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君と雛鳥と海渡り ~海鳴りの魔女が挑む政治戦争。圧倒的な魔術の才能で全員捻じ伏せて、王国最高の権力者へ~  作者: 讀茸
第二章 西部戦線

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第十二話 この戦いは終わるらしい

 あの日、彼女が悪魔に見えた。

 レイヴンを一方的に叩きのめす彼女の姿は、御伽噺の魔王か魔女を思わせる恐ろしさであった。

 ただひたすらに恐ろしかった。

 私は跪いて許しを請うた。

 私の大切な人が壊されていくのが、私の愛する人が痛めつけられるのが、怖くて仕方なかった。

 撃ち放たれる水の槍が、深海のような暗い色の魔術が、私は恐ろしくてたまらなかった。

 まるで、得体の知れない化け物の潜む深海のように。


     ***


 西部戦線上空、レジル地方の魔術師達が空を飛んでいる。

 隊列を成して空を飛ぶ魔術師達の姿は、さながら海を渡る雁のよう。

 彼らは隊列を乱さずに飛行しながらも、両手には一抱えの荷物を袋に入れて持っている。

 強風の吹きすさぶ上空で視界を確保するために、彼らは全員ゴーグルを着用していた。


「オドマリアの敵兵を確認。爆撃予定地点まで距離三百。残り一分ほどで射程圏内に入ります」


 先頭を飛ぶ魔術師が地上の兵士を発見して報告する。

 遥か上空から見下ろすオドマリア王国の兵士達は、地面を這う蟻の大群のようだ。


「了解。三十秒後に高度を下げつつ散開。爆撃に入る。爆撃の成功可否に関わらず、爆弾を手放した者は即時高度を戻して帰還。各自用意されたし」


 中央を飛ぶ隊長が、二十名ほどの隊員に指示を出す。

 約二十名で構成される飛行魔術師部隊。

 それはレジル地方がオドマリア王国の兵士に抗うために生み出した戦法の一つだった。

 攻撃の手が届かない上空を飛行魔術で飛び、地上の兵士に爆弾を投下する。

 一方的な爆撃をお見舞いした後は、反撃を食らう前に撤退。

 地図上ではオドマリア王国の領地とされているレジル地方だが、長らくオドマリア王国からの独立を目指している。

 その独立戦争として勃発したのが西部戦線だ。

 レジル地方とオドマリア王国では、兵の質はともかく、数には雲泥の差がある。

 圧倒的とも言える兵力の差を埋めるために生み出したのが、レジル地方の爆撃戦法だった。


「高度低下まで残り五秒、四、三、二、一……」


 上空を征く飛行魔術師の部隊。

 隊長が爆撃までのカウントダウンをする。

 飛行魔術は各々、自身の飛行ルートと爆撃予定位置を確認する。


「高度低下。爆撃開始」


 そして、一斉に高度を落とす。

 二十名近い飛行魔術師は一気に急降下し、高度をぐんぐんと下げていく。

 急激に地上へと接近していく魔術師の隊列は、海面の魚を狩る鷹のようだった。

 ふと、音が聞こえた。

 初めに聞いたのは先頭をゆく飛行魔術師。

 それは轟々と鳴る遠雷のような、ごろごろと怪獣が唸るような。

 そう、まるで海鳴りのような――――


「射程圏内。全員撃ち落とすわ」


 魔力探知に長けた者ならば気付いただろう。

 地上で膨れ上がる莫大な魔力の起こり。アイリス・セイレンディスが練り上げた魔力の気配を。

 そして、上空を飛ぶ全員が聞いた。

 過度に圧縮された水が大量に展開、射出されたことにより発生する、ゴロゴロと鳴る遠雷のような音。

 轟々と響く海鳴りのような反響の中、地上から撃ち出された水の砲撃。

 それは爆撃に移る前の飛行魔術師達を飲み込み、ただ一人の取りこぼしも無く撃墜。

 地上、敵兵の死体と共に降る水飛沫を、アイリスはミッドナイトブルーの瞳で見上げていた。


「ヒュー! ナイスショット!」


 飛行魔術師を撃ち落としたアイリスの隣、エイディーンが騒ぐ。

 アイリスの両側には武装したヨネとノウドが控え、ヒュノは一段とアイリスに近い位置に立っている。

 ブルーメは少し離れた所から、アイリスが魔術の一撃で飛行魔術師を撃墜する様を見ていた。


「すごい。あの爆撃を一瞬で……」


 西部戦線、荒野の兵士達はアイリスの絶技に湧いていた。

 今まで、一方的に自分達を爆殺してきた飛行魔術師。

 そんな憎き敵を地上から魔術の一撃で撃ち落としたアイリスに、兵士達は立ちあがって喝采を送る。

 恐怖と疲弊が張り詰めた西部戦線で、ブルーメは初めて歓声を聞いた。


「私はもう拠点に戻るわ。恐らく、今日はもう爆撃は来ない。その間に作戦を詰める。明日から攻勢に出るわよ」

「明日から、ですか? 爆撃を攻略したのなら、対応策を練られる前に攻めた方が良いのでは……」

「そうなれば、こっちも対応すれば良いのよ。焦らずとも勝てるわ。私達の方が強いんだから」


 あの日、彼女が悪魔に見えた。

 ブルーメ・ディアナ。

 彼女にとってアイリスの水魔術は、恐怖と共に記憶へと刻まれている。

 毎晩悪夢に見るほどに恐ろしかった水の魔術。

 それが今、戦場を照らす希望のように見えた。


     ***


 西部戦線、オドマリア王国の拠点にて。

 私はアイリス様と共に戦況の確認と作戦立案を行っていた。

 石造りの砦は、その内装も自然と石材に偏る。

 灰色の部屋。使用人三人とエイディーン様は作戦会議には加わらなかった。

 アイリス様曰く「脳味噌が五つあっても仕方ないでしょう」とのことだ。

 確かに、アイリス様の使用人はともかく、エイディーン様が会議の場で役立つイメージは湧かない。


「ブルーメ、爆撃の頻度は記録している?」

「はい。ですが、爆撃のタイミングは不規則的です。昼夜は問わず、どれくらいの間を置くかもバラバラ。朝から晩まで爆撃してくる日もあれば、一日中音沙汰無いことも。平均すると、一日に二度ほどのペースには収まりますが、明確なことは何も……」

「爆撃のタイミングを読ませないようにしてるんでしょうね。レジルらしい小細工だわ」


 テーブルに地図を広げ、私はそこに戦況を書き込んでいく。

 西部戦線は主にオドマリア王国とレジル地方の国境付近の荒野を指す。

 全体的に地形は平坦だが、オドマリア王国側は平らな場所が多く、レジル地方側に近付くほど丘や林などの入り組んだ地形が増える。

 現在の戦線は国境の中央近く。ややレジル地方より。遮蔽物の少ない荒野が主戦場となっている。

 身を隠す場所の無い平地では、飛行魔術師の爆撃が猛威を振るっていた。


「何度もこちらから攻勢に出ているのですが、突破の目処が立ちません。レジル地方は攻撃面を完全に爆撃に任せているようで、守りには相当の兵力が充てられています」


 レジル地方の砦は堅牢で、こちらの兵力では突破が見込めない。

 ただでさえ、城攻めには相手の三倍の戦力が必要だと言われている。

 砦の守りに兵力のほとんどを充てているレジルの守りを崩すのは、一筋縄ではいかない。


「なるほどね。大体分かったわ」


 簡単な説明をしただけで、アイリス様は戦況をほとんど把握したらしい。

 テーブルに広げた地図を見下ろす彼女は、とても思慮深いように見えた。

 見えたというか、実際にそうなんだろうけれど。


「私だったら前線をここまで下げるわね」


 アイリス様は地図上を指差す。

 彼女が指し示した場所は、オドマリア王国側までかなり後退した平野だった。


「下げるんですか? しかも隠れる場所の無い平野まで……これじゃ、爆撃の良い的になるんじゃ――――」

「隠れる場所が無いから良いのよ。レジル地方の爆撃。あれは十中八九、爆弾魔術という種類の魔術よ。魔術師に隠れる場所を与えない方が良いわ」

「爆弾魔術? ちょっと待って下さい。向こうは飛行魔術を使いながら爆撃してきてるんですよね。人間が一度に使える魔術は一種類だけのはずです。それだと、飛行魔術と爆弾魔術の二種類を同時に使っていることになりませんか?」

「飛行魔術師と爆弾魔術師の二人がいるのよ。爆弾魔術は予め制作した爆弾を任意のタイミングで爆発させる魔術。飛行魔術師が空から爆弾を落として、地上の爆弾魔術師がそれを起爆する。爆弾魔術師は爆撃を観測できる位置に必ずいるわ。起爆のタイミングを間違えれば、味方の飛行魔術師を爆殺することになるもの」


 アイリス様はあっさりと爆撃のカラクリを明かす。

 まるで、レジル地方の作戦を完全に承知しているような、淀みの無い口調だった。


「私は実際に爆撃を見たわけじゃないけど、爆撃を成立させられるほど高威力の爆撃を作れるのなら、爆弾魔術師の練度は相当高い。そのレベルの魔術師がポンポン生えてくるとも思えないし、爆撃の頻度からしても、向こうの爆弾魔術師は一人だけ。平野まで前線を下げて、爆撃を観測するために出てきた魔術師を狩る。それで爆撃は終わるはずよ」


 私は呆気に取られていた。

 爆撃が終わる。そう告げたアイリス様の言葉が、ゆっくりと遅れて頭の中に響いてくる。

 終わるのか。

 終わるのだろうか。

 この終わりの見えない地獄が、本当に終わるのだろうか。


「ブルーメ、貴方……」


 言葉が出ない。

 何か、何か言わないと。

 この地獄の終わりを示してくれたアイリス様に、何か言葉を――――


「泣いているの?」


 そう言われて初めて、私は自分が泣いていることに気付いた。

 ぽろぽろと零れた水滴が、広げた地図に染みを作っていく。


「あれ、なんで、私……そっか、ごめんなさい、アイリス様っ……」


 あの日、あなたが悪魔に見えた。

 レイヴンを踏み躙るアイリス様が恐ろしくて仕方なかった。

 なのに、今はあなたの存在が嬉しくてたまらない。

 この戦場に、延々と降り注ぐ爆炎に、あなたは当然のように終わると言ってくれたのだから。

 それが、どんなに嬉しいか。

 果たして、あなたは理解しているのだろうか。


「ありがとうございます、アイリス様。私達を助けてくれて」


 私がそんなことを言うと、アイリス様は目を伏せた。

 泣きじゃくる私から目を逸らすようなその仕草が、不思議とどこか可愛らしく映る。

 私が急に泣き出して困っているのだろうか。気まずいと思っているのだろうか。

 そんな人間らしい感情が、あなたにもあるのかな。

 あると良いな。

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