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君と雛鳥と海渡り ~海鳴りの魔女が挑む政治戦争。圧倒的な魔術の才能で全員捻じ伏せて、王国最高の権力者へ~  作者: 讀茸
第二章 西部戦線

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第二十五話 呪術師

 とある山奥のとある施設。

 私はそこでとある技術を極めていた。

 魔術と呼ぶにはおぞましい、最低な魔力の使い方を。

 人を穢すことを、人を犯すことを、人を呪うことを、ただひたすらに極めていた。

 いつか任務で良い成果を出せば、名前と自由が手に入るなんて話を聞き流しながら。


 ――――ねえ、名前なんていうの?


 彼女は私にそんなことを聞いた。

 訓練の休憩時間、一人で座り込む私の隣にやって来て、妙に浮かれた声で尋ねてきた。

 話すのは初めてだったと思う。

 私の記憶に間違いがなければ、だけど。


 ――――四十三番

 ――――そういうのじゃなくてっ


 識別番号では不服だったらしい。

 彼女は不機嫌そうに唇を尖らせた。


 ――――ここに来る前の名前だよ。無いの?

 ――――アンタにはあるの?

 ――――無いよ。捨て子だったし。私には無いから、知りたくて


 変なヤツだと思った。

 名前なんてどうでも良い。

 私がブローカーと呼ばれようが、四十三番と呼ばれようが、どうでも良い話だ。

 どこで生きていようが、それが自由だろうが不自由だろうが、私の名前が何だろうが。

 そんなの全部、どうでも良いんだ。

 私なんて、人を呪うことしかできないんだから。


 ――――どうでも良くない?

 ――――良くないよっ。ここだと、使ってる魔術とか武器でお互いのことを呼んだりするでしょ? それか番号。私、四十八番もカビも嫌だもん


 まあ、私も呪術と呼ばれるのは嫌だなと思った。

 四十三番だったら、別に良いけど。


 ――――だから、教えて。ね?


 名前や呼び名なんてどうでも良い。

 でも、そいつは私に話しかけてくれた。

 こんな私に声をかけてくれて、私のことを知ろうとしてくれて。

 こいつは変わり者だけど、こんな変わり者と一緒なら、自由な生活だって悪くないんじゃないかと思えるくらい。

 名前を呼び合えるような関係になっても良いな、と。

 そう、思ったから。


 ――――私は…………


 自分の名前を教えたんだ。

 この場所に来る前に持っていた名前を。

 ほんの気紛れに、たった一度だけ。

 いつか、こいつにも名前が与えられたら良いなと、思いながら。


     ***


 西部戦線、西の林。

 三つ巴の戦いは苛烈を極めていた。

 災害後を思わせる惨状の中、水の槍が無数に飛び交う。

 深海のような暗色の水槍を放つのは、直立して敵を見据えるアイリス。

 彼女は水の槍をブローカーとハネノーンの両勢力に絶え間無く浴びせ、接近を許さないまま戦闘を展開していた。

 襲い来る水槍を自身の槍で捌きながら、ハネノーンは思考を巡らせる。


(先程よりも攻撃の圧は無い。詰めようと思えば詰められる。だが、私が先陣を切るのは上手くない)


 ハネノーンは単騎であっても、アイリスの攻撃魔術をある程度は捌ける。

 狙いがブローカーにも分散された今、水槍の弾幕を掻い潜ってアイリスに接近することは不可能ではない。

 だが、ハネノーンが距離を詰めてくれば、無論アイリスも対応してくる。

 先んじて飛び出せば、アイリスから集中砲火を食らう恐れがある。

 ハネノーンがアイリスへと果敢に攻撃を仕掛け、それをアイリスが迎撃。その隙にブローカーがアイリスを狩る、というのが最悪のパターンだ。


(……が、それは白仮面の連中も同じだな。お互い矢面に立ちたくはないが故の後着。だが、海鳴りの魔女と言えば、底無しの魔力量で有名だ。いつまでも睨み合いをしていれば、先に限界が来るのは私達の方。ここで足を止めるのは得策じゃない)


 しかし、それは互いに言えること。

 今はアイリスの危険度故に実質的な二対一の状況が成立しているが、ブローカーとレジル地方は決して味方同士ではない。

 アイリスをどうにか倒して魔力も体力も限界、というわけにいかないのだ。

 アイリスを倒した後に互いを削り切るだけの戦力を温存し、逆に相手にはより多く消耗していてもらいたい。


(逃げるか? 私達の勝利条件は逃げ切り。ロノゼ様さえ無事に砦まで届けられればそれで良い。いや、無理だろうな。この白仮面達も海鳴りの魔女に正面から打ち勝つだけの自信は無いのだろう。だからこそ、私達の戦いに割って入ってきた。ここで私達だけ撤退すれば、まず間違いなく追って来る)


 入り組んだ勝利条件と敗北条件。

 そこから逃げの一手を画策するハネノーンだが、すぐに脳内で却下する。

 この状況に追い込まれた以上、アイリスを打倒するより他に道は無い。

 ハネノーンはアイリスが撃ち続ける水槍を捌きながら、打開のタイミングを伺っていた。


(ロノゼ様の爆弾魔術なら、この膠着状態を崩せる。ただ、あれはロノゼ様にかかる負荷も大きい上に、消費魔力も馬鹿にならない。何より、水の魔術とは相性が悪い。できることなら、あの白仮面連中に状況を動かしてもらいたいが……)


 一種の膠着状態に陥った三つ巴の戦況。

 この膠着を終わらせる手段を、それぞれの陣営が一つずつ持っている。

 一つはアイリス本人が戦い方を変えること。

 アイリスの水属性魔術は多岐に渡る。水槍での中距離射撃以外の戦法も取れるには取れる。

 だが、この膠着が続いた時、最後に立っているのは膨大な魔力量を持つアイリスだ。彼女が戦法を変えるメリットは無い。

 もう一つはロノゼの爆弾魔術。

 爆撃を成立させられるほどの火力であれば、この膠着状態を崩すには十分だろう。

 しかし、ロノゼへの負担も大きく、消費魔力も相当嵩む。何度も切れるカードではない故に、ハネノーンはこれを躊躇していた。

 そして、さらにもう一つ。

 未だに手札を隠している黒装束のブローカー。

 黒衣に白仮面を被った彼女は――――


「左手」


 仮面の下、少女の声がした。

 歌うようなワンフレーズチャントと同時に、彼女の正面に魔法陣が浮かび上がる。

 血を使って描いたような真っ赤な魔法陣に、黒装束のブローカーは左手で触れる。

 明らかの攻撃の予兆。

 アイリスはブローカーの予備動作を認識すると同時に、彼女の魔力の起こりを感じ取る。

 攻撃魔術にしては軽微な魔力反応だった。

 魔力で強化した肉体ならば、魔術で防御できるとアイリスは判断。水槍による攻撃を続行する。


「インフェクション・インフレイム」


 魔法陣に触れた少女の指先。

 人差し指の先端から彼女の手を覆うように、赤黒い火傷が広がった。

 左手の表面を火傷が覆うと同時、魔法陣から放たれたのは一本の釘。

 赤く染まった釘が目前に迫ると同時、アイリスは悟る。

 攻撃を中断してでも、この魔術は絶対に回避するべきだったと。


「受けたな、私の呪いを」


 アイリスの肩に刺さった赤い釘。

 速度はまずまずながらも、威力は相当低いはずの一撃。

 込められた魔力も少なく、貫通力も言うに及ばず。

 アイリスの莫大な魔力で強化した肉体であれば、掠り傷にもならないはずの釘。

 それがアイリスの右肩に深く突き刺さる。

 釘の刺さった肩口から、伝染するようにアイリスの肌に火傷が広がっていた。


「呪術師……!」


 肩口からじんわりと広がっていく痛みを噛みしめつつ、アイリスは憎々しげに呟く。

 呪術。

 それは、最低な魔力の使い方。

 人を傷付けるための技であり、人を穢すための術であり、人を殺すための悪意の結晶。

 あまりに突出した殺傷性と凶悪性から、近年までは魔術からは独立した技術体系として扱われていた。

 呪詛魔術というカテゴリーが成立したのは、つい最近のことである。


(見誤った! 少しずつ火傷が広がっていく! これがこいつの呪術!)


 ブローカーの呪術は、釘を刺した場所を起点に火傷を広げるというもの。

 発動の代償として術者の皮膚にも火傷を刻む必要があり、黒装束のブローカーは自身の左手を捧げた。

 火傷は時間経過と共に広がっていき、自然に治癒することはない。

 代償に捧げた皮膚面積が広いほど火傷の進行は速く、左手を丸々捧げた先の一撃は、目に見える速度でアイリスの皮膚に火傷を広げていく。


(進行速度からして、タイムリミットは十分。それまでに勝負をつける)


 火傷と侮ることなかれ、放置しておけば深刻なダメージになり得る。

 蜂窩織炎や敗血症などの重篤な症状が表れれば、戦闘の続行は十中八九不可能。

 アイリスは火傷の進行速度から、戦闘続行できる時間を十分と概算。

 それまでに決着をつけるべく、戦況を動かしにかかる。


「頼んだわよ、ブルーメ」


 隣のブルーメに合図を送りつつ、アイリスは魔術を起動。

 今までの戦闘で放った水の槍。

 それは単に攻撃手段というだけでなく、次の一手への布石も兼ねている。

 今まで敵を殺すに至らなかった水槍は、敵の得物に弾かれ、あるいは躱され、そこら中に刺さっている。

 地面に刺さった水の槍を起点に、アイリスは巨大な水の柱を発生させる。

 それはまるで水上竜巻。

 天空へと立ち昇る水の柱は、戦場を囲むように無数に展開された。

 その様相を見上げ、ハネノーンは目を見開いていた。


(何を考えている……? 規模ばかり大きく動きは鈍い水の柱。カビの魔術を前にして、それは自殺行為だろう? だからこそ、お前はコンパクトな水の槍で攻めていたんじゃないのか……?)


 ハネノーンの疑念は当然のものだ。

 ブローカーの一人はカビを操る魔術を使用する。

 湿気が多いほど繁殖するカビにとって、大質量の水は格好の獲物。

 ハネノーンが推察した通り、白装束のブローカーは即座に魔術を起動。

 灰緑色のカビが膨れ上がり、水の柱をあっという間に飲み込んだ。

 大質量の水を飲み込んだことにより、ブローカーの操るカビは凄まじい大きさへと膨張。

 本来は速度に劣るカビの魔術だが、ここまでの大きさになれば関係無い。

 戦場全てを包み込むほどに繁殖したカビの大群が、三つ巴の戦場になだれ込む。


(いや、今はカビの対策が先だ! このままでは全員呑まれる! この場であの量のカビに対応できるのは――――)


 カビは湿気が多いほど繁殖し、熱に弱い。

 この場で高火力の熱を発生させられる者は、ただ一人。

 爆弾魔術の使い手であるロノゼ・ソシアナ。


「ロノゼ様! 魔術を!」


 ハネノーンが呼びかけた時には、ロノゼは既に爆弾魔術を起動していた。

 幼い少女が両手の中に作り出した、スモークパープルの土塊。

 サイズとしては大きめのメロンかスイカくらい。

 それをすぐ隣の影武者に投げ渡したロノゼ。

 影武者は受け取った土塊を空中へと投擲。

 振りかぶった左腕は綺麗な弧を描き、スモークパープルの土塊は、膨れ上がるカビの中央へと投げ込まれた。

 ロノゼの双眸が緑色に光る。

 直後、凄まじい轟音と共に爆弾魔術が炸裂した。

 爆炎が周囲を覆い尽くし、爆風が黒煙を撒き散らす。

 爆発の余波は全員に容赦無く襲いかかり、その身を薄く焦がしていく。

 爆弾魔術の炸裂直後。

 炎と煙によって視界は遮られ、爆弾魔術が起こした爆炎と爆風が魔力を帯びる故に、魔力探知で互いの位置を特定することも難しい。

 火の手の黒煙が晴れるまで、敵の位置を探ることは不可能なこの状況において――――


「四時の方向に二人、五時に二人、七時に三人です」


 ブルーメの指示が聞こえる。

 直後、放たれた水の槍が、それぞれの敵を襲っていた。

 完全に反応できたのは、ハネノーンただ一人。

 撃ち込まれた数本の水槍を己が得物で弾き返し、ロノゼと影武者を守ってみせた。

 狐の獣人は回避が一歩間に合わずに脇腹を抉られ、鎌を持ったブローカーは左腕を吹き飛ばされた。

 黒装束のブローカーを庇った白装束のブローカーは、胴に二つの風穴を空けられていた。


(撃ってきた!? あり得ない! 煙と火の手で視界は遮られているはず! 爆弾魔術が魔術による爆発である以上、爆発の炎も煙も魔力を帯びる! これだけ濃い魔力が充満した場所で、人の魔力を探知できるはずがない!)


 ハネノーンの驚愕も無理は無い。

 視界も魔力探知も意味を成さないこの状況において、ブルーメの特異な魔力探知だけが敵の位置を捉えていた。

 爆弾魔術による濃密な魔力が充満していたとしても、魔力の色を識別できるブルーメにとっては障害にならない。

 絵の具の上に水をぶちまけたとしても、その奥の色を認識できていれば形を把握できるように。

 一人一人の魔力を識別しているブルーメの指示に従い、アイリスが放った水の槍は正確に敵を抉った。

 やがて、煙が晴れる。

 カビを薪にして燃え上がる炎は、林の木々に燃え移って延焼している。

 黒煙が晴れてクリアになった視界の中、海鳴りの魔女は立っていた。


 ――――なんでも良いです。大量に水を展開してください。そうすれば、向こうは十中八九カビの魔術で対抗してくる。レジル地方陣営にとっても無視できないくらい、大きなカビを使わせるんです。そうしたら、爆弾魔術を使わざるを得ない。爆炎の中からなら、私が一方的に位置を把握できます


 ブルーメの策略に嵌り、爆弾魔術を使わされたロノゼ。

 爆炎の中からアイリスに狙撃され、ブローカーはそれぞれが重傷を負う。

 戦場には火が燃え広がり、カビの魔術への抑止ともなる。

 ハネノーンの後ろでは、爆弾魔術使用直後のロノゼが膝をついて呼吸を整えていた。

 一手で戦況がアイリスに傾く。

 追い詰められたブローカーの少女は賭けに出る。

 チップは彼女の右腕。


「右腕……!」


 少女の右腕を火傷が覆う。

 焼けるような痛みに耐えながら展開したのは、真っ赤な魔法陣。

 そこから撃ち出される釘が、アイリスへと飛来する。


「インフェクション・インフレイム!」


 迫る赤い釘に対して、アイリスは水の鎧を展開。

 余裕をもって釘を水鎧で受け、あっさりと釘を弾き返す。

 呪術の殺傷能力は確かに高い。

 だが、それは命中した時の話。

 少女が右腕を爛れさせて放った釘は、アイリスに触れることなく弾かれ宙を舞う。


(唯一、アイリス・セイレンディスに有効打を与えた攻撃。……試す価値はある)


 弾かれた釘の落下地点。

 そこへ躍り出たのは長身の槍使い。

 台風の名を冠する最後の戦士長。


(水×風――――)


 ハネノーンは槍に水と風の二重属性魔術を付与。

 槍の刃先に纏わせた暴風雨を、さらに接触した物質へと伝播させる。

 振り抜く槍の一撃。

 落ちてきた赤い釘を槍が打ち据え、暴風雨が釘を包む。

 水と風にコーティングされて貫通力を増した釘は、再びアイリスの足下へと飛来した。

 水鎧で防御を固めたアイリスだったが、ハネノーンの暴風雨がこれを上回る。

 水の鎧を貫通した釘が、アイリスの右足首に刺さった。


「……っ」


 再び受ける呪術の一撃に、アイリスは顔を歪める。

 足首から広がっていく火傷の進行速度は、先刻よりも明らかに速かった。

 それを目視で確認したのは、狐の耳を生やしたブローカー。

 片刃の剣を持ったまま後衛の下へと走り寄り、撤退の指示を伝える。


「退こう。四十三番の呪術を二度も当てた。後は放置するだけで殺せる」


 殺傷能力の高い呪術を二発。

 しかも、一度は右腕全体を代償とした一撃。

 後は逃げるだけで良いと判断したブローカー陣営は、傷を庇いながらも撤退していく。

 呪術の中には術者が死ぬことで効果が解除されるものもある。

 当然とばかりにアイリスは水の槍で追撃してくるが、狐の獣人と鎌使いの二人が弾くことで何とか凌ぐ。

 後衛を担っていた黒装束の少女は、白装束の少女に肩を貸しながら走っていた。

 胴体に二つも風穴を空けられ、ほとんど動けない彼女を引きずるようにして。


「おい、走れ。辛いだろうが、とにかく足を動かせ。さっさとここを離れるぞ」


 少女は肩を貸した彼女に声をかける。

 返答は無い。


「頼む。頼むから走ってくれ。後は逃げるだけで良い。拠点まで戻れば応急処置ができる。医者も呼べる。まだ助かるんだ。だから走ってくれ」


 縋るように言葉を紡ぐ。

 思えば、昔から大声を出すのが苦手だった。

 誰も傷付けていないのに、呪術を使えるというだけで糾弾された時も、大声で否定することができなかった。

 そんなことを思いながら、少女は彼女の肩を支えて走る。


「海鳴りの魔女の暗殺。成果としては十分すぎるはずだ。お前がずっと憧れてた名前と自由だって、ここを生き延びさえすれば手に入るんだ」


 バシャバシャと音がする。

 それは彼女の腹から零れ出る血が、地面に落ちる音だった。

 白い仮面の奥で、少女は枯れそうな喉を振り絞って声を上げた。


「なあ、頼むよ……っ!」


 慟哭は静かに、されど激しく。

 少女が絞り出した声が、夜の林に木霊した。

 いつか名前を聞いてくれた彼女に、片を貸して少女は走った。

 二人寄り添うようにして、実際は一人で引きずるようにして、瀕死の彼女を連れて走った。

 意識も感情も混濁して覚束ないまま、ただひたすらに走った。

 走って、走って、走った先で待っていたのは――――


「おいおーい、なんか爆発してるから見に来たけどよォ……」


 赤紫色の髪をした狂戦士。

 返り血で赤く染まった斧を担いで、エイディーン・アルパレスが彼女らの目の前に立っていた。

 毒々しい雰囲気をしたマゼンタ色の髪。

 捕食者のようは双眸で、エイディーンはブローカーの少女二人を見下ろしている。


「なんか、見覚えのあるお面だナー」


 エイディーンを前にして、少女は立ち尽くす。

 言葉を失い、行動を失い、希望を失い、ただぼんやりと鮮血令嬢を見上げる。

 見れば、彼女の傍らには二つの死体が転がっていた。

 狐の獣人と鎌使いの大柄な男。

 ブローカーで前衛を担っていた二人は、既にエイディーンに頭を潰されて死んでいた。


「お前ら、アイリスのパパが送って来た刺客だろ? この前はヒュノ君も誘拐されてっしさ、放っとくってワケにもいかねーよなァ」


 ブルーメが爆弾魔術を誘発したのは、単に爆炎の中でも一方的に位置を掴めるというだけではない。

 ブルーメはサクロス・マダーとの戦闘を終えたエイディーンが近い位置まで来ていることを、魔力探知によって把握していた。

 彼女に戦場の位置を知らせるために、ブルーメはあえて大規模な爆発を起こすよう誘導したのだ。

 爆発を見てやって来たエイディーンに、ブローカーの少女二人は見つかった。


「そーいうわけで、死んでくれ」


 振り下ろされる斧の一撃を、少女は黙って見ていた。

 自分が肩を貸していた彼女の頭蓋が、無造作な一撃によって粉砕する。

 飛び散った血液と脳漿が、少女の頬と額を汚した。


(名前と自由……)


 どうでも良いと思っていた。

 でも、隣の彼女があまりにも必死に追い求めるものだから、いつの間にか欲しくなっていた。

 自由になって名前を手に入れたら、どこか遠くの静かな場所で二人で暮らそうなんて。

 そんな夢を見ていた少女は――――


(欲しかったなぁ……)


 エイディーンに頭を割られて死んだ。

 林に燃え広がる火の手が、彼女らの死体も燃やすだろう。

 誰に知られることもなく、灰になっていく。

 名前も、自由も、得ることなく。

四十三番(17)

四十八番(17)

ブローカーの少女二人。こういうの結構好きです。

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