第十六話 失恋
ブルーメが魔力探知で爆弾魔術師の位置を補足するのと、ほとんど同時刻。
単騎で先行していたエイディーンは、林まで馬で駆けていた戦士の一団と戦闘を続行していた。
「おいおーい、もっとやる気出してこーぜ」
斧を振り回すエイディーンは、戦士の一団を軽く蹂躙。
上手くあしらいながら林まで誘導しようとしていた戦士達だが、エイディーンの理不尽な強さを前に足を止めざるを得なかった。
足を止めて戦ったところで、隔絶した実力差が埋まるわけではなかったが。
「化け物め……!」
一人の戦士が苦々しく叫ぶ。
元々は八人の編成だった戦士の部隊。
しかし、エイディーンの殺戮によって、その数は三人にまで減っていた。
叫んだ戦士の視線の先、エイディーンが振り抜いた斧の一撃が、部隊の数を三から二に減らす。
さらに翻す斧の一撃が、もう一人の戦士の胴も両断。
魔力で強化された肉体を豆腐のように切り裂くエイディーンは、戦士にとって悪魔の体現者。
返り血を浴びた狂戦士は、一人残された戦士へと歩を進めてくる。
(なんだ、こいつは……!? こんなヤツがいるなんて聞いてない! 林には戦士団が控えている。そこまで引っ張っていけば、どうにか戦えるか? いや、こいつの実力は戦士長クラス。逆に言えば、戦士長なら張り合える。回避と防御に徹して、西の林まで――――)
残された一人の戦士。
正攻法では勝ち目の無いエイディーン相手に、脳内で攻略法を探す。
余裕綽々の態度でゆっくりと距離を詰めてくるエイディーン相手に、思考するだけの時間は多少のなりとも残されていた。
足を止めて戦闘していたエイディーンと戦士達。
彼らを追い越すように、アイリス達を乗せた水の馬車が林へと走って行った。
「うわ、抜かされちったわ」
林へと突っ込んでいく水の馬車を、エイディーンはぼうっと見つめる。
それはあまりにも日常的な視線で、戦いの気配など微塵も感じさせないような態度。
読み耽っていた小説から顔を上げて、傾き始めた西陽を眺めて、もうこんな時間かと呟くような。
ひどくリラックスした所作は、エイディーンがどれだけ余裕かを物語っていた。
(違う。俺の役割)
戦士は思い直す。
あまりに圧倒的なエイディーンの態度が、彼に自分の役目を思い出させていた。
(爆撃は既に成功した。ここはもう、ロノゼ様の観測範囲内。見ているはずだ、この戦いも。こいつは後続の援軍を待つようなタイプじゃない。俺を殺した後、単騎で林に突撃する。俺は一秒でもこいつの時間を奪い、少しでもこいつの情報を林に待機する戦士達に遺す)
命の使い所を見定める。
言うは易いが、実行するのは難しいそれを戦士はやってのけた。
足止めと情報収集。
自分の役割をその二点に限定し、エイディーンの前で槍を構え直す。
「覚悟完了、ってか?」
血染めの狂戦士を前に、覚悟を決めた戦士。
強い戦意を以て、彼は鮮血令嬢と相対する。
死を覚悟した戦士に、エイディーンは断頭の一撃を振り下ろした。
***
西部戦線、西の林。
革製の装備に身を包んだ戦士の一団が、木々の合間から平野の戦況を観察していた。
「爆撃は成功。囮は全滅。魔術師が真っ直ぐこっちに突っ込んでくる。やけに迷いが無い。こちらの位置は割れているやもしれん」
若い男が戦況を分析して告げる。
緋色の髪をした男。
腰に片手剣を提げた彼の目元にもまた、刺青のような紋様が浮かんでいた。
「お前の見立ては外れたな。ハネノーン」
男は不敵に笑って隣の女に話しかける。
予想の外れを指摘された長身の女は、呆れるように息を吐いた。
「あれで突っ込んでくる方がおかしいだろ。先行できているのは、どんなに多く見積もっても十人以下。向こうは私達が林に戦力を控えさせていることも分からない馬鹿なのか……」
ハネノーンの戦術眼は概ね正しい。
林へと突撃する判断を下したブルーメの手は一種のギャンブルだ。
五、六人の戦力で何百と敵兵が待ち構えている林に突っ込むのは相当勇気が要る。
「その十人以下に余程の自信があるか」
ハネノーンは長い髪を手で梳きながら、直進してくる水の馬車を見据える。
稀ではあるが、単騎で戦況を変える傑物は存在する。
飛行魔術師の隊列が一度全滅させられたことを思い、ハネノーンは少数の手練れを警戒する。
「先頭の戦士は相当だな。全員があのレベルなら手が付けられんだろう」
「怖いことを言うのはやめろ。あんな化け物がゴロゴロいてたまるか」
「ははっ、戦士長になっても怖がりは相変わらずか。そういう所だけはガキの頃と変わらないな」
二人は戦士長だった。
族長直々の部下である三人の戦士長が二人。
レジル地方の最高戦力である二人に、幼い頃から交友があったのはどこか運命を思わせる。
「私は何も変わっていないよ、サクロス。お前と一緒に村一番の戦士を目指したあの頃のままだ。でかくなったのは身長くらいさ」
サクロス・マダーとハネノーン・フーカ。
二人の付き合いは長い。
出会ったのは二人が六歳の時。
それから二十年も、交友は続いていた。
互いに浮いた話の一つも無く、家庭も持たず、ただひたすらに戦いに身を投じた。
「私達はガキの頃から、ずっと戦争ばかりだな」
ハネノーンが呟く。
彼女が語るのは思い出話。
遠く懐かしい日々の記憶。
「西部戦線なんて大層なものはなかったが、オドマリアとの小競り合いはしょっちゅうだった。お前も私も、親が戦争で死んだんだったな。ああ、そうだ。お前の両親と私の両親。同じ戦争で死んだんだ。それで、私とお前で村一番の戦士になって、戦争を終わらせようって言ったんだよな。思い出したよ。私が誘ったんだ。虫も殺せないほど気弱だったお前を私が戦士の道に誘ったんだ」
当時の記憶は既におぼろげで、けれども色褪せることはない。
長く続くレジル地方の独立運動は、常に小さな武力衝突を繰り返していた。
幼き日の戦士長二人に訪れた死別も、決してレジル地方では珍しいことでもない。
「もうやめないか?」
そして、ハネノーンは切り出した。
二十年間続いた沈黙を破るように、言葉を紡いでいく。
「どこか遠くに逃げよう。それで、もっと平和な場所で暮らそう。……サクロス、お前のことが好きなんだ。結婚してくれ。仕事を見つけて、家を買って、家庭を作って、戦いなんて忘れて生きよう。もう、良いじゃないか。十分頑張ったよ、私達は」
それは縋るようなプロポーズだった。
混ざりあった親愛と恋愛と友愛が、戦争への忌避感と共に吐き出される。
戦士長の立場も責任も捨てて、二人で過ごす幸福な未来。
長く苦しい戦いの日々で疲弊した戦士が、最期に見る夢のような幻だった。
「ハネノーン」
サクロスは彼女の名を呼ぶ。
その声には温度が無かった。
「俺は先頭の戦士を抑える。お前はロノゼ様を連れて撤退しろ」
「っ! サクロス!」
「ロノゼ様は爆撃の要だ。戦士団の中で最も機動力のあるお前にしか頼めない。ヤルヤクが中段で敵の先行部隊を相手している内に、砦まで連れ帰ってくれ」
「私じゃだめなのか……!?」
「そうじゃない」
平坦な声で、感情の無い言葉で、サクロスはハネノーンを窘める。
まるで子供に言い聞かせる大人のようだった。
ハネノーンの目元に浮かんでいる紋様が、涙のように見えるのは気のせいか。
「俺は戦士だ」
サクロスは透徹した眼差しで断言し、腰の剣を引き抜いた。
湾曲した刀身を夜風に浴びせて、平野で斧を持ち上げるエイディーンを見据える。
それは完全に覚悟を決めた戦士の顔だった。
「後は頼む」
そうとだけ言い残し、サクロスは駆け出していく。
林を飛び出して平野へと走っていく彼の背中が、ハネノーンの視界で遠のいていく。
追いつけないほどのスピードで。
触れられないほどの遠くまで。
ずっと、ずっと、手の届かない所へと。
「はぁ」
一人取り残されたハネノーンは小さく息を吐いた。
それは諦めにも似た吐息。
溜息とさえ、言って良いかもしれない。
「フラれてしまったな」
哀愁を込めた呟きは夜風に消える。
戦士の失恋には見向きもせず、西部戦線は混迷へと向かう。
今夜は風が強かった。
***
林を飛び出して迫ってくるサクロス。
緋色の髪をした戦士の気配を、エイディーンの五感はいち早く捉えていた。
「今度は一人かァ?」
迫り来るサクロスを前にして、エイディーンは退くどころか逆に突っ込んでいく。
疾走は爆速。
数秒にも満たない疾走で、エイディーンはサクロスへの距離を詰めた。
エイディーンは身の丈を超える斧を振り上げ、戦士の脳天へと振り下ろす。
直撃すれば頭蓋を割るだろう一撃。
しかし、サクロスが振り抜いた剣が、エイディーンの斧を弾き返していた。
「お?」
斧を弾いた勢いのまま、サクロスは何度も剣を翻す。
高速で閃く剣の軌道が、次々とエイディーンに襲いかかった。
連続で鳴り響く金属音。
エイディーンは斧をコンパクトに操って、自身の急所へと狙いを定めた剣閃から身を守る。
一連の連続剣に圧されてか、エイディーンは軽くバックステップを踏んで間合いを離した。
「なんだなんだ~? 結構やんじゃん」
西部戦線で初めて後退という手段を取ったエイディーン。
彼女を受けに回らせるほどの戦士は、構えを解かないままに口上を上げる。
「戦士長赤蛇、サクロス・マダー」
地面を這うような低い姿勢。
そこから抱え込むように構えられた片手剣。
湾曲した刀身も相まって、彼の剣術は蛇を思わせる。
「お命頂戴する」
夜風に緋色の髪が揺れる。
斧をもたげた絶対捕食者を前に、赤蛇は己が剣を強く握りしめていた。
「おもろ。ぶっ殺してやんよ」
対するエイディーンは、ただ楽しそうに笑う。
独立を賭けた戦場さえ、彼女にとってはただの遊び場。
快不快だけを原動力に笑う捕食者が、大義を抱えた赤蛇と激突した。
サクロス・マダー(26)
ハネノーン・フーカ(26)
幼馴染の戦士長。幸せになってほしいです。




