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君と雛鳥と海渡り ~海鳴りの魔女が挑む政治戦争。圧倒的な魔術の才能で全員捻じ伏せて、王国最高の権力者へ~  作者: 讀茸
第二章 西部戦線

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第二十七話 孤独な人

 レジル地方の独立戦争として勃発した西部戦線。

 海鳴りの魔女を引き連れたブルーメ・ディアナの奇策によって、レジル地方は戦士長二名を失い、ロノゼ・ソシアナも窮地に追い詰められる。

 追い込まれたロノゼ・ソシアナは降参の意を示し、ブルーメ・ディアナはこれを承諾。

 その場にいたハネノーン・フーカ諸共拘束し、オドマリア王国勢力の拠点まで連行。

 爆撃作戦の要であるロノゼ・ソシアナを失ったことで、戦略が破綻した西部戦線。

 ブルーメ・ディアナはレジル地方に対して降伏勧告を出すが、砦に残ったソシアナ族の族長はこれを拒否。

 徹底抗戦の姿勢を崩さないレジル地方の砦に、アイリス・セイレンディスの魔術が降った。

 アイリス・セイレンディスの攻撃魔術に対しレジル地方は為す術無く、一週間で砦は陥落。

 一方的な蹂躙によって、西部戦線は終結した。


 追記。

 西部戦線の終結後、オドマリア王国が制圧した砦にて。

 身を―――い――――奇――より、―――――――ア――死―。

 

     ***


 砦は酷い有様だった。

 そこら中に死体が転がっていて、壁や天井はひび割れている。

 廊下に散乱しているのは、壊れた家具、破けた衣服、折れた木材。

 アイリス様が連日水属性魔術を撃ち込んだ影響で、天井から雨漏りのように水滴が滴っている。

 その場所を砦と形容して良いものか、私には分からない。

 どちらかというと、廃墟という表現が正しいのではないかと思うほど。

 かつて砦だったこの場所を惨憺たる廃墟に変えたのは、他ならぬ私なのだろうけれど。

 そんな感慨を抱えながらも、私は砦の廊下を歩く。

 レジル地方の砦を制圧した私達は、戦後処理のために砦を見て回っていた。


「心が痛む?」


 廊下、隣を歩くアイリス様が訊いてくる。

 言われて、廊下の隅に視線を移す。

 壁にもたれかかるようにして、幼い少年が蹲っていた。

 膝を抱えて、顔を伏せて、殻に籠るように身を小さくしている。

 ポタリと天井から水滴が垂れて、彼の肩に落ちる。

 その瞬間、少年の肩が大きく跳ねた。

 肩に芋虫でも乗ったかのようの取り乱し、何度も何度も肩を毟り、やがて少し落ち着いて、また自分自身を抱きしめるように蹲った。


「そうですね」


 少年の様子を見れば、否が応でも理解させられる。

 アイリス様が何度も砦に叩き込んだ水属性魔術が、ここの人達の心にどれだけ深い傷を刻んだか。

 肩に水が撥ねただけで取り乱すほど、水そのものにトラウマを抱いている。

 具合の悪そうな少年の表情も、水を摂取できなくなったことによる脱水症状が原因かもしれない。

 彼らの気持ちは痛いほど分かる。

 遠くから一方的に撃ち込まれる水の砲撃は、さぞ恐ろしかっただろう。

 上空から一方的に爆撃された経験があるから、私にも分かる。

 屈強な兵士がマッチの火を恐れて泣き出す様を初めて見た時、私は戦争が刻み付けるトラウマの恐ろしさに戦慄した。

 その恐怖を、私も知っている。

 そのトラウマを、私も知っている。

 知っている上で、私は――――


「痛みませんよ。可哀想だとは思いますけど、それ以上は何も。時間が巻き戻ったとしても、私はまたアイリス様を西部戦線に連れて来て、この砦に攻撃魔術の雨を降らせると思います」


 何の後悔も無い。

 神様が時間を巻き戻したとしても、私は全く同じことをするだろう。

 平和的な解決方法を探ろうなんて、殊勝な試みもしないと思う。

 むしろ、同じようにやれば勝てるという確信に安堵して、同じようにレジル地方を蹂躙する。

 

「多分、私は自分のために他人を傷付けられる人間なんです」


 これが物語の主人公なら、傷付けられたレジル地方の人々を見て、後悔の念に駆られたりしたのだろうか。

 もっと良い方法が無かったのかと悔やんで、現実との板挟みに悩んで、自分の無力さを呪ったりするのだろうか。

 いや、物語の主人公なんかじゃなくたって、そういう風に考える人もいるだろう。

 そこら中に散乱する死体を見て、トラウマを抱えた民間人を見て、心を痛めるのはむしろ当然だ。

 ただ、私はそうじゃなかった。

 不憫だと思う。哀れだと思う。その凄惨な境遇に同情する。

 だからといって、その苦しみを代わってあげようなんて思わない。

 私は私が大事で、私の友達や恋人や仲間や家族が大事で、もちろんそれ以外の人も大事だけど、自分の中でしっかり優先順位が決まっている。

 その結果、レジル地方の人に恨まれようと構わない。

 私が優先したものが、彼らではなかったというだけの話なのだから


「アイリス様は心が痛みますか?」


 歩きながら、訊き返した。


「この程度、何とも思わないわ」


 嘘だ。

 今、はっきり分かった。

 アイリス様は嘘を言っている。

 ずっと、アイリス様のことが分からなかった。

 理解できないから怖くて、だから少しでも分かりたいと思っていた。

 今、初めて、私はアイリス・セイレンディスの本心を確信したように思う。

 鉄のような無表情の裏側に、分厚い鎧のような偽悪の向こう側に、泣いているあなたが見えた気がした。


「じゃあ、なんで私のこと殺してないんですか?」


 私は立ち止まって、問いかける。

 アイリス様が足を止めるのは私より少し遅くて、彼女は私よりも少し先を行った所で立ち止まった。

 距離にして、五歩か六歩。

 少しだけ前にいるアイリス様を、私はじっと見つめていた。

 艶のある美しい黒髪。深海を映したようなミッドナイトブルーの瞳。細くしなやかな長身。

 その凛とした美貌を、私は直視する。


 ――――ブルーメ・ディアナ。貴方を英雄にしてあげるわ


 思い出す。


 ――――代償に支払うものは決めておけ。それ以外は払わないと強く心に決めるのだ。そうでないと、強欲な者は貴方から際限無く奪っていくだろう


 ヒントはたくさんあった。

 アイリス様が私を殺そうとしていたヒント。


 ――――ブルーメちゃんはアイリスなんかより、自分の心配をした方が良いと思うなぁー


 アイリス様は善意で私に手を貸していたわけじゃない。

 全部、打算があった上での行動。

 打算が無いと動けないんだ、この人は。


 ――――絡むのはやめなさい、エイディーン。怖がってるでしょう

 ――――……物語は嫌いよ

 ――――そう。嫌になったらヨネか私の部屋にでも逃げてきなさい

 ――――助かったわ。便利な術式を持ってるのね

 ――――……今日という今日は殺すわ。この脳味噌バーサーカー

 ――――そう。大変だったのね

 ――――焦らずとも勝てるわ。私達の方が強いんだから

 ――――この前レイヴンを叩きのめしたこと、恨んでる?


 私は自分のために他人を傷付けられる。

 そういう類の人間だ。

 でも、アイリス様は違う。

 本当は嫌だったんじゃないだろうか。

 パーティーでレイヴンを叩きのめしたのも、貴族として平民を虐げるのも、敵国の砦を魔術で落とすのも、本当はやりたくなかったんじゃないだろうか。

 全部、ただ必要だったというだけ。

 自分の地位を守るために、必要だからやらざるを得なかっただけ。

 本当はこんなことしたくなかったんじゃないのか。

 誰かを傷付けて、そのせいで恨まれたり、恐れられたりするのが、本当は辛いんじゃないのか。

 だって、あなたは――――


「なんで、そんなに辛そうな顔してるんですか?」


 今にも泣きだしそうな表情で、私に魔術を向けている。

 アイリス様の胸の前に生成された水の槍。

 深海みたいな暗い色の水は、螺旋状の槍と化して渦巻いて、その刃先を私に向けている。


「ねえ、アイリス様」


 語りかける。

 ずっと、アイリス様のことが分からなかった。

 でも、今なら分かる。


「本当は私のことだって殺したくないんでしょ?」


 あなたはずっと恐れてる。

 誰かに追い落とされることを恐れてる。

 いつか誰かに追い落とされて、追い抜かれて、敗者になることを恐れてる。

 自分の人生が否定されることを恐れてるんだ。


「貴方に、何が分かるの……?」


 訊き返すあなたの声は、いつもよりずっと震えていた。

 怖がりな子供みたいに、震えていた。


「分かりますよ。ずっと一緒にいたんですから」


 分かりますよ。

 今なら、分かる。

 本当はもっと早く殺す予定だったんでしょう?

 アイリス様が貴族主義の象徴であるように、私は能力登用主義の象徴。

 この国で地位と権威を欲するなら、アイリス様にとって私は絶対に消しておくべき存在だ。

 西部戦線の混乱に乗じて、私を殺すつもりだったんだ。

 戦場では誰がいつ死んでもおかしくない。

 背後から私の背中を魔術で撃ち抜いて、敵兵の魔術に倒れたと言えばそれだけで完全犯罪が成立する。

 しかも、西部戦線の兵力は平民だけで構成されている。

 万が一、誰かに現場を見られたとしても、貴族の裁判で平民の証言なんて一顧だにされない。

 いつでも、私を殺せたはずなんだ。

 それなのに、西部戦線が終結するまで、ダラダラと先延ばしにしてきた。

 多分、アイリス様にとって、今が最後のチャンス。

 もう西部戦線は終わった。

 私達が大きな戦いに参加することはもう無い。

 伏兵に背後から刺されたなんて言い訳が通じるのは、今しか無い。

 今、あなたは私を殺そうとしている。

 本当は誰も殺したくもないのに、私に魔術を向けている。


「アイリス様は宰相になりたいんですか?」


 私は問いかける。

 アイリス様からの返事は無い。


「欲しいものがあるんですか? 権力? お金? それとも、ヒュノさん?」


 それでも、私は問い続ける。

 あなたのことを知りたいから。

 答えてくれるまで、問いかけ続ける。


「きっと、手に入りますよ。アイリス様がしたくないことをしなくたって、全部思い通りになるに決まってます」


 言葉を投げる。

 あなたの胸に届くまで。

 深海の奥深くに隠した、あなたの心に触れるまで。


「だって、アイリス様は凄い人なんですから。美人で、魔術の天才で、頭も良くて、家柄だって申し分なし。性格だって、本当は優しいって知ってます。だから、アイリス様はきっと――――」


 私はただ、言葉を投げ続けた。

 自分が殺されたくないって気持ちも、あったとは思う。

 でも、それ以上に、アイリス様に誰かを殺してほしくなかった。

 これ以上、アイリス様自身が苦しまなくて良いように。

 嫌なことはしなくても良いんだって、あなたに分かってほしかった。

 そうじゃない道を一緒に探したかった。


「きっと、全部に勝てますよ」


 その瞬間、あなたの顔はひどく歪んで。

 壊れそうなくらいの感情に歪んで。

 気付けば――――


「あ、ぁ――――っ」


 気付けば、水の槍が私を貫いていた。

 胸にぽっかりと穴が空く。

 痛みは無い。

 ただ、私を構成するものが胸に空いた穴から零れていくような感覚がした。

 私には踏ん張る力さえ無くて、ゆっくりと仰向けに倒れていく。

 何か言おうと思ったのだけれど、私の喉は動いてくれなくて。

 意識と視界が薄れていく中、あなたの苦しそうな顔だけが見えた。


(ああ……)


 あなたは撃ってしまうのか。

 私では足りなかったんだろうか。

 もっと触れたかった。近付きたかった。知りたかった。

 あなたの心を知りたかった。

 あなたの心を縛る何かを、あなたの心を呪う何かを、私にも教えてほしかった。


(なんて、孤独な人……)


 ねえ、アイリス様。

 もしも願いが叶うなら、あなたの思っていたことを知りたい。

 そして、その悩みと苦しみに、私も寄り添ってみたかった。

 追記。

 西部戦線の終結後、オドマリア王国が制圧した砦にて。

 身を潜めていた戦士の奇襲により、ブルーメ・ディアナは死亡

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