第十七話 使用人を置き去りにしたらしい
アイリスが生成した水の馬車は、ブルーメの道案内に従い爆弾魔術師の追走を続けていた。
「ターゲット動き始めました! 砦方向に逃げてます!」
「スピード上げるわよ。捕まってなさい」
ブルーメの魔力探知が爆弾魔術師の逃亡を察知。
アイリスが魔術のギアを一段階上げたことで、水の馬車はさらに速度を上げていく。
トップスピードを維持したまま、水の馬車は林へと突入。
木々の合間を縫って、爆弾魔術師を追っていく。
「アイリス様、移動用の魔術ってこれより小さくはできませんか?」
「コンパクトな移動手段もあるにはあるわ。でも、そっちだとこれだけの人数を乗せられない。連れていけても私ともう一人が限界でしょうね」
林の悪路と水の馬車は相性が悪い。
まだ馬車が通れるほどのスペースは確保できているが、林の奥深くへと敵を追っていけば、そうもいかなくなるだろう。
そうなれば、アイリスに同行して爆弾魔術師を終えるのはあと一人。
爆弾魔術師の位置をサーチできるのがブルーメしかいない以上、その枠もほとんどブルーメで確定だろう。
(どこかで私とアイリス様だけで先行しなきゃいけない。できれば、ヨネさんとノウドさんが敵の戦力を引き付けている状況で先行するのがベスト。ただ、その場合は――――)
その場合は、ヒュノ・ファルカも置いていくことになる。
ブルーメはその事態を危惧していた。
アイリスがヒュノに向ける執着に関しては、ブルーメも感じ取っている。
そんな彼女がヒュノを戦地に置き去り先行してくれるかという部分が、ブルーメにはまだ読めなかった。
(アイリス様は合理的で頭が良い。でも、ヒュノさんが絡むと途端に非合理的になる。そもそも、何の戦力にもならないヒュノさんをこんな戦地に連れてきていること自体がアイリス様らしくない)
アイリス・セイレンディスは合理的な人物だ。
オドマリア王国の宰相になるという目的がはっきりしている分、その合理性においては疑いようがない。
そんな彼女が抱える唯一の非合理がヒュノ・ファルカだ。
道中の誘拐未遂事件といい、ヒュノは足を引っ張ってしかいない。
それを最前線まで大事に抱えて連れて来ているのだから、アイリスがヒュノの扱いに合理性を持たないのは語るまでもない。
「敵影、前方に数名。殺してきましょうか?」
思考を巡らせるブルーメを他所に、敵兵を発見したヨネがアイリスに指示を乞う。
見れば、数名の戦士が馬車の行く手を阻むように立ち塞がっていた。
「問題無いわ。ヨネは剣だけ抜いて待機。ノウドもいつでも魔術付与を使えるように」
「了解」
「了解っす」
しかし、アイリスが使用人二人に出した命令は待機。
前方の敵兵への対応は含まれていなかった。
それに疑問を持ったブルーメが問いかける。
「アイリス様、前の敵は……?」
「このまま轢き潰すわ」
勢いを緩めずに猛進する水の馬車。
過度に圧縮された水分で構成された馬車は、そのまま立ち塞がる戦士と衝突。
各々の武器を振り上げて立ち向かってきた戦士は、馬車の衝撃によって容易く人体を砕かれる。
アイリスが移動用に創出した魔術は、いとも容易く戦士の一団を轢殺した。
(移動用の魔術でこれだけの威力が……やっぱり、魔術師としての実力は規格外。この戦場でアイリス様に魔術戦で勝てる人間は存在しない)
ブルーメはアイリスの魔術が持つ常識外れの性能を再確認する。
正面からの撃ち合いで、アイリスがレジル地方の戦力に負けるケースはほとんどありえない。
ブルーメは勝利条件を再確認し、追走戦の戦略を練り直す。
その間も水の馬車は走行を続け、襲い来る戦士達を次々と跳ね飛ばしていた。
(向こうの移動速度はアイリス様の魔術にも匹敵する。多分、機動力のある少数精鋭。むしろ、戦える駒は足止めとして残すはず。追いつけば確実に勝てる。理想的な形はこのまま敵を引き付けて、ギリギリの所でアイリス様と私の二人で離脱。一気に爆弾魔術師への距離を詰めたい。でも、そのためにはやっぱりヒュノさんを……)
戦術を練るブルーメに、またもやヒュノの存在が立ち塞がる。
アイリスがヒュノさえ連れて来ていなければ、作戦はすんなりと決まっていただろう。
ブルーメが上手い抜け道は無いかと思考を巡らせる中――――
「……え?」
ベタリと、馬車の外に手相が付いた。
水で構成された馬車の壁に、外側から真っ赤な手相が付着している。
それは血に濡れた手で馬車を外から触ったような跡だった。
(触れてきた? この高速で移動する水の馬車に――――)
訝しむブルーメを追い込むように、再び何者かが馬車の外壁に触れる。
それは手、腕、爪、口、顔。
外から殺到する大勢の人間が、水の馬車にしがみついていた。
「なんか来てるんすけど!」
叫びながら、ノウドが窓枠にしがみつく腕を剣で切り落とす。
同じようにヨネも馬車へ殺到する人だかりの斬り払っていた。
殺到し、しがみつき、斬られて振り落とされていく人だかり。
彼らをよく観察すると、異常なほど体内の血管が浮き出ているように見える。
まるで、体内に木の根が寄生しているような不気味な様相。
異常なのはそれだけではない。
彼らのほとんどが致命傷を受けている。
水の車輪に半身を抉られ、埋没した眼窩から眼球を垂れ流し、全身の骨が異様な方向に折れ曲がりながら。
明らかに致死の傷を受けながら、痛みに喘ぐこともなく馬車へとしがみついてくる。
ブルーメは殺到する人だかりの様子を既存の知識と照らし合わせる。
そして、導き出した答えは――――
「リビングデッド……?」
「惜しいけれど外れね」
「…………」
ブルーメは黙る。
この流れで間違いなことがあるのだろうか、と言いたげな顔だった。
「球根魔術。一定以上の水分を含んだ物を操る魔術よ。発動条件は対象に魔術で生成した球根を埋め込むこと。これも私達が轢き殺した死体に球根を埋め込んで操ってるんでしょうね。そういう意味では、リビングデッドとも呼べるかもしれないけれど」
アイリスは敵が使っている魔術の詳細をあっさりと明かす。
シンプルな水属性魔術を使用するアイリスだが、他の魔術への知識も広かった。
球根魔術も彼女の知識に漏れなかった。
一定以上の水分を含んだ物を操る術式。
その言葉の意味を理解したブルーメはとある可能性に行き着く。
「一定以上の水分ってことは、この馬車も……」
「ええ。制御権を奪われるでしょうね」
アイリスが球根魔術を一目見て看破できた理由は、彼女の深い知識故というだけではない。
大陸全土を見渡せば相当マイナーな球根魔術だが、オドマリア王国では使い手の数が不自然に多い。
オドマリアの魔術戦で頂点に立つアイリスへの切り札となり得るからだ。
アイリス対策に球根魔術を修める者も多く、アイリスにとっては見慣れた魔術だった。
そのアイリスの目からしても、これだけ多くの死体を一度に操れる球根魔術師は希少。
何より、人間を球根魔術の対象として適用していることから、敵は相当な使い手だと想像できる。
水の馬車に球根を撃ち込まれ、制御権を奪われるのも時間の問題に思えた。
「ブルーメ」
逼迫した状況の中、アイリスが告げる。
「水の馬車は手放すわ。貴方だけ連れて先行する。良いわね」
アイリスが語った作戦は、ブルーメが考えていたものと全く同じ。
ギリギリまで足止め要員を引き付けてから、離脱して一気に爆弾魔術師を追うというもの。
しかし、それにはヒュノを置いていくという問題が付き纏うはずだった。
「良いんですか? それだと、ヒュノさんが……」
思わず、口から零れた言葉。
ブルーメはすぐに後悔するが、吐き出してしまった言葉は戻らない。
「……ヨネとノウドに任せるわ」
その言葉に大きく目を見開いたのは、ブルーメではなくヨネとノウドの二人。
アイリスの使用人である二人は、ブルーメよりも近くで彼女のヒュノへの執着を目にしてきた。
事実、戦場でアイリスがヒュノの側を離れたことはない。
そんな彼女が、ヒュノを他人に任せると口にした。
その言葉にヨネとノウドは思わず驚愕の表情を浮かべたのだ。
「球根魔術は球根が根を張った物を操る。体に球根を撃ち込まれても、すぐに引き剥がせば問題無いわ。球根による操作も術者が死ねば終わる。それと、ノウド。私達が先行したら、すぐに氷魔術でこの馬車を凍らせること。水分が凍結すると球根魔術の適用外になるわ」
「あ……はい、了解っす」
戦闘に必要な球根魔術の情報だけを残し、アイリスは離脱の準備を整える。
立ち上がったアイリスは何でもないような顔をして、ブルーメに手を伸ばしていた。
その姿をヨネとノウドはポカンとした顔で見つめる。
馬車の隅に座ったヒュノだけが、微かに口元を綻ばせていた。
「行くわよ、ブルーメ」
それは魔女の気紛れか。
あるいは、合理的な判断を優先した結果か。
どちらにせよ、アイリス・セイレンディスはブルーメ・ディアナに手を差し出した。
「……はい!」
ブルーメが手を取ると同時、水の馬車の正面部分が開く。
ブルーメの手を引いたまま、馬車の正面から飛び出したアイリス。
地上を這う死体がその体に触れるより早く、アイリスは魔術を起動した。
それは攻撃手段としてアイリスが愛用する水の砲撃を応用したもの。
地面へと撃ち出す水の噴出を推進力と成し、空中への飛翔を可能にする。
力技故に人一人担いでいくのが限界。
しかし、空を飛ぶという絶対的な移動手段は、水の馬車とは比べるべくもない長距離高速移動を可能とする。
使用人三名を置き去りに、アイリスとブルーメは空へと飛んで行った。




