第十九話 屍戦士
西部戦線、西の林。
アイリスとブルーメが水の馬車を捨て、先行した直後のことだ。
「エンチャント・ゼロフロスト」
馬車の中、ノウドが抜剣と共に魔術を唱える。
ワンフレーズの詠唱に呼応するように、ノウドが抜いた片手剣が冷気を帯びた。
ノウドが馬車の床面に突き立てた剣は、馬車全体へと瞬時に極低温を電波。
水の馬車を一瞬にして凍結させた。
「ヒュノ! 馬車ん中隠れてろ!」
ヒュノに隠れるよう指示し、ノウドは凍った馬車の外へと飛び出す。
無言のヨネが馬車の外へと飛び出したのも、ほとんど同時だった。
馬車から飛び出した使用人二人。
その足下に広がっていたのは、死してなお駆動する戦士の大群だった。
全身から血を流し、致命傷を身に刻みながらも動き続ける彼らは、まさに屍戦士。
ゾンビの氾濫を思わせる惨憺たる光景へと、ヨネとノウドは剣だけを手に落下する。
「エンチャント・サンダーボルト」
ノウドはさらにワンフレーズチャント。
今度は剣が雷を帯びる。
着地と同時に振り払った一閃は電撃を纏い、正面の屍戦士数人の胴体を消し飛ばす。
さらに翻す連撃で、あたり一帯の屍戦士を電撃に斬り払った。
肉体の半分以上を消し飛ばされた屍戦士達は、バラバラと地面へと倒れた。
(肉体を消し飛ばせば止まる。……いや、ぶっ飛ばしたのにビクビク動いてるのもいるな。多分、体内の球根を抉り飛ばしたかどうか。体内に植え付けられた球根の位置は……やっぱり、魔力が一際濃い部分がある。でも、何となくの場所しか分かんねぇな。ヨネくらい魔力探知の精度が高けりゃ、球根だけピンポイントで斬れるだろうけど。俺は魔術付与で大雑把に吹っ飛ばすしかない)
ノウドは雷を纏う剣で屍戦士を斬り伏せつつ、屍戦士の性能を考察する。
球根魔術の仕様はアイリスから伝えられているとはいえ、魔術の性能は術者の力量によって大きく左右される。
球根魔術の使い手を何度か目にしたことのあるノウドだったが、その情報が目の前の敵にそのまま適応されるとは限らない。
そもそも、大量の死体を操る球根魔術など、ノウドは見たことがない。
(球根魔術の燃費なんて知らねーけど、こんな戦い方仕掛けてる時点で根っからの魔術師タイプ。魔力量には自信があると見て良い。持久戦になったら、魔術付与を使ってる俺が最初にバテる。この数をヨネ一人で捌くのも無理があるだろうし、戦い方考えねーと)
ノウドが使っているのは魔術付与と呼ばれる技術。
魔術を武器に付与することで、武器に魔術を纏わせることができる。
ノウドは雷、氷、炎の魔術を修めており、それぞれを剣に魔術付与することができる。
水属性魔術を極めているアイリス然り、多くの魔術師は一系統の魔術を専門とすることが伝統的とされている。
貴族主義の強いオドマリアでは、その傾向が強く表れる。
三つもの属性魔術を習得し、魔術付与まで可能としているノウドは、オドマリア王国において異端な技能の持ち主だった。
(とりあえず一番燃費良い雷で粘るか。水の馬車で轢き殺した戦士の数だって無限じゃない。てか、ヨネのスタミナを考えれば、耐久戦でも別に問題無いのか。後続の兵士が追いついてくる可能性もある。無理に術者を探す必要も無い)
屍戦士を雷魔術を付与した剣で斬り裂きつつ、ノウドは思考を巡らせる。
状況を分析するべく自然と視界は広がり、ほとんど背後のヨネを視界に捉えていた。
ヨネは無表情で剣を振るい、屍戦士を次々と斬り伏せていく。
ノウドの推測通り、ヨネは屍戦士の体内に植え付けられた球根を的確に攻撃し、屍戦士を無力化し続けていた。
論理的な思考から体内の球根を攻撃するノウドとは違い、ヨネは反射的に魔力の濃い部分へと斬撃を放っているだけ。
余計な思考を介さないからこそヨネの剣は速く、ノウドよりも速いペースで屍戦士を倒していく。
相も変わらず型破りな剣を使う同僚の背後へ、彼女の死角から、高速で飛来する何かをノウドの視線が捕捉した。
「ヨネ!」
ノウドの叫びもやや遅く、飛来した物体はヨネの首筋に命中した。
それは球根だった。
丸い植物の塊がヨネの首筋に食いつき、めきめきと根を張り始めていた。
首筋に撃ち込まれた球根。
体内に侵入する根にヨネは顔色一つ変えず、首筋の球根を引き抜く。
ブチブチと音を立てて、飛び散る血と共に、ひげ根を伸ばした球根が引っこ抜かれた。
「大丈夫。アイリス様の言ってた通り。すぐ引っこ抜けば問題無い」
球根を投げ捨てつつ、ヨネは平坦な声で告げる。
撃ち込まれた球根も、すぐに引き抜けば問題無い。
事前に知っていた情報とはいえ、ヨネの対応はあまりに冷静で的確だった。
体内に根を張った球根を無理矢理引き抜くのは、それなりの痛みが伴う。
幼少期の過酷な経験故に痛みに強いヨネだからこそ、躊躇無く球根を引き抜けたのだろう。
(球根を直接撃ってきた。……そうか。向こうにはそれがある。こっちが粘るしかないのに対して、向こうは勝負を決める手段がある。大分不利になったな。球根の飛んで来た方向から、向こうの位置は大体特定できる。ヨネにヒュノの守りを任せて、俺が仕留めに行くか? いや、単騎で勝てる保障も無い。距離の離れた魔術師に突っ込んでいくのは自殺行為。だからといって、このまま粘り勝てるとも言い切れない。何か手は……)
思考する間にも屍戦士は押し寄せる。
ノウドはそれらを迎撃しながら、作戦を考えていく。
戦闘が始まって既に数分。
ノウドは思考の片手間に屍戦士を処理する作業に慣れ始めていた。
鈍重かつ単調な屍戦士の動き。
対処するのは容易く、迎撃は簡単。
戦闘と思考の比重が次第に後者へと寄っていき、屍戦士への対処がおざなりになっていく。
それはある意味当然の変化であり、効率的な適応と呼べるかもしれない。
鈍く緩い屍戦士の動きに、ノウドの目が慣れた頃。
それは凄まじい速度で飛び出した。
「…………っ!?」
ノウドの頭上を飛び越える小柄な女戦士。
全体的に軽装を好むソシアナ族の中でも、一際軽い防具を身に着けた彼女は、軽々とノウドの頭上を飛び越えた。
腰に短刀を提げた女戦士は、ヒュノの潜む凍った馬車へと跳んでいく。
彼女は紐に括りつけられた石の玉を握りしめていた。
(あいつ……! 死んでない! 屍じゃない存命の戦士! 死体の中に混ざってたのか!)
タネを明かせば簡単なトリック。
屍戦士の中に本物の戦士が潜み、屍戦士の動きに慣れた敵の隙をついて飛び出す。
鈍重な動きしかできない屍戦士の中から、素早い戦士が飛び出せば、それだけで強力なチェンジオブペースとなる。
(抜けられた! 凍らせた馬車の方に! ヒュノを狙う理由なんて……いいや、あるか! 俺達が守ってんだからな! 向こうからすれば、戦術的に価値がある何かのように見える!)
ヒュノ・ファルカに戦闘能力は無い。
戦場において彼は何の役にも立たない。
だからこそ、ヨネとノウドはヒュノを守っていたのだ。
しかし、レジル地方の戦士からすれば、戦場に役立たずを連れてきているとは到底思えない。
ヨネとノウドによって防衛されているヒュノは、その隙に勝負を決めるための何かをしている。
そう予想した女戦士は、ノウドの頭上を飛び越えてヒュノの隠れる馬車へと迫ったのだ。
(間に合うか? ヒュノだって敵が突っ込んでくれば、逃げるなり抗うなりするはずだ。あの戦士が少しでも手間取れば、後ろから刺せる。頼むぞ、ヒュノ……!)
ヒュノを狙った女戦士の背後から、ノウドをさらに追う。
凍った馬車へと乗り込んでいく小柄な背中は、剣を伸ばしても僅かに届かないほどの距離。
ヒュノが女戦士に瞬殺されさえしなければ、ノウドの剣は彼女の背後から心臓を穿つだろう。
しかし、そもそも女戦士はヒュノに戦術的な価値があると予想して馬車へと乗り込んで来ている。
ヒュノに最低限の戦闘能力があることは容易に想像できること。
ノウドとヒュノに挟み撃ちにされるという状況も、無論想定している。
その上で、彼女は策を用意してきていた。
「開け、回廊」
女戦士は左手に握った石の玉をかざして、唱える。
紐に括りつけられた石玉は、レジル地方に伝わる決闘用の魔道具。
戦士二人を特殊な空間に隔離し、邪魔の入らない決闘を可能にするというもの。
石玉を起点に広がる無彩色の光が、馬車の隅に潜んでいたヒュノ諸共女戦士を飲み込む。
(空間系の魔道具!? いや、ヒュノに対して適応できるなら、細かい整理条件は無いはず! このまま飛び込む!)
女戦士が起動した魔道具に対し、ノウドは自身も飛び込むことは決断。
地面を踏み切り、無彩色の光に突っ込もうとしたその時。
彼の肩を背後から抑える手が、ノウドの跳躍を阻んでいた。
「私が行く」
それはヨネの左手。
ノウドを止めたヨネはそのまま無彩色の光へと飛び込む。
ヨネを飲み込んだ無彩色の光は一気に収束し、役目を終えて消失する。
女戦士が握っていた石玉だけが、取り残されて地面に落ちた。
「ま、タイマンならヨネが適任か」
一人、林に残されたノウドはポツリと呟く。
彼が片手剣を握って振り向けば、数多の屍戦士が押し寄せてくる。
戦士による急襲を終えても、屍戦士による攻勢は止まらない。
「俺もこっちを片付けねーとな」
雷魔術を付与した剣を構え、ノウドは軽く呟いた。




