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君と雛鳥と海渡り ~海鳴りの魔女が挑む政治戦争。圧倒的な魔術の才能で全員捻じ伏せて、王国最高の権力者へ~  作者: 讀茸
第二章 西部戦線

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第十五話 爆弾

 少数民族であるソシアナ族は、特殊かつシンプルな社会を形成する。

 単純な上下社会は、皮肉にもオドマリア王国の貴族制にも似ている。

 族長を頂点とし、族長直属の戦士長が三人。三人の戦士長がそれぞれ戦士団を率いる。

 シンプルなピラミッド型の社会において、族長の一家はレジル地方の代表者であり責任者。

 族長の選択がレジル地方の未来を決め、ソシアナ族の暮らしと生活を変える。

 その責任感からか、彼女は幼い頃からよく本を読んでいた。


 ――――また本読んでる


 部屋の片隅に座り込んで、彼女は本を読んでいた。

 ロノゼ・ソシアナ。

 ソシアナ族の族長の娘。

 そろそろ六歳になろうかという幼い少女は、本を床に置いて振り返る。

 その無垢な瞳には、扉の前に立つ同い年の少年が映っていた。

 双子かと見紛うほど、ロノゼと瓜二つの少年だった。


 ――――本、面白いか?


 少年の問いに、ロノゼはコクリと頷く。

 無口なロノゼが言葉を発する機会は少ない。

 引っ込み思案な性格に、特殊な立場も相まって、ロノゼに友達と呼べる相手はほとんどいなかった。

 時間を見つけては会いに来るこの少年を除いては。


 ――――じゃあ、また持ってくるよ。今度は魔術書とかもさ。俺は意味分かんなかったけど、ロノゼは頭良いから理解できるかもしんねぇし


 少年とロノゼの関係もそろそろ一年近くになる。

 ロノゼの無口にも、少年は慣れたものだった。

 部屋まで会いに来て、一方的に喋るだけの関係性。

 ロノゼの反応は些細で分かりにくいけれど、少年はそれで満足だった。

 ロノゼと同じように部屋の床に座った少年。

 そんな彼の肩をロノゼがチョンチョンとつつく。


 ――――ん、どうした?


 ロノゼは少年の前に、掌を差し出す。

 大きく指を開いた右手。

 ロノゼがぐ~っと念じれば、掌の中に土くれのような塊が現れた。

 濃くくすんだ紫色は、スモークパープルとでも言うのだろうか。

 不思議な色合いをした土くれが、ちょこんとロノゼの手の中に収まっている。


 ――――なんだこれ? 


 ロノゼはたったったっと壁際まで走っていき、背伸びをして窓を開ける。

 ロノゼは思い切り右手を振りかぶり、窓の外へとスモークパープルの土くれを放り投げた。

 そして、窓の外に放られた土くれは、空中で小さく爆発する。

 ボンっと音を立てて、土くれは小さな火花を散らす。

 僅かな煙と破裂を残して、黒く焼け焦げた土くれが落ちていく。


 ――――うわっ! すげー! なんだよ今の!? どうやったんだ!?


 それは、ロノゼが初めて使った爆弾魔術。

 土くれを軽く破裂させるだけの、簡単で些細な魔力の使い方。

 殺傷能力など皆無に等しく、精々猫騙しに使えるかどうかという程度のもの。

 けれど、少年にとっては魔法のような出来事で。

 大きな声で驚く少年を前に、ロノゼも嬉しそうにはにかんだ。


 ――――やっぱロノゼはすげーな。今のもさ、練習したらもっとでかい爆発とかできるようになんのかな?


 少年の疑問に、ロノゼはコクコクと首を縦に振る。

 練習で爆発の規模を拡大できることは、ロノゼも既に実感していた。

 成長する過程で、もっと大きな爆発を扱えるだろうことも、賢いロノゼは分かっていた。


 ――――じゃあさ! もっとでっかくなったらさ! 今のを思いっきり上に投げてさ、空で爆発させようぜ! この前貸した本にも乗ってたろ? 花火ってやつ! ロノゼなら絶対できるって!


 今は小さな爆発でも、いつかは大空に抱えきれないほどの花火を咲かす。

 それを二人で眺めて、綺麗だねと笑い合うのだ。

 そんな幻想を胸に抱いて、ロノゼは嬉しそうに笑う。

 今より、四年前。

 ロノゼ・ソシアナの爆弾魔術が西部戦線で爆撃として利用される四年前の話である。


     ***


「釣り出された?」


 嫌な予感がしていた。

 アイリス様の魔術で駆動する水の馬車の中、私の脳には何か致命的な間違いを犯したような悪寒が張り付いていた。

 馬車の中、アイリス様は前方を見据えたまま。

 ヨネさんとノウドさんは落ち着いた佇まいだが、腰に提げた剣の柄に手を置いている。

 ヒュノさんはアイリス様の傍で、不安そうな表情をしている。

 私達は爆弾魔術師と思われる敵の一団を追跡中、遠くには林が見え始めていた。


「釣り出されたって、どういうこと? ブルーメ」


 私が零した呟きに、アイリス様が訊き返してくる。

 ぐるぐると回る私の脳内では、予感が明確な言語へと変容し始めていた。


「今私達が追っている一団に、本当に爆弾魔術師はいるんでしょうか?」


 そう、問題はそこだ。

 爆弾魔術師が爆撃を観測するために出てくるはず。

 私達はそう思っていたけれど、本当にそうなんだろうか?

 爆撃には爆弾魔術師の観測が不可欠だ。

 でも、当の飛行魔術師は高い高度を旋回するばかりで、爆撃をする素振りも見せない。

 だとしたら、これ見よがしに私達の前に現れた敵兵は――――


「私達をここまで追って来させるための餌。爆弾魔術師は林に身を隠して待機していて、ここまで釣り出した私達を爆撃するつもりなんじゃ……」


 言葉にしたことで、私の予感は明確な予想に変わった。

 それと同時、確信する。

 恐らく、この予想は正しい。

 私達はまんまと、敵の狩場へと誘い込まれたのだ。


「飛行魔術は魔力の消耗が激しい。こっちが前線を引いた以上、往復の魔力を確保するだけでもギリギリのはずよ。私達が爆弾魔術師の観測範囲に入るまで上空で待機させるなんて、現実的ではないと思うけれど」

「いえ、それが大丈夫なんです」


 飛行魔術師の魔力量問題。

 それに関しては、シンプルな回答が用意されている。

 私みたいな人間にとっては当然で、逆にアイリス様には分からなくて当然のこと。

 才能も地位も持ち合わせ、常に尊ばれかしづかれてきた彼女には、きっとこの発想は無い。


「片道分だけ用意できれば、爆撃は成立しますから」


 恐らく、敵は賭けたのだ。

 この状況が揃うことに賭けた。

 一度飛行魔術師の隊列を完全に撃墜したアイリス様は、移動においても頭一つ抜けているはずだと。

 アイリス様が移動用の魔術を持っていなくても、私は用意できる中で一番速く走れる馬にアイリス様を乗せていただろう。

 アイリス様を含めた主戦力が先行し、後続に多数の兵士を残したこの状況。

 後続の兵士達を爆撃から守る術は無い。

 水で出来た馬車の窓から、身を乗り出して振り返った時には遅かった。


「――――――――」


 何度目になる景色だろう。

 けれど、何度目になろうと慣れない。

 後方、燕のように急降下し、地上へと突っ込んでくる飛行魔術師の隊列。

 直後、閃光が煌めいた。

 地平線いっぱいに広がる光が、太陽を直視したような眩しさが、容赦無く眼球を焼く。

 そこから遅れて轟音が、さらに遅れて熱風がやって来る。

 地上に爆撃が咲いていた。


「やられたわね。まさか、飛行魔術師をそのまま突撃させてくるなんて。でも、飛行魔術師なんてレジル地方にポンポン生えてくるものでもないわ。魔術師の自爆は向こうにとっても痛手のはず。今のでこっちの兵士が何人吹っ飛んだか知らないけれど、消耗戦としては五分くらい――――」

「……けた」

「ブルーメ?」


 飛行魔術師の自爆による敵戦力の低下。

 こちらの被害と照らし合わせても、消耗戦としては互角には収まっているだろうということ。

 そんなことが、どうでもよくなるくらい、私は――――


「見つけた」


 私は見出した勝機に湧いていた。

 私は魔力によって個人を識別し、広範囲に渡って探索することができる。

 それは基本的に、一度会ったことのある人物や見たことのある相手に限られる。

 自分でも仕組みはよく分からないが、多分、見た目などの視覚情報と感じ取った魔力を無意識に照合しているのだと思う。

 だから、私は見たことの無い相手の魔力を、魔力探知だけで覚えることができない。

 けれど、私の魔力探知範囲に入ったそれは、あまりにも強く己の存在を主張していた。

 鮮烈に、強烈に、痛烈に、熱した鉄のような魔力を放っている。

 それはきっと、魔術の使った際に励起した魔力なのだろう。

 いつも爆撃から感じ取っていたものと全く同じ魔力を、私は林の中に捉えていた。

 一度捉えた魔力は私の中に記憶され、今もその位置を確実に掴んでいる。


「見つけました。爆弾魔術師」


 林の東端。

 視力は届かなくとも、ここからそう遠くない距離。

 そこに、爆弾魔術師はいる。


「魔力探知で爆弾魔術師を捉えました。私が道案内するので、このまま追ってください」

「良いの? 後続は爆撃で吹っ飛んだのだから、ほとんど私達だけで突っ込むことになるわよ。それも敵が待ち構えているだろう林に」

「はい、このまま突っ込みます。レジル地方の戦術は、攻撃面を爆撃に任せて砦に引きこもって籠城戦。今まで徹底していたそれが、曲がりなりにも今は崩れている。ずっと砦に引きこもっていた敵を、林にまで引きずり出せてるんです。後続も全滅したわけじゃない。攻勢に出るなら今しかありません」


 爆弾魔術師を見つけなくても、私はこのまま林に突っ込んでいたと思う。

 籠城戦を徹底していたレジル地方が、平らな地面にまで降りてきたのだ。

 ずっと堅牢な砦の中に隠されていた敵の心臓が、今は目の前に放り出されている。

 ここで攻勢に出ないのなら、アイリス様を連れて来た意味が無い。

 恐らく、これはお互いにギャンブルだ。

 アイリス様一行は私達にとって主戦力。林で迎え撃たれて失うようなことがあれば、戦況は一気に悪化する。

 だが、それは相手も同じこと。

 爆弾魔術師を殺せば爆撃戦法が破綻するのは当然として、籠城戦では少数に抑えられていた戦死者が一気に増えかねない。

 こちらでいう所のアイリス様のように頭抜けた戦士や魔術師がいるのなら、ここで殺しておけるかもしれない。


「今ここで、勝負を決めます」


 ここが西部戦線の分水嶺。

 持てるチップを全て投入し、私は勝負に出る。

 水の馬車は速度を落とすことなく、敵の待ち構える林へと突っ込んでいった。

ロノゼ・ソシアナ(10)

族長の娘。無口な女の子です。

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