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君と雛鳥と海渡り ~海鳴りの魔女が挑む政治戦争。圧倒的な魔術の才能で全員捻じ伏せて、王国最高の権力者へ~  作者: 讀茸
第二章 西部戦線

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第十八話 赤蛇の熱

 西部戦線、西の林付近の平野。

 サクロス・マダーはエイディーンの猛攻を耐えていた。


「おらおら、お命頂戴すんじゃなかったのかァ!」


 初動こそエイディーンを翻弄したサクロスだったが、戦闘が続くにつれ防御一辺倒に回っていた。

 エイディーンが振り回す斧は、一撃一撃が一撃必殺。

 革製の防具など掠っただけで吹き飛ばすだろう一撃の圧力は、自然とサクロスに防御を強いていた。


「戦士長サマもこんなもんかァ? ああァん!」


 横薙ぎに振るわれる斧の一撃を、サクロスは剣で弾き返す。

 しかし、エイディーンは斧を弾かれた勢いを利用して一回転。

 逆方向から斧を振り抜き、サクロスの首を狙う。

 上体を反らして斧を回避したサクロスの脇腹に、エイディーンの無造作な蹴りが命中した。

 蹴飛ばされて地面を転がるサクロス。

 受け身を取って起き上がった時には、既に接近したエイディーンと相対している。


「さっきからチマチマチマチマ! 守りばっかで時間稼ぎのつもりか!? 後ろの味方が逃げる時間作って満足ってか!?」


 エイディーンが容赦無く叩き込む斧の連撃。

 それを全て剣で受けたサクロスだったが、そのあまりの重さに腕が痺れる。

 間髪置かずに放たれるエイディーン斧によって、またもやサクロスは吹っ飛ばされた。


「ここを耐え凌げばいつか! 味方を逃がせれば誰かが! お前達凡人はいつもそうだよな! いつまでも、いつか誰かがの繰り返し! 殺し合いってのはよォ……」


 エイディーンの語る戦闘論。

 それはサクロス・マダー、ひいてはレジル地方全てへの存在否定だった。

 今はいつか独立できるように、自分は負けても死んでも誰かが勝利に辿り着けるように。

 いつかと誰かを繰り返してきたソシアナ族をエイディーンは真っ向から否定する。


「今! あたしとお前がだろ!」


 エイディーンが振り上げた斧の一撃。

 それはついにサクロスの防御を搔い潜り、彼の腹へと命中する。

 咄嗟の反応で魔力を腹に集中させて受けたサクロスだったが、エイディーンの斧はそれも容易く食い破る。

 革製の防具は砕きながら、エイディーンの斧はサクロスを高く空中へと打ち上げる。

 腹から血を流して落下したサクロスは、傷口を左手で押さえて蹲った。

 そんな戦士をエイディーンは、赤紫の瞳で冷たく見下ろす。


「なぁ、西部戦線がなんて呼ばれてるか知ってるか? 能力登用主義の試金石だぜ? こっちは負ける可能性なんざ一ミリも考えてない。どう勝つかって部分で揉めるくらい余裕なんだ。お前らが思い描いてるレジル地方独立の未来なんて絶対訪れない。百億年後の未来にあり得たとして、お前はその時には絶対立ち会えない」


 エイディーンの言うことは紛れもない正論だ。

 西部戦線がオドマリア王国で持つ価値は、能力登用主義の試金石。

 ディアナ侯爵家の掲げる能力登用主義が、どこまで通用するのかを試す場所。

 レジル地方が勝利して独立を果たすなど、誰も考えてはいないのだ。

 ディアナ家が西部戦線に敗北しようと、今度はまた別の兵が送られてくるだけ。

 それも平民だけで構成された今の兵士よりも強力な、貴族が金をかけて育成した騎士団が。


「未来なんてあやふやなモンに希望を託してるヤツが、今ここであたしに勝てるわけがない。そうだろ? 戦士長サマ」


 エイディーンは未来を顧みない。

 将来を見据えて堅実に、というのはエイディーンが最も嫌う考えだ。

 今、面白そうだと感じる方へ。

 この瞬間、血湧き肉躍る方へ。

 どこまでも今を謳歌する狂戦士は、未来の歯車であるサクロスを見下ろす。

 侮蔑と落胆を以て見下ろす。


「黙っていれば、ペチャクチャと……」


 その赤紫の視線を正面から、緋色の戦士が睨み返す。

 小さく矮小な蛇が、頂点捕食者に一矢報いるかのように放った戦意。

 その鋭さに一瞬だけエイディーンは気圧された。


「俺がいつ言ったんだ?」


 サクロスは隠していた。

 エイディーンの五感なら気付きかねない、サクロスの得物に表れる変化。

 注意していれば感づくだろうその変化を悟られないように、上手く視線と感覚を誘導しながら戦っていた。

 故に、エイディーンはここで初めて気付く。


(こいつの剣、いつから赫く……)


 蹲ったサクロスが抱える片手剣。

 その湾曲した刀身が、いつの間にか赫く染まっていること。

 まるで金属を長時間かけて熱したような色の刀身は、どこか危険な雰囲気を纏っている。


「お前を殺す気が無いだなんて」


 瞬間、サクロスが踏み込んだ。

 蹲るような低姿勢からの踏み込みは、エイディーンの意識の間隙を縫う。

 斧の間合いの内側へと入り込み、真下から突き上げるような刺突。

 心臓へと狙いを定めた剣に対し、エイディーンは斧の柄を割り込ませることで防御。

 赫い刀身は柄の上を滑り、柄を握るエイディーンの手の甲を掠めていった。


「おいおい、なんだよお前」


 サクロスの急襲を手の甲への掠り傷に抑え、一旦ステップで距離を取ったエイディーン。

 彼女の手の甲は、焼き印を押されたように黒く焦げていた。


「激熱じゃねーか」


 サクロス・マダーの得物である片手剣には、熱を溜め込む特殊な金属が用いられている。

 強く湾曲した特殊な刀身の形も、金属同士の接触で火花を散らしやすい構造だ。

 そういった形状と材質により、サクロスの剣は打ち合うごとに火花を散らし、熱を溜めていく性質を持つ。

 エイディーンとの度重なる打ち合いにより、サクロスの剣は熱を帯び、赫く染まるにまで至った。

 熱纏う刃。

 戦士長赤蛇の代名詞である。


「俺は未来に託すよ。百億年後の未来に、戦争が終わるって希望を託して死ぬ」


 サクロスはエイディーンの言葉を反芻し、その上で認め、宣言する。

 未来に希望を託すという生き様。

 いつか、誰かを繰り返して、生きていく弱い人間の在り方を。

 そして、その上で断言する。


「お前も道連れだ」


 エイディーン・アルパレスの命を奪うと。

 今ここで、お前を殺すのだと。


「ハハッ! 良いねぇ! 来いよ!」


 血染めの狂戦士と戦士長赤蛇。

 両者の戦いは第二ラウンドへと移行した。


     ***


「おいおいおいおい! 最高だぜお前!」


 マゼンタ色の髪をなびかせて、平野を駆ける長身の狂戦士。

 身の丈を超える斧を振り回す狂人へと、片手剣を携えた男は素早いステップで切り込んでいく。

 鋭い踏み込みと共に放つは、赫い刃による三連撃。

 エイディーンはその全てを斧で弾き返すが、それによってサクロスの剣はさらに濃い赫を帯びる。

 四度目の打ち合いでサクロスの剣を弾き返す算段だったエイディーン。

 しかし、サクロスの強烈な斬撃によって、逆に斧を弾き返される。


(熱だけじゃねぇ。身体能力もブチ上がってる。どういう理屈だ? 単にエンジンかかってきたってレベルじゃねぇだろ)


 腹に傷を負っているにも関わらず、調子を落とすどころか身体能力を増すサクロス。

 その異様なスピードとパワーをエイディーンは訝しむが、サクロスは思考の隙すら与えずに攻め入る。

 打ち合えば打ち合うほど、武器を交えれば交えるほど、サクロスの熱と身体能力は上がっていく。

 幾度となく交わした剣戟の末、サクロスはようやく見出した。


(入る)


 エイディーンに攻撃が当たると直感できる瞬間。

 熱を帯びる片手剣の連撃でエイディーンを崩したサクロスは、左の拳をエイディーンの顔面へと打ち込む。

 咄嗟に両手持ちしていた斧から左手を離し、パンチへのガードに充てたエイディーン。

 拳を掴むつもりで出した左手だったが、そのまま殴り飛ばされた。


(熱ぃ。剣だけじゃねぇ。あいつ自身が熱くなってやがる)


 その一撃で、エイディーンは気付く。

 熱を帯びているのは、剣だけでなくサクロス自身もなのだと。

 火傷した左手を見下ろして、エイディーンはサクロスの絶技を理解した。


(あいつ! 武器の熱を自分にも還元できんのか!)


 戦士と武器は密接な関係にある。

 戦士の多くは身体を魔力で強化し、同時に武器も魔力で強化する。

 この二つはほとんどの場合、切り分けるのでなはく、同時に循環するように行うものだ。

 武器も肉体の一部であるかのように、魔力による身体強化と同じ要領で行う。

 故に、魔力は武器と肉体のどちらをも通過し、循環する。

 その魔力の流れに熱を乗せることができれば、理屈上は武器の熱を身体に還元することも可能だ。

 それがどれだけの絶技であるかは、天才肌のエイディーンが自分には無理だろうと直感的に悟るほど。

 サクロスは精緻で淀みない魔力操作の末に、剣の熱によって体温を上昇させ、身体能力を向上させているのだ。


(打ち合えば打ち合うほど熱くなって、身体能力も上がってく。長引けば長引くほど手が付けらんなくなるわけだな。面白ぇ)


 武器を交えながらも、エイディーンはサクロスの性能を考察していく。

 それは考察というより純粋な好奇心に従った結果に近く、だからこそより深い分析を成し得る。

 エイディーンは斧の刀身でサクロスの剣を弾きながら、柄の方を振って彼の腹を殴打する。

 刀身に注意を払っていたサクロスはそれをモロに受け、大きく後方へと吹っ飛んだ。

 すぐに受け身を取って立ち上がったサクロス。


(地面が濡れている?)


 サクロスは地面を転がりながらも、地表の状態を確認する。

 エイディーンが吹っ飛ばした先は、アイリスが魔術で生成した水の馬車が通った跡。

 水属性魔術の通り道であるそこは、地面が広く濡れていた。

 地表に水分の残る位置へとサクロスを吹っ飛ばしたエイディーンは、思考を巡らせながら彼の間合いへと突っ込んでいく。


(アイリスの魔術は水を過度に圧縮する。ここらへんを濡らしてんのは、ただの水じゃなくてアイリスが圧縮した高密度の水分。パッと見は大した量じゃなくても、質量としては半端じゃねぇ。魔術で圧縮された水分はアイリスの制御を離れた後、ゆっくりと元の密度に戻っていく。ただ、外部から強い衝撃を加えた場合は――――)


 疾走したエイディーンは軽く跳躍。

 着地と同時に斧を地面へと叩きつける。

 渾身の一撃は大地を割り、夜の平野に小規模なクレーターを形作る。

 そして、エイディーンの一撃によって強い衝撃を受けた地表の水分は――――


(一気に元の密度に戻る!)


 サクロスとエイディーンの周囲。

 圧縮された水分が元の密度に戻り、本来の大質量として溢れ出す。

 一気に元の体積を取り戻した水は、洪水となって二人を飲み込んだ。


(洪水の目的はこいつを冷やすだけじゃない。動きの取りずらい水中、突然溢れた水に戸惑うこいつを狩る!)


 サクロスとエイディーンを飲み込んだ水。

 大量の水が平野にはけていくまでの時間は、三秒にも満たない刹那。

 しかし、その間にエイディーンは地面を蹴り、水中のサクロスへと接近する。

 水の密度は空気の八百倍。

 空気中の十五倍の抵抗を受けてなお、エイディーンは高速でサクロスに迫る。

 そして十五倍の抵抗を受けているとは思えないスピードで振るわれた斧が、サクロスの首を落とすかと思われた瞬間。

 凄まじい衝撃波がエイディーンを吹っ飛ばした。

 台風に突っ込んだかのような風圧によって、水の外側へと弾き出されたエイディーン。

 立ち上がって斧を構え直す彼女の髪は、熱波によって乾いていた。


「ハハッ! 水蒸気爆発かよ!」


 全身の所々に薄い火傷と軽傷を負ったエイディーン。

 それはサクロスが迫り来るエイディーンに対して放った水蒸気爆発によるもの。

 高温の剣を水中で振るうことで、水分が急激に熱されて蒸発。

 爆発を起こしてエイディーンを迎撃したのだ。

 はけていく波の中から、サクロスが飛び出てエイディーンへと肉薄する。


(向こうはあたしより断然軽傷。上手いこと剣振って爆発の方向を調整しやがったな)


 サクロスの姿を見て、エイディーンは彼が爆発を任意の方向に放ったのだと理解。

 一方的に迎撃されたにも関わらず、口元を釣り上げて笑う。


「良いね良いね! 戦いはこうじゃねーとなァ!」


 戦いの愉悦を謳うエイディーンに、サクロスは果敢に攻め込んでいく。

 体温上昇によってブーストされた身体が躍動し、熱を帯びる赫剣が唸りを上げる。

 体温の上昇というだけでなく、自身のギアが上がっていくのをサクロスは感じていた。


(魔力を回せ! 熱を上げろ! もっと速く! もっと強く! もっと熱く!)


 元々は気弱な少年だったサクロス・マダー。

 幼馴染に誘われて戦士になった彼が、戦闘狂に当てられて戦いのギアを上げるとは誰が想像しただろうか。


(もっとだ! もっと上げろ! そうすれば届く! こいつの命に!)


 早鐘を打つ心臓の音が、熱を帯びる体と剣が、サクロスの肉体を駆動させる。

 翻る剣はエイディーンの斧を何度も弾き返し、やがてその肉体の端々を捉え始める。

 熱を帯びる赫の刃が、掠り傷なれど血染めの狂戦士に傷を付け始める。

 尻上がりに伸びていくパワーが、加速度的に上がっていく調子が、サクロスに思わせていた。

 勝てると。

 こいつに勝てると。

 そう思い始めていただけに――――


「――――は?」


 突如としてブラックアウトした視界に、サクロス自身が驚愕した。

 気付けば、視界が真っ暗になっていて。

 それに気付いて目を開けると、今度は視界が赤い。

 そして、たっぷり数秒かけてようやく気付く。

 狂戦士の斧が自身の胸を貫いていることに。


「あたしの勝ちだな」


 ヒートショック。

 急激な温度変化に体が晒され、血圧が急変動して結果、脳や心臓に負担がかかって起きる症状。

 過度に熱を帯びた肉体に水を浴びせられたサクロスは、ヒートショックによって戦闘中に失神していた。

 気を失ったのはほんの数秒。

 その数秒間は、エイディーンの斧が急所を穿つには十分すぎる隙だった。


「熱かったぜ、サクロス・マダー」


 エイディーンが見送りの言葉を投げた。

 それは死者への弔いというより、遊び仲間にかける友愛の言葉。

 遺す言葉も無く、戦士は地に伏せて死す。

 ソシアナ族戦士長、その一角が鮮血令嬢の手によって落ちた。

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