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君と雛鳥と海渡り ~海鳴りの魔女が挑む政治戦争。圧倒的な魔術の才能で全員捻じ伏せて、王国最高の権力者へ~  作者: 讀茸
第三章 魔女裁判

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第二十八話 終わりの翼

 ブルーメ・ディアナ。

 元平民の侯爵令嬢で、私を西部戦線に駆り出した張本人。

 根っからの善人でお人好し……というわけでもなく、強かな一面も持っている。

 無意識に魔術を行使し、魔力探知で広範囲を索敵できる。

 加えて、彼女自身も相当なキレ者。

 事情や背景はどうあれ、自分から私に近付いてきた唯一の人物。


 ――――きっと、全部に勝てますよ

     全てに勝ち続けて。アイリス――――


 あの日、二つの影が重なった。

 今は亡き母の姿に、彼女の姿が重なって見えた。

 穏やかに微笑むブルーメの瞳に、母親の亡霊を幻視した。

 たおやかに微笑む彼女の笑顔に、病床で笑う瘦せこけた母の顔が重なって、輪郭がぼやけて、シルエットが溶け合って、重なり合った二重の笑顔が明滅して――――


 ――――あ、ぁ――――っ


 気付けば、撃ち殺していた。

 放たれた水の槍は、今更巻き戻ってはくれなくて、容赦無く彼女の胸に穴を空けた。

 真っ赤な噴水を上げながら、倒れていくブルーメの顔はひどく綺麗で。

 死に際でさえ、こうも美しいままなのかと場違いな感慨を抱いたのを覚えている。

 それはまるで、儚く散りゆく花のようで。

 役目を終えた花弁がひらひらと舞い散っているようで。

 そんな彼女を見下ろしながら、私は――――


 ――――待って……


 私は何故か、ひどく焦っていた。

 一度しか無いターニングポイントで、もう二度とやり直せない選択を下してしまったような。

 まともに準備を整えないまま、賽を投げてしまったような。

 ふと目を離した隙に、車輪が坂を転がり落ちていってしまったような。

 そんな、名前の無い焦燥感を抱いて、彼女の死体を見下ろしていた。


     ***


 暗い店内、優雅な音楽が鳴り響く。

 ピアノを奏でるはこの国でも有数の音楽家。

 美しい旋律に合わせて、小さな舞台の上で数人の少女が舞う。

 彼女達の着る装束に施された装飾は美しく、されど過度な露出が目に余る。

 美しくも醜い衣を纏って踊る彼女らを、ソファ席に座った大人達が観覧していた。


「あれは最近入った娘か? 下手な踊りだ」

「はは。それが良いじゃないか。初々しくて愛らしい」

「あっちのはダメだな。接客がなってない」

「あれももう二十歳だろう? もう若くもないのに、あの様子だからなぁ」


 煌びやかに彩られた店内で、男たちは酒を呷っている。

 両脇には絢爛なドレスを着た少女を侍らせ、贅の限りを尽くしている。


「オーナー、店の前に鳥人が……」

「叩き出せ。獣人なぞを店に入れればクレームになるだろう」

「お酒お注ぎしま~す」

「ミモザは他のお客様からご指名いただいておりまして……」

「お隣失礼します、旦那様」

「はい。個室のご利用ですね。廊下進んで右のお部屋になります」


 オドマリア王国、王都マニリオン。

 王国の中心部に位置するその都市は、オドマリア王国における階級社会の頂点。

 マニリオンは一都市でありながら、オドマリア王国全体の四割近い資産が集中する。

 経済面ではそれだけの一極集中でありながら、マニリオンに住めるのはごく一部の貴族と王族のみ。

 多くの国において王都が市民の活動の中心地であるのに対し、マニリオンは貴族が鎮座する頂点地であった。

 マニリオンでは、貴族達が日夜贅沢を極める。

 彼らが尽くす贅沢三昧と酒池肉林。

 その中でも最も煌びやかで、最も醜悪な搾取の形。

 それこそがこの場所、高級娼館ケイハエル。

 貴族達がこぞって通う夜の店であった。


「聞いたか? 西部戦線終結の話。海鳴りの魔女がレジル地方を制圧したらしい」

「本当か? あれは能力登用主義の試金石だろう? 海鳴りの魔女なんぞが参戦すれば、意味が無くなってしまうではないか」

「それがブルーメ侯爵令嬢が海鳴りの魔女を呼び込んだらしい。長引く戦争に終止符を打ちたかったのだそうだ」

「ふん。下らんことを考える。平民の兵士など死なせておけばいいものを」

「ブルーメ侯爵令嬢も元平民だからな。思う所もあったのだろうよ」

「その令嬢も西部戦線で戦死だ。これでディアナ家の能力登用主義も丸潰れだな」

「はっはっは」


 テーブル席に座った貴族達が言葉を交わす。

 こういった夜の店は、貴族の交流の場としても選ばれがちだ。

 表立った社交パーティーとは違う形で、貴族達が裏側で繋がる場となっている。

 美しい少女らに囲まれ、欲望を満たす貴族の男達。

 だが、真におぞましい欲望は、この店のさらに奥で渦巻いている。

 舞台のあるフロアを抜けて、廊下を進んで、階段を上った二階の部屋。

 華美な装飾の施された広い寝台の上で、彼女は客を待っていた。


「は、は、は、はっ……」


 美しい少女だった。

 この店特有の露出過多なドレスに身を包み、寝台の上に座り込む。

 極度の緊張と恐怖から顔は歪み、全力疾走直後のように呼吸は荒い。

 パックリと割れたドレスの背面部からは、白い翼が生えていた。


(だめ。ちゃんと笑わなきゃ。ちゃんと、笑って――――)


 ニッコリ笑って愛想良く。

 お客様を楽しませるために、笑顔を作らないと。

 そう心では念じているのに、彼女の顔は引き攣るばかり。

 それも無理の無いことではある。

 人攫いに捕まって売り飛ばされたのは、故郷を遠く離れた娼館。

 獣人差別の根強い王都で、たった一人の白鷺の鳥人。

 人の尊厳を秤にかけるような初仕事を前に、笑顔など作れるはずもなかった。

 彼女が焦燥感に苛まれる中、ギィーと音を立てて扉は開いた。


「……っ!」


 入ってきた男の方を振り向き、少女は愕然とする。

 分かっていた。

 分かっていたはず。

 最初から分かっていたはずなのに、扉から男が入って来るのを見て絶望した。

 今から、自分はこの男に肉体を貪られるのだと。


「お、お待ちしておりました。旦那様……」


 たどたどしく、言葉を吐き出す。

 今にも壊れそうな精神を、何とか繋ぎ止めて言葉を吐く。

 予め、言うと決まっていた言葉を。


「へぇ」


 震える彼女を見下ろし、男は顎に手を当てる。

 この店の客のほとんどがそうであるように、彼もまた大人の男。

 少女とは親子ほどの年齢差のある男であった。

 値踏みするように震える少女を見下ろして、男は――――


「この店は、何しても良いんだったね」


 ニヤリと笑った。

 瞬間、少女は理解する。

 笑っている。

 少女が怖がる様子を見て、この男は笑っているのだ。

 それはまるで、虫を踏み潰して遊ぶ子供のような、幼稚で残酷な欲求の発露。

 男の残虐性を目の当たりにした少女は、脳内で同僚達の言葉を思い返していた。


 ――――聞いた? メリナの買い手が決まったんだって

 ――――ええー! どんな人どんな人?

 ――――この前来てた伯爵様だよ。ずっと前からお気に入りだったんだって

 ――――ああ、あの人? 優しそうな人じゃなかった? 乱暴なこともしないし……

 ――――良いなぁ。私も優しい人に身請けしてもらえたらなぁ~


 なんて、おかしな話だろう。

 優しい人はこんな店には来ない。

 こんな場所で、こんなことを、延々と繰り返しているから、頭がどうかしてしまったのだ。

 優しい人に身請けしてもらえれば、なんて希望に縋るしかないほどに。

 

「い、いやっ……」


 男の手が迫る。

 無遠慮な指先が肌に触れ、彼女の衣服を剥がしにかかる。

 彼女の必死の抵抗を嗤うように。


「やだ! やめて……っ!」


 涙ながらの懇願を嗤うように。


「お願い! お願いします! 許してください!」


 喉が張り裂けるような絶叫を嗤うように。


「いやっ、本当に……! ごめんなさい、お願いだから……っ」


 全身で訴える恐怖を、尊厳を奪われる絶望を、肉体を犯される嫌悪を。

 弱く小さく脆い体で、強く大きくおぞましい欲望から逃れようとする彼女を。

 その全てを、嗤うように。


「誰か、助け――――」


 嗤うような暴力が彼女を襲う、直前のことだった。

 スパン、と風を切る音がする。

 彼女が気付いた時には、男の首が落ちていた。

 寝台の上、少女にのしかかるような体勢のまま、男は首を切られて絶命している。


「ごめん、遅くなった」


 首の無い男の向こう側、一人の人影が見える。

 扉を開けて部屋に入ってきた彼は、背中に大きな白い翼を広げていた。

 黒髪に碧眼。

 その顔立ちは平凡なようでいて、普遍的な美しさを纏う。

 鳥人の中でも一際大きな翼を広げる彼は、この娼館に売り飛ばされた彼女と同郷の者。


「帰ろう、二コラ」


 娼館にまで乗り込んで来た同郷の少年が、彼女に手を差し伸べていた。


     ***


 夜も更ける頃、王都マニリオンで事件が起こる。

 高級娼館ケイハエル。

 王都でも最大級の規模を誇る娼館が襲撃され、居合わせた客とオーナー含めた従業員の一部が惨殺される。

 犯人はたった一人の鳥人。

 娼館内の人物がほとんど殺されたことにより、囚われていた娼婦は次々と逃亡。

 逃げ出す少女達の人混みに紛れ、彼も堂々と店を出た。

 売り飛ばされ、あるいは攫われ、この娼館で働かされていた少女達にとっては千載一遇とも言える逃亡の機会。

 我先へと逃げ出す少女達の影に紛れれば、襲撃犯が姿をくらますのも容易い――――はずだった。


「どこへ行くつもりだ? 少年」


 騒ぎに包まれた街角。

 少年の背中に声をかけたのは、一人の男。

 放流された稚魚のように逃げ出す少女らには目もくれず、黒髪の男は鳥人の少年を見据えている。

 鋭い眼光で襲撃犯を見据える彼こそ、オルトス・セイレンディス。

 小さく翼を折り畳み、同郷の少女を抱えて逃げようとしていた少年。

 彼は不幸にも、オドマリア王国の宰相に見つかったのだ。


「狙いはその少女か。同族を助けに来るとは、随分と仲間想いじゃないか」


 足を止めた鳥人の少年。

 二コラを抱えて逃げる最中だった彼は、立ち止まって背後のオルトスを一瞥する。

 鮮やかな碧眼がオルトスを貫いた。


「ここは見逃してくれませんか」


 少年は冷淡な声で、オルトスに提案する。

 犯行現場で呼び止められたにも関わらず、その声には一切の焦りが無かった。


「君を見逃して、私にメリットがあると?」

「ええ、ありますよ」


 問い返す男に、少年は即答する。

 王国の宰相を前にして、少年は一切たじろがない。

 それどころか――――


「俺に殺されなくて済む」


 そのような啖呵まで切ってみせた。

 セイレンディス家は魔術の名門。

 その現当主であるオルトスが凄腕の魔術師であることは、オドマリア王国では周知の事実だ。

 そんな相手を前にして、ただの鳥人が言ってのけたのだ。

 俺はお前を殺せると。


「ふ、良いな。面白い」


 しかして、オルトスは不敵に笑う。

 叩きつけられた殺害宣言を前にして、オルトスは一切怯まない。

 今しがた娼館内の者を皆殺しにした犯人を前にして、オルトスは楽しげな笑みさえ浮かべている。


「君、私の養子になる気はないか?」

「…………は?」


 そして、突如として放たれた荒唐無稽な誘い。

 少年からすれば、全く以て意味不明だろう。

 この国の宰相ともあろう者が、犯罪者を養子に取ろうと言い出しているのだから。


「少し前の大規模な人攫い。攫われた鳥人はその子だけではないだろう? もし君が全員取り返すつもりでいるのなら、私の力は役立つはずだ。少なくとも、正面から乗り込んで皆殺し、なんて無茶はしなくて良くなる」

「どうして、この前の人攫いをお前が……」

「君の集落には個人的な縁があってね。とある事情で、動向は逐一監視している。私の養子になってくれたら、その理由も明かそう」


 何故か襲撃犯を養子にしようと目論むオルトス。

 少年は疑い深い視線で彼を睨むが、その腹の奥までは探れない。

 ただ鮮やかな色の碧眼で、黒髪の男を睨めつけるのみ。


「すぐに答えを出せとは言わない。君も今は彼女を連れ帰るのが先決だろう。その気になったら、私の屋敷を訪れてくれ。いつでも歓迎しよう。そうでなくても、こちらから君の集落を訪ねるつもりではあるが」


 この場で長丁場は無理だと踏んだオルトスは、そう言って話を切り上げる。

 少年も今は長話をしている場合ではないと思ったのか、足早にその場を立ち去っていく。

 同族の少女を抱えて、遠くへと駆けていく少年の背中。


「ああ、最後に一つだけ」


 白い翼を折り畳んだその背中に、オルトスは再び声をかけた。

 少年は振り返らないまま、足だけを止めて耳を傾ける。


「君、名前は?」


 会話の最後に、初歩的なことを一つ。

 少年からすれば、答える義理は無い。

 自分の集落を監視しているような怪しい男に、素性を告げる道理は無い。

 ただでさえ大犯罪を犯した直後なのだから、身柄を明かすような真似は避けるべきだ。


「……ウェリィ・バイザス」


 小さく告げて、少年は今度こそ立ち去った。

 角を曲がったウェリィの背中は、もうオルトスの目には映っていない。

 どこは目立たない場所まで移動した後、その翼で飛行して集落に帰るのだろう。

 ウェリィは名前を明かしてから帰った。

 そのことに、オルトスは確かな手応えを感じる。


「とんだ拾い物だったな」


 夜空を見上げ、オルトスは独り言を零す。

 いずれオドマリア王国を飲み込む波乱。

 ウェリィ・バイザスという一人の鳥人がその中心になるとは、未だ誰もが知らぬまま。

ウェリィ・バイザス(17)

本作の語り手の一人。主人公と言っても過言ではないかも

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