第十四話 開戦
西部戦線、上空。
ブルーメの予想を裏切り、それは姿を現した。
「飛行魔術師! 来ました! 西北西から隊列を組んで接近中!」
兵士の報告が戦場に響く。
夜空を飛ぶのは飛行魔術師の隊列。
レジル地方から爆弾を抱えて飛行してきた魔術師が、兵士達の上空へと到着しようとしていた。
「来た……!」
テントから飛び出してきたブルーメが呟く。
夜空を見上げる彼女の瞳には、雁行を思わせる飛行魔術師達が映っている。
爆弾魔術師が身を隠す場所の無い平地。
この爆撃はレジル地方にとってもリスクのある一手。
勝負に出てきたレジル地方陣営に、ブルーメは緊張感を高める。
「高度を下げてきたら撃ち落とす。二度目だから避けられる可能性はあるけれど、半分は撃墜できるわ。それで良いわね?」
ブルーメと同じくテントから出てきたアイリスが、確認を取るように訊く。
非常時にあっても落ち着いた彼女は、当然のように隣にヒュノを含めた使用人三名を控えさせていた。
「いえ、アイリス様の魔術は爆弾魔術師に使ってください。爆撃の要はここで確実に殺します」
「……移動用の魔術があるわ。ターゲットが見え次第、五人とも乗せて走らせるわよ」
「五人ですか?」
「エイディーンは自分で走った方が速いのよ」
空を飛行する魔術師の下、ブルーメとアイリスは作戦を打ち合わせる。
爆撃のタイミングで、爆弾魔術師は観測のために必ず姿を現す。
それをブルーメ率いるオドマリア勢力は潰しに行くわけだが、向こうも無策で出てくることはないだろう。
爆撃を観測し次第、即撤退する備えがあるか。
爆弾魔術師を守るための戦力を連れて来ているか。
前者の可能性を高く見積もりつつも、ブルーメはレジル地方の出方を思索していた。
(こっちが前線を下げた以上、向こうは爆撃の弱点が割れたことにも気付いているはず。その上で爆撃を敢行するのは相当リスキー。何か策がある……?)
レジル地方の爆撃続行は、かなりリスキーな手に思える。
そこに違和感を感じつつも、ブルーメはその正体に辿り着かない。
「南西方向に敵兵を確認! 数は目視で七! 爆撃観測用の爆弾魔術師と思われます!」
ブルーメが違和感の正体に気付く前に、兵士の報告が響く。
南西方向。
平地の地平線近くには、敵兵の一団が確認できた。
「エイディーン!」
「オーライ! ぶっ殺してやんよー!」
アイリスの叫びに応じて、エイディーンが駆け出していく。
身の丈を越す巨大な斧を担いだ彼女は、その重量を感じさせないほどの速さで駆ける。
人外じみたスピードで走る長身に、ブルーメは息を呑んだ。
(速い! あれがエイディーン様の最高速!)
マゼンタ色の髪を靡かせて、エイディーンは走り去っていく。
南西方向の敵兵へと疾走する彼女の背中は、あっという間に小さくなっていった。
ブルーメの隣では、アイリスが水属性の魔術を起動。
水の馬車を作り出したアイリスは、その中に乗り込んでいた。
「行くわよ、ブルーメ」
「あ……はい!」
半透明な水の馬車。
極度に圧縮された水は強く形を保ち、ブルーメ達が乗っても馬車として在り続ける。
深海のような色の水馬車は、すぐさま車輪を回転させて走り出した。
目を見張る高速で飛び出した水の馬車。
それすらも置き去りにする速度のエイディーン。
先んじて敵を追うそれらを追うように、オドマリアの兵士も殺到していく。
目指すはレジル地方の爆撃魔術師。
幾度となく苦しめられてきた爆撃の要。
半透明の馬車の中で、ブルーメは空を見上げていた。
そして、とある事実に気付く。
「飛行魔術師が高度を下げてない……?」
レジル地方の飛行魔術師。
彼らは爆撃を行う直前、必ず一定の高さまで高度を下げていた。
あまりに高い位置から爆弾を落とすと、風に流されて狙いが定まらないためだ。
それが今、高度を下げずに旋回している。
(高度が下げてないってことは、向こうには元々爆撃するつもりが無かった? それなのに爆弾魔術師は姿を現してる。どうして、ただリスクだけを負うようなことを……? いや、そもそも敵兵の一団が一箇所にしかいないのはどうして? 爆弾魔術師は爆撃の要。私だったら絶対に複数箇所に人を配置して、こっちに狙いを絞らせないようにする。都合良く、一箇所だけに弱点が見えてるなんて――――)
高度を下げない飛行魔術師。
簡単なフェイクすら使わず晒された弱点。
ブルーメが用意した主力がこぞって、敵を追っているこの状況。
そこからブルーメが辿り着いた可能性は――――
「釣り出された?」
馬車の中、ブルーメが行き着いた結論。
レジル地方が落とした釣り針に、飛びついてしまったのではないかという薄い悪寒。
今更気付いたとて、動き出した流れは止められない。
先行するエイディーンは既に遠く、走り出した兵士全員に指示をし直すことも不可能に近い。
薄ら寒い予感と共に、西部戦線は幕を開けた。
***
ソシアナ族。
レジル地方に暮らす種族であり、成長と共に目の下に刺青のような模様が浮かび上がることが特徴的な一族。
古来からレジル地方に暮らすソシアナ族は独自の文化体系を築いており、オドマリア王国の領土に吸収された後も独立運動を続けている。
現在は種族と定義されるソシアナ族。
彼らが持つ目の下の模様だが、レジル地方独自の気候と植生が作用した結果であり、幼少の頃からレジル地方で生活すれば種族に関わらず発現することが後世の研究で明らかとなる。
ソシアナ族とその他の人間の間に生物学的な違いが存在しないことが判明するのは、今より長い年月を超えた先の出来事。
この時代において、ソシアナ族とオドマリア王国の関係は険悪極まりない。
特に一方的な侵略と支配を受けたソシアナ族の反抗意識は凄まじく、西部戦線という形で戦争が勃発するほどだ。
西部戦線の平野、馬に乗って駆ける戦士の一団。
彼らの目の下には、刺青のような模様が浮かんでいた。
「追って来たぞ。斧を持った戦士が単独先行。その後方につけているのは、恐らく移動用の魔術。さらに後ろから兵士が殺到している」
後方を確認した一人の戦士が、冷静に状況を報告する。
優れた視力で以て捉える遠方には、疾走するエイディーンが映っていた。
「速度は?」
「先頭の戦士は相当速い。恐らく追いつかれる。後続は西の林まで誘い込めるだろう」
「了解。予定通り林まで引き付ける。後続をまとめて吹き飛ばせるはずだ。林の中で先行してきた主力を仕留めるぞ」
右目か左目か。そのどちらかに模様を浮かばせた戦士達。
彼らは揃って軽装。
この作戦の肝は敵の主力を引き付けて西の林まで誘い込むこと。
馬に乗って駆けるスピードが何よりも重要視される故に、装備は必要最低限に留めて軽量化を図った。
「先頭の戦士は?」
「足を止めてやり合えば、後続に追いつかれる。逃げつつ上手くあしらうぞ」
「馬も使わずにあれだけの速さだ。そう上手くいなせるか?」
「最悪、殿に俺が残る。とにかく林まで誘い込まないことには――――」
瞬間、戦士の頭部が弾け飛ぶ。
力任せに引き千切られた果実のように、血肉と脳漿が散乱する。
それが飛来した斧が頭に直撃した結果だと、戦士達が理解した時には、狂戦士の咆哮が響き渡っていた。
「ヒャッハァアアア――――――――ッ!」
平野を駆けていたエイディーンは急加速。
斧を投げ放ったことで重荷を捨てた彼女は、凄まじいスピードで乗馬する戦士団へと接近する。
「あの野郎……! 斧を投げてきやがった!」
「来るぞ! さっきよりも遥かに速い!」
「俺が殿に残る! お前らは作戦通り林まで逃げろ! 武器を投げたんだ! 俺一人でも抑えるくらいならできる!」
急接近するエイディーンに対し、ソシアナ族の戦士団は焦りを見せる。
焦燥と緊張の中にあっても、極めて合理的に交わされた作戦会議。
一人の戦士が殿として、馬を飛び降りてエイディーンを迎え撃つ体勢を整える。
奇しくも彼女と同じ斧を構える彼の後ろで、戦士団は林へと馬を走らせていく。
石製の斧を構え、戦士は迫り来るマゼンタ色の狂戦士と相対する。
「おいおいおい! あたし相手に一人ぽっちかァ!?」
爆速で走るエイディーン。
彼女の赤紫の瞳で見据えられた戦士は、本能的に自身の間違いを悟った。
目の前の怪物は、武器のあるなしで語れるような相手ではなかったと。
「……来いッ!」
マゼンタ色の髪に赤紫の双眸。
血肉のような色をした狂戦士を前に、戦士の男は石斧を構えて戦意を滾らせる。
たとえここで殺されようとも、一秒でも目の前の怪物の時間を奪うのだと。
「ハハッ! おうおう、行くぜ!」
一秒後、戦士が迎え撃つように振り下ろした石斧。
脳天へと狙いを定めた一撃は、エイディーンが側方から振り払う左拳によって狙いを外される。
無造作の左手の一振りは性格に斧の側面を捉え、エイディーンの左側へと流される。
次の瞬間、エイディーンが放った右の拳は、戦士の顔面を貫通していた。
「さーて。今日は何人殺せっかな」
右半身に血を浴びて、血染めの狂戦士は笑う。
不敵に笑って駆け出す姿は、まさに鮮血令嬢。
アルパレス侯爵家最悪の異端児が、西部戦線で暴れ出そうとしていた。




