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君と雛鳥と海渡り  作者: 讀茸
第三章 魔女裁判

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第三十一話 武器を持たない青年を一方的に惨殺したらしい

 私は廊下を歩いている。

 王城の廊下。

 西部戦線の終結を国王に報告するために、王城まで足を運んで来たのだ。

 オドマリアにおいて王族とはお飾りだ。

 オドマリア王国のトップは国王ということにはなっているが、実際には宰相であるセイレンディス公爵家が実権を握っている。

 それでも、形式上では私よりも身分が上である国王への報告。

 使用人を帯同させるわけにもいかず、私は一人で王城の廊下を歩いていた。


 ――――ねえ、アイリス様


 幻聴が聞こえる。

 私一人しかいないはずの廊下。

 隣を黒髪の少女が歩いている気がして、私は横を振り返る。

 そこには、誰もいなかった。


「………………っ」


 もしも、あの時ブルーメを殺さなかったら、彼女と共に王城を訪れていたのだろうか。

 あの少女と並んでこの廊下を歩き、西部戦線の顛末を国王への報告しに行ったのだろうか。

 嫌だ。

 考えても意味は無いのに。考えたくなんて無いのに。

 ありえないイフが頭の中を絶えず引っ掻き回していく。

 こんなことなら、無礼を承知でヒュノを連れて来るんだった。

 殺した。

 私はブルーメを殺したんだ。

 全部予定通り、計画通り。


 ――――本当は私のことだって殺したくないんでしょ?


 私が私の意思で殺した。

 私が望んだように、私が思い描いたままに、私が願った通りに、私はブルーメ・ディアナを殺したはずだ。

 本当は殺したくないだなんて、そんな話があるはずない。

 あるはずないのに、今も彼女の幻影を求めている。

 どうして、死者の面影は消えてくれないのだろうか。

 ブルーメだって、今まで抹殺してきた数々の政敵の一人に過ぎないというのに。

 彼女の影だけが瞼の裏に焼き付いて消えない。


「アイリス・セイレンディス」


 正面から声が聞こえた。

 ひどく擦り切れた、刃物のような声だった。

 俯いていた視線を上げれば、誰かが私の前に立っている。


「レイヴン……?」


 一瞬、目を疑った。

 私の目の前にいるのは、本当にあのレイヴン・ステアネミーなのだろうか。

 正義感に満ちた青年だったはずの彼は、やつれた殺し屋のような姿で立っていた。

 そこに騎士然としたかつての姿は欠片も無く、錆びた剣のような雰囲気を漂わせる。

 まるで、亡霊。

 それか、私の命を奪いに来た死神だ。


「一つだけ聞かせろ」


 鋭く、刺すような声。

 敬意も礼節もかなぐり捨てて、私を刺し殺すかのような声だった。

 それだけの殺意と憎悪と絶望が、昏い彼の瞳には宿っている。


「どうして、ブルーメを殺した?」


 廊下の先から、投げ渡される言葉。

 その声が鼓膜を打った瞬間、私は背筋に悪寒が走るのを覚えた。

 何故バレた?

 ブルーメの死はレジル地方の兵士の奇襲ということで片付いたはず。

 そもそも、私がブルーメを殺した場面は誰にも見られていない。

 隠蔽工作は十全に行ったはずだ。


「証拠でもあるの?」


 声だけはいつも通りに、問い返した。

 声帯が私の制御を離れて、勝手に喋っているような感覚だ。

 二十年間に渡って染みついた習慣は、私が意識せずともアイリス・セイレンディスを演じてくれる。

 誰よりも利己的で傲慢な貴族としてのアイリス・セイレンディスを。


「あるさ。確かな証言がな」


 レイヴンはどこか自嘲的に言う。

 ズレる。

 徹底的にズレている。

 私の記憶にあるレイヴン・ステアネミーと目の前の青年は、何かが決定的にズレている。

 こんなにも破滅的で、退廃的で、殺人的な言葉を吐くような人間だっただろうか。

 

「それに、本当は証拠も証言も要らない。……あなたが守れないはずないんだよ。あなたほどの魔術師が、ブルーメを守り切れないはずがない。西部戦線から死体が帰って来た時点で、答えは一つしか無かったんだ」


 レイヴンの言葉に、思わず叫び出したくなる。

 お前に何が分かる?

 魔術に絶対は無い。

 私がどれだけ膨大な魔力を持っていようと、どれだけ高威力の魔術を使えようと、それは万能の魔法じゃない。

 魔力を練り上げるまでのタイムラグは消えない。相性の悪い魔術や戦士なんていくらでもいる。

 お前達はいつもそうだ。

 私の人間性にはどこまでも疑ってかかるのに、私の勝利だけは疑いもしない。

 どうしていつも、勝って当然だなんて認識を押し付けてくるんだ。


「もう一度訊く。どうして、ブルーメを殺した?」


 痛い。

 憎悪に満ちたレイヴンの視線は、釘となって肌を貫くようだった。

 ハンマーで釘を打ち込まれているみたいに、ガンガンと額が痛む。

 どうして、だなんて。

 そんなの決まってる。

 私が宰相になる上で邪魔だったからだ。

 私がこの政治戦争で勝利するためには、排除しておくべきだったからだ。

 ブルーメはここで消しておくのが一番合理的だった。

 一番合理的なのに、それをあえて選ばない、なんてできるはずない。


「言いがかりよ。本当に私がブルーメを殺したというのなら、然るべき手段で裁判にでもかければ良いわ。公爵家の娘を無実の罪で訴える覚悟が、貴方にあるのならの話だけど」


 台本を読み上げるように、私の喉はすらすらと動く。

 そう。大丈夫だ。隠蔽に抜かりは無い。

 レイヴンが私を訴えたところで、リスクを負うのはレイヴンの方。

 それは単にレイヴンの立場が危ういというだけでなく、ステアネミー伯爵の失墜にも繋がる。

 彼に軽はずみな行動はできないはずだ。

 理性的なレイヴンに、そんな真似は――――


「そうか」


 理性的なレイヴンに、そんな真似はできるはずない。

 そんなことを考えた時、頭の中をよぎったのはもう一つの可能性。

 過去にもあったじゃないか。

 理性的なレイヴンが、頭に血が上って私に模擬戦を挑んできたこと。

 そうだ。あの時も、彼はブルーメのために戦っていた。

 感情に突き動かされるまま、勝てるはずもない勝負に身を投じた。

 ブルーメのためならば、レイヴンは理性すらも捨てられる人間なのだと、私は知っていたはずなのに。


「なら、もう終わりだ」


 瞬間、レイヴンが床を蹴る。

 腰に提げていた剣を抜きながら、一気に私への距離を詰めて来る。

 殺される。

 本能的にそう思った。

 そう思った次の瞬間には、私はほとんど反射的に魔術を起動していた。

 身体の防衛機構が働くが如く、自然に生成した水の槍。

 考えるよりも早く創り出した水の槍を、私は迫り来る青年に向けて放っていた。


「…………え?」


 威力よりも発動速度を重視して放った魔術。

 レイヴンの反射神経なら躱される。少なくとも、致命傷は避けるだろうと踏んでいた。

 結果は直撃。

 私が放った水の槍は、レイヴンの胴体に大きな風穴を空けていた。

 見れば、レイヴンは抜刀すら済ませていない。

 抜きかけた剣を鞘に戻し、自身の腹から零れ落ちる血液をどこか寂れた双眸で見下ろしている。

 明らかに異常な傷の深さと出血量だった。

 さっきの魔術は勝負を決めるような威力を発揮するものじゃない。

 相手の接近を許さないための牽制、あるいは走行ルートを限定するための布石としての一手。

 直撃したとしても、レイヴンが魔力で肉体を守っていれば、即死はしない程度の威力だったはずだ。

 つまり、レイヴンは魔術を構える私に対し、ノーガードで突っ込んで来たということに――――


「これ……訓練用の剣ですよ。歯を、潰してあるから、こんなんじゃ野菜すら切れません……」


 レイヴンが両膝をつく。

 真っ赤に染まった胴体からは、絶えず血が流れ落ちている。

 吐き出す言葉は途切れ途切れで、今にも消え入りそうだった。


「俺は、あなたに勝てない。戦闘でも、裁判でも、あなたには勝てない。だから……こうするしか、無かった。……もうじき、衛兵が来る。武器も持たない俺を、あなたは一方的に惨殺した。それも、王族の暮らすこの場所で……そういう、筋書きです。……はは…………ざまあ、みろ…………」


 そして、私はようやく気付く。

 レイヴンは私に復讐をしに来た。

 でも、それはレイヴン自身の手で私を殺すことじゃない。

 レイヴン・ステアネミーを殺害したという罪を着せ、私を殺人犯に仕立て上げるためだ。

 そのためだけに、彼は自身の命すら擲った。


「ブルーメ、俺も……そっちに……」


 レイヴンが倒れる。

 うつ伏せに倒れ込んだ彼は、瞼を閉じた。

 最期にどこか満ち足りた言葉を残して、青年は今度こそその命を終える。

 血塗れの死体を前だけが残された廊下に、私は立ち尽くしていた。

 廊下でうつ伏せに倒れる死体は、どこかブルーメの死に際を思わせる。

 私は何も言えず、何もできず、何も考えられず。

 ただ、何もかもが壊れていくような予感だけがしていて。

 遠く、衛兵の足音が聞こえた。


     ***


 アイリス・セイレンディス公爵令嬢。

 通称、海鳴りの魔女。

 王城でレイヴン・ステアネミーを殺害したことがきっかけとなり、彼女はオドマリア王国騎士団によって逮捕、ステアネミー伯爵を中心とした多数貴族によって起訴される。

 罪状はレイヴン・ステアネミー伯爵令息、並びにブルーメ・ディアナ侯爵令嬢の殺害。

 オドマリア王国の歴史において異例中の異例である、公爵令嬢を被告人とした裁判。

 後にこの国の運命を大きく変えるこの裁判は、海鳴りの魔女という二つ名になぞらえて魔女裁判と呼ばれることとなる。

 後世に語り継がれる、オドマリアの魔女裁判。

 未来では教科書に載るほどの大事件が、今、開廷する。

レイヴン・ステアネミー(18)

ブルーメの婚約者。ブルーメが大好きです。

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