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君と雛鳥と海渡り ~海鳴りの魔女が挑む政治戦争。圧倒的な魔術の才能で全員捻じ伏せて、王国最高の権力者へ~  作者: 讀茸
第二章 西部戦線

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第二十二話 敵兵の右手を潰したらしい

 西部戦線、西の林。

 木々の合間を抜けて駆けるは、槍を背負った長身の戦士。

 一人の少女を抱えたまま、ハネノーンは林を疾走する。

 少女はハネノーンに抱えられながらも、じっと口を噤んでいる。

 幼い少女だった。

 歳は今年で十になるが、外見はさらに幼く見える。

 紫色の髪をしており、体格は同年代の中でもずっと小柄で華奢。

 彼女もソシアナ族の例に漏れず、目の下には刺青のような模様が浮かんでいた。

 しかし、一般的なソシアナ族のそれとは違い、彼女の模様は口元まで伸びるほど大きく、両目の下にそれぞれ浮かんでいる。

 左目の下に小さな模様があるだけのハネノーンと比べれば、その違いは一目瞭然だった。

 彼女の名はロノゼ・ソシアナ。

 族長の娘であり、爆弾魔術の使い手。

 爆撃作戦の要である彼女を砦まで送り届けるために、ハネノーンは林を疾走していた。


「おい、戦士長。こんなんで逃げ切れんのかよ? 向こうの最大戦力が追ってきてんだろ?」


 ハネノーンの隣を並走する少年が、彼女に声をかけた。

 少年とは表したが、彼の外見から性別を見極めるのは非常に困難だろう。

 何せ、彼はロノゼと瓜二つ。

 その外見的特徴からロノゼの影武者として登用されており、今はロノゼと全く同じ装束に身を包んでいる。

 本来は右目の下に小さな模様があるのみだが、ロノゼの影武者としての役目を果たすため、継ぎ足すように刺青を彫っている。

 彼に名は無い。

 ロノゼの影武者になった時に、かつての名は捨てた。

 強いて言うなら、ロノゼ・ソシアナが名前。単に影武者と呼ばれる場合も多い。


「ならスピードを上げるか? 君が並走できるなら、だが」


 影武者の文句にハネノーンは皮肉交じりに返す。

 戦士長台風?ハネノーン・フーカ。

 二つ名に風を冠しているだけあり、彼女の足はレジル地方の戦士団でも最速。

 ハネノーンが全力で走れば、影武者はあっという間に置いて行かれるだろう。


「……上げろよ。俺を置いてっても、今は逃げ切るのが先決だろ」


 ハネノーンの言葉に不機嫌そうな顔をしつつも、影武者はその言葉を肯定する。

 爆弾魔術を使えるロノゼは、爆撃作戦を展開するレジル地方にとっては心臓に近しい。

 そうでなくても、影武者にとってロノゼは大切な人物だ。

 彼女を連れたハネノーンの逃げ切りには肯定的だった。


「それはできない。敵の走力は私も目視で確認した。全力疾走したところで、逃げ切れる保証は無い。だったら、戦力になる君も連れていくべきだ」

「だったら、最初からそう言えよ」

「……悪かった。少し気が立ってたんだ」

「珍しいな。いつも戦場に私情を持ち込むなって言ってんのに」

「一世一代のプロポーズでフラれてね」

「プロポーズ? この戦いが終わったら結婚して下さいってか。そりゃ死亡フラグだぜ」


 並走しながら、影武者とハネノーンは気安い言葉を交わす。

 有事のために戦闘訓練を受けている影武者だが、主に指南を担当したのはハネノーンだった。

 そういった関係性もあり、ハネノーンと影武者の距離は近い。

 仲の良さそうな二人の様子を、ロノゼはハネノーンの腕の中から羨ましそうに見ている。


「……だから、俺は言わねーぞ。そういうの」


 ボソリと吐き捨てるように言った影武者。

 その視線は一瞬だけロノゼの目を直視し、すぐに恥ずかしそうに背けられた。

 その言葉の意味を理解したのか、ロノゼも顔を赤らめて俯く。

 ロノゼと影武者の関係は幼馴染に近い。

 共に花火を打ち上げようと誓った日から、あるいはもっと前から、二人の間には友情以上の何かが芽生えていた。

 戦いの最中でありながらも、甘く繊細に描き出される恋模様。

 まだ幼い少年少女の淡い恋心は、木々の合間に消えていく。

 そんな二人の情景を、遥か頭上から押し潰すように――――


「……何か、聞こえないか?」


 音が聞こえた。

 ごろごろと唸るような、どこか不気味な低音。

 遠雷を思わせる響きは、ある種の圧迫感さえ纏ってこだまする。

 そう、それはまるで、海鳴りのような――――


「見つけた」


 遥か頭上、彼女は呟いた。

 奇しくもハネノーンと同様に、両腕に少女を抱いたまま。

 空を舞う令嬢は、滑らかな黒髪を夜空に晒す。

 ミッドナイトブルーの瞳が、確かに地上を駆ける三者を捉えていた。


「魔力反応、間違いありません。爆弾魔術師です」


 アイリスの腕の中、ブルーメが告げる。

 彼女の周囲に浮かぶは幾つもの巨大な水の塊。

 過度に圧縮された水分の塊は、深海から掬ってきたような深い色彩を纏う。

 それは装填された弾倉。

 既に照準を合わせた水の砲撃。

 地上の標的へと向けて、高密度高質量の水塊が放たれた。


「影武者! 私の後ろに入れ!」


 アイリスが上空で魔術を撃つと同時、ハネノーンはロノゼを影武者へと投げ渡す。

 背中の槍を引き抜いて、頭上から降る攻撃に備える。

 ロノゼを受け取った影武者は、彼女を抱いてハネノーンの後方に入りつつ、仰ぐように空を見上げる。

 そして、目撃する。

 レジル地方が総力を上げて行っていた爆撃作戦。

 その真似事をほとんど単身で成してしまう天才魔術師を。

 海鳴りの魔女と呼ばれ恐れられた、オドマリア王国最強の魔術師の御業を。


「なんだよ、これ……」


 降り注ぐ水塊は、さながら流星群。

 乱射される水の砲撃は、暗い色を纏って地上へと衝突する。

 一撃一撃が地面にクレーターを作り、背の高い木々を押し潰し、薙ぎ倒し、一面を均していく。

 天変地異とすら思えるような魔術の雨に対し、ハネノーンは無詠唱で風の結界を展開。

 ドーム状の結界で防御に徹するが、そこへ水塊が一つ直撃。

 無数に乱射された魔術の内のたった一つ。

 たった一撃によって、風の結界は完全に霧散した。


(結界が壊れた! 一撃一撃の威力が尋常じゃない!)


 結界の破壊と共に、形を失って飛び散る水塊。

 右肩に降りかかった飛沫の勢いに、ハネノーンは思わず体勢を崩す。


(重い! ただの水飛沫に肩を持ってかれた!)


 アイリスの魔術は超高密度の水を操る。

 圧縮された少量でも水分は凄まじい質量を誇り、水飛沫であっても戦士長の姿勢を崩すほどの重みがあった。

 水塊の流星群が降り注ぐ中、あたり一面は災害かの如き様相を呈していた。

 折れた木々の破片、舞い上がる土煙、飛び散る水飛沫。

 かつて林だった場所はクレーターだらけの平地へと成り果て、押し潰された木々があたりに散乱する。

 そんな変わり果てた場所へ、彼女は軽やかに降り立った。


「アイリス・セイレンディス……!」


 ハネノーンが彼女の名を呼ぶ。

 当のアイリスはブルーメを地面に下ろしながら、ミッドナイトブルーの瞳で三者を見据える。

 冷たく、透徹した眼差し。

 海鳴りの魔女に一瞥され、ハネノーンは背筋に悪寒が走るのを感じた。

 この世に生を受けて以来、あらゆる全てを意のままに従えてきた王者の視線。

 そこから放たれるプレッシャーは、並大抵の者ではない。


(着地! 獲るなら今しか無い!)


 それでも、プレッシャーを振り切って駆け出した者がいた。

 ロノゼを地面に放り出した影武者は、地面を蹴ってアイリスへの距離を詰める。

 ハネノーンの背後から飛び出した小さな影が、二つの敵影へと迫っていく。


(戦士長と違って、俺はどっからどう見てもガキ。そんなのが飛び出してくるとは思ってもみねーだろ。一瞬で良い。一瞬迷え。一瞬困惑しろ。魔術師の本分は遠距離戦。距離を詰めれば狩れるはずだ)


 人類が無詠唱魔術を開発して以来、魔術師の戦闘は高速化した。

 それでも、魔力を練り上げて術式に流し込むタイムラグは確かに存在する。

 コンマ一秒を争う近接戦闘において、その隙はあまりにも大きい。

 故に、魔術師の本分は遠距離戦闘。

 距離を置いての撃ち合いでこそ、魔術師は真価を発揮する。

 その隙を狩り取るべく、影武者はアイリスの懐へと飛び込んでいった。

 小柄な少年の体は躍動し、アイリスの喉元へとその指を伸ばす。


「随分思い切りが良いけれど」


 喉元に触れるはずだった影武者の手。

 その指先はアイリスへと到達する直前で、暗色の水に阻まれる。

 少年が触れたのは敵の急所ではなく、アイリスの肉体を保護するように展開された水の鎧だった。


(なんだ、これ? 水なのに硬い。手が動かせな――――)


 直後、後方へ吹っ飛ぶ影武者。

 右手を強い力で押し返された彼は、蹴飛ばされたボールのように地面を転がった。

 アイリスの魔術によって均された林は、折れたり潰れた木々が並んでいる。

 半ばからポッキリと折れた木の残骸に衝突して、影武者はやっと停止した。

 木の幹を背にしたまま、影武者は自分の右手を見下ろす。

 青紫色に腫れた五指は、所々がべっこりと凹んで曲がっていた。


「少し蛮勇なんじゃないかしら」


 アイリスの操る水の鎧。

 過度に圧縮された水で構築された鎧は、水の密度を操ることで水圧を変化できる。

 影武者を吹き飛ばしたのも、水圧の急上昇によって生じた斥力。

 アイリスは触れたものを弾き飛ばすように、水鎧の水圧変化を予め術式に組み込んでいる。

 接近してきた敵を跳ね返すためにチューニングされた水鎧は、展開さえ間に合えばほぼ確実に触れた相手を弾き飛ばす。

 アイリス・セイレンディスが持つ近接戦闘への備えである。


(水に触ったらぶっ飛ばされた。どういう理屈か分かんねーけど、近接戦闘にも対応できるんだ)


 右手の痛みを耐えながら、影武者はゆっくりと立ち上がる。

 腫れた右手をだらりと下げて、左手だけでも格闘戦の構えを取った。


(でも、明らかに威力は低い。海鳴りの魔女が噂通りの魔術師なら、俺の右手をぶっ飛ばすなんて簡単だったはず。あれは敵に近付かれた時の緊急手段。あいつが近接戦闘に弱いことは間違いない。……戦士長が接近できれば、勝てる)


 勝ち筋を見出して、影武者はハネノーンと視線を交わす。

 影武者を見下ろして、ゆっくりと頷くハネノーン。

 アイコンタクトだけで作戦は伝わったようだった。


「アイリス様、ちょっと待って下さい」


 林の残骸で向き合う両勢力。

 その最中、息を呑んだのはブルーメだった。


「あの子供、二人共魔力が一致している」


 ブルーメの魔力探知は個人の魔力を識別できる。

 個人によって異なる魔力の色。

 常人には感じ取れないその色彩を、ブルーメは感じ取って識別できるのだ。

 対面したことで、ブルーメは確信する。

 ロノゼ・ソシアナとその影武者。

 二人の子供の魔力の色は、完全に一致していた。


「爆弾魔術師が、二人……?」


 爆弾魔術の色を帯びる二人の魔力。

 その色彩の同一性に、ブルーメは目を見開く。

 彼女の視線の先で立つ、齢十歳の小さな子供。

 ロノゼはその緑の両眼を開き、ブルーメとアイリスを見つめていた。

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