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君と雛鳥と海渡り ~海鳴りの魔女が挑む政治戦争。圧倒的な魔術の才能で全員捻じ伏せて、王国最高の権力者へ~  作者: 讀茸
第二章 西部戦線

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第二十一話 二重属性魔術

 ヨネとヒュノが決闘回廊に消えてからも、ノウドは屍戦士との戦闘を継続していた。

 先刻まではヨネとノウドの二人で捌いていた屍戦士の群れ。

 それを単独で相手することになったのだ。

 ノウドに押し寄せる屍戦士の圧力は、単純計算で二倍に膨れ上がる。

 雷魔術を付与した剣で屍を斬り伏せながら、ノウドは林の中を駆ける。


(ジリ貧だな。雷の魔術付与で粘るの無理がある。なんか、打開策考えねーと)


 押し寄せる屍戦士の勢いは留まることを知らない。

 鈍重な動きであれど、これだけの数で殺到すれば、ノウドにとって十分な脅威だった。

 絶え間無く襲い来る死体。

 その核となる球根を何度も抉り抜きながら、ノウドは思考を巡らせる。


(水分が凍結すると、球根魔術の適用外になる。その点で言えば、通用しそうなのは氷の魔術付与。ただ、屍戦士は魔術で操られているだけの人体。人間は恒温動物だ。人体に体温を一定に保つメカニズムがある。その人体機構を突破して水分を凍結させるには、相当高い出力で氷属性魔術を撃たなきゃいけない。それもこれだけの数の屍戦士を一掃できるほどの広範囲に。魔術を付与して斬るだけでは不十分。広範囲に高出力の氷魔術を撃つ方法。そんな方法――――)


 ノウド・ユーベルト。

 三つの属性魔術で魔術付与を扱えるという個性はあれど、突出した強みがあるわけではない。

 ヨネほどの剣技は持たず、魔術の決定力もアイリスには遠く及ばない。

 器用貧乏とも呼べる彼の最大の武器は、複数の手札を使いこなす頭脳であった。


(ある。一つだけ、この状況を打開する方法)


 思考は数瞬。

 行動は刹那。

 結論を弾き出すと同時に、ノウドの体は駆け出していた。

 木々の合間を駆け抜けて、彼が向かったのは凍結した馬車。

 戦闘開始と共に凍らせた水の馬車まで走ったノウドは、その頭上へと跳躍する。


「エンチャント・ブレイズノヴァ」


 空中、馬車の上でノウドは魔術を切り替える。

 剣に付与して魔術の属性を、雷から炎へ。

 轟々と燃える炎を剣に纏い、馬車へと落下していくノウド。

 凍結した馬車の屋根に落ちると同時、燃える刀身を叩きつけた。

 この馬車はアイリスの魔術で形成されたもの。

 過度に水分を圧縮したアイリスの魔術は、強い衝撃によって元の密度に戻る。

 炎の熱で凍結を解除しつつ、剣で強い衝撃を与えたことによって、大量の水が林へと解き放たれた。


「エンチャント・ゼロフロスト」


 溢れ返る水の中心に立ったノウドは、魔術付与の属性をさらに切り替える。

 氷属性魔術を付与した剣を水に突き刺し、足元で氾濫する夥しい量の水を再凍結。

 あたり一帯に溢れた水は屍戦士を飲み込み、彼らを捕らえたまま再び凍結した。

 足下の水を凍らせたことにより、ノウドも膝丈までを氷で固められていた。

 水へと突き刺した剣も、氷塊に囚われたままだ。


(ここらの屍戦士は大体固めた。これで余裕ができる。アレを撃つための余裕が)


 アイリスが生成した馬車を利用した大量凍結は、あくまで次の手を撃つための布石。

 事実、今の凍結作戦で動きを止められた屍戦士は一部。

 第二陣とも呼ぶべき屍戦士の群れが、氷塊を乗り越えてノウドへと迫ろうとしていた。


(氷×炎――――)


 それは、魔術技法の一つ。

 二つの属性をブレンドし、単一の魔術として放つ高等技術。

 二つの属性の魔術を一定レベルまで磨くだけでなく、性質の違う術式を組み合わせる必要があることから、大陸全土を見渡しても非常に使い手の少ない技。


「――――冷やし燃やせ。熱し凍れ。落下するほどに立ち昇れ」


 その名を二重属性魔術。

 難易度の高さ故に、ノウドはそれを無詠唱では使えない。

 短い詠唱と共に、ノウドが重ね合わせた両の掌。

 その中には、白い炎が揺らめいていた。


「コールドフレア」


 ノウドの両手から放たれるのは、真っ白な炎。

 炎にも関わらず氷のように冷たいそれは、因果逆転の氷炎。

 通常の炎が温度の上昇によって火力を増すのに対し、氷炎は温度の低下によって火力を増していく。

 氷炎は屍戦士を飲み込むだけでなく、林の木々に燃え移って延焼。

 白い火の手が一気に燃え広がり、極低温の領域を広げていく。

 氷炎による極低温は屍戦士を急激に冷やし、体内の水分を凍結させていく。


(氷炎は展開した。後は木々に燃え移って勝手に燃え広がってくれる。これで屍戦士は完全に無力化できたはず――――)


 ブチュリ、と。

 肉を抉られるような感触が、ノウドの首筋を刺す。

 それはどこからか伸びてきた根が、体内へと侵入した証拠だった。


「三属性の魔術付与。詠唱ありとはいえ二重属性。随分と器用なこったのう」


 それはゆっくりと姿を現す。

 木の根を触手のように操って移動する彼は、遠目にはタコのように見えた。

 氷の上をのそのそと歩く木の根の集合体。

 その中心部には怪しげなローブを纏った老婆が座っていた。


「ただ、目の前でこうも隙を見せられりゃ敵わんわい。自分の魔術で足を固め、頼みの剣も氷に埋まって引き抜けんと来た。屍戦士の動きが鈍いからといって、ちと油断しすぎたな。わしが自分からは顔出さんタイプの術師に見えとったか? こう見えて、わしゃあ結構武闘派なのよ」


 老婆は木の根を操りながら、ゆっくりとノウドに近付く。

 滔々と語る彼女には、両足が無かった。

 かつての戦場で両足を失った老婆は、移動手段を魔術に頼っている。

 アイリスとは違う意味で魔女の名が似合う老婆は、クツクツと笑っていた。


「さっき撃ち込んだ球根がもう根を張り始めとる。お主は生きたまま操らせてもらうぞ。帰ってきた味方を刺してもらうからのう。致命傷があれば疑われてしまう。……まあ、もう勝負は決まった後だが。戦士の習わしとして言っておこうかの」


 動けないノウドを見下ろして、老婆は口上を上げる。

 それはソシアナ族の戦士団に伝わる伝統であり、今や形骸化した文化の一つ。

 老婆が若い頃は誰もが誇りを持って口にしていた言葉だった。


「戦士長球根、ヤルヤク・ヨポス。お命頂戴する」


 見下ろされたノウドが、薄く目を開けてヤルヤクを見上げる。

 足の無い老婆。

 撃ち込まれた球根によって肉体の制御を奪われたはずのノウドは、老婆のいる位置を確認して――――


「エンチャント・ブレイズノヴァ」


 氷の中から飛び出した。

 炎の魔術付与で足下の氷を溶かし、一息に跳躍したノウド。

 燃える剣でヤルヤクの首を狙うが、あと一歩の所で狙いが外れる。

 火花で老婆の首筋を掠めたノウドは、そのまま氷塊の上に着地した。


(何故だ? 何故動ける? こいつには既に球根が根を張っているはず――――)


 ヤルヤクは木の根を操って動きながら、眼下のノウドを観察する。

 そして、すぐに気が付いた。

 ノウド自身の肉体に白い霜が降りていることに。


「お主、あえて体を魔力で守らんかったな。自分自身の水分すらも凍らせて、わしの魔術から抜け出すとは。こりゃ一本取られたわい」


 本来、人間は肉体を魔力で保護して戦う。

 ノウドのような広範囲に影響を及ぼす魔術を撃ったのなら尚更。

 自身もその効果を受けないように、魔力で肉体を守るのが定石だ。

 しかし、ノウドはあえてこれを解除。

 氷炎の影響をモロに受けることで、自分自身の水分を凍結。

 ヤルヤクの球根魔術から逃れて見せた。


「だが、これで終わりだ。極低温に晒された肉体はもう限界だろう? そこまで調子を落としたお主に負けるほど、わしも耄碌してはおらん。不意打ちで仕留め切れんかったのが敗因だったな」


 しかし、ヤルヤクは勝利を確信する。

 氷炎の中心地にいたにも関わらず、魔力で肉体を守らなかった代償は大きい。

 冷気に晒され続けたノウドの身体機能は限りなく衰弱。

 低体温症によって、ノウドは関節が錆び付くような錯覚を覚えていた。


「……まあ、良いよな。ここで使っても。今、俺一人だし」


 判断力の低下により、ノウドは思考を全て口から零す。

 ハッタリかもしれない言葉。

 しかし、今にも意識を落としそうな彼が紡ぐ言葉は、妙な現実味を帯びていた。

 ヤルヤクは予感する。

 何かが来ると。

 三属性の魔術付与でもない、二重属性でもない、本当にノウド・ユーベルトが隠していた切り札が。

 今ここに顕現しようとしている。


「■■■■■■・■■■■■■■■」


 詠唱はワンフレーズ。

 ノウドのワンフレーズチャントが、ヤルヤク・ヨポスが最期に聞いた言葉だった。


     ***


 決闘用の魔道具が解除されるまで、数分の時間を要した。

 決闘用の魔道具は本来、勝負がついた時点で空間内の者を元の場所に帰す。

 しかし、カプリ・ジーニーは自分が敗北した際の保険として、決着後も数分は決闘空間が解除されないように調整を施していた。

 ヨネとヒュノが西部戦線の林に帰還した時には、ヤルヤクとノウドの決着もついていた。


「よっ、遅かったな」


 氷塊の上に座ったノウドが、帰還したヨネとヒュノに声をかける。

 ノウドは手の中に小さな炎を作り出し、それを体に寄せて暖を取っていた。

 その傍ら、倒れているのは老婆の死体。

 胴体に大きな風穴を開けられた死体は、何を語ることもなく寝転がっている。


「ただいま、ノウド」


 無事のノウドを見て安心したのか、ヒュノは嬉しそうに微笑えむ。

 ノウドも人当たりの良い笑顔を返した。


「おう。こっちは片付いたけど……そっちも大丈夫そうだな」


 ヨネとヒュノの帰還と同時、彼らの背後に落ちた死体。

 ヨネに惨殺されたカプリ・ジーニーの骸も、決闘用魔道具の解除と共に林へと帰ってきていた。


「寒い。ノウド、私も暖取らせて」

「へいへい。あんま近付きすぎんなよ」


 ヨネはノウドの正面に座り込み、ノウドの手元に両手をかざす。

 ゆらゆら揺らめく炎に照らされて、ヨネの硬い手の皮膚が映えた。

 想い人と合法的に接近して、ヨネは満悦そうな表情をする。


「熱っ」

「だから、近付けすぎんなって」


 その結果、手を寄せようとしすぎて火花に触れたヨネ。

 料理中に油が撥ねたような不幸だが、ヨネは相変わらず幸福そうな顔をしている。

 どこか吹っ切れたような顔で、彼女は好きな相手との時間を謳歌している。


「ヒュノは良いのか? そういや、ずっと凍った馬車の中にいさせてたけど。寒くねーの?」

「僕は大丈夫。種族柄、寒いのは平気なんだ」

「あー、鳥人ならそういうこともあんのか」


 さりげなくノウドの誘いを断ったヒュノ。

 彼がヨネに目配せすると、彼女は恥ずかしそうに顔を背けた。

 全部お見通しだとばかりの気遣いに、ヨネも気恥ずかしいものを感じたらしい。

 ヒュノはヨネの恋路を応援してくれているのだろうが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしかった。


「なんか、ヨネとヒュノ仲良くなったか?」


 二人の様子を見てノウドが言った。


「別に元々仲良いよ?」

「まー、そりゃそうだけど。二人だけ仲良くなっちゃったら寂しいなーって」

「それは無い!」


 ノウドの言葉をヨネが強く否定する。

 急に大声を出したヨネの下に、二人の視線が集まった。


「無い……から、別に。ノウド抜きで、みたいな……」


 注目されたヨネは、繕うように言葉を紡ぐ。

 か細い声で繕った言葉ではあるが、偽らないヨネの本心でもあった。

 そんなヨネの言葉に何を思ったのか、ノウドはぼんやりと空を見上げる。

 地上から仰ぐ夜空。

 ノウドの視線は魔術で飛んでいったアイリス達の方角を向いていた。


「今日さ、アイリス様が初めてヒュノんこと任せてくれたじゃん」


 ぽつりと吐き出す言葉。

 それは果たして、ノウドの本心か否か。


「ちょっとは、信頼してくれてんのかな?」


 ヨネとノウドとヒュノ。

 同僚としてアイリスの下で働いてきた三人だったが、腰を据えて話す機会は今まで無かった。

 ヒュノの休日はアイリスが独占しているし、ノウドもヨネも日常的に剣技は練習している。

 そもそも、この三人は使用人としての役割も特異故に替えが利かず、休みが合うこと自体が少ない。

 だから、こういうことを話す機会も無かったのだ。

 自分達がアイリスに信頼されているか、なんて。


「私にはアイリス様の考えてることなんて分からないけど……ヒュノは?」

「うーん、信頼されてるっていうか、人を信頼することを初めて覚えたみたいな……そんな感じ?」

「なんじゃそりゃ」


 そんなことを言って、三人で軽く笑い合う。

 どこか居心地の良い空気が流れる。

 ヨネも、ノウドも、ヒュノも、元々居場所を持っていた人間ではない。

 アイリスの下で働く日々は、彼らにとって初めての居場所だったのだろうか。


「そういえば、ノウドってどうやってこの人倒したの? すごい傷口だけど」


 ヒュノがヤルヤクの死体を見て指摘する。

 胴体に大きな風穴の空いた死体は、確かに異様な有様だった。

 魔術付与の剣で貫いた程度では、ここまで大きな傷口にはならないだろう。

 しかも、ただ貫いたような傷には見えない。

 まるで、内部から破裂したような不規則な傷口をしていた。


「ああ、雷魔術付与した剣でぶち抜いたんだよ。不意打ちで。上手く魔力の薄い所を突けたんだろうな」


 ノウドの嘘にヨネとヒュノは気付かない。

 魔術に詳しい者、例えばアイリスがこの場にいたなら、感付くこともあっただろう。

 しかし、二人は気付かない。

 気付かないと分かって、ノウドは言葉を選んでいる。


「死体は燃やしとくか。蠅がたかっても嫌だしな」


 ノウド・ユーベルト。

 彼の切り札を見たヤルヤクも、死体を焼かれて消えていく。

 何かを腹の底に隠したまま、穏やかな時間は過ぎていった。

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