第二十三話 ブローカー
「爆弾魔術師が、二人……?」
ロノゼと影武者の魔力を認識し、そう呟くブルーメ。
「それは無いわ」
彼女の呟きに対して、真っ先に否定を投げたのはアイリスだった。
アイリスはミッドナイトブルーの双眸で敵を見据えたまま、言葉だけでブルーメに語って聞かせる。
「爆弾魔術師が二人もいて、爆撃の頻度があれだけとは思えない。魔術の練度に差があったとしても、あの数字にはならないはずよ。そもそも、貴方の魔術は同じ魔力を使うだけで誤魔化せるようなものでもないでしょう? それに――――」
爆弾魔術師の数については、アイリスは相当な自信を持って一人と断定していた。
アイリスがブルーメに聞かされた爆撃の頻度からして、爆撃魔術師が二人以上いるとは思えない。
さらに、アイリスが何よりも疑問視する点が一つあった。
「爆弾魔術師が二人いたとして、二人共戦場に連れて来るとは思えない」
爆弾魔術師が死ねば、レジル地方の爆撃作戦は崩壊する。
そういう意味で、爆弾魔術師はレジル地方の心臓だ。
心臓のスペアが二つあるのに、二つとも戦場に持ち出してくる馬鹿がどこにいるのだろうか。
「何にせよ、深く考えることじゃないわ」
そこまで語った上で、アイリスは冷たく言い捨てる。
ロノゼと影武者の魔力一致。
それらは何も問題ではない。
何一つとして、自分達の障害にはなり得ないと。
「二人共、今ここで殺すもの」
冷徹な殺害宣言と共に、アイリスは魔術を展開。
空中に生成された水は螺旋状に捻じれながら圧縮され、やがて深海のような暗い色を帯びていく。
そして出来上がったのは、無数の水の槍。
渦を巻いたような螺旋の槍は、敵を貫くことに特化した高密度の水。
アイリスが中距離戦闘で好んで使う、精密性と殺傷力を両立した攻撃手段だ。
「悪いが、そういうわけにはいかないな」
水の槍を展開するアイリスを前にして、ハネノーンは槍を構える。
魔術で生成された無数の水槍に対し、ハネノーンが持ち得るのは純粋な槍術。
そして、それを補助する程度の魔術に過ぎない。
(風×水――――)
高等技術である二重属性魔術。
それを無詠唱で発動したハネノーンは、さらに自身の槍へと魔術を付与。
「エンチャント・タイフーン」
二重属性魔術付与。
高等技術に高等技術を重ね、ハネノーンは槍に風と水を纏わせる。
風属性と水属性。
二種類の魔術を付与されたハネノーンの槍は、まるで台風。
暴風雨を纏う槍を構え、ハネノーンは目前の魔女を見据える。
(同じ水属性の魔術を使うから分かる)
長い歴史の中で、人類の魔術は多種多様な系統に枝分かれしてきた。
今この瞬間にも新しい魔術が生み出されている。
そんな中、属性魔術とは最も古い魔術の一つにカウントされる。
かつて人類が魔術を持ち得なかった頃、精霊などの上位存在から模倣し、獲得したとされる原初の魔術。
炎、水、雷、風、土、草、氷。
七つの属性魔術は魔術界で最もメジャーであり、最も研究の進んだ魔術。
王道故に奥が深く、一般的故に実力は顕著に表れる。
ハネノーンの前に立つ魔女は、その全身を以て主張していた。
水属性魔術という領域において、お前とはステージが違うのだと。
(こいつは格が違う)
瞬間、アイリスが水の槍を放つ。
無数の槍が一斉に飛来し、ハネノーンの急所を抉りにかかる。
第一陣を体術で回避し、第二陣を槍で捌く。
そう動いたはずのハネノーンだったが、避け切れなかった槍が耳元を掠めていく。
迫り来る水槍に自身の槍をぶつけるが、あまりの衝撃に手首が痺れた。
暴風雨を纏う槍で受け流したことにより、ハネノーンの胴を穿つはずだった水槍は狙いを外し、後方の木々を貫通していった。
(クソ! 攻め入る隙が無い! 一歩でも前に出れば蜂の巣にされる!)
アイリスが放つ水槍の乱射をハネノーンは魔術付与した槍で捌き続けていた。
それは圧倒的な物量の暴力。
絶え間無く撃ち込まれる魔術の雨は、ハネノーンに反撃の隙を与えない。
高威力の攻撃魔術を、高密度の弾幕で、高精度に撃ち続ける。
磨き上げた属性魔術の前では、魔術付与も二重属性も小手先に過ぎないと言わんばかり。
純粋な魔術師としての力量で、アイリスはハネノーンを正面から磨り潰しにかかる。
(ロノゼ様の爆弾魔術で……いや、無理だ。ロノゼ様にできるのは爆弾の生成と起爆。影武者が投げたところで、確実に魔術で迎撃される。せめて、私が投擲できれば――――)
ハネノーンの後方に立っているロノゼ。
彼女の爆弾魔術で勝機を作れないかと考えるハネノーンだったが、アイリスの魔術を攻略できる手段を見つけられずにいた。
ロノゼの爆弾魔術は威力こそ凄まじいが、速効性に優れる代物ではない。
常に高速の魔術が襲い来るこの局面では、使える場面も限定されていた。
「戦士長! 俺が突っ込んで隙を――――」
「無理だ! 隙にもならない! 片手間に殺されるぞ!」
影武者の提案を戦士長は即座に否定する。
彼の言いたいことは、ハネノーンにも理解できる。
彼が持っている秘策を、ハネノーンも知っている。
だが、それはこの状況においては何の役にも立たない。
距離を詰めることすらできず、水槍で胴体を吹っ飛ばされるのがオチだ。
(何か、何か無いのか……!?)
直立したまま、攻撃魔術の乱打でハネノーンを追い詰めるアイリス。
後方にブルーメを庇いながらも、その攻勢に揺るぎは無い。
ハネノーンの防御に粗が出るまで、あるいは彼女の魔力が尽きるまで、無感動に攻撃魔術を撃ち続ける――――はずだった。
「アイリス様」
アイリスの傍ら、ブルーメが言った。
戦況は優勢。
目の前の戦士一人さえ崩せば、敵の心臓である爆弾魔術師を殺せる。
あと一歩で勝てるこの局面で、ブルーメの魔力探知は捉えていた。
「左後方、何か来てます」
ブルーメの魔力探知が捉えた不穏な影。
その方向をアイリスが振り返ると全く同時に、それは一斉に膨れ上がった。
木々の合間から立ち昇った灰緑色の何かが、アイリスとブルーメを飲み込まんとして押し寄せる。
これに対し、アイリスは攻撃魔術を一時中断。
水の防壁を張って、防御を試みる。
しかし、灰緑色の群体は水の壁を伝うようにして乗り越え、アイリスは達へとそのまま迫る。
「ブルーメ、こっちに」
アイリスはブルーメを抱き寄せ、足下から水を噴出。
水を放出する勢いに乗って跳躍し、なだれ込む灰緑色の軍隊をブルーメと共に回避した。
視線でハネノーンらを牽制しつつも、アイリスが注意を払ったのは灰緑色の何か。
ゆっくりと霧散していく汚物の後ろから現れる何者に向けられていた。
「あれは……」
灰緑色の群体と共に現れたのは、四つの人影。
彼らの姿を見て、ブルーメは呟く。
突如として現れて急襲してきた四名の襲撃者。
四者四様の装備に身を包んだ彼らだったが、一つだけ共通している項目がある。
「ブローカー……?」
彼らは皆一様に白い仮面で顔を覆っていた。
それは、西部戦線への道中でヒュノを誘拐した者が着用していた物と同じ。
オルトス・セイレンディスが送り込んできた、ブローカーと名乗る誘拐犯が着けていた白い仮面だった。
***
「公的な戦力というのは、いつの時代も使い勝手が悪いものだ」
セイレンディス公爵家、本邸。
応接室のテーブルで、黒髪の男はグラスに注がれたワインを呷る。
赤ワインを飲みながら上機嫌に語るのは、オルトス・セイレンディス公爵。
オドマリア王国の宰相であり、この国実質的な最高権力者である。
「だから、俺は私兵を持つことにしたんだ。妻も娘も知らない、俺だけの秘密の私兵団。山奥の施設で教育して、必要な時にだけ外に出す。戦力は少数精鋭。身分の無い子供を拾ってきて、一流になるまで鍛え上げた」
テーブルを挟み、オルトスの語りを聞くのは銀髪の男。
クレイル・ディアナ侯爵。
彼もまたグラスのワインを嗜みながら、オルトスの話に耳を傾けていた。
「名をブローカー。良いネーミングだろ? 秘密の私兵だからな。他の者に名前を聞かれても、疑われないものにした」
ブローカー。
それはオルトスが持つ私兵の名称。
身分の無い子供から才能ある者を拾い上げ、山奥に隠された施設で戦闘訓練を受けさせる。
親から名前を与えられず、周囲から愛情を与えられず、国から戸籍を与えられなかった孤児達。
彼らに戦闘技術だけを与えて出来上がった、公的には存在しない私兵団。
「精鋭のブローカーを四人、西部戦線に送り込んだ。命令はアイリスの抹殺。戦場の混乱に乗じてアイリスを殺し、その戦果ごと無かったことにする」
西部戦線は能力登用主義の試金石。
貴族であるアイリスが西部戦線で活躍することは許されない。
だから、アイリスを殺す。
その戦果が政治的に邪魔だからというだけで、その生命ごと消し去ってしまう。
「良いのか?」
クレイルは短く、そうとだけ尋ねた。
その言葉にどれほどの思慮と感情が含まれていただろうか。
お前は本当に実の娘を殺すのか?
理想のために家族を切り捨てることに躊躇いは無いのか?
本当は娘を殺したくないんじゃないのか?
「俺はこの国が嫌いだ」
クレイルの言葉に、オルトスはそう答えた。
「身分が低いというだけで、魔術を学ぶ機会さえ与えられない。貧しくとも優れた才能を摘み取って、不平等な貴族主義にしがみついている。俺は魔術が好きだ。こんなにも素晴らしいものを、一部の人間が独占しているなんて勿体ない。だから、俺はこの国を変えると決めた」
クレイルとは対照的に、オルトスは長い台詞を紡いでいく。
何度も何度も言葉にして、それでも足りない思いをさらに綴っていくように。
「アイリスを俺の後継にするわけにはいかない。だが、あの子以外に候補がいない。セイレンディス家は魔術の名門。当主に求められるのは、一にも二にも魔術の実力だ。あそこまで頭抜けた魔術師ともなると、後継に選ばざるを得なくなってくる。……もう時間が無い。アイリスがセイレンディス家の当主になる前に、あいつには後継争いから脱落してもらうしかないんだ」
「話し合いで妥協点を探れないのか? 他に地位を与えるなり、表の後継だけ他に立てて実権を握らせるなり、やりようはあるだろう?」
「無理だよ、クレイル」
クレイルの提案をオルトスは否定する。
諦念を帯びたその声音は、何度も試した解決法を改めて提示されたかのようだった。
無理だと思うのではなく、既に無理だったのだと。
「あの子はアリシアの娘だ」
アリシア・セイレンディス。
今は亡き、オルトスの妻。
アイリスの母であり、彼女の心に呪いを残していった人物でもある。
クレイルもアリシアの人となりについては知っていた。
良く言えば向上心が高く、悪く言えば優越感の怪物。
アリシアの娘という一言で、アイリスが宰相の座を手放してはくれないだろうと理解できる程度には。
「皮肉だな。最後に立ち塞がるのが、実の娘とは」
応接室、オルトスは寂しげに呟く。
悔恨と呵責すらも飲み干すように、オルトスはグラスを呷った。




