ、私も読みますが……なんというか、エイディーン様に読書のイメージが無かったので。どちらかというと、体を動かす方が好きなのかと」

「うぇ~、偏見だよ偏見。鍛錬とか全然しないよ、あたし。あんま面白くないもん」

「そうなのですか?」


 私は社交界に出て日が浅い。

 そのせいか、私がディアナ家に拾われる前に後継争いから外れたエイディーン様の噂はよく知らない。

 令嬢でありながら戦士だというのだから、鍛錬や運動はむしろ好きなのかと思っていた。


「やるなら命賭けないと。殺しちゃいけない戦いなんてつまんないじゃん?」


 血の気が失せた。

 私は身を以て知っている。

 死の恐怖。命が失われていく恐怖。殺戮と蹂躙がいかに恐ろしいか知っている。

 西部戦線で何度も痛感した。

 口で言うほど、殺しというのは生易しいものではない。

 エイディーン・アルパレス。

 享楽的に命を弄ぶこの女に、私は本能的な恐怖を抱いているのだ。


「てか、アイリスは本読まないよねー。如何にも読書家です、みたいな顔してんのにさ」

「魔術書は読んでるわよ。貴方の言うような下らない作り話に興味が無いだけ」

「下らないとか言うなよォ~。小説だって作家が丹精込めて書いてんだよ?」


 話題は向かいの令嬢へと移る。

 アイリス・セイレンディス。

 彼女のことは私もよく知っている。

 噂はずっと聞いていたし、実際にこの前のパーティーで目の当たりにした。

 悪魔だ。

 悪辣で残虐で容赦が無い。

 私は今でもたまに、アイリス様にレイヴンが殺される夢を見る。


「アイリス様は小説がお好きではないのですか?」

「……物語は嫌いよ」


 だからこそ、今の彼女が不気味に感じる。

 取っつきにくい感じはするものの、理不尽なことは言わず、今の所は私にも協力的。

 彼女に西部戦線参戦の打診をする前は、どんな悪条件を吞んででも話を通す覚悟ができていたのだが、そんなことも起きていない。

 何より、彼女の最も奇妙な部分は――――


「ヒュノ、貴方馬車酔いするでしょう。具合が悪くなれば言いなさい。馬を休ませるわ。どうせ走り通しにはできないもの」

「いえ、大丈夫ですよ。アイリス様。馬車にも大分慣れましたので」

「そう。吐かれて迷惑するのは私達なんだから、無理はしないように」

「はい。分かっています」


 使用人の鳥人に、甲斐甲斐しく世話を焼いている。

 世話を焼く、というほどではないかもしれないが、かなり気にかけているように見える。

 市民階級でも獣人差別は一般的だ。

 貴族の頂点に近いアイリス様であれば、鳥人など触れたくもないと言うのか思っていた。

 むしろ、今の彼女は鳥人の少年にべったりだ。

 私が見ている限りずっと、ヒュノという使用人をすぐ側に置いている。


「アイリスが気になる?」


 エイディーン様に訊かれて、思わず肩が跳ねた。

 この人は大雑把なようでいて、よく人の視線を読む。

 何も考えていないような顔をしているのに、私の考えていることなんて全部見透かされているようで怖い。


「はい。……少し、イメージと違ったので」

「もっと悪役令嬢みたいな感じだと思ってた?」

「そういうわけでは……ただ、思ったより話の通じる方だと思いました。私のような平民の言葉にも、かなり耳を傾けてくれて。私はアイリス様を貴族主義の権化とばかり思っていましたが、本当は――――」

「私は貴族よ」


 口に出しかけた考察は、アイリス様本人によって否定された。

 顔を上げれば、ミッドナイトブルーの瞳が私を見据えている。

 ひどく、温度の無い目だ。


「貴方の話は私にとっても有益だと思ったから聞いただけ。それ以上でも以下でもない。……私は平民なんて、人とも思ってないわ」


 アイリス・セイレンディス。

 彼女は何を考えているんだろう。

 彼女が自身で語った通りの貴族主義者ならば、鳥人など差別の対象でしかないはずだ。

 ヒュノという使用人は、アイリス様にとって有益なんだろうか。

 有益というだけで、あんなに世話を焼いているんだろうか。

 どんなことを考えて、どんなことを思って、レイヴンを半殺しにしたのだろう。

 使用人の馬車酔いを慮るだけの優しさを、レイヴンに分けてくれなかったのは何故なのだろう。

 思えば、私はアイリス・セイレンディスという人間について何も知らない。


「ねえ、アイリス」

「……何よ」

「ヨネちゃんも、ノウド君も、ヒュノ君も、みんな平民出身だよね。ヒュノ君に至っては鳥人だ。平民嫌いの貴族様にしては、面白い人選だと思わない?」


 遊ぶような口調のエイディーン様に対し、アイリス様は冷たい視線を向けたまま。

 その暗い海のような瞳からは、何の感情も読み取れない。


「……セイレンディスには敵も多い。貴族の息がかかった人間を雇うよりも、よっぽど安全だというだけよ。私は有用な方を選んだだけ」


 アイリス様からそんな言葉だけを引き出して、エイディーン様は満足そうに笑った。

 アイリス様は気付いているのだろうか。

 有益だから。有用だから。そういう理由で貴族ではなく平民を選ぶ。

 それは能力登用主義の考えと全く同じだということに。

 私はアイリス様が怖い。

 レイヴンには容赦無く魔術を叩き込んだのに、鳥人の使用人には優しく接する彼女の得体が知れない。

 分からなくて、理解できなくて、だからこそ恐ろしい。

 アイリス様のことを少しでも理解すれば、この恐怖も和らぐのだろうか。

ブルーメ・ディアナ(18)

本作の語り部の一人。主人公と呼んでも過言では無いかも。

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